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どうして


 「さようなら、ヨツバさん」


 ブリールは杖をヨツバへ向け、拳サイズの“光源”を発現された。

 ―――せめてもの報いだ。最後くらい苦しまずに逝かせてやろう。

 彼はもう、充分に絶望を味わったはずである。勝機となる仲間二人を倒され、もう希望は何も無いはずだ。

 彼の頭部を貫こうと、“光線”を放った瞬間だった。―――オオバ ヨツバがその場から消えたのは。


 「…………」


 思考が停止する。

 確かにその場にいたはずのヨツバが、忽然と姿を消した。

 最初に疑ったのは、タチバナだ。奴が意識を取り戻し、“時間操作”でヨツバを救った可能性がある。しかしそれは有り得なかった。当のタチバナはまだ気絶しており、屋上の隅でのびている。

 次に疑ったのはイロツキ。彼女の瞬間移動(テレポート)で、何処かへ逃がした可能性もある。

 それを確かめる為に、ブリールは振り返った。

 イロツキも気絶したままだ。アンピの隣で倒れている。しかし、彼女達を囲う“三人のアズラ”が皆、顔を横に向け、口を開けながら唖然としていたのだ。

 胸のざわめきを抱きながら、ブリールは彼女達の視線の先を辿る。

 そこに居たのは、肩で息をしているヨツバ。そして、その隣には見たことの無い謎の少女。パーカーをなびかせながら、悠然と立っている。


 「何者ですか……貴方は……?」


 ブリールは率直に疑問を呟く。

 どの記録でも見たことの無い少女だ。少なくとも、この学園の“転生者”では無い。そうじゃ無いにしても、“あんな”芸当ができる生徒はいないはずだ。

 紅い瞳を必死に凝らす。しかし、その双眸には、彼女の情報が一切映らない。

 こんな事は今まで無かった。彼女の目をもってすれば、対象の情報はなんでも手に入る。だが、どれだけ瞬きをし、どれだけ目を凝らそうと状況は好転しない。

 ブリールの問いかけを無視し、少女はヨツバに手を出した。


 「その“髪飾り”、貸して貰ってもいいかな?」


 ヨツバは照れくさそうにしながら無言で、持っていた“トマトの髪飾り”を少女の手の平に置いた。

 微笑みながら少女はそれを髪に留め、「ありがとう」と呟く。

 

 ―――戦場でやる行為では無い。

 久しく感じていなかった“分からない”という恐怖心に苛立ちながら、“光源”を精製する。


 「……答えなさい!」


 ブリールが“光線”を放った次の瞬間―――目前に少女の顔が迫る。

 ブリールはわけも分からず、咄嗟に仰け反った。


 「私の名前はエマ。エマ・テンペスト。……21年前に自殺した“ただの”女の子だよ」

 「何故私の“目”に映らないのですか……?!」


 ブリールは手で片目を押さえながら、エマを睨みつける。

 しかし、結果は変わらない。エマは「うーん」と唸りながら頭をかいている。


 「三次元の生き物が四次元を理解できないのと同じじゃないかな? その“目”、どっかの神様に貰ったやつでしょ? 私は人間とか神様みたいな連中より、一つ上の存在、“時間”なんだよ。―――言うならば、世界そのものの仕組みってわけ」


 ―――笑わせてくれる。“時間”? 世界そのもの? そんな話は聞いたことが無い。     

 ブリールは目を細め、エマの情報を少しでも手に入れそうとする。

 きっと何か種があるはずだ。何か……、彼女でさえ気づけないような抜け道があるはずなのだ。


 「あんまり無理して見ようとしない方がいいよ。―――こっち側はどこまでも深いから」

 「黙りなさいっ!」

 「怒鳴らないでよ……。でも、私“だけ”注目しても仕方ないと思うけど……」


 ブリールはすぐにはその意味が理解出来なかった。しかしハッとして、咄嗟に背後を振り返る。


 「俺を忘れるな、って事だよ!」


 拳を握りしめ、アッパーをかまそうとするヨツバ。

 いつの間に! と思うと同時、ブリールは反射的に“光線”を放つ。が、ヨツバに当たる直前、彼の姿が再び消えた。

 そして、視界の端に現れるヨツバ。それをブリールが認識出来た瞬間、弾丸で撃ち抜かれたような衝撃と激痛が彼女の左頬に直撃した。

 久しぶりに受けた殴られる感触。溜まりに溜まった怒りが、全て詰め込まれていたのだろう、その拳はとても硬く、ブリールの身体は屋上の扉へ打ち付けられる。


 ―――なるほど。


 ブリールは杖を頼りに体を起こす。

 彼女が“時間”というのは、あながち間違いではないらしい。

 一撃を喰らった頬を擦り、ブリールは口内で溢れる血を吐き出した。

 一瞬で近づいてきたエマや、ヨツバの回避。どれも、“時間停止”と仮定すれば説明がつく。……しかも、タチバナと違い、この世界全体を対象に取れるのだろう。

 非常に厄介な助っ人だ。……しかし、見たところ攻撃してくるのはヨツバのみ。しかも、能も無く殴るだけだ。―――打開策はまだある。


 「お見事ですね。 殴られるなんて久しぶりですよ!」


 ブリールが杖を地面に打ち付ける。

 すると、ヨツバとエマを囲うように展開する、42個の“光源”。 どれも限界まで膨張し、バチバチと今にも爆発しそうな音を立てている。


 「“時間”を止めるなら、そもそも避けようのない攻撃をすればいいのです!」


 発射される“光線”。

 少しの隙間も無い。完璧に計算された攻撃である。“時間”を止めようとも避けようが無い。

 しかし―――

 次の瞬間、間近に迫るヨツバの拳。


 「“光”は全部、使い切ったよなぁ!」


 再度、軋むブリールの顔面。

 何故殴れる! というブリールの疑問に答えるように、エマの声が鼓膜に響く。


 「私は“時間”そのものなんだ。避けられない攻撃なんて存在しない。その“魔術”が行使される前に“時間”を戻せばいいからね。―――ほら、こうして私が話してるのを殴られながら聞けるのも、私が“時間”をゆっくりにしてるからだよ」


 ―――そんなの勝ちようがない。

 ブリールは顔面に一撃を喰らいながら思う。

 どれだけ策を練ろうと、結局“その前”に戻されては無意味だ。

 どんな魔術も、無意義と化す暴力の極みだ。

 壁に打ち付けられ、やっと“正常な時間”に戻ったのだろう、ブリールはズルズルと壁を滑り、ペタンっと地面に膝を着いた。

 ……勝てない。そんな“神”にも匹敵……、それ以上の能力に対抗できるはずがない。

 ―――これが、“世界そのもの”だというのだろうか。そもそも、闘おうとするのが間違いだというのだろうか。


 「これ以上……やる意味もないだろ!」


 頭上からするヨツバの声。

 ブリールは返事をせず、壁を伝って立ち上がると、横にいるエルを睨みつけた。

 まだだ……。まだ諦めるわけにはいかない。“理想の未来”以前に、“転生者”に負けるなどあっていいはずがない。       


 「エル……、貴方の眼で見なさい。―――私の勝利する未来を」


 もはや、彼女の思考は正常じゃ無かった。

 因縁であり、嫌悪すら抱いているエルにすがろうとしているのだ。普段の彼女なら絶対にやらない事だが、“転生者”であるヨツバに負けるかもしれないという恐怖心が彼女をそうさせた。


 「申し訳ないですが……、それは出来ません……」

 「貴方の“視覚”を持ってしても、彼女を認識できないというのです……!?」


 エルは瞼を閉じ、静かにかぶりを振った。


 「違います……。このまま戦い続けたらブリールさん、どの“未来”でも死んじゃうんです」

 「……」


 絶句。

 つまり、エルはどうやってもヨツバには勝てない、と言っているのだ。

 負けるはずの無かった“転生者”に追い詰められ、死亡する未来を、自身が最も嫌悪する相手に告げられる。しかも、追い詰められた末に自分から聞いたのだ。

 彼女の中に、確かにあった“プライド”が音を立てて壊れていく。その音が笑い声となり、ブリールの口から漏れて出る。

 泣くような笑い声が、屋上に響いた。

 膝を着く少女の無残な姿を、他の他の皆は見つめるしかない。


 「ブリールさん……、もう十分ですよ。“疎楽園”は全員無力化されてます。これなら、ちゃんと“理想の未来”へ向かいます」


 慰めるように、エルは彼女の肩に手を置いた。

 ブリールはゆっくりと顔を上げる。と、その紅い瞳と同色の雫が、双眸から垂れていた。そして、エルの肩を鷲掴みにする。


 「お前さえ……お前さえいなければ!」

 「……痛いです」

 「何故その眼は、私を映してくれなかったのですか!? オーゼ様っ!」


 子供が懇願するように顔を歪めながら、ブリールは小さな“光源”を精製する。

 仮に当たっとしても、致命傷にはならないだろう。―――しかし、エルの両目を失明させるには十分な大きさだ。

 息をつく間もく放たれる“光線”。

 ヨツバが咄嗟に駆け出し、エマが時間を止めようとする……。

 しかし、それより早く、空間に空いた大穴。そこから飛び出した刃が、ブリールを貫いた。

 ―――エルに攻撃した者に下される“天罰”である。

 “異空間”からの一撃に貫かれ、ブリールは地面に倒れ伏す。


 「どうして……どうしてですか……?」


 どうして……? どうして……?

 声も出せなくなり、霞んでいく意識の中で、ブリールはその問いかけを反芻し続けた。  

かくして、ヨツバVSブリール戦は終了です。

しかし、この章は続きます。まだ“後夜祭”が残っていますからね。

もうしばしお付き合いください。


次回は水曜日です。

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