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16時をお知らせします


 望みを託した盗賊王は、まるでそうなると決まっていたかのように、あっさりと無力化され、状況は再び絶望的なものとなった。


 「……ちくしょう」


 こうなったら、もうやるしかない。

 握り拳に力を込めてみるが、吐気のせいでそれさえ出来てるかも分からなかった。

 ブリールは冷汗をかいている俺に嗤笑し、自身の周りにいくつもの“光の玉”を出現させる。

 “盗賊王”に喰らわせた一撃から考えるに、あの“光”は、本物の(科学的な意味の)光というわけではなさそうだが、一撃で致命傷を与えるには十分な威力と、俺が見切れない程の速さを持っている。

 つまり、当たったら終わりだ。


 「どうし―――」


 ブリールが喋り出した瞬間走り出す。

 たった一瞬だとしても、反応を遅らせたいのだ。

 出来る限りの足を速く動かし、迅速に突進しているつもりだが、ブリールには呆れ顔でため息をつく余裕があった。


 「相変わらず話を聞きませんね。―――いいでしょう。一発は喰らってあげるつもりでしたし」


 その言葉を聞いたのは、俺が拳を振り上げた瞬間だ。

 “一撃は喰らう”。ならば、その一撃で決着を着ければいい。舐めプした事を後悔させる間もなく沈めればいい!

 神経の末端にまで意識を回し、全体重をかけて殴り掛かる。


 「―――まぁ、当たるかは別の問題ですけどね」


 拳を振り抜いた。が、一切当たった感触が無い。

 まるで、“映像”を殴ったかのように、ブリールがいたはずの場所を俺の身体が通過する。

 ぶつける場所の無い力は止められず、勢いをそのままに、地面へ転けてしまった。

 顎を打ち付け、口の中に血の味が滲む。


 「残念でしたね。アレは“光”で創った“幻覚”です」


 立ち上がろうとする俺の横から声をかけるブリール。

 咄嗟に振り向くと、彼女の横に槍の形を為した“光”が形成されていた。


 「しかし、一発は一発です。次は……私の番です」


 線香花火のように、わざとらしく火花を散らしながら、鋭さと殺傷力を上げていく光の槍。

 本能がすぐにでも立ち上がれと命じる。しかし、理性はNOを突きつけた。

 “盗賊王”の一撃と、今さっきの“幻覚”。間違いなく、俺に希望を与えようとしている。―――もしかしたら、勝てるかもという“無意味な”希望を。

 きっと、俺が回避しようと動いた瞬間に足でも貫くのだろう。……そうとなれば、彼女の予測できない動きで避けるしかない。

 バチバチと音を立てる光の槍。その威圧におびただしい量の汗が垂れる。……あまり時間もかけられない。

 と、次の瞬間、俺の体は動いた。もちろんブリールには予想できなかっただろう。何故なら、俺だって出来なかったのだ。

 俺の体は、釣糸にかかった魚のように、背中から大きく後方へ引っ張られたのだ。―――俺の意図した動きでは無い。

 背中を屋上の柵に打ち付ける。

 俺が元いた場所に槍が貫かれ、瓦礫が飛び散った。


 「間に合って良かったわね……」


 頭上から声がし、俺は顔を上げる。

 コスプレイヤーを通り越して、痴女のような格好をしたアニー、正確にはメイザースが柵の上に立ち、半眼で俺を見下ろしていた。

 そして、彼女の手から伸びる一本の糸。その先が俺の背中に繋がれている。―――凡そ、その糸で俺を引っ張ったのだろう。


 「……感謝するぜ」

 「御礼はいらないわ。“私”というより、“あの子”の意思だから」


 メイザースが柵から飛び、俺とブリールの間に着地する。

 ブリールは横目でその光景を見て、空ぶり、地面に刺さっている光の槍を空間に溶かした。


 「“魔女”である貴方も関わっているとは驚きました」

 「“愛の力”ってやつ―――っっっっつつなんて事言うんですか!」


 多分、途中からアニーの意識が割り込んで来たのだろう。メイザースの呼吸が急に荒くなった。

 ブリールが気味悪そうに眉を顰める。


 「しかし、“魔女”であろうと私の邪魔をするなら許しません。これはヨツバさんと私の争いです」

 「でも、彼が死んじゃうと“あの子”が悲しんじゃうの。“あの子”は私以上に凶暴よ? それこそ悲しみに任せて無差別に暴れる位、あるかもしれない」


 メイザースの背後に顕現する、空間に張り巡らさた糸。背後から見る真白なそれは、まるで空間を切り裂く亀裂のようだ。

 俺は息を吐き、口内の血を吐き出してから立ち上がる。そして、ヨロヨロの足で進み、メイザースの横に立った。

 俺に気づいたメイザースは、片眉を上げた。


 「何よ……。休んでればいいじゃない」

 「ブリールも言ってたが……、これは俺とアイツの争いだ。助太刀は大いに感謝するが、俺が戦う。出来れば補助してくれ」

 「大層なご身分……。“生の私”だったら、すぐにでも這い蹲らせてるわ。―――“あの子”に感謝するのね」


 メイザースが指を軽く動かすと、数本の糸が伸び俺の四肢に刺さる。


 「格段に力が上がるわけじゃない。でも、素の反射神経よりかはマシなはずよ」


 彼女の言う通り、器の破損による倦怠感と吐気はマシになった。これで先程よりかはまともに戦えるはずである。


 「“魔女”が相手となれば、手加減する訳にもいきません」


 ブリールは、先程より数倍多くの“光源”を出現させた。左右対称で空中に漂う無数のソレは、奇妙な模様をした蝶の羽のようだ。


 「どこから攻めても構いませんよ。凡そ、正面しかないでしょうけど……」


 挑発に乗ってやり、勢いよく飛び出す。一瞬で距離を詰めれる訳では無いが、先程より、明らかに速くなったはずだ。

 ブリールの横に漂う、一つの“光源”が“光線”となり俺へと迫る。

 しかし、その直後形成される“糸”の壁。

 幾本もの糸が即座に編まれて出来たソレは、“光線”を受け止め、完全に無力化した。


 「ぼ、ぼ、防御は任せなさい!」


 背後から響くメイザース(アニー?)の声。

 ブリールも、防がれる事を見越していたのだろう。表情を一切変えず、今度は三つ同時に“光線”を放つ。

 迫る“光線”と、再び形成される糸の壁。

 俺とブリールの距離は近づいている。と、なれば俺と“光線”が接触する時間も短くなるのが必定である。

 正面、左右。別々の方向から襲い来る“光線”。その一つ、左からの“光線”が網掛けの壁をぶち破った。

 俺はそれを視界の端で認識する。走馬灯みたいなものなのか、スローモーションで見えた。

 コマ撮りで近づいてくる光の一撃。

 ブリールまであと約四歩。

 彼女は一撃で俺を殺す気だろうか?

 いや、彼女なら俺をなぶり殺しにしたいはずだ。


 ―――なら、避けなくてもいい。 


 「ぐぅっっつ!?!」


 左腹に受けるハンマーで殴られたような重い一撃。―――やはり、殺さなかった。     

 衝撃でよろめき、地面への沈みそうになる。が、右足で踏ん張りをきかせる。すると、右太股に刺さった糸が筋肉の繊維のように収縮する。


 「いくぜ……、ブリール」 


 溜めた力を解放するように跳躍する身体。

 次の瞬間には、ブリールの顔が間近にまで迫っていた。

 拳を殴りつける。しかし、顔面に当たる直前、ブリールの杖がそれを阻んだ。


 「当たる……! って事は、お前“本物”だな!?」

 「はい……。お見事ですよ。さっきの一撃で、気絶すると思っていましたが……、根性だけは人一倍のようですね……?」


 拮抗“してしまう”拳と杖。

 そう、糸で強化されているはずなのに、拮抗してしまうのだ。


 「ところで、ヨツバさん……。私は同時に幾つまで“光”を出せると思いますか?」

 「あ……?」

 「答えは“42”です……。その全てを同時に放つとどうなるでしょうか……」


 更に顕現する“光源”。

 正確には把握しきれないが、きっと、ピッタリ42個あるのだろう……。


 「―――試してみましょうか」


 瞬く“光源”。あまりの眩しさに目を閉じてしまう。

 しかし、いつまで経っても痛みは無かった。痛いと思うより前に死んでしまったのどろうか。

 恐る恐る目を開ける。と、目の前にあったのは糸で出来た白い壁。それも、俺を中心に囲われているのだ。……道理で痛くないわけである。


 「……やはり庇いましたか」


 ブリールの声に心臓が跳ねた。嫌な想像が思考に蔓延っていく。

 糸の壁が崩れ、咄嗟に振り返った。

 そこには、血まみれで立ち尽くす、メイザースの姿。


 「な、なんで……?!」

 「三発の“光源”の時点で、“糸の供給”が足りていないのは明白でした。そして、彼女のヨツバさんに対する“感情”を鑑みれば予想できるものです」

 「まさか……あの攻撃を全て受けたというのか……?」  


 俺がダメージを受けないよう、“糸”を全て使い、自分は一切防がない。……そんな理にかなってない行動を、あの魔女は取ったのだ。


 「“愛情”とはとても強い感情です。しかし、代償として理論的な思考を奪う。彼女と私“だけ”の勝負ならば、“魔女”に勝利は傾いていたでしょう」


 ブリールの声など全く聞こえていなかった。俺は“魔女”である彼女が、魔導書を抱えるようにして崩れていくのを眺めるしかなかったのだ。

 

 「さて―――また、二人きりで戦えますね、ヨツバさん」


 背中を杖で小突かれ、膝から崩れ落ちる。

 糸が切れ、再び吐気と倦怠感に襲われている俺は、たったそれだけの行為にすら膝を屈してしまうのだ。

 もう精神的に限界だった。

 目の前で盗賊王と魔女が倒された。最強クラスの二人が負けた。

 やろうと思えば俺なんて一瞬で殺せるはずだ。なのにしないのは、俺をとことんまで苦しめるためだ。

 そう思うと、戦おうという気が起きない。


 「まだ、一発喰らっただけですよ? 立たないのですか?」


 立ったって無駄だ。

 立ってもどうせ、すぐまた這い蹲るのだ。

 ならば、立たずにずっとこうしていれば、呆れられて、飽きられて“敗者の烙印”を押してもらえるはずだ。命だけは救ってくれるはずだ。

 しかし、無慈悲にも“光線”は放たれ、俺の右腹にめり込む。身体がひっくり返り、尻もちを着く。

 そして、ブリールは俺の顎に杖の先を這わせた。硬い感触が喉仏を触る。


 「もう諦めたのですか?」


 ああ……。

 口には出さなかったがそう思った。それを感じとったのだろう、ブリールは大きなため息を着いた。

  

 「どうやら、“理想の未来”は敗れたようですねぇ……」


 ブリールは首を曲げ、背後のエルへ不敵な笑みを送る。俺に……、いやエルを負かしたのがこれ以上に無いくらい嬉しいのだろう。

 思えば、生きようとしても仕方ない。このまま、一生魔力切れの代償を背負うなら、いっそここで終わらせて貰った方が何倍も楽だ。

 目を閉じ、降伏するように手を挙げる。

 最後に一言、ブリールが最高に機嫌の悪くなることを言ってやろうと思った。

 

 ―――ふと、後ろポケットに刺されるような刺激があった。


 何だと、中のモノを取り出してみる。

 それは、小さな“トマトの髪飾り”だ。

 なんだ……?

 いつから入っていた?

 そもそも、いつ手に入れた?


 「お望み通り終わらせてあげましょう」


 頭が痛い。魔力切れのせいでは無い、別の要因だ。

 何かを見落としている。―――重大な何かを。

 何かを忘れている。―――忘れてはいけなかったはずのことを。

 何かを失っている。―――背中に感じた温もりを。

 何かを、消されている。―――あの夏の日の出来事を。


 「さようなら、ヨツバさん」


 鳴り響く鐘の音。

 空間を、世界を、そして“時間”を震わせる。―――16時を告げる、“彼女”の音。


 「―――久しぶりだね。ヨツバ」


 真横からする少女の声。

 ―――ああ、なんで忘れていたんだろう。

 白色のパーカー。茶色の瞳。青色の髪。全部忘れてしまっていた。

 何を言っていいか分からない俺に少女は眉を顰める。


 「……もしかして、忘れてないよね? ほら、“夏休み”―――」


 俺が慌てて首を振ると、少女はホッと胸をなでおろした。


 「よかった……。ファーストキスまで上げた相手に忘れられたら、“また”泣いちゃうよ」   


 少女は向き直り、ブリールに視線を向ける。……時間を止めたのだろう。俺と彼女以外は誰も動いていない。


 「16時をお知らせします。―――ここからは、私、エマ・テンペストの時間です」  

この展開をやりたいがためにつくった章と言っても過言ではありません。

自分でワクワクしながら書いてました。でも、盛り上がりに少し欠けるかなとも思います。


次回は日曜日です。物語もいよいよクライマックスです!


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