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“運命の分岐点”に


 ―――数分前、旧校舎。

 

 「―――バくん、ヨツバくん……!」


 揺りかごで寝ているように、揺らされる身体。鼓膜を震わせる誰かの声。

 倦怠感をもって瞼を開くと、そこにはアーサーとレイビアの顔があった。


 「よかった……、気がついたんだね!」


 レイビアが胸で指を組み、安堵した様子で息を吐く。

 何故俺は彼らに抱えられているのか……。そもそも、何故彼らがここにいるのか。確か、タチバナと対峙したのだが……。

 すっぽりと抜けてしまっている記憶を、蜘蛛の糸でも上るようにゆっくりと辿っていく。


 「……そうだ!」


 突発的に記憶が湧き上がり、俺は勢いよく起き上がった。

 しかし、全身の骨に釘を打たれたような激痛と、喉が詰まりそうな嘔吐感で身を強ばらせる。そして耐えきれず、体内に溜まっていたモノを口から吐き出した。


 「き、貴様っ! 汚いだろうが!」


 アーサーが飛び退き、地面へ広がっていく嘔吐物。レイビアは心配そうに俺の背中をさすりながら、「大丈夫だよ、大丈夫だよ」と呟いてくれた。

 全てを出し切ると、俺は口を拭い、大きく息を吐く。

 思い出した。自分がどうな姿何をしたか明確に。まるで、上から全てを見下ろしていたかのように立体的に……。

 記憶を取り戻すと同時に湧き上がる恐怖。しかし、少なからず“闇堕ち”みたいな状況に興奮している自分もいた。やはり、男の子である以上憧れを持っているのだ。


 「……アーサー」


 目の前に立つアーサーを見上げる。よく見れば全身傷だらけで、所々から血も流している。


 「その剣……。俺のせいだろ?」

  

 俺が目を向けた途端、彼は両手に持っていた、折れた剣を背後に隠した。


 「“たまたま”お前と戦っている時に折れただけだ。お前の力で壊れた訳では無いぞ、自惚れるな? 元々寿命だったのだからな!」


 確かに折った感触があったはずなのだが……。ここで追求しても、彼は譲らないだろう。―――もしアーサーが落ち込んでいたなら、折ってやったと自慢していたのだが。

 

 その時、背後から拍手が響いた。

 その場の全員が音の方を向くと、白装束の少女―――エルが、笑顔でパチパチと手を叩いている。


 「おめでとうございます。これで“理想の未来”へ一歩近づきました」

 「誰だ貴様は!」


 アーサーは折れた剣を両手に持ち、エルへと迫ろうとする。が、レイビアに腕を掴まれた。


 「大丈夫だよ。この人のお陰でヨツバくんの危機がわかったんだ」

 「私のお陰だなんて……。救ったのはお二人ですよ。貴方達二人のお陰で、オオバ ヨツバは“死”から逃れられたのです」


 確かに、アーサーとレイビアがいなければ、俺は今も“黒文字”に覆われたままだっただろう。……しかし、裏で彼女が手を回していたとはとても信じられなかった。


 「さて、どうですか調子の方は」


 エルは俺の元へ歩み寄って来ると、目の前で膝を曲げた。


 「嘔吐物からして、“人間”には戻れたようですね」


 俺は、先程吐き出したモノに再び目を向ける。……自分のとは言え、見てて気持ちのいいものでは無かったが、以前のように“黒”くは無かった。そういう面では、人間に戻ったと解釈出来るかもしれない。

 しかし、調子は今までに無いくらい悪かった。もう出すものは無いはずなのに嘔吐感は収まらない。妊娠を疑ってしまうレベルだ。出来ることなら今すぐベッドで横になりたい。


 「どうやら、あまり元気では無いみたいですね。“器”が完全に壊れたようですから、当然とも言えます」

 「“器”……?」


 と、リアクションをとってみたものの、ほとんど理解は出来ていない。確かタチバナがそんなような事を言ってた気もするが、記憶は曖昧だ。

 そんな俺を見抜いたのか、エルは説明を始める。


 「本来、人間には魔力を貯めておくための“器”があります。しかし、貴方はその“器”が完全に壊れてしまった。……あの“魔術”に食い潰されてしまったのです」

 「てことは―――」

 「―――貴方はもう、“魔術”が一切使えない身体になったのです。今も身体を襲っている“魔力切れ”の症状は、半永久的に続きます」


 言葉が出なかった。

 『魔術が使えない』なんて全く自覚出来ない。わけも分からず、嘔吐感がこのまま続くことに絶望しているくらいだ。

 アーサーはバツの悪そうに目を逸らし、いつもなら励ましてくれるレイビアも今回ばかりは俯いていた。


 「しかし、貴方にはまだ役目があります」


 エルが俺へ手を差し伸べる。


 「―――さぁ、行きましょうか」


 ベッドへ連れて行ってくれる様子では無い。となれば、何処へ行こうと言うのか……。


 「どうする気だよ……」


 エルは、乗り気で無い俺に驚いたようで、キョトンとした顔で俺を見つめていた。


 「貴方の、無鉄砲な戦意とこじつけの闘志は、魔力と一緒に消えてしまったのですか?」


 まさかこの期に及んで、俺に戦えと言っているのか……?


 「“器”は壊れてる……。お前が言ったんだろ?」

 「しかし、闘えない訳ではありません。貴方にはブリールさんを止めてもらう必要があるのです」


 ブリール……!

 その名前に鼓動が大きく波打つ。彼女とはいつか闘わなければいけないと思っていた。しかし、魔力の無い俺が勝つ方法などあるというのだろうか。


 「俺に止められるのか……?」

 「何通りもの“未来”を見ましたが、貴方しか彼女を止められません」 

 「タチバナには止められないのか?」

 「ええ。貴方“だけ”です」


 未来の見える女の子にそこまで言われて引き下がれるはずが無い。

 よく考えてみれば魔力が無い“だけ”の事だ。今までだって、全く勝機のない戦いばかりだった。

 となれば―――


 「いいぜ、ブリールだってなんだって止めてやるよ」


 差し伸べられた手を俺は握り返した。

 策は一切無い。しかし、何故か湧き上がってくる自信のせいで負ける気もしなかった。


 「待てっ!」


 俺がエルの手をとって立ち上がった時、アーサーが声を張り上げた。


 「俺も連れて行け! コイツ一人で何とかなるとは到底思えん」

 「いえ、アーサーさん……。貴方にはこの後、もう一つ大きな役目があります。それに備え今は休んでください。―――実際、貴方だって立っているのがやっとのはずです」


 エルに図星を突かれ、アーサーは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 そりゃそうだ。今日一日連戦続きで体力は殆ど残っていないはずである。         


 「さぁ、案内します。“未来”の決まる“運命の分岐点”に―――」


 エルに導かれ、俺はふらつきながら本校者の方へ歩いていった。

  


―――――――――――――――――――――



 エルに先導されながら、本校舎の階段を上がっていく。

 時計の針は16時に近づいているため、太陽は地平線へと傾き、あんなに賑わっていた校舎内もだんだん閑散とし始めていた。       


 「気になってたんだがよ……」

 「なんでしょうか」


 振り向かずにエルが返す。


 「アンタの言う、“理想の未来”ってのは具体的にどんなものなんだ?」

 「“理想の未来”とは、幸せになれる人間が最も多い未来の事ですね。私はその未来に効率的かつ、犠牲が最小限で辿り着ける道を進ませるのです」

 「じゃあ、今回の場合は具体的にどんな未来なんだよ」


 エルは階段の真ん中で立ち止まると、後段にいる俺を、その純白の瞳で見下ろした。


 「貴方と、ビオラさんが、“学園祭”終了“まで”生存していることです」

 「ん? ……ちょっと待てよ。なんでビオラが出てくる?」


 ビオラはただの人型魔導書。確かに、俺との関係はこの学園で最も深いが、この闘いに彼女は全く関わっていないはずである。

 エルは、理解出来ていない俺に微笑みかけると、再び階段を上り始めた。


 「そのうち分かりますよ。これ以上は、自分の“瞳”で確かめてください」


 彼女の目は何を見据えているのか……。

 俺には分からないし、分かりたくもなかった。分かったら結末が変わりそうだとか、そういう事ではなく、単純に、これから自分の身に起きる事へ恐怖心を持っていたのだ。



―――――――――――――――――――――



 ―――現在、本校舎屋上。


 「やっぱり来てしまったのですか……。ヨツバさん」       


 ブリールが、何故か少し寂しそうに言う。

 しかし、俺にはそれを気にする力など残っておらず、ふらつきながら屋上に足を踏み入れた。


 「よう……、久しぶりだな。俺が来るとは思ってなかったか?」

 「いえ、貴方達が関わっているのは既に分かっていました」


 辺りを見渡すと、ミヤビにアンピ。そして、タチバナまでもが倒れている。―――お膳立てとしては、運悪くも、“最高”と言えるだろう。


 「一応聞いておきますが、この私と戦うつもりですか?」

 「そういうわけだ。タチバナとの勝負も終わってないんでな、ここで消されちゃ困るんだよ」

 「しかし……、何故ここが」

 「それは私が教えたからです」


 エルが、ピョンと屋上へ飛び出してくる。

 彼女の姿を認識した瞬間、ブリールの顔が明らかに歪んだ。

 同じ、“教会”の仲間であるはずなのに、その視線は敵に向けるように鋭い。


 「なるほど……。貴方が噛んで来ましたか……」

 「これが私の“役目”ですから」

 「“役目”……とは、いつもの“理想の未来”ですか?」

 「はい、“理想の未来”に到達するには、ブリールさん、貴方を止めてもらう必要があるのです」

 「―――私を……ですか?」


 ブリールは一瞬、キョトンとした顔を浮かべた。が、すぐ顔を俯かせ、右手で持った杖に体重をかけながら背中を曲げ、左手では、自身の心臓を握り潰しそうな程強く、胸部を鷲掴みにした。

 荒くなる彼女の呼吸。

 小突かれたベルのように小さく震える彼女の身体。

 そして、抑えきれなかったのか、笑い声が漏れる。


 「―――なるほど」


 突然、ブリールが顔を上げる。

 その瞳はまるで獣のように煌々と紅く輝いていた。


 「貴方の掲げる“理想”に、私は“不要”だと言うのですね……!」

 「いえ! 決してそういう―――」


 エルが弁解しようとするも、ブリールの笑い声によって掻き消えてしまった。


 「この世に生を受けてから、全てを“オーゼ様(貴方)”に捧げてきたというのに、貴方の“視界”に私は入っていないというのですね!」

 「違います!」

 「いいえ、何も違ってはいないのです。そもそも、“オーゼの視覚”に“転生者”である貴方が選ばれた時点で全てが“狂っている”のです。貴方は―――」

 

 「黙って聞いてりゃ、うるさいんだよ!!」


 ブレーキの効かなくなったブリールを止めるように、俺は叫ぶ。


 「お前ら“教会”の都合なんて知らないし、理解してやるつもりも無い。だが、ブリール。今お前の前に立っているのは俺だ、エルじゃない。なら俺を見ろよ!――― お前を倒しに来た俺を!!」

 

 彼女は片手で自身の髪を乱暴に握り、その狂気に侵食された彼女の目は、俺へと向けられた。 


 「いいでしょうヨツバさん……。貴方が、彼女の“戯言(理想の未来)”に乗ると言うのなら、まずは貴方から“消します”」


 ブリールが気でも狂ったかのように笑い続け、杖の先端を俺に向ける。


 「言っておきますが、ブラフは通用しません。貴方がもう魔術を使えない事もこの目は見通しているのです」

 「上等だ。端からブラフなんかするつもりも無えよ」


 何故、ブリールはここまで必死になるのか分からない。が、彼女も好戦的なのは明白だ。

 愛用してきた“蛇”と“獅子”も無くなり、どうしていいか分からなかったが、とりあえずボクサーのように両腕を構えて見せた。


 「最後に、いいものを見せてあげましょう……」


 ブリールが唐突に言い、指を鳴らす。

 すると、全く同じ顔をした少女二人が、一人の少年を間に抱えて、どこからともなく現れた。

 何を隠そう、その少年は、俺が勧誘した元“盗賊王”こと、ジェフティである。彼は、非常につまらなそうに目を半眼にして俺を見つめていた。


 「何してんだよ、お前……」

 「捕まったんだよ。見てわからないか?」


 ブリールが何故彼を連れてきたのかは分からない。しかし……、俺は漏れそうになる笑みを必死に抑えるのがやっとだった。

 

 「―――なるほどな。たしかに、この役目は俺じゃないと出来ない」


 誰にも聞こえぬよう、小声で呟く。

 エルの言っていたことがやっと分かった。 


 「ジェフティ、俺が何を企んでるか分かるか?」

 「……分かりたくないけどな」


 ジェフティは大きくため息を吐き、諦めたように俺から目を逸らす。


 「いいさ。お前が生きてないと俺に“報酬”が来ない。なら、今貰っておくしか選択肢は無い」


 ―――もし仮に、概念すら盗めた“元最強”の身に魔力が戻ったとしたら、どうなるだろうか……。

 答えは単純だ。


 ―――やってみればわかる!!


 「いくぜ“盗賊王”。―――“パスパーの収奪魔術”、“解除”だ」


 瞬間、“盗賊王”たる彼から溢れ出る“灰色の影”。まるで、宿主の身体に帰った事を歓喜し、燃えたぎる業火のようだ。


 「言ったろ。こんな“魔術”、慢心を生むだ―――」

 

 「―――いえ、慢心すらも生ませませんよ」


 盗賊王の声を遮るように、瞬く“光線”。

 うるさい位に大きな叫び声と、地面へ落下する彼の両腕。

 ―――盗賊王に魔力が戻った次の瞬間、ブリールが彼の両腕を“光線”で焼き落としたのだ。


 「彼の魔術は、対象に“手の平”を向けるだけで発動できます。しかし、腕自体が無くなってしまえば、ただの“人間”、むしろそれ以下にできます」


 元“盗賊王”の絶叫をバックコーラスにしながら、ブリールは語る。

 完璧とすら思えた策が一瞬でねじ伏せられ、俺は何も言えず、頬から冷汗が垂れるばかりだ。

 まさか……、この為だけにジェフティを連れてこさせたというのか。


 「さぁ、始めましょう。“理想の未来”とやらを賭けた、争いを。―――貴方には、一欠片の希望すらも残しません」 

ついにヨツバVSブリールです。

器が壊れ、今までで最も弱い彼が、作中最強クラスと戦うわけです。どうなるか書くのが楽しみになってます。

今回は、時間がない癖に書く量がいつもの1.5倍くらいあったので、全体的に雑な感じになってしまいました。読みにくかったら申し訳ないです。


次回は水曜日です。いよいよ物語もクライマックスになります!

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