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どっちが神に愛されてるかの勝負だ


 タチバナへと放たれる幾本もの、“光線”。

 少しでも反応が遅れれば命取りになる一撃を、タチバナはすんでのところで掻い潜っていた。

 常人では把握しきれない瞬間の攻防。

 加速する思考で、タチバナは少女を負かす方法を考えていた。

 ―――対象の時間を“一時停止(ブロッグス)”で止める。

 本来なら、それだけやれば敵を無力化でき、後は、煮るなり焼くなりイタズラするなり自由だ。

 だが、ブリールはその戦法を把握している為、タチバナが彼女を視覚で捉える直前に“光線”を放ち、“一時停止(ブロッグス)”の行使を妨害してくる。

 つまり、タチバナは違う戦法に切り替えなければならないのだ。


 「しかしなぁ……」


 追尾してくる“光線”を、踊るように躱しながら、タチバナは呟いた。

 しかし、“編集魔術”の仕組み上、何かしらの“黒文字”を刻む以外攻める手段はない。“黒文字”を刻む隙すら無いなんて、彼にとって初めてのことなのだ。

 更に、彼は“魔力切れ”も危惧しなければならない。

 何時もなら“一時停止(ブロッグス)”の一つで終わるはずの戦闘が、“早送り”や“巻き戻し”まで使うハメになり、しかも、ヨツバとの連戦である。余裕なんてあるはずが無い。


 「ちょこまかと……、小賢しいですね!」


 ブリールが声を貼りあげると同時、タチバナへと直進してくる三本の光線。

 こうしている間にも、“早送り(ファスト)”により、魔力が刻一刻と削られているのだ。悩んでいる時間は無い。

 タチバナは小さく息を吐いてから目を見開き、三本の“光線”を“視覚”した。


 「“一時停止”(ブロッグス)!」


 タチバナが叫び、空間に固定される“光線”。

 タチバナはしゃがみ、両足に再度“早送り(ファスト)”を行使する。

 

 「―――“黒文字”を刻める余裕が無いなら、つくるまでだ」

 

 渾身の脚力を持って飛び出し、タチバナは一瞬にしてブリールの背後へと回った。

 その場の誰も認識出来ない、もはや“瞬間移動”とも言える驚異的なスピード。ブリールの神経でさえ、タチバナが動いたことを脳に伝達出来ていないはずである。


 「これで、終わり―――」


 未だ振り返る兆しすら見せないブリールに、タチバナは“一時停止(ブロッグス)”を行使する。

 これで、勝負は決するはずである。

 しかし、ブリールの身体に“黒文字”は一向に刻まれない。


 「残念ですが―――」


 その時、ブリールのねっとりとした声が耳に着いた。


 「―――それは本物の私ではありません」


 次の瞬間、タチバナの目の前に出現した“光源”。

 唖然としていたタチバナは、ほんの一瞬だけ反応に遅れる。―――その一瞬が命取りだった。

 タチバナの目と鼻の先で、閃光弾のように破裂する“光源”。網膜が焼けるような激痛に襲われ、タチバナはすぐさま目を覆った。しかし、“光”は彼の“視覚”を奪うには充分な爪痕を残した。


 「ちっ! ……くしょう!」


 タチバナは両目を抑え、膝を着く。

 何度瞬きをしても、視界は一向に良くならない。こうしている間にも、“早送り”のせいで魔力はどんどん減っていく。しかし、“視覚”が無くなった今の状態で、魔術を解除すれば、“光線”を避ける手段が無くなってしまう。しかし、そもそも―――。

 思考は袋小路になって行き、混乱した頭では一向に答えが出ない。

 しかし、いくら加速されているとは言え、視覚無くして攻撃を避けられるはずもない。

 タチバナは背中から“光線”をモロに喰らい、衝撃で吹き飛ばされ、何度も身体を打ち付けた。


 「くっ……」


 口から漏れる液体の色すら分からなければ、自分がどこまで飛ばされたかも正確に判断出来ない。ただ、背中に当たる柵によって、屋上の縁まで追いやられたことは分かった。

 タチバナは起き上がろうと首を上げる。

 しかし、つっかえ棒のようなモノが頭に当たり、それ以上動かせない。


 「チェックメイトです」


 頭上から響くブリールの声。

 予想するに、ブリールは、杖の先端をタチバナへ向けているのだろう。


 「視覚は完全に奪いました。―――と言っても、もう魔力だって枯れかけているでしょうけど……」


 タチバナは万事尽きたと考えたのか、ニヤリと笑うと、二重で刻んだ“早送り(ファスト)”を解除する。


 「別に視覚を奪う必要なんて無かっただろ? あの時点で、俺の頭ごと貫けたはずだ」

 「ええ、可能でしたよ? しかし、そんな簡単に死なすつもりはありません」


 ―――きっと、子どもに聖典でも読み聞かせるような優しい顔でいっているのだろう。タチバナは見えないながら、そんな想像をした。


 「しかし、凄いもんだ。“さっき”の、何で俺の“黒文字”が効かなかった?」


 タチバナは体勢を変え、柵に背中を預ける。


 「貴方のお仲と同じような原理です。言うならば光で作った“幻覚”でしょう」


 お仲間―――つまりは、アンピの事だろう。


 「じゃあ、今俺に杖を向けてるであろうキミも幻覚なのかい?」

 「幻覚が物理干渉出来るはずがないでしょう? ―――しかし、視覚を失い、魔力も切れた貴方がそれを知ってどうするのですか?」


 タチバナは笑い、顔を上げる。目を開けていたならちょうど、ブリールと目が合っていただろう。


 「いや……。君は俺の魔術を完全に把握しきってないみたいだ」

 「……何が言いたいのですか」

 「たしかに、俺はもう魔力切れ。息も上がるし、吐き気もする。こんな風になるのは、イロツキとガチ喧嘩した時以来だ。“一時停止(ブロッグス)”も、“巻き戻し(リウィン)”も使えない。言うならばフツーの人間って奴だよ」

 「時間稼ぎですか? ……要点を述べてください」

 「こっからは俺とキミ、どっちが神に愛されてるかの勝負だ」

 「気安く“神”の名を呼ばないでください」


 ブリールの声には怒りがこもっていた。そろそろ潮時だろう。

 タチバナは時間稼ぎをしていた訳では無い。

 彼の脳裏に過ぎった一つの勝算。ただ、目の見えない彼はそれが成功するかどうか、分からないのだ。

 彼の言う通り完全な運任せ。タチバナとブリール、どちらに神が微笑むかの勝負だった。

 タチバナは満を持して口を開く。


 

 「―――“一時停止 解除”(ブロッグス オフ)



 次の瞬間、ブリールの嗚咽と共に、タチバナへ降り掛かる彼女の吐血。

 髪が紅く染まりながらも、タチバナは静かに笑っていた。 


 「魔力切れでも、魔術を“解除”する事は出来る―――」


  

 先程、タチバナへと放たれ、“一時停止”された三本の“光線”。

 彼は、その“光線”に掛けた魔術を、解除したのだ。“一時停止”が解除されれば、“光線”はそのまま直進するはずである……。

 そう、つまりタチバナは、“光線”が進むであろう軌跡上に、ブリールがいるか賭けたのだ。

 そして結果は、少女の吐血。

 目が見えなくとも、それだけで状況は把握出来た。

 しかし―――


 「流石に……、致命傷にはなりえないか……」


 頭上から少女の血は被った。

 しかし、ブリールが倒れ伏せて来ることは無く、荒くなった息遣いがタチバナの耳元に吹き付けるだけだった。きっと、杖で前屈みになった身体を支えているのだろう。


 「よくも……よくも……ッ!」


 殺意と激情の篭もった声が、タチバナの鼓膜を震わせる。

 彼女がどれだけの怒りにかられているかは分からない。しかし、タチバナはもう何も出来ない。

  

 「―――キミの方が、神に愛されていたというわけさ。素直に喜ぶといいよ」


 次の瞬間、タチバナの側頭部に衝撃が走った。―――至近距離から光線を打ち付けられたのだろう。

 吹き飛ばされる身体と、霞んでいく思考で、タチバナはこう思った。

 ―――まぁ、女の子に殺されるなら悪くないさ。



―――――――――――――――――――――



 「タチバナァァァッッ!!」


 リッティの叫び声が屋上に響く。

 彼女はすぐさま彼に駆け寄ろうとしたが、アズラにナイフで遮られる。


 「邪魔しないで欲しいっすね。―――ブリールさんのあんな表情、初めて見たんすから……」


 アズラは頬を少し赤くし、生唾を飲み込む。

 自身の光線に背中から貫かれたブリールは、片手で顔を覆いながら、千鳥足で立っていた。


 「よくも……よくも……」


 目を見開き、吐き出そうになる本心を無理やり噛み締めながら、ブリールは息を荒くする。

 そして、口から垂れた赤い線を拭い、横でのびているタチバナに目を向けた。


 「貴方だけは許しませんよ……。何があろうと……、貴方だけは!」


 今まで悠然としていた彼女が、感情を剥き出しにして、タチバナへと杖をついて歩み寄っていく。

 このままでは、本当にタチバナが殺されかねない。

 リッティは、アンピとミヤビに目を向けるも、彼女達はまだ気絶していた。―――となれば、動けるのは彼女だけだ。

 リッティは、首元に向けられたナイフと、それを持つアズラを見る。ブリールの様子に興奮しているらしく、リッティには全く意識されていない。

 

 ―――今なら!


 リッティは懐に手を入れ、隠し持っていた“術具”を握った。

 “カバラスの重荷魔術”。重力を増させ、相手の行動を抑制するだけの魔術だが、今はこれに頼るしかない。


 「私しか……いないんだ……。私にしか……」


 決意するように呟き、リッティは息を吐ききる。そして、懐から術具を抜き出そうとした瞬間―――


 「待てよ」


 背後から響いたのは、少年の声。しかも、息が上がり、とても弱々しかった。

 屋上にいた誰もが、入口の方へ振り返った。

 そこには、一人の少年が今にも倒れそうな顔で壁にもたれて、その背後に一人の少女が 立っていた。

 しかし、リッティはどちらの顔にも見覚えが無い。


 「やっぱり来てしまったのですか……。ヨツバさん」


 呟いたのは、ブリール。タチバナへ向けた怒りが嘘だったような、悲しい声だった。

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