意地悪しないでくださいよ!
“学園祭”で賑わう街並みの中、わざわざ人通りの少ない道を選んで歩く、“元盗賊王”こと、ジェフティ。
苦しそうに腹を抱え、お気に入りのコートも、埃で白く汚れていた。
“イシクラビル”は12階建ての為、屋上から飛び降りれば大抵即死である。しかし、たまたま落ちた先が、腐りかけた木製の空き家で、クッションとなったのだ。“神の加護”とも言える幸運である。
魔力が盗まれてからというもの、悲観的だったジェフティも、この時ばかりは、自分が転生者であり、神に選ばれているという事実に感謝した。
「追手は……来てないな」
そして今である。
“疎楽園”の連中が、根気強く追って来る可能性を考慮し、痛む身体に堪えて、少し離れた路地にまで逃げてきたのだ。
壁に持たれながら、ズルズルと腰を下ろし、ジェフティは大きく溜息を着いた。
腹部に食らった電撃が未だに痛む。胃から大腸が感電して、動いていないのかと錯覚する程である。
「で、問題は……」
ジェフティは、懐から愛用の術具を取り出す。
術具は、彼より頑丈じゃなかったらしい。二つにパッキリと折れており、二度と使えない状態になっていた。
「ちっ……!」
ジャンクと化した術具を壁に投げつけ、項垂れるように肩を竦める。
とは言え、“疎楽園”の一人に、術具一つで対抗出来たのだ。上出来だと言えるだろう。少なくとも、“契約通り”の仕事はしている。
後は事が全て済むまで適当に過ごしていればいいのだ。―――もしも、ヨツバが生きれいれば契約に従って、ジェフティに魔力が戻ってくるはずである。
回復のため一眠りでもしようかと、目を瞑った時―――
「もし、そこの貴方。大丈夫っすか?」
少女の声が耳に届いた。音の感覚からして、すぐ目の前で見下ろしているのだろう。
ジェフティは目を閉じたまま、返事をする。
「大丈夫だ。放っといてくれ」
「そうっすか……? しかし、服はボロボロ。見るからに大丈夫じゃないっすよ?」
「…………」
ジェフティは返事をしなかった。無視していれば、そのうち居なくなるだろうと考えたのだ。
「でも“物乞い”なら、こういうみすぼらしい格好の方が有利なんすかね? やっぱり狙ってるんすか?」
「…………」
このまま無視しても、好転する事は無さそうだ。
少し無理をしてでも移動した方が良いな、とジェフティは立ち上がろうとする。が、その時、首に冷たく、鋭い感覚が密着した。
ジェフティが片目だけ開けると、少女の顔が間近にまで迫っており、自分の首元にはナイフが突きつけられていた。
「さっきから見張ってましたよ」
少女の瞳に刻まれた“三日月の紋章”を見て、ジェフティはまた面倒に巻き込まれた、と溜息を着いた。
「なんだ? 僕を殺すのか?」
「まさか……。そんな物騒な娘にみえるんすか?」
―――そりゃあ、ナイフなんて向けられれば。ジェフティは声に出さず、少女に呆れたような半眼を向ける。
「いいのか? こうしてる間にも、返り討ちに合うかもしれないぜ?」
「いつぞやの一件のせいで、常時魔力切れなのは分かってます。唯一の武器だった“術具”もさっき壊れたのを確認しました」
少女は、這わせている刃をゆっくりと上げていき、ジェフティを無理やり立たせる。
「悪いようにはしないっすよ。運が良ければ生きてるんじゃないっすかね」
少女はほくそ笑む。
せっかく休もうとしていた、ジェフティだったが、どうやら、まだ彼の役目は終わっていないらしい。
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『ちょっと……、 そろそろ起きなさい』
脳裏に響く魔女の声で、アニーは意識を取り戻した。
ハッと目を開くと、周りの皆が自分に視線を向けていた。学生には似つかわしくない、きわどいドレスを着ているせいもあったが、その主要因は、彼女が今の今まで完全に静止していた事だ。
「わわ、私は、一体何を……」
『覚えてないの? “疎楽園”に喧嘩をふっかけたじゃない』
メイザースに言われて、やっと思い出した。タチバナという男と対峙したのだ。
しかし、そこから記憶が完全に飛んでいる。
『……忘れてるようね。貴方、“時間”を止められてたのよ』
「じ、時間ですか、か?」
『ええ、彼の魔術でね。凡そ、“黒文字”を刻んだ対象の時間を操作できるモノでしょうね。ま、魔女である私の“意識”までは止められなかったようだけど』
「じゃ、じゃあもうあの人は……!」
アニーが慌てて振り返る。
そこには、学園祭で賑わうヴァルーチェ魔術学園。
アニーの頬から冷汗が垂れた。
「すで、す、既に学園の中ということですか?」
『大体50分も前からね』
「すす、すぐに追いかけましょう!」
“魔導書”に手をかけたアニーだったが、全てのページが糊付けされてしまったように、どれだけ力を込めても一向に開かなかった。
「な、なんで開かないんで、ですか?」
『そもそもな話、貴方はなんでこの闘いに参加したの?』
メイザースの詰まらなさそうな声が頭に響く。
何故こんな急いでる時に、と思ったが、答えなければ開いてくれそうにない。
「それは……、あ、貴方が闘いたいと……」
『それは私の理由。貴方は?』
「へ?」
『私の意識は、貴方の深層心理と直接繋がってる。貴方が、戦いたいと思わなければ、私が思うこともない。それで、なんでなのーアニー・ホニースちゃん』
メイザースがからかい、笑い声が頭の中で振動する。
アニーは答えを探すように、目を泳がせた。
「それはその……。わ、私だって誰かの役に立ちたかったんですよ!」
『その“誰か”っていうのは誰のこと?』
カァァと赤くなったアニーは、口を鯉のようにパクパクと動かす。
「意地悪しないでくださいよ! わ、分かってるでしょ!」
『分からない。だから、答えて欲しい』
「とと、惚けないでください!」
『分かった、痛い痛い、分かったから! やめなさいよ、魔導書を破ろうとするのはやめなさいって!!』
荒くなった息を飲み込み、アニーは脳内の、もう一人の自分に問いかける。
「それで、で! か、彼は、何処にいるんですか!」
『今からなら……、そうね……。屋上かしら。そこに大きな魔力源が“二つ”あるから』
アニーは、本校舎の屋上を見上げる。
彼女がいる正門の位置からは全く見えないが、あそこに強敵がいることは間違い無いらしい。
―――ここで、活躍すればきっと……。
アニーはそんな事を思い、それを感じ取ったメイザースは一人にやけていた。
今回は、あまり時間が取れなかったので、置いてきぼりになってた二人を回収する話でした。
ここからも、話に関わってきますから、ご期待ください