表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/130

“詠唱”の一つでもしてみろ!


 「待て、オオバ……!」


 レイビアから託された“瀧漸鱗”を手に、アーサーは立ち上がる。彼が柄を両手で握りると、剣を覆う“レイくん”元い“水”が、ウォータースライダーのように彼の周りを駆け巡った。


 「俺はまだ、戦えるぞ!」


 その声に、ヨツバがゆっくりと振り向いた。ニタァと開かれた口からは涎が垂れている。

 レイビアは、アーサーの背後に身を潜めながら、ヨツバの変わり果てた姿に肩を震わせた。


 「あれが……、本当にヨツバくんなの……?」


 彼女が驚き、恐怖するのも無理ないだろう。アーサー自身気を抜けば、その覇気に身がすくみそうになるのだ。

 ―――しかし、とアーサーは刀先をヨツバに向ける。すると、“瀧漸鱗”も彼の意志を感じ取ったように、その刃を巨大化させた。

 レイビアが解説するように話す。


 「“瀧漸鱗”は、持ち主の意志に合わせて形を変える……。元の剣に、持ち主の体液が染み込んでいる程、その幅も広がるんだ」

 「つまりは、俺の意思で自由に動かせるという事だな?」


 アーサーはレイビアに目を向けずに問いかける。きっと、“彼女”は頷いていることだろう。


 「血と汗なら、誰よりも流してきたさ!」


 その声を開戦の合図に、アーサーはヨツバに迫った。

 その黒く染った体躯に、上から一閃するため、アーサーが飛び上がる。ヨツバは防ぐべく、“蛇”でその刃を受け止めた。


 「だァァぁ!」


 拮抗する力と、共鳴する雄叫び。

 しかし、アーサーが力を篭めるにつれ、“瀧漸鱗”の水がブクブクと沸騰し、遂には“蛇”の頭部を切り落とした。

 身体と切り離された“蛇”は、一瞬だけ目を見開くと、黒い煙を上げながら消えていく。


 ―――しめた!


 これを勝機と見たアーサー。

 振り下ろした剣を切り上げ、“蛇”の胴体も真っ二つにすると、間髪入れずに連撃に入る。

 しかし、ヨツバ本体は全く怯まなかった。アーサーの連撃に全て反応し、太い“獅子”の拳で攻撃を受け止める。

 弾け合い、辺りに飛び散る、“黒文字”と“水”。

 アーサーの意思により、巨大化した“瀧漸鱗”の刃と、ヨツバの真っ黒な拳が幾度と無く打ち合わされた。

 ヨツバは自分から攻撃せず、防御に徹しているが、その拳は硬く、“蛇”のように簡単に割くことは出来ない。

 飛び散るモノが“赤み”を帯び始めると、打ち合いに終止符を打つように、ヨツバが“獅子”の砲撃を撃ち放った。


 「く……っ!」


 咄嗟に剣を盾にするが、その威力は殺しきれず、アーサーは吹き飛ばされる。

 しかし、アーサーの身体は砲撃のダメージをほぼ受けていなかった。拳の触れる瞬間、“瀧漸鱗”の水が盾のように広がり、アーサーを守っていたのだ。

 アーサーは立ち上がり、剣を振ることで、“瀧漸鱗”に混じった“黒文字”を落とす。


 「なかなか、使い勝手の良い……」


 アーサーが“瀧漸鱗”の目を落とすと、刃から“レイくん”が小さな突起を出し、グーサインをしている。

 息を吐き、呼吸を整えたアーサーは剣を目の高さに構えた。


 「なるほど……、どうりで追撃が来ないわけだな」


 アーサーは鼻で笑う。

 見れば、ヨツバを覆っていた“黒文字”が所々に禿げ始め、彼自身の生身が見え始めていたのだ。

 砲撃を放った右腕に関しては、完全に“黒文字”が無くなり、肌色の腕がだらんと垂れているだけである。

 ヨツバの、“狼”のようになった顔が、苦しそうに歪んでいる。


 「回復が、間に合っていないようだな」


 ヨツバが否定するように唸る。

 まだ黒い左手を地面に着け、叫ぶと、“黒文字”が彼の右腕を再び侵食し、形成されたのは大きな刃。―――まるで、アーサーの“瀧漸鱗”を模倣したようである。

 そして、一言も発さずヨツバは、ドタバタと足音を立てて接近してくる。


 「ほう……、剣同士で“語ろう”というのか?」


 アーサーは静かに言うと、ヨツバの“刃”をいとも容易く一刀両断した。

 堪らず叫ぶヨツバ。

 アーサーが柄を強く握り、赤い液体が“瀧漸鱗”に混じる。


 「ならば選択を誤ったな!貴様如きが! 俺に剣術で勝てると思うな!」


 再生が間に合わず、怯んで動きの止まったヨツバに、アーサーは容赦なく切りかかる。


 「思い出せ! オオバ ヨツバ。お前はそれ程までに弱い男だったか!?」

 

 「昔のお前は何処へ行ったのだ!」

 

 「俺を負かした、弱く、脆く、怠慢なお前は何故消えた!」


 アーサーから吐き出る、不満にも似た魂の叫び。

 ヨツバの身体から、徐々に“黒文字”が剥がれて落ちて行く。    


 「分かったなら―――」


 アーサーは“瀧漸鱗”を大きく振り上げる。


 「唸ってないで、“詠唱”の一つでもしてみろ!!」


 真頭上に直撃した、剣。

 ヨツバはよろめき、千鳥足で後退する。

 アーサーは息を荒らげ、限界が来たのか、膝を着いた。


 「アーサーくん!」

 「寄るなレイビア! ……まだ終わっていない」


 よろめきながら、頭を抑えるヨツバ。

 ダメージジーンズを履いているように、所々の“黒文字”は禿げており、まだ完全に残っているのは、左腕と頭部くらいである。

 押し潰しそうな程の力で頭を抑え、ヨツバは狂乱したようにグルグルと回り始めた。

 そして―――


 「ガァァ!!」


 最後の力を振り絞るように、唯一残った“獅子”の腕でアーサーに殴り掛かる。


 「まだ目が覚めんのか?!」


 アーサーはすぐさま剣を構え、横に振り抜こうとする。

 が、拳と剣が結ばれるその直前、静止したヨツバの拳。

 見れば、“獅子”の拳を、右腕―――人間の手が鷲掴みにしていたのだ。


 「俺ノ……身体ヲ……好キ勝手使ウナ!」


 濁った声でヨツバが呟き、“獅子”の拳を裏拳のように横へ振る。


 「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


 その叫びが、ヨツバのものなのか、“獣”のものなのかは誰にも分からない。

 聴覚化された葛藤の末、―――自身の頭に振り抜かれる人間の拳。         

 倒れるヨツバ。

 駆け寄るアーサーとレイビア。

 ヨツバを覆っていた“黒文字”は煙のように溶けていき、元に戻ったヨツバの顔は、何故か笑っていた。



―――――――――――――――――――――



 「はぁ……はぁ……」


 タガーを両手に構え、肩で息をするスカリィ。その反面、対峙しているエルは呼吸はもちろん、髪型さえ乱れていなかった。


 「なんで……当たらない?」


 先程からスカリィが、どれだけ刃物を振り回そうと、エルにはかすり傷一つさえ付けることができないのだ。


 「ごめんなさい……。“貴方の行動”は全て見えてしまうのです……」


 エルは避けるばかりで、一切攻撃をしてこない。むしろ、披露しているスカリィを心配する位である。


 「ところで、額から“汗”が垂れそうですが……大丈夫ですか?」


 スカリィはハッとして、おでこを何度も擦る。


 「―――顔色も悪いですよ? 休憩した方が良いのではありませんか?」


 次の瞬間、スカリィの頬に触れる、エルの手。スカリィが気づいた時には、彼女の顔が、間近にまで迫っていたのだ。

 目を見開いて、タガーを振り回し、スカリィは後退する。エルも最小限の動きでそれを避けた。


 「いつの間に……近づかれた……?」


 スカリィは小声で自問する。

 高速で動かれた訳では無い。……エルはなんの魔術も行使せず、ただ歩み寄っただけだ。―――それにすら、気づけない程スカリィ自身が取り乱しているのだ。


 「ところで……」

    

 手を後ろに回し、スカリィの顔を下から覗き込んだ。その表情は、我が子を心配する母親のようである。


 「その“首輪の跡”は、いつ頃のものなんですか……?」


 スカリィは心臓を鷲掴みにされるような衝撃を受け、慌ててフードで首元を隠す。

 彼女の息も荒くなる。


 「……やめろ」

 「私は“未来”しか見ることが出来ませんから……、貴方の過去に何があったかは分かりません」

 「やめろ!」

 「しかし、その“傷”を克服しなければ、“理想の未来”へと到達出来ないのは分かります」

 「やめろって―――」


 スカリィは全身に纏ったあらゆる武器を、四方八方の壁に投げつける。―――もちろん、エルには一本も当たっていない。


 「言ってるだろ!!」


 スカリィが叫んだ瞬間、壁にめり込んだ大中小、形も様々な刃物が同時に青白く光った。


 「どんな攻撃でも避けるなら……、“避けられない攻撃”をすればいい……!!」


 スカリィが不敵に笑うと、光る刃物達一本一本が、それぞれ光の線で繋がり、二人を囲うドームを形成する。


 「わぁ……」


 エルは自分達を囲うドームに目を向ける。


 「氷結系最強魔術―――“ドレスデの氷厳魔術”ですね。しかも、刃物に詠唱文を刻むことで、詠唱の負担を大幅に減らしているわけですか……」

 「今更気づいても遅いよ…… 」


 スカリィは口で息をしながら、辛そうに答える。


 「この結界に入った以上、もう逃げられない」

 「しかし、問題があります。その結界に、貴方も入っています」

 「単純な話。アンタよりも、一瞬だけ長く立ってればいい」

 「なるほど。しかし、もう1つ重大な問題があります」


 エルは、皮肉の一切こもってない、不安そうな声で呟く。


 「―――私に逃げ場がありません」


 そんな事か、とスカリィは鼻で笑う。

 逃げられないように、わざわざこの魔術を選んだのだ。当然のことである。

 しかし、エルは自分の身を案じているというより、スカリィの心配をしているようだった。


 「私の眼でも、これから何が起きるか見る事は出来ません……。今からでも遅くありませんから、穏便にすませませんか?」

 「うるさいんだよ!」


 スカリィは止まらない。

 “ドレスデの氷厳魔術”のあと僅かで完了しようとしていたのだ。


 「そうですか、とても残念です。―――貴方にも、“理想の未来”が来る事を願います」


 そう言って、エルはまるで眠るように目を閉じた。

 そして、スカリィが勝利を確信した次の瞬間である。彼女の頭上に、大穴が空いたのは。


 「へ……?」


 理解出来ず、スカリィはキョトンとした声を出す。

 大穴から覗き見るように出てきた、無数の刃。何が起きてるのか分からず、スカリィは呆然とその光景を眺めていた。

 一本の刃が抜き出て、スカリィの腕に突き刺さった瞬間、彼女はやっと、自分がどれだけ危険な状態にいるのかを理解した。

 その一本を皮切りに、空中の大穴から、まるで雨のように降りそそぐ無数の刃。スカリィは声を上げる暇すら無い。


 「なに……これ……?」


 掠れた声でスカリィは呟く。  

 淡々と繰り広げられる、因果不明の行為―――強いて言うならば、“天罰”だろうか。

 スカリィは霞んでいく視界で、エルを見る。何もせず、目を瞑るだけの少女。ただ、それだけの光景だというのに、他に無いほど、神々しさと絶望を纏っていた。

 ―――彼女と戦おうとした瞬間から、これが、決していた“未来”なのかもしれない。

 “天罰”は、スカリィの意識が途絶えるまで、終わる事は無かった。

   


―――――――――――――――――――――



 エルが恐る恐る目を開けると、スカリィが倒れていた。

 エルは慌てて少女に駆け寄り、微かだが呼吸を確認して、ホッと息を吐く。


 「良かったです。神は貴方を生かそうとしてくれました……」


 今のような“出来事”は、彼女が完全に追い詰められた時に必ず起きるのだが、その犠牲者の大半は命も落としてしまうため、彼女は運が良いと言える。

 何故こんな事が起きるのか、誰によって起きているのか、エル自身正確には分かっていない。―――大方予想はついているが、口に出さない方がいいような気がするのだ。


 「さて……」


 階段の踊り場で倒れている、人型魔導書にエルは駆け寄り、少女を再起動させる。

 しばらくすれば、魔導書の少女も目を覚ますだろう。


 「これで“理想の未来”に、また一歩近づきました!」


 旧校舎の方へと目を向けたエルは微笑む。


 「あちらも、順調に進んでいるようですね。後の問題は―――」


 少女はため息を着き、寂しそうな目で自分の真上―――本校舎の屋上を見上げる。


 「―――ブリールさんをなんとかするだけですか」  


ヨツバVSアーサーも終わり、いよいよ物語は最終局面になります。

“模倣魔術”から解放されたヨツバは、これからどうするのか。そして、乱闘の勝者は…。てな感じで、やっていきたいと思います。


次回は水曜日です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ