見つかった?!
ブリールの光源に狙われ……、ミヤビとアンピが瞬間移動先は、学園のはるか上空。
風で離れないよう、咄嗟にお互いの腕を組み合わせた。
「……どうしてこんな高く?」
「逃げられればいいじゃん!」
自由落下し、呼吸が困難になりそうな強風を全身に浴びながら、アンピは“妖緑眼”で学園を見下ろす。
本来“幻覚魔術”の範囲は広くてもヴァルーチェ学園一つ分程が限界のはずだ。
しかし、ブリールは“教会”の精鋭が集められた“熾従者”のリーダー格。魔術は、絶対神オーゼの“聖遺骸”である“オーゼの電光魔術”だ。魔力、魔術共にトップクラスなのは間違い無い。学園内にいると考えるのは迂闊すぎるだろう。
アンピが必死にブリールの本体を探している反面、“光源”は簡単に彼女達を見つけた。
丸い形を、幾つにも枝分かれさせ、まるでホーミングレーザーのように上空の二人へ迫っていく。
「見つかった?!」
「まだよ!」
ミヤビは舌打ちを漏らし、ホーミングレーザーが当たる寸前で、再び“瞬間移動”。
次に降り立ったのは、本校舎の屋上。
アンピは“妖緑眼”でブリールを探し続け、ミヤビは、今さっきまで自分達がいた空間に幾本のレーザーが突き刺さるのを見た。
獲物を捕らえ損ねた“光の矢”は蚊柱のようにグルグルと集まり、一瞬だけ球体に戻ると今度は四方八方へ飛んでいく。
その内の一本が、ミヤビ達のいる屋上へ一直線に突っ込んできた。
「もう! 何処まで追ってくんだよ!」
「多分永遠に」
「イライラしてくるねっ!」
ミヤビが不満を漏らす中も、アンピは探し続ける。
“教会”、しかも“熾従者”の魔力だ。本来なら簡単に見つかるはずである。
しかし、何故か街中に“教会”の魔力が何人も存在しているのだ。その中で1つの当たりを見つけるのは困難である。
「逃げるよっ!」
ミヤビがアンピの肩を掴む。それと同時、アンピの脳裏に稲妻が走った。
「見つけ―――」
“瞬間移動”先は、中庭の空中。
「―――た」
「座標は!?」
「本校舎西棟、2階踊り場!」
ミヤビはすぐさま後ろポケットからペンを取り出す。が、彼女の背後から一本の“光の矢”が迫っていた。―――まるで、彼女達がこの場所に来るのを待ち構えていたようである。
意外にも、ミヤビはその“光”を視界の端で認識した。しかし、反応できるかは別問題だ。
ミヤビがペンを“瞬間移動”と同時、彼女の右太腿を貫く“光の矢”。
「ぐぅっッ!」
一瞬で溢れそうになった涙を瞼で塞き止め、そのまま地面へ落下する。
ミヤビはなんとか受身を取り、脂汗を無数に浮かべながら足を抑えた。本当なら大声を上げて転げ回りたいはずだが、それをしないのは彼女のプライドと、溢れ出るアドレナリンのお陰だろう。
「無事?!」
「いいから! “教会”は!?」
「当たった。でも致命傷じゃない!」
「ちょっとズレたか……。ならトドメを……!」
駆け寄ってきたアンピの肩を借り、無理やり立ち上がるとミヤビ達は先程ペンを飛ばした場所へ、“瞬間移動”する。
―――――――――――――――――――――
負傷してない方の足で着地し、ミヤビはそのまま尻もちを着いた。
「どこ?! アイツは」
「―――ここですよ」
背後から聞こえたブリールの声に、二人は反射的に振り返る。が、それより速くブリールの杖がミヤビの顔面にめり込み、吹き飛ばされた身体が壁に打ち付けられた。
「ミヤビっ!」
アンピが叫ぶ。
間髪入れずにブリールの左腕が伸び、アンピの首を締め上げた。
「まさか、本物の私を見つけるとは……、予想外でしたよ」
ブリールの首から垂れる一筋の赤い線。
彼女は残った手でそれを拭い、その手を見て苦笑する。
「もう少し深ければ、流石の私も死んでいたでしょうね……」
ブリールは華奢な体躯からは想像もつかない力で、アンピの首を絞めた。骨の軋む音がし、アンピは声も出せずに両足をバタつかせている。
「“転生者”ではありませんが、生かしてはおけません……。神の元へ送って差し上げます」
ブリールの手に、より一層力が籠る。
岸に打ち上げられた魚のように動き回っていたアンピの足も段々と静止していく。
「―――でも、“オーゼの神眼”があれば避けれたんじゃないの?」
ブリールの手から力が抜けた。
険しい目付きで、ブリールがゆっくりと振り返る。壁にもたれたミヤビが腕を床に垂らして、嘲っていた。貫かれた太腿から血が垂れて水溜まりをつくっている。
ブリールが手を離すと、アンピは崩れ落ちた。
「もう一度、……言っていただけますか?」
ブリールは聖女のような優しい笑顔の仮面を付け、ミヤビの手に杖の先端を押し付けた。
歯を噛み締め、ブリールは痛みに耐えると、苦笑しながら続ける。
「昔聞いた事があるんだよ……。“オーゼの神眼”を貰えなかった“憐れな”子がいるってさ。それ、アンタのことでしょ?」
「…………違う」
「“神眼”さえあれば私の攻撃も避けられたのにさ……。パッと出の“転生者”に取られたから、アンタは持ってな―――」
「黙りなさい!」
柄にも無くブリールが叫ぶも、ミヤビはやめない。
「アンタの信仰心なんて、オーゼ“様”からはどうでもいい“ゴミ”みたいなもんなんだよ。都合のいいただの傀儡だ。少し力を与えれば簡単になびいて、“役にも立たない信仰心”を無償で捧げ続けるさ!」
「黙れと言っているのです!!」
ブリールは息を荒らげて、杖の先端を思いっきり振り落とした。泥を押して水が出るように、ミヤビの手から血が漏れていく。
片手で額を抑え、ブリールは取り乱すように頭を小さく振ると、“光源”を三つ顕現させた。
「貴方は“送りません”……。私の手によってここで殺します」
「へー、物騒だね」
まるで他人事のように言い、未だ嘲ているミヤビに、ブリールは耐えられなかった。“光源”の一つが線状に伸び、ミヤビの残った手を貫通する。
「んむっ!」
下を噛み締めたのだろう、ミヤビの口から赤い線が垂れる。
「貴方は手で触れないと“移動魔術”が使えない。これで“ペン”での攻撃は出来ません」
「よくご存知で……。でも、私自身は何時でも逃げれるんだよ?」
「好きなだけ逃げれなさい……。死ぬまで追いかけるだけです」
ブリールは冷たい目線で見下ろし、少しも表情を動かさずに、残り二つの“光源”を槍の形へ変えた。
その瞬間のことだ。
地面を、そして空間を震わせるような“獣”の雄叫びが響き渡ったのは―――。
ブリールは顔を上げる。
今の声は何だったのか……。旧校舎の屋上から響いてきた―――
と、そこまで思考した所で彼女の視界は一変した。
視界一杯に広がる空。頭部に受ける突風。気付けば彼女は、はるか空中から落下していたのだ。
足にしがみついているミヤビと、ブリールは目が合う。
「何をしているのです!?」
「道ずれだよ。どうせ死すなら一緒にさ。アンタの“電光魔術”じゃどうにもならない……」
出血のせいか、虚ろな目でミヤビが呟く。
ミヤビの言う通り、ブリールの魔術ではどうしようも出来ない。その事は彼女自身が一番よく分かっていた。
「戻りなさいっ!」
叫ぶが、ミヤビは満足気に目を閉じ何も言わない。
迫り来る地上。
ミヤビをクッションにしようとしたが、しっかりと掴まれており、離れそうもない。
迫り来る地面。
万事休すかと思われ、目を閉じたその時、落下とは違う、浮遊するような、撫でるような風が彼女に吹いた。
「―――流れ星かと思ったすよ」
ブリールが目を開けると、そこはアズラの顔があった。どうやらお姫様抱っで抱えられているらしい。
「……助かりました」
「珍しく素直っすね」
本校舎の屋上へ着地し、アズラはブリールとミヤビを床に降ろした。……間接的に“転生者”の命も救ったようだが、仕方の無いことだろう。
杖を頼りに立ち上がり、ブリールはホッとため息をついた。―――アズラがいなければ確実に死んでいたはずだ。
アズラに目を向けると、彼女は「おっと……」と呟き、両腕を背中に隠した。
「見ない方がいいっすよ。お陰様で骨がバッキバキっすから」
「……そうですか。……ありがとうございます」
彼女が死ぬ所は、数え切れない程見てきたが、自分を庇って負傷したとなればブリールも責任を感じざるを得ない。
「アズラ、貴方達は今何人いるのですか?」
「さっき死んだ一人が減っただけっす」
「なるほど……。では、数人でそこの“転生者”を見張ってください。“移動魔術”の使い手ですから、拘束しても無意味です」
「で、後の私達は……?」
アズラは腕を後ろに回したまま首を傾げる。
「全員でタチバナを―――。いえ、半分を旧校舎の屋上へ向かわせてください。あそこで何かが起きています」
ブリールは屋上のフェンスに手を乗せ、旧校舎へ目を向ける。
その紅い瞳には二つの影がぼんやりと見えていた。
思ったより長くなってしまいました。
今回は、ブリールの感じてる、エルへの劣等感を表現するのが難しかったです。
本来なら水曜日に投稿ですが、私的な用事により次回は来週の日曜日になります。よろしくお願いします。