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“理想の未来”のためです


 15時を少し回った頃、魔導書の少女―――ビオラは廊下を小走りで進んでいた。

 顔が見えぬよう、大きな布をベールのように頭から被っているが、ドレスの長い裾が隠しきれず余計に目立つ結果となっている。

 きっと休憩時間を利用して、主人にでも会いに行こうとしているのだろう。

 そんな彼女を狙う影。

 スカリィは廊下の壁にもたれ、近づいてくるビオラをフードの中から眺めていた。


 「おっと、ごめんよ」


 魔導書が前を通り過ぎようとした瞬間、スカリィは手を伸ばし、彼女の行く手を阻んだ。

 魔導書は目を見開いて急停止し、少し後ずさりしながらスカリィを見つめる。


 「な、なんの用でしょうか……」


 いきなり知らない人間に話しかけられればこんな反応になるだろう。

 スカリィは名乗らず、彼女にだけ見えるようフードを少し脱いだ。

 顕になった顔と、頭部に生えた特徴的な耳で誰か分かったのだろう。魔導書は息を詰まられ、更に数歩後ずさった。 


 「……何故貴方が」

 「今回もお仕事だよ」

 「マスターの居場所なら分かりませんよ……。私も探しているところです」

 「悪いけど、今回の目的は彼じゃない。―――君自身だよ」


 魔導書は眉を顰める。彼女自信に自覚は無いようだ。


 「何を言っているのか……分かりません」


 弱々しく首を横に振り、魔導書の足はゆっくりと後方へ進んていく。


 「自分の“特異性”を分かってないの? 意外だね。本人は自覚してるものだと思ってたよ」


 魔導書との距離が離れないよう、スカリィも前に進んでいく。

 次第に魔導書の足の動きも早くなっていく。彼女は今にも踵を返して逃げ出しそうだ。その臨界点に到達しようというその瞬間、スカリィは人間離れした瞬発力で魔導書の背後に回る。


 「……て、なわけで少し大人しくしててよ」


 魔導書が振り返るより前に、スカリィは彼女の首元にプレートのようなモノを貼り付けた。

 魔導書は「あっ」と小さく声を漏らし、電源が切れてしまったように前屈みで倒れそうになる。スカリィは彼女の肩に手を回しそれを防いだ。

 魔導書に貼られたプレートは、“詠唱文乱列装置(コード)”の一種である。以前盗賊王との闘いで使われた物より劣っていたが、魔道書の機能を停止させるには充分だった。


 「さて……」


 まわり目立たつよう、魔導書を壁にもたれかけ、少女は次の行動を考える。

 本来の作戦では、リッティに連絡し、状況によって落ち合う場所を教えてもらうはずだったのだが、“ステッカー”を取られた以上通信を取る事が出来ない。

 となると、本拠地の宿にまで行くしか無い。街のはずれにある為、学園からは相当離れている。マネキンのように動かなくなった魔導書を担いで、しかも“教会”の連中に勘づかれずにその距離を移動するのは困難だ。


 「あぁ! こういう時に“タクシーちゃん”がいると便利なのにぃ!」


 元“疎楽園”のメンバーを思い出し、スカリィは地団駄を踏みそうになる。しかし、いない人間のことを考えても仕方ない。

 そして、壁にもたれて一切動かない人型魔導書を、周囲の人間も段々不審に思い始めた。このままこの場所に留まるのはよくないだろう。

 スカリィは介抱でもするように、魔導書の肩に身体を入れ、ゆっくりと歩き始める。一先ず動きながら考えることにした。その間に仲間と偶然出会うかもしれない。

 そんな淡い期待を持ちながら階段を降りようとしていると、何者かに背後から服の裾を掴まれた。


 「待ってください……!」


 スカリィは咄嗟に、目だけで背後を見ると、そこには白装束の少女が俯いて肩で息をしていた。


 「その選択は……“理想の未来”になりません!」


 少女が顔を上げると真っ白な瞳が、スカリィの目に飛び込んでくる。その濁りの無い双眸は、彼女に言語化できない恐怖心を植え付けた。

 スカリィの瞳孔がまるで獣のように細くなる。

 反射的にタガーを抜き、魔導書を抱えている事など忘れて、少女に刃を振り抜く。


 「……にしても、運動不足ですね」


 少女の顔にタガーが当たろうという瞬間、少女はペタンと階段に尻もちを着いた。―――“偶然”にも、スカリィの攻撃を躱したのだ。

 驚愕からスカリィは見開いた目が閉じなかった。支えのなくなった魔導書が踊り場へ落ちて行く事など気にも止めない。

 間髪入れずにスカリィは刃を振り下ろす。が、自身の身体に起きた“異変”から腕が止まった。

 それは、頬から垂れる一滴の汗。

 息が止まりそうになり、叫びだしそうになる。スカリィは慌てて“恐怖の象徴”を拭い、脳裏を侵食し始めた“嫌な記憶”を鎮めようとする。


 「大丈夫大丈夫大丈夫……。もう“アイツら”は死んだ死んだ死んだ怖くない怖くない怖くない怖くない……」


 首元に残った“首輪のアザ”を掻きむしり、スカリィはどうにか落ち着こうとする。

 震えながらヘタリ込み、深く何度も深呼吸をして、なんとか発汗は止まった。


 「大丈夫ですか……?」


 気づけば、少女が心配そうにスカリィの頬へ手を伸ばしていた。

 スカリィは飛び退き、階段の踊り場で再びタガーを構える。


 「……何者……?」


 小腸で虫が這いずり回っているような不快感を抱きながら、スカリィは問いかける。


 「申し遅れました。熾従者(セラフ)の一人、エルと言います」

 「“教会”……? なんの用?」

 「お願いがあって来たのです」


 エルはなんの躊躇いも無く階段を下り、少女へと近づいていく。


 「貴方が、“ビオラ”さんを連れて行ってしまうと“理想の未来”にならないのです。どうか諦めてはくれませんか?」

 「何……言ってるの?」


 何故そんな事を敵に言われるのか、そもそも何故“魔導書”を狙っている事が“教会”にバレているのか。

 疑問点は複数あったが、従う理由にはならない。


 「嫌だね」

 「そうですか……」      

 

 スカリィが短く答える。

 エルが突然攻撃でもしてくるんじゃないかと警戒していたが、少し俯いただけで何もしてこなかった。


 「では、諦めてもらえるまで説得します!」


 気を取り直すようにエルは顔を上げ、……攻撃する訳でもなく深く頭を下げた。


 「“理想の未来”のためなのです。よろしくお願いします!」


 スカリィは恐怖していた。

 隙だらけのはずなのに、何故か彼女には刃が通らない気がしたのだ。

 戦闘というには一方的で、では口論かと問われれば派手すぎる奇妙な“争い”が始まった。

ちょっと投稿時間変えてみよかなと思い、気づけば月曜の10時でした。(ごめんなさい。寝落ちしてました)


スカリィちゃんは定期的にトラウマに襲われてますね。実際何があったか直接書くつもりは無いので、彼女の言動から察してあげてください


次回は水曜日です。


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