私が出ます
いつまで経っても戻ってこないエルに、ブリールは痺れを切らし、部屋の中を行ったり来たりしていた。両目を包帯で覆っているため、何度か机の角で躓きそうになる。
「アズラ、現段階では何人にまで増えましたか?」
「ちょうど35くらいっすね……。まだ始めたばかりっすから」
アズラは額に手を置き、“他のアズラ”と通信を図る。
しばらく何も無い空間を見つめていたアズラだったが、ふいに目を見開いた。
「“見張りの私”から連絡っす。タチバナが学園に近づいて来ています……!」
彼らの目的は学園にあるのだから当然とも言えるが、その事実にアズラは舌なめずりをし、懐から武器を取り出す。
「さっきのは、かなりの屈辱でしたからね……。今度こそは負けないっすよ」
「いえ、アズラ。貴方はそのまま偵察していてください」
「なっ、なんでっすか?!」
「常識的に考えてください。貴方がどれだけ束になり、連携を取ろうと彼には勝てません」
反論不可能の正論を突きつけられ、アズラは押し黙るしか無かった。しかし、このままタチバナを放置する訳にもいかない。
「じゃあどうするんすか? まさか、エルに任せるつもりじゃないっすよね?」
「当然です。―――私が出ます」
ブリールはソファに寝かせていた杖を手に持つ。
エルとアズラがダメとなれば、必然的にブリールしかないのだが、あまりに唐突だった為、アズラは少しむせそうになった。
「タチバナに対抗できるのは私位でしょうから」
「で、でも、そもそもタチバナと遭遇できるんすか?」
極度の方向音痴であるブリールが、タチバナと遭遇する可能性は普通に考えて低い。
アズラはその事を少し小馬鹿にするようなニュアンスを込めて問いかける。
「問題はありませんよ―――」
ブリールは両目に巻かれた包帯を丁寧に解き始めた。
「―――目が見えていれば、ちゃんと辿り着けますから」
顕になる、真紅の双眼。
刻まれた、“教会”の象徴たる“三日月”のマークは、アズラのものと同じはずなのに、深い畏怖を抱かせた。
大半の時間を共にするアズラでさえ、彼女が包帯を外した姿はそうそう見れない。風呂はもちろん、目薬を指すときでさえ外さないのだ。
アズラの両手は気付かぬうちに汗で湿っていた。
「では、行ってきます。―――増殖も今の数で充分です。タチバナ以外の“疎楽園”、もしくは第三勢力の学生を捜索してください」
いつになく上機嫌で部屋を出ていたブリールを見送り、アズラは大きく息を吐く。
「ほんと……、味方で良かったっすよ」
何故オーゼが“神眼”をエルに授けたのか、彼女は分かった気がした。
―――彼女が手に入れれば脅威になると考えたからだろう。
―――――――――――――――――――――
副校長室で、アズラが畏怖を抱いている間にも、“他のアズラ”は言われた通り“疎楽園”の捜索をしていた。
「人使いが荒いっすよね〜」
一人のアズラが旧校舎内を歩きながら呟く。
第三勢力である学生達を探そうかと思っていたが、こうも人の多い場所で特定の2,3人を探し出すのは非常に困難だ。
その事をアズラも分かっていたため、彼女は頭に両手を回し、呑気に散歩でもするつもりで徘徊していた。
「ま、私が頑張らなくても、“他の私”が頑張りますよ」
しかし、“アズラ達”の思考回路は同じであるため、彼女がサボろうと考えれば、他の全員も同じ思考に至る。
その事もアズラは分かっているため、言葉ではそう言いつつも、目線はしっかり辺りを注視していた。
彼女の脳内では、“他の自分”が自身の現状を報告し合い、とてもやかましい状態になっている。
このアズラも、「異常なし」と連絡しようとしたその時、扉の大きく開かれた部屋が目に入った。“新聞部”と書かれたその部屋には、人の気配が無く、ひっそり閑としている。
アズラはひょっこりと、顔を覗かせた。
その室内の光景に、彼女は驚くと同時、頭に幾つも“?マーク”が浮ぶ。
そこには、部屋の中心で椅子に縛られた少女がいて、気絶したように首を落としていた。
最初は何かの出し物かと考えたが、その縛られた少女が、“疎楽園”の一員だと分かると意見も変わる。
どういう成り行きでこうなったのかは不明だが、現状だけを述べれば、“疎楽園”の一人が椅子に縛られ無力化されているということになる。
疑問点しか無いが、絶好の機会に間違いは無かった。
もしや罠なのでは? なんて思うはずが無く、アズラは部屋に入っていく。
美術品でも観察するように、少女の周りを一周し、彼女は満足げに椅子の背もたれに手を置いた。
「いくら女の子とは言え、一人で運ぶには骨が折れますね……」
鋭い痛みが、彼女の腹部を襲ったのはその時だ。
アズラが視線を下げると、少女の持つ氷のナイフが、自身の横腹に突き刺さっており、紅い花弁が咲いていた。
「―――なんだ、オオバヨツバじゃないじゃん」
少女は顔を上げ、細く、冷酷な視線を背後のアズラへ向ける。
一矢報いようと、アズラは懐の武器に手を回す。が、それよりも速くロープが解かれ、彼女の首に振り抜かれる氷の刃。
「おっと、血は出さないでよね」
凍結し、一滴の出血も無い傷跡を残し、倒れるアズラ。
霞んでいく視界の中で彼女は、少しくらい注目してもらおうと、少女に視線を向け続けたが、少女の興味は既にアズラへは向いていなかった。
かくして、『少女が縛られていた怪しい部屋』は、『少女の亡骸がある怪しい部屋』へランクアップしたのだった。
―――――――――――――――――――――
縛られる時に取られた装備を付け直し、スカリィは新聞部から廊下へ出る。
紆余曲折あったが、目的地にまで辿り着けたのだ。結果オーライと言えるだろう。
「くっ…………はぁ!」
大きく伸びをするスカリィ。
さて、ここからが問題だ。
“学園祭”で人が溢れかえっているこの学園で、ターゲットを見つけなければならない。てっきり、いつも通りオオバ ヨツバにくっついているかと思っていたが違った。
となれば、手がかりなしで探し出さなければならない。ステッカーも取られているようで、正真正銘孤立無援の状態である。
八方塞がりかとスカリィがため息を着いた時、校庭で大きな人混みが蠢くのを見た。
どうやら、一人の少女を中心に数人のボディガードとその十倍はいそうな野次馬がひとつにあって進んでいるようである。
「“クイーン”、休憩に入りまーす」
そんな声が校庭から響いてきた。
これは偶然か、必然か。スカリィには分からなかったが、彼女に月がまわってきているのは確かである。
まさか、ターゲットの方から目立ってくれるとは夢にも思わなかった。
少女はフードの中で、誰にも見えぬよう笑みを浮かべる。
―――――――――――――――――――――
タチバナは口笛を吹き、ポケットに手を突っ込みながら、堂々と学園に正門から入ろうとしていた。
そんな彼の前に、一人の少女が立ちはだかる。
「とま、止まってください!」
門をくぐる数歩手前で呼び止められた。
片手に包帯のように白い“糸”を巻き、魔導書を両手に抱えた、何故か黒を基調とした際どいドレスを纏った少女である。
「悪いね。普段、ナンパされたらどんな娘着いてくんだけど、今ばかりは外せない用事があるんだ」
「ナパ、ナンパじゃありません!」
少女は吃りながら声を張り上げ、見せつけるように、魔導書をタチバナに突きつけた。
「あ、貴方を学園に入れる訳には……い、か、いきません!」
その古めかしい書物と、ただならぬ雰囲気を見れば流石のタチバナも、目の前の少女が“魔女”であることには気づく。
タチバナはやれやれと、額に手をやった。
「ここではよさないか? 一般の女の子に迷惑はかけたくない」
「で、では引いてください! でなでな、でないと彼女を呼びます!」
「それは困ったね……。引く訳にもいかないし、出来るだけ女の子は傷付けないのが俺のポリシーなんでね」
そう言って、タチバナは少女に歩み寄って行く。
「ほ、ホントに開きますよ!」
それは、少女が書物に手をかけた瞬間の出来事であった。
「―――一時停止」
タチバナが呟き、少女の身体に刻まれる“黒い文字”。
そして、まるで時間が止まってしまったかのように少女は一切の動かなくなった。
「俺の魔術は、“編集魔術”。対象の時間を、まるでテレビ番組のように一時停止させたり、早送り、巻き戻しもできる……。―――ま、この声も聞こえてないだろうけどね。範囲外に出たら元に戻るさ」
すれ違いざまにタチバナはそう告げ、学園へ侵入して行った。
ついにブリールも動き出し、タチバナも学園にやってきました。
作中でも最強クラスの二人が活躍するのは楽しみですね。私はとてもワクワクしてます。スカリィも暗躍しそうです。
次回は水曜日です