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悪いな、それは無理だ


 学園を囲う街―――グレアに建つ“ビル”。

 洋風な街の雰囲気を完全にぶち壊した、12階建て、ガラス張りのその建物は“イシクラビル”と呼ばれ、商売の神に召喚された転生者、“石蔵 優希”が経営する複合施設である。

 商店から飲食店まであらゆるものが完備され、周辺の住人や遠方からはるばる来た富豪達で毎日賑わっていた。

 もちろん、ビル周辺の商店街では閑古鳥が大合唱しており、密かに“イシクラ ユウキ暗殺計画”が練られているが、…………それはまた別の話である。


 そんな“イシクラビル”の、屋上へと向かう階段を一人の少年が歩いていた。 



―――――――――――――――――――――


     

 ミヤビとの通信を終えたリッティは、再び仲間へと通信を送り始める。

 “教会”以外にも敵がいると分かった今、その事をなんとしても仲間に伝えなければならない。

 彼女達も実践を積んできたプロだ。簡単に負けるとは思えないが、敵にはイロツキ ミヤビがいる。仲間も相当手馴れた連中だと考えるべきだろう。

 現に、あの学園には“闘技会”で名の知れた“魔女”がいるはずである。もし彼女も一枚噛んでいるとすれば……、面倒な事になるのは明らかだ。

 通信状況が少しでも良くなるよう、少しずつ場所を移動しながら何度も仲間に呼びかける。


 「大丈夫なの……皆……」


 リッティが不安を呟いたその時、頭にノイズのようなものが走った。―――誰かが彼女に通信を送っているのだ。右腕に貼ったステッカー、アンピのものからである。


 「アンピ?! 大丈夫なの?」


 返事は無い。ただ、ノイズが走る。


 「ちょっと、ふざけないで!」


 リッティが怒鳴るも、やはり返事は無かった。

 アンピのことだ、ふざけているだけの可能性もある。だが、スカリィのように捕まっているかもしれない。

 リッティは歯を噛み締めながら、仲間の応答を待ち続けた。


 「もう分かったわよ! 怖がらせようとしてるんでしょ?! お願いだから返事してよ!」

 

 「『 ―――悪いな、それは無理だ』」


 脳裏に響く声。

 それと同時に背後から聞こえる同じ声。

 リッティは混乱しながらも、咄嗟に振り返った。

 そこに居たのはアンピでは無く、悠々たる態度でポケットに両手を入れた黒衣の少年。

 リッティは懐に隠した術具を少年に向ける。彼女の頬から一筋の汗が落ちた。


 「貴方……誰?!」


 そう問い掛けるも、リッティはすぐにその答えに辿り着いた。真っ黒な髪に漆黒のコート。少し前まで名を馳せていた“盗賊王”である。


 「何故貴方がここに居るの……!」


 “転生者”である彼が“教会”に協力するはずが無い。となれば、ミヤビの仲間という事になる。

 盗賊王は答える代わりに、ポケットからステッカーを取り出した。


 「―――っ?!」 


 縁が血で汚れた円形のステッカー。

 それを見ただけで、リッティは“最悪の状況”を理解した。

 ―――アンピが負けた?!


 「これ、“イゼーカの通信魔術”でしょ?」


 盗賊王はステッカーを指で弄ぶ。

 リッティは彼を睨みつけ、返事はしない。


 「一対一でしか通信できない上、障害物に阻まれると一気に精度が落ちる。となれば中継役になってる奴がいるはずだ。しかも、周りに障害物がほとんど無い場所に居なきゃならない。例えば―――ここ、“イシクラビル”の屋上みたいなね」


 聞いてもいないのに盗賊王は、リッティの潜伏場所に辿り着いた経緯を語る。

 その正確な推測と、現に目の前に立っている事実にリッティは何も言えなかった。

 彼の語った、そのままの理由でリッティは“イシカワビル”の屋上にずっと身を潜めていたのだ。

 リッティは盗賊王に気づかれぬよう深呼吸をし、思考を落ちつける。


 「大した推理ね……。でもこの状況よ……」


 リッティは握った術具に力を込める。

 アンピを倒したのは未だに信じられないが、リッティが術具を向けた情報である。彼女の方が有利なのは明らかだ。 


 「その術具、“カフロテの電砲魔術”だろ?」


 盗賊王は怯える様子も無く、ポケットに手を入れたまま問いかける。

  

 「……博識ね。威力が増すよう改造もしてある。痛い思いをしたくないなら、アンピがどうなって、何処にいるのか教えなさい」

 「聞いても意味無いと思うけど? ―――それより、君は魔術について何も知らないようだね。銃口が逆だよ」

 「何言って―――」


 一瞬の油断だった。

 リッティが眉をひそめたその瞬間、彼女の手から滑るように術具が飛び出し、盗賊王の手に収まる。そしてそのまま、盗賊王はリッティと“同じように”術具を向けた。

 盗賊王のもう一方の手に握られていた“フィボロスの強奪魔術”の術具で盗んだのだ。

 

 「ブラフだよ。中継役なんてやるくらいだ、戦闘経験もマトモにないんだろ?」


 図星を突かれたリッティは息を詰まられ、大人しく両手を上げた。


 「貴方、学園の人間じゃないはずでしょ? 何故私達に敵対するの……」

 「仕事だよ。契約したからね」


 冷たい声色で盗賊王は言い、アンピは諦めるように目を閉じた。

 空間に走る電撃。

 ―――しかし、その一撃は盗賊王の背中に刺さった。

 想像さえしなかった背後からの衝撃に、盗賊王は膝を崩し、漆黒のコートに血が滲んで行く。


 「―――簡単に背後を取られるなんて……。貴方も素人ね」


 その声にリッティが目を開けると、屋上の入口に持たれ、指を銃のようにしたアンピの姿があった。


 「アンピ!」

 「……話は後よ」


 リッティの歓喜の声を制し、アンピは再び指先を盗賊王へと向ける。その顔には脂汗が浮かび、もう一方の手は自身の横腹を抑えていた。


 「さっきはよくも恥をかかせてくれたね」

 「まさか生きてるとはね……」


 盗賊王はせせら笑いながら、地面を這い、負傷した身体を引きずる。


 「逃げ場は無いわよ。……諦めなさい」

 「生憎だけど諦めは悪い方なんだよ」


 屋上の塀にまで辿り着いた盗賊王は身を起こし、先程リッティから盗んだ術具を向ける。


 「まだ死ぬわけにいかないんでね……」


  そう言い残すと、盗賊王は塀から身を乗り出し、屋上から飛び降りた。


 「待ちなさい!」


 すぐさまリッティが駆け出し、地上を見下ろす。が、地上に盗賊王らしき姿は無かった。


 「何で撃たなかったのよ」


 リッティが振り返ると同時、アンピが崩れるように倒る。

 宙を舞う彼女の帽子。その光景にリッティは目を疑いながらも、気づいた時には駆け寄っていた。


 「ごめんなさい……。実はさっきので魔力切れ……」


 アンピの腹部から滲むおびただしい量の血に、リッティは息を飲んだした。


 「どうやってここまで……」           

 「電気で無理やり身体を動かしたのよ。……ごめんなさい」


 柄にもなく、寝ぼけるように謝るアンピに、リッティは心臓の鼓動が速くなった。彼女は急いで止血にかかる。


 「大丈夫よ……。きっと治すから」

 「応急処置の経験は?」

 「昔飼ってた鳥にやったことあるけど……。余計苦しめただけだった……」

 「…………そう」


 アンピは今まで弱っていたのが嘘だったかのように、即座に身体を起こした。

 目に涙さえ貯め始めていたリッティは唖然としている。


 「ちょっと、もう大丈夫なの?」

 「今の言葉だけで充分よ……。止血するから、包帯“だけ”貰える?自分でやるから」

 「え? ……うん」


 リッティから包帯を受け取り、アンピは手際よく傷口の止血をしていく。その間、リッティは今までに得た情報を伝えた。


 「なるほど……。スカリィが捕まったの」

 「多分、タチバナが救出に向かってるはずよ。どちらにしろ目的のモノだって学園にあるんだし」


 アンピは止血を終えると帽子を拾い、服を払いながら立ち上がる。


 「それなら、私達も学園に向かいましょうか」

 「へ?!」


 リッティは上ずった声を上げる。


 「そんなに驚くこと? この場所も敵にバレた以上留まれない。貴方が言ったように、目的のモノだって学園にある」

 「でも、怪我してるじゃない」

 「魔力さえ回復すればどうという傷じゃない。それに―――」


 アンピは帽子を目深に被る。


 「私には、“彼”の闘いを最後まで見届ける義務があるから」


 彼女の言う、“彼”が誰を指しているのかリッティには分からない。しかし、帽子の隙間から見える、アンピの不敵な笑みにリッティは背筋が凍った。



―――――――――――――――――――――



 アーサーは街を闊歩していた。

 アズラに惨敗し、その後もミヤビという“邪魔”が入ったため、彼の闘争心と自尊心は今にも暴れだしそうだった。

 こうして剣を片手に歩いていれば、先程のようにアズラが奇襲してくるのでは、と考えていたが、一向に彼女が現れる気配は無い。むしろ、全身傷だらけのため、関係無い一般人から不穏の視線を向けられるばかりであった。


 「クソ……」


 何もかも思うようにいかなければ不満も漏れる。

 人目を避けるように、アーサーは大通りを曲がり、人気の少ない方へと進んで行く。

 しばらく進み、ふと、視線を下げると、紫色の水滴がまるで足跡のように続いていた。

 剣を持つ手にも力がこもる。ただならぬ空気に臆するどころか興奮さえ覚え、アーサーは静かに歩き出す。

 紫色の血痕を置い歩んでいくと、そこには半身少女で、半身は蜘蛛のような外見をした生物が壁の隅に背中を預けていた。腕部分の先端が欠損しているようで、お世辞にも健康体とは呼べない。

 その光景に、アーサーは深くガッカリし、踵を返そうとする。


 「……戦わないのですか?」


 深く濁った声で獣が問いかける。


 「手負いの敵などに興味は無い」

 「それは貴方も同じに見えます。雰囲気で分かりますよ。魔女の仲間でしょう?」


 魔女の仲間と呼ばれるのは不服だったが、間違いでも無い。


 「俺は“教会”にしか興味は無い。お前と戦う理由も無いのだ」

 「―――これを見てもそう言えますか?」


 一瞬にしてアーサーの喉元に突きつけられる獣の腕。欠損しているその先端から紫の汁が垂れていた。


 「同じニオイがするんですよ。貴方も私も強い存在を探し求めている」

 「戦えるのか?」

 「見ての通り」


 交わされる二人の視線。それ以上の会話は必要無かった。

 アーサーは静かに鞘から剣を引き抜く。その間、ディテールは一切動かなかった。

 無言の開戦。今回の一件で、最も混じりっけの無い、純粋な闘争心からの戦いが始まった。 

あけましておめでとうございます。

すっかり忘れてましたが、このシリーズももう1年なんですね。最初は半年位で終わらせるつもりでしたが、何だかんだ続いてしまいました。


まさか、3話で一瞬登場したビルに名前を付けることになるとは思いませんでした。たしか、ビオラを買った店の向かいにあるんですよ。


次回は日曜日です


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