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貴方は死んでしまうのです


 通信を終えた俺はステッカーを剥がし、大きく息を吐く。


 「どうだった?」

 「旧校舎の屋上で闘うことになった」


 これと言って頭を使った訳では無いが、急に疲れが身体にきた。無意識の内に緊張していたのだろう。

 ステッカーをミヤビに渡し、部室から出ていこうとする。


 「あれ? 屋上はそっちじゃないよ。……ここまでしといて逃げるわけじゃないよね?」

 「トイレだよ!」

 「そうだとしても、そっちじゃないよ」

 「旧校舎(こっち)のトイレは汚いから本校舎に行くんだよ」


 「あー」とミヤビが納得し、俺は清潔なトイレを求め、本校舎へと向かう。

 ちなみに一番綺麗なのは本校舎二階に位置する職員用トイレである。その綺麗さ、美しさと言ったら、白雪姫の女王様が嫉妬する程だとか。

 学園祭ということもあり、普段暗黒舞踏でもしていそうな輩しかいない旧校舎も、普通の生徒から一般の人まで沢山の人間が行来していた。

 もちろん旧校舎に限った事では無く、本校者に着けば更に沢山の人がごった返している。

 人でいっぱいの廊下を進んでいくと、二階の廊下からメインステージが見下ろせた。圧倒的人気で今年のクイーンになった、我らがビオラがちょうど登壇していて、ギャラリーも凄いことになっている。

 辺りを見回しながら、少し困ったように手を振るビオラ。その様子は“誰か”を必死に探しているようにも見えた……。


 何とか職員用トイレに到着し、便器の前に立つ。

 学園祭中の使用は禁止されているらしく、俺以外に人はいない。……では何故お前はそこで用を足しているのだと問われれば、動物的習性としか言い様がない。犬や猫だって同じ場所にマーキングするだろう。……そういう事だ。

 清潔なトイレで気分も良くなり自然と鼻歌が漏れ始めた。


 「…………おかしいですね」


 その鼻歌を遮るように、個室から響く声。

 誰も居ないと思ってたため慌てて振り向く。それと同時に、個室の扉が音を立てて開かれた。


 「おかしいです。私の観た“未来”で、貴方は個室へ入って行きました。しかし、実際には違った。……不思議です。これはとても不思議です……」


 発言の意味不明さよりも、個室から出てきたのが女の子である事に驚いた。

 濁りの無い真っ白な瞳に同色の髪をした少女が顎に手を置いてゆっくりとこちらへ近づいて来る。彼女の纏った白いローブの裾が床に着いていて、とても気になる。

 ―――その装いが“教会”のものと同じだと気づいたのはその瞬間だった。

 モノを仕舞い、咄嗟に距離を取る。

 背中と腕に意識を回し、“蛇”と“獅子”を顕現させた。

 少女は俺の事など気にせず、うんうん悩んでいる。すると、しばらくして立ち止まり、「あっ」と声を漏らした。


 「私が個室に入ってしまった事で、“未来”が変わったのですね……!」

 「その程度で俺の便意が左右されるか!」

 「……それもそうですね。やはりまだ私が至らないせいでしょうか…………」


 俺の指摘に納得したのか、少女は軽く頷き、思考を再開してしまう。

 色々と突っ込みたい所はあったが、もうどうでも良く思えてきた。……面倒な交通事故に巻き込まれてしまったような感覚である。

 しかし、相手は“教会”(のはず)だ。気を引き締め少女を睨んでいると、急に俺の存在を思い出したように少女は顔を上げた。


 「失礼しました……。―――その“邪悪”な魔術をしまってくれませんか? 戦うつもりはないのです」


 敵に言われて素直に従うはずが無いだろう。俺は黙って少女を睨み続ける。

 少女はしばらく待って、俺が動かないと察したのだろう、小さくため息を着いた。


 「―――ひとつ聞いていいか?」

 「なんでしょうか?」

 「お前、“教会”だよな?」

 「ええ、熾従者(セラフ)の一人、エルという者です」

 「そうか―――」


 それさえ聞ければ十分だった。

 横一閃、薙ぎ払うように回される“蛇”。

 万が一、“教会”の装いをしていた“タダの”不思議ちゃんだった場合が怖かったが、予想通り“教会”だと分かった今、手加減は必要無い。

 しかし、“蛇”が当たるすんでのところで、 エルはローブの裾を踏み、床に尻もちを着く。


 「痛たた……。やはりこの服、もう少し短くした方が……」

  

 ―――躱された?! 違う、たまたま転けただけだ。

 今度はさっきより速く“蛇”を縦に振り降ろす。これで避けようが無い。


 「少しは話を―――」


 エルは呆れたような半眼で呟きながら、身体を横に逸らす。―――言い換えるならば、“最小限”の動きで攻撃を“躱した”のだ。

 “蛇”が地面に叩きつけられ埃が舞い、エルは服を叩きながら立ち上がった。


 「無駄ですよ」


 次の攻撃に移ろうとしていた俺を、エルは服を払いながら一言で制す。


 「私の瞳は“オーゼの神眼(視覚)”、“未来”を見通します。貴方の攻撃は当たりません」

 「じゃあ、避けられないにするまでだろ」

 「それを実行した方もいましたが、皆どういう訳か自滅していきました。魔術が暴走したり、空から物体が落ちてきたりと様々です。きっと私は神に愛されているのでしょう。―――それでも続けますか?」


 彼女の言うことが正しいとすれば、俺に為す術は無い。しかし、先程の回避を見るにあながち間違いではなさそうである。

 俺は大きく深呼吸し、“蛇”と“獅子”を解除した。


 「ありがとうございます。これで話が始められます」

 「……で、その話って?」


 上がった呼吸を抑えながら、尋ねる。

 魔力切れだろうか、急に嘔吐感が身体を襲い、俺は膝を着いてしまった。


 「先程も話した通り、私は“未来”が見えます」


 エルは改めるように息を吐く。


 「―――このまま行くと貴方は死んでしまうのです」


 “死”という言葉を鼻で笑うことは、流石に出来なかった。が、馬鹿らしいという感情はすぐに湧いてくる。


 「死ぬ、って……。なんだ? 俺がタチバナに殺されるって?」


 思いつく死にそうなイベントと言えばその位である。しかし、エルはかぶりを振った。


 「それ以前の問題です。貴方は自分の魔術によって殺されます。その体に刻んだ“獣”によって」


 大きく跳ねた心臓。

 その具体的な死因は、俺にかなりの緊張感を抱かせた。


 「きっと心当たりもあるはずです。魔力切れも以前より早まっているのではありませんか?」


 図星を突かれ黙る俺に、エルは続ける。


 「今からでも間に合います。これ以上その魔術を使ってはいけません。貴方が死んでは“理想の未来”が来ないのです」

 「だったらどうした……」


 吐き捨てるように言い、ゆっくりと立ち上がる。


 「“理想の未来”なんざ知ったことかよ……。俺はこの“魔術”が無いと闘えないんだ」

 「何を言っているのですか……。命が掛かっているのですよ? その“黒い文字”が全身を包めば―――」

 「忠告されたのはお前が初めてじゃない。危険なのは百も承知なんだよ!」

 「貴方っ、命とプライドどちらが大事なんですか!」


 エルの眉間に皺がより、少女は声を張り上げる。


 「プライドだね。敗北の味を啜り続けながら生きるなんて、死んでるのと同じだ」


 俺が即答すると、エルは両手に握り拳を作り、小さく震え始めた。


 「どうするんだ? 力尽くで止めるか?」

 「……私は“未来”が見えるだけです。攻撃は出来ません。貴方が納得するまで説得を続けるだけです」


 なんて面倒な……。

 女の子に説得し続けられるというのは、なかなか貴重な経験だし、一定層のマニアには堪らないかもしれないが、今はそれ所では無いのだ。……運の良いことに俺の方が出口に近い。


 「じゃ、タチバナとの勝負が終わったら聞いてやるよ」

 「それでは遅いのです。あっ、待ちなさい!」


 エルを無視して、廊下へと飛び出す。

 外見からして運動能力が高そうでもない。人混みに紛れてしまえば追ってこないだろう。


 「待ってください!」


 背後からエルの声が響く。


 「死んだら、念仏でも唱えてくれよ」


 痛む身体に耐え、職員用トイレから逃げ去った。



―――――――――――――――――――――



 人で賑わう廊下を、ミルカははしゃぎながら駆け抜ける。


 「レイ姉! こっちこっち、置いてっちゃうよ!」

 「あんまり騒ぐとあぶないってばっ」


 喚く妹の後をレイビアは小走りで追いかけていた。

 “彼女達”の故郷ネーフィではこれと言った騒ぎ事も無いので、このようなイベントでは無条件でミルカのテンションも上がってしまうのだ。                    


 「レイ姉、次はあっちに行こうよ」

 「そろそろ休憩しない? 中庭に僕が育てた花があるんだ」

 「そんなのネーフィにもいっぱい咲いてるじゃん! それにレイ姉、遅刻してきたんだから」


 それを言われると、レイビアも反論できない。

 学園祭の裏での出来事にミルカは巻き込みたく無かったため、理由も無くただ待ち合わせに遅刻したことになっているのだ。もし説明すれば、彼女の性格上間違いなく関わろうとするだろう。

 ご機嫌にスキップをしながら先導するミルカだったが、ふと足を止め、窓の外を見始めた。

 彼女の視線の先にあるメインステージでは、ちょうどビオラが舞台から降りるところである。予定ではこの後校舎中を練り歩くそうだが、あの賑わいだと中止になるかもしれない。


 「アレって、たしかヨツバの魔導書だよね」

 「そうだよ、ビオラちゃんね」

 「ふーん、人気なんだねぇ……」


 ミルカは興味なさげに口を尖らせた。


 「でも凄いことなんだよ? クイーンに選ばれると、後夜祭の“舞踏会”でキングの人と踊るんだ」

 「そう、舞台会!」


 ミルカの興味は思いがけない方に向いたらしい。


 「お母様がレイ姉の衣装送ってたよ。ちゃんと届いた?」

 「うん、届いてるよ。……ちゃんと、男性用と女性用」

 「レイ姉のことだから、女性用のドレスでしょ?」


 ミルカは冗談っぽく笑いかける。

 いつも、ハロルド叔父さんのような男になるんだと意気込んでいるレイビアだ。すぐに否定してくるはずである。

 しかし、レイビアは何も言わずに顔を赤らめ、気まずそうに視線を下げた。


 「レ、レイ姉?」


 いつもと違う姉の反応に、ミルカも困ってしまう。

 と、ちょうどその時二人の背後に白装束の少女が近づいて来ていた。


 「やっと……、やっと見つけました」


 話しかけられ、二人が振り向くと、そこには白い瞳に同じ色の髪をした少女が肩で息をしながら立っていた。


 「えっと……。何方で―――」


 レイビアが尋ねようとした瞬間、少女が彼女の両手を握りしめた。


 「貴方です。貴方が“理想の未来”への鍵です!」

 「へ……?」


 訳が分からずレイビアはミルカと顔を見合わせる。少女は勢いそのまま語り続けた。


 「正確に言うと、貴方ともう一人います。しかし、貴方が正しい行動をとれば素晴らしい結果が待っています」

 「全然話が読めないけど……」

 「救って欲しいのです! オオバ ヨツバを―――」


 描かれ始める“理想の未来”への道筋。

 しかし、当の彼女は未だ理解出来ず、妹と顔を見合わせるばかりだった。  

久しぶりに登場したミルカでしたが、数ヶ月書いてないと口調も忘れますね。少なくとも名前が出てるキャラは終わりまでに再登場させてあげたいのですが……。


次回は水曜日です。

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