“理想の未来”にはならないみたいです
「クソ!」
副校長室こと“教会”の本拠地にて、アズラは机を蹴り飛ばした。
“自分達”がタチバナに文字通り蹴散らされ、大分お怒りらしい。
「何なんすかあいつは!」
「落ち着きなさい、アズラ」
「いいっすよ! アイツがその気なら、今度は千体でも、一万体でも揃えて同時に襲ってやりますよ」
「―――落ち着きなさい、アズラ」
ブリールの冷たい声が、興奮気味のアズラを静止させる。アズラは手に持ちかけていた武器を、そっと懐に入れ直した。
「そう熱くならないでください。貴方は通信役です」
「……了解っす」
ブリールは現状を整理すべく、地図の引かれた机に顔を向ける。
「作戦開始から、今までに貴方が遭遇した敵を教えてください」
「まずはタチバナと……」
アズラは“自分達”が戦った相手のことを思い出す。大半がタチバナにやられてしまったが、それ以外にも―――
「―――後は、学園の生徒が二人っすね」
アズラがボソリと付け足し、ブリールは訝しげに眉を顰める。
「学園とは、このヴァルーチェ魔術学園のですか?」
「制服からしてそうっすね。確か……少し前まで“疎楽園”だったイロツキと、ペイジ家の倅っす」
イロツキ ミヤビとアーサー・ペイジ、どちらもオオバ ヨツバと関係のある生徒だ。
ブリールは溜息をつき、口元に手を当てる。
忠告したのにやはり動いたか、という呆れもあったが、彼女の口元は微かに笑っていた。
「大丈夫っすか? ブリールさん」
口元を隠し何も言わなくなったブリールに、アズラは首を傾げる。
ブリールは咳払いをし、何事も無かったように、いつも通りの落ち着いた表情を見せた。
「いえ……。学園の生徒が関わってくるとは面倒ですね……。ひとまず戦力を戻しましょう。―――アズラ、再び百体まで増えるのにどの位かかりますか?」
「そうっすね……。現在残ってるのが私も入れて12人っすから……、だいたい一時間程っすかね」
「……分かりました。では、その間に―――」
「―――私が行きます」
当然声と手を上げたのは、四人目の熾従者、エル。
少女は白い瞳を輝かせ、そそくさと扉の方へ向かう。
「待ちなさい。まだ貴方の出る幕ではありません」
既にドアノブへ手をかけたエルを、ブリールは慌てて止める。しかし、エルはその白い瞳を向け微笑むと副校長室の扉を開いた。
「ごめんなさい、ブリールさん。でも、私が行かないと“理想の未来”にはならないみたいです」
彼女はそう言い残すと、本拠地から出ていく。まるで散歩にでも出掛けるような軽やさだった。
言うことを聞かないエルに、ブリールはため息を吐き、ソファに腰を下ろす。
「『理想の未来が観えない』なんて言われちゃどうしようもないっすね」
「ええ……。でも、彼女の行動は目に余ります……」
「仕方ないっすよ。彼女は私達に見えないモノが観ているんすから。―――世界の“未来”が」
エルの持つ真っ白な瞳。
別名、“オーゼの神眼”と言われ、その瞳は世界の未来を見通せる能力を持つ。
そのためか、エルは“理想の未来のため”と自由気ままに動くことが多く、ブリールも手を焼いている。
―――しかし、ブリールが彼女を嫌うのはそれだけが理由では無い。
最強の予知魔術であり、この次元に唯一存在する“オーゼの五感”の一つでもある、“オーゼの神眼”。しかしその瞳は、本来ならブリールに渡るべきものだったのだ。
「パッと出の“転生者”に眼を取られたのは分かりますが、少し当たりが強いのでは?」
少し茶化すつもりで言ったアズラだったが、次の瞬間、彼女の腹部にブリールの杖が捻こまれた。
堪らず少女は膝を着きむせ始める。
「どうせまだ12人もいます。1人程減ったところで戦力に大差はありませんよ?」
「はっはは……。冗談っすよ」
アズラが触れた通り、エルは絶対神オーゼに召喚された“転生者”だ。
本来“教会”とは“転生者”を取り締まる組織。その幹部に“転生者”がおり、ましてや、最も貴重な聖遺骸、“オーゼの神眼”を授けられているなど、冗談にしてもキツすぎる位だ。
「あの眼を使いこなすには素質がいります。オーゼ様があらゆる次元を探してようやく見つけた彼女です。その彼女ですらまだ完全に使いこなせないのですから、私など……」
と言うのは全くのデマカセである。
ブリールは幼い頃から、瞳を受け入れるために育てられ、その過程で自身の両目すら捧げた。
言うならば、神眼“だけ”の為に生きる器なのだ。
しかし、そんな中突然現れたエル。“オーゼの神眼”は当然の如く彼女に授けられた。
これで恨みを持たない人間がいるだろうか?
しかし、絶対神オーゼの狂信者であり、熾従者のリーダー格でもあるブリールはその心情を表に出せない。
エルを否定し嫌悪感を抱くことは、エルを選んだオーゼ自身にも同じ感情を向けることになるからだ。
表に出さず、延々と溜め続けた負の感情も、最近では少しずつ態度として溢れ始め、行動を共にすることの多いアズラは、ブリールの本心に気づき始めていた。
「そうっすか……。じゃあ、うちの“転生者”ちゃんがどんな活躍をするのか見物っすね……」
アズラは苦しそうにしながらも、歯を見せて笑う。
―――――――――――――――――――――
気絶したアイスストーカーを放置する訳にもいかないので、捕虜として彼女を新聞部部室へ運んで来た。
体中に付けた刃物を全て取り外し、縄で椅子に縛り付ける。
「この子、大丈夫だよね?」
「多分……、一応息はしてるし」
うなされるように険しかったアイスストーカーの顔も大分落ち着き、今は眠っているようにしか見えなかった。
レイビアは心配そうに、アイスストーカーの様子を見守っているが、ふと首元に付いた“アザ”に目が止まる。
「大丈夫か?」
アイスストーカーの喉元に指を這わせてから静止してしまったレイビアに問いかける。
「い、いや! ……なんでもないよ」
レイビアはビクリと肩を震わせ、我に返ったように、アイスストーカーから離れた。
「……ごめんヨツバくん、そろそろミルカが……」
「ああ、運ぶの手伝ってくれてありがとな」
レイビアは小走りで、部室から出ていこうとする。
元々、妹のミルカと待ち合わせをしていたのだ。これ以上付き合わせるのも申し訳がない。
「ヨツバくん、あの子に酷いことしないであげてね……」
と、レイビアは去り際に残し、部室を後にした。
「ちょっとちょっとヨツバっち、なんで盗賊王がいんの?―――ていうか、なんで私の部室でSMプレイしてんの?!」
「空いてたからさ。いや、SMプレイじゃねえよ!」
ちょうど入れ替わるように、瞬間移動で現れたミヤビとアーサー。
俺もミヤビに色々と聞きたかったが、頭につけた“銀色のお面”と返り血で汚れた服を見て状況は察した。
それより、盗賊王について話しておくべきだろう。
「俺とアーサーとメイザースじゃ人数的に歯が立たないと思ったからな。スカウトしてきた」
「いやいや、そんな簡単に言われても……。アイツに魔力返したら、間違いなく仕返ししてくるじゃん」
「それがさ、魔力はいらないって言うんだよ」
「……へ?」
盗賊王を誘い、仲間に加わるまでの経緯や、自分から魔力は要らないと言ってきたことをミヤビに話す。
「……じゃあ、どうやって戦ってんの?」
「しらん。術具は持ってたみたいだが」
「それで戦えるの?」
「俺に聞くなよ! でも、俺が“一言”言えば、いつでも魔力は戻る仕組みになってる……らしい」
ミヤビは首を傾げしばらく黙っていたが、軽く何度か頷き、納得はした様子だ。
そんな中、アーサーは無言で部室を出ていこうとしていた。
「ちょっと、アーサっちどこ行くつもり?」
「ここに敵は居ないからな」
「そんな身体で戦いに行くの?」
アーサーは体中に傷を負っており、服は血が染み込んで汚れている。とても戦えるような状況には見えない。
「まだ“残刀”を習得できていない……」
「今行ったところで負けるだけだよ。少し休んで、傷の手当も―――」
壁を殴る音が響き、ミヤビの声が遮られる。
アーサーは鋭い目付きだけを背後の俺達へ向ける。
「―――俺はまだ誰にも屈辱を晴らせていないのだ!」
感情を爆発させたアーサーは、そのまま駆け出した。廊下から生徒の驚く声が上がった為、他の通行人など避けもせず直進して行ったのだろう。
ミヤビは頭を掻きながら息を吐き、気を取り直すようにこちらへ向き直る。
「で、またなんでスカリィがいるのかな?」
ミヤビは縛り付けられたアイスストーカーの元へ歩み寄っていく。
「知り合いなのか?」
「ん?……あ、まぁ昔の同僚って感じかな……?」
ミヤビは適当にはぐらかし、気絶したアイスストーカーの背中にてを這わせる。
「いくら同性でも、気絶してる子にイタズラするのはどうなんだ……?」
「違うっての! えーっと、あっ、あったあった」
そう言ってミヤビが腕を抜き出すと、手に丸いステッカーのようなものが握られていた。
「“疎楽園”のことだからね。こういう時には絶対持ってると思ったんだよ」
「なんだよそれ」
尋ねると、ミヤビはフリスビーの要領で俺にステッカーを投げる。
ステッカーは近くで見ると詠唱文が刻まれており、何かの術具である事は伺えた。
「それには“通信魔術”が刻まれてる。“疎楽園”の人間と会話できるよ」
まさか、メンテナスしてるなんて思わず、投稿が遅れてしまいました。申し訳ないです。
さて、前回で一段落着いたため、今回からは第二部みたいな感じです。まだまだ続くのでお楽しみに
次回は日曜日です