で、いつになったらチート能力が貰えるんです?
眩い光が視界を包んだ瞬間、俺は直感的に理解した。
ああ、これが噂の異世界転生かと。
現実世界で、どれだけ絶望的なビジュアルと紆余曲折した性格を持ち合わせていようと、転生してしまえば、“人形のように美しい”という形容詞を付けた女神様が現れ、絵画のごとく整った顔立ちと天地をひっくり返す程の“チート能力”を授けられ、花の色より多色な髪をした少女達とハーレムを作ることが約束される。
言うならば人生のリセットボタン。
現世にこれと言った未練もない俺は、来るべき女神様とまともな会話ができるよう心の準備をしていた。
そして、視界が開ける。
そこには予想以上の美女が待っていた______。という訳もなく、目の前にはもっと陰鬱な光景が待っていた。
煉瓦製の壁で覆われた部屋は暗く、なぜかジメッ……としていた。
端的に言うならば“気持ち悪い”。
目の前に立っていたのは女神様ではなく、白髪混じりの頭髪と、首が隠れる程の白ヒゲを携えた初老の男である。
「突然の召喚をお許しください。私はヴァルーチェ魔法学園の副校長、ホーブ ストレンジという者です。失礼ですが、お名前を伺っても……」
「…………大葉ヨツバ」
厳かな雰囲気で語るストレンジ副校長は深く下げた。
「単刀直入に申し上げますと……、我がヴァルーチェ魔法学園は歴史上今までに無いほど荒れているのでございます。校則は無いに等しく、暴虐と暴力が横行し、挙句には学生の範疇を超えた魔術を使いこなす輩が何人も居りまして……、私では手のつけようが無い状態……。
貴方様にはこの学園の治安を守って頂きたいのです」
副校長の話を聞くと、どうやらアメリカのデトロイト、もしくは世紀末状態である学園の治安を改善しろということだろう。
「もちろん構わん」
俺は考える間もなく二つ返事でOKした。転生者たるもの心もイケメンでないといけないのだ。
「おお……。なんとお礼を申し上げていいのか。ありがとうございます………ありがとうございます。」
副校長は私の手に飛びつくと、お教のように「ありがとうございます」と泣きながらお礼を言うのだ。
ボロボロと涙をこぼしながら喚く小汚いジジイの顔など見たく無いし、触れて欲しくも無かった。
しかし、俺は転生者。老人への気遣いもできるのだ。
いつまで経っても泣き止まない副校長に、嫌気がさしてきた俺は一番気になっていたことを口に出した。
「で、いつになったらチート能力が貰えるんです?」
「…………は?」
「異世界転生モノなんですから、“チート能力”はお約束でしょ? あと、女の子とイチャイチャするのも」
「…………転生者なんだから、既に持ってるのでは?」
「既に持ってたら異世界くる必要ないじゃん。召喚した人が授けてくれるシステムでしょ?」
阿呆を見るような顔で俺を凝視する校長。怪しい雰囲気が辺りを包み始めた。
「“チート能力”なんざあるわけないじゃろ! そんなもの有るなら、ワシが学園の治安守っとるわい」
今までの丁寧語はどこへやら、態度が一変した副校長は、先程まで縋っていた俺の手を振り払い、挙句には俺の靴に「ペッ」と唾を吐いてきた。
その行動が、ふつふつと溜まっていた怒りの啖呵をきった。
「ふざけんじゃねーよ! こんなジメッした空間に呼ばれたと思ったら、目の前に居たのがジジイだった時のガッカリ感分かるか!
“チート能力”も“ハーレム”もないのに異世界の学校で治安守ろうなんて成人君主でもやりたがらないんだよ!」
「…………すまん、早口すぎて何言ってるか聞き取れん」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」
今の発狂が、副校長に熱弁が聞き取られなかった事に対してのものなのか、先程から起こった全ての事柄に対しての事なのか自分にも分からなかった。
大きな鐘の音が響いたのはその時だ。
「今のが始業のチャイムじゃ。“チート能力”とやらは授けれんが、我がヴァルーチェ魔術学園に編入はさせてやるぞっ!」
副校長は万遍の笑みで言うと、制服に生徒手帳など、学校生活の必所品であろう物を渡してきた。
「さあ! これから始まるヴァルーチェ魔術学園での輝かしい生活!ヨツバ君の楽しい学園生活が始まるよっ!」
ちくしょう……ぶん殴りたい……。