白雪姫とアゼレアピンク
同じ長さに切りそろえられた芝のコートに汗が飛び散ります。
白雪姫のラケットから放たれたボールが,アザレアピンク色の布を纏った小人のラケットの先を通過し,コートを叩きました。
「よっしゃ! これで0-40ね! またサービスブレークかしら」
真っ白なスコート姿の白雪姫がガッツポーズをしました。
アゼレアピンクは息を切らしながら,白雪姫に拍手を送りました。
「いやあ,姫様は強いですね。いつも際どいコースに打ってくるのでタジタジです」
「まあね」
実は白雪姫のボールのコースは甘いのですが,小人には致命的にリーチがありません。圧倒的なリーチの差によって小人を負かすことが,白雪姫の最大の楽しみでした。
「アゼレアピンク,サーブを打ちなさい」
白雪姫が,ポケットに入れていたボールをアゼレアピンクに渡しました。ボールを受け取ったアゼレアピンクは,ボールを肩くらいの高さまで上げました。小人にリーチはないため,もちろんサーブは下打ちです。
「フフ,相変わらず緩いサーブね」
白雪姫は愛用のピンク色のラケットを振りかぶりました。
しかし,白雪姫のリーチに入った瞬間,なんとボールは赤い物体に変化をしました。
「いやあああああああああ」
白雪姫は愛用のラケットを放り出すと,コートを囲む金網に向かって駆け出しました。
「よっしゃあ! 15-40! 今日初めてポイント取りました!」
「何ハシャいでるのよ! ノーカンよ! っていうか,あんた,どんな魔球使ったのよ!? ボールをりんごに変化させるだなんて!」
「僕がやったんじゃないです! そんな離れ技,テニスの王◯様ですら見たことないです!」
アゼレアピンクが大きくかぶりを振る様子を,白雪姫は金網に背中をピッタリ付けたまま眺めていました。
「ここまでして私にりんごを食べさせたいのは,一体どこの誰なの…? まあいいわ。アゼレアピンク,早くりんごを処分しなさい! 私はりんごが嫌いなの!」
「処分というのは,捨てるという意味ですか?」
「別に捨ててもいいけど,どうせなら食べればいいじゃない。あんた,この前ドロップの代わりに石ころを舐めてたわよね?」
「はい。味がすると自己暗示をかけると味がしてくるんですよ」
「そんな世界知りたくないわ!」
「とりあえず,りんごはありがたくいただきます」
「あと,今日はもう帰っていいから。神聖なコートがりんごで穢されたから,試合は続行不可能よ」
白雪姫は,芝生の上のりんごを,まるで親の仇を見るかのような目で睨みました。
「分かりました」
アゼレアピンクはりんごをポケットに入れると,コートを辞去しました。