燿軀 第一章 【曵戯】 弐
an eternal farewell with your Companion
When a pitiful child challenges the hands of the lord, the door would close.
「ガババババババババババババババ!!」
ガバは未だに溺れ続けている。
「このまま溺れ死んでもらうわよ、ガバちゃん」
ケイは至って冷静だが、その目には殺意が宿っている。それもその筈だ、彼は本気で彼女と対峙したのだから。
「しかしただの“賞金首”で一字だったケイがなぜ二字に……?意味深な事も言っていたし――」
「ちょっとちょっと! な~に勝手に殺しかけているんですか!」
後ろから聞き覚えのある声、少し慎重に振り返るケイ。
「どうもどうも~!お久しぶりです~“フクキ”中尉」
「サハラ大尉!?何故貴方が此処に?そ!れ!と!その名前で呼ばないでください!」
高めの声に見覚えのある外見、黒の燕尾服とシルクハット。帽子から覗かせる緑色の髪の毛と金色の猫目、中にはベストを着ている。
そしてこの人をおちょくるような物言い、ケイはとても苦手としている人物だった。
「まあまあ、いいじゃないですか~。その燿軀、私に発現することは無いですし。」
ケイの燿軀は【曵戯】、能力をより強力にする為に名前を偽っているのである。
「そうですが……そもそも本名が好きじゃないんです。呼ぶなら“ケイ”か“ケイナ”でお願いします」
「へぇ~~成程成程。これはいけません!失礼しました、フクキ中尉」
「ちょッ!いい加減にしてください!」
「ぎょえっへー!危ない危ない!」
少しの和みさえ感じさせるやり取りをした後、その男は話を切り出す。
「ココがドコだか理解できてるんですか?ケイナ中尉」
ケイはハッとする。先の違和感はあったものの、戦闘に移った為に忘れていたのだ。
「ガババババババババババババババ!!」
ガバは未だに溺れ続けている。
「いえ、教えてくださいサハラ大尉」
「はあ……仕方ありませんねぇ、お勉強不足の中尉に教えてあげますよ」
「この空間は燿軀に関係してるのでしょうか?」
「まあ……そうですけど」
そう言いながら男は爪の先で弾くように半笑いで鼻下を掻き、話を続ける。
「この空間は蒼哭空隙と呼ばれていて、同時に二人以上の燿軀が“ある場合に”発現した場合に発生する空間です」
「しかし、二人以上の燿軀が発現しても今まではこんな事ありませんでしたよ?」
「そうなんですよ~なので私も“総轄機関”もハッキリした事は分かっていませんねぇ」
「ではその“ある場合”というのはどういったもの何ですか?」
「今分かっているの事は二つあります。一つ目は発現した者がお互いに殺意がある事、二つ目は――」
その男は言葉を詰まらせる。
「二つ目はなんでしょうか?」
「おっとっと。二つ目は内緒ですね~」
男の声が少し低くなる。
「何故隠すのです?教えてくださいサハラ大尉」
「イヤですよ~演じてばっかりで子役みたいなフクキ中尉には」
「はぁ、まあいいです。では蒼哭空隙についてもう少し情報を頂けないでしょうか?」
男に煽られ冷静を欠きそうになり仕方なく話を変えるケイ
「あ!それはオッケーですよ~!」
声色が戻り、話し続ける。
「そもそもこの空間現象自体、や~~~っと“総轄機関”が本格的に研究対象にした現象なんですよ~」
そもそも“総轄機関”とは燿軀の研究や能力を発現して、悪事に利用する“賞金首”を燿軀によって制裁する事が主な最大規模の機関。“世界蒼哭総轄機関”の略称であり、サハラとケイナは此処の衛士である。
「……となると、かなり最近起こり始めた現象なんですね」
「そうなんですよ~!さっすが中尉様!物分かりが早いんですね~!」
「ガババババババババババババババ!!」
ガバは未だに溺れ続けている。
サハラは話を続行する。
「そしてこの空間に干渉出来るのは一字以上の燿軀のみ、外部干渉に関しては二字、尚且つ一部のみ」
「あ!中尉に一々水差されると面倒くさいので先に言っておきますけどその一部ってのはよく分かってないんですよ~」
「了解しました。では何故此処に蒼哭空隙が発生し、其処に駆けつけることが出来たのですか?」
「そんな固くならないで下さいよ~そんなに真面目だとお風呂のお湯飲んでるみたいですねぇケイナ中尉~」
サハラはよく分からない例えを交えながら話す。
「そもそも~私が居なければココから抜け出せることが出来なかったかも知れないんですよ?」
「それはそうですね、ありがとうございます。」
「おっとっと!話が少し反れてしまいましたね。――なんで私がこの場所に来れたか。でしたよね?それは……」
何故か溜めを入れるサハラ。
「それもわっかんないんですよね~!ざーんねーん!」
「本当に分からないんですか?」
「“コレは”本当です~!なーぜか外部干渉出来た私はなーぜか蒼哭空隙が発生した場所が分かるんですよね~!」
「なるほど……本当に何も分からないんですね。この現象は」
「そーなんです!この場にカカッと駆けつける私って実は凄い!?って思いますね~!カカッとね!!」
「そうでしたか、本当にありがとうございますサハラ大尉」
深々と頭を下げるケイ。
「いえいえ~!サササッ、頭を上げてください!」
そう言われてケイはゆっくりと頭を上げる。
「サハラ大尉、早くこの空間から抜け出しましょう」
「おほ?」
「どうしましたか?」
「じ!つ!は!この空間の抜け出し方、知らないんですよね~!あっはっは~」
「ちょっと!笑い事じゃないんですよ……」
「これは大ピンチィ! なので――」
またも声色が変わるサハラ。
「あの子に聞いてみましょう」
「ガババババババババババババババ!!」
ガバは未だに溺れ続けている。
そのガバにサハラから藍蛇が伸びる。と同時に手に持っていたバタフライナイフを舞わす。
「ンーーー!ンーーー!」
虫の息だったガバは呼吸が一時的に可能になった為か金切り声に似た音で喘ぎ始める。
「何して――」
いきなりの行動に焦るケイ
「それ捕まえた!」
藍蛇がガバを咬む。其処に引き寄せられるサハラ。
「蛇冥迅ッッ!」
空中から踵落としを繰り出し、ガバを地面に打ち付ける。
「あのー、地面をお舐めになっているところ申し訳ありませんが、ココの抜け方、教えてくれません?」
「待ってください!もうガバは一字では――」
少し遠くからケイの声が聞こえる、しかし時すでに遅し。
「あっぶねー、あの水牢から解放してくれてありがとよ大尉さん」
「あら?」
ドポンッ、という音と共に手応えが無くなる。そしてガバが居た筈の場所にあるのは、“塗料”
目の前にいるのは、烏賊のような容姿になったガバ。
「これで終わりだ!セナ、力を!灰燼と化せ!」
そう言いながらケイは塗料の入った銃を両手に持ち、“二挺掃射”、精度こそ「全くもって」良くはないが視界を消し、威嚇するには十分だった。
「これが俺の宝具だよ!アポクリファ!魔女みたいだろ!リトルウィッチだなこりゃ!アッヒャ!」
訳の分からない流行に乗るかのような台詞を吐き捨てながら逃げるガバ。
「これで“先生”も……なもりッ!!」
不意打ちにまたも意味のない声が漏れるガバ。
「お待ちなさい!ザシュっと!」
しかし“この程度”のガバを捉える事は安易である。藍蛇を空間に対して咬ませるサハラ、ガバが塗料に潜っても近くの空間に引き寄せられて距離を詰める。
「補足!蓬閃・参!」
完全に捉えられたガバガバ。暗転するように一瞬周りが暗くなる。その瞬間だけサハラは三人に増えたようにも見えた。
「行きますよ……蒼翼崩天刃!」
ハットを押さえながら天を衝くかのように脚を高く蹴り上げる。
凄い音と共に地面が陥没しあまりの威力にソニックブームも出た。
最後の一撃は、せつない。
「光と治癒は抱え落ちしない方がいいと思いますけどね~。あぁすみません。弱すぎでしたのでつい……」
バタフライナイフを仕舞い、倒れたガバを踏みつけながら空を仰ぎ、サハラは不機嫌そうに呟く。
熱盛りの無いつけ麵屋に入った如く――――