燿軀 第一章 【曵戯】
a fallen Angel never smiles
A fresh shrine will be built by the hands of the lord on top of numerous sacrifices.
「めずらしいわね、【燿軀】《テルミ》である貴方がここに居るなんて」
蒼哭と呼ばれる神の威すら凌駕すると言われている巨大な力を持つ者のみが扱うことの出来る能力。その中でも強大な力を有し、三段階に分けられた輩のみが発現できる。
―――それが【燿軀】である。
「間違えてきちゃったんだよねー で、アンタ誰だっけ?忘れちゃった」
「まずは一字である貴方が居る理由を説明してからにしてくれない?」
半径500m以内に背筋が凍るような空気が流れる。しかし彼女の右手には炎が宿っている
「おっと!臨戦態勢かよ!こわいなーとづまりとこ……って熱ッ!!」
男に向かって爆炎の火球が放たれる。
「オイオイ……いきなり宣戦布告かよ、名前も知らないお嬢さん」
「知らないんじゃなくて忘れたんじゃないの?ならもう一度思い出す?」
彼女の右手に再び炎が宿る。
「あー!思い出した思い出した!!その左手の魔導書、【曵戯】《エイギ》のケイだろ?」
「死にかけてから思い出すなんてそのガバガバな頭は本当に名前通りね、【召】《ショウ》のガバちゃん」
「テメェ……俺をどこまでも馬鹿にしやがって……」
怒りに駆られた彼はすぐさまその燿軀を発現させる。
「空字以上の燿軀の同時発現はダメなはずよ?そんな事も忘れちゃったの?ガバちゃん」
そう、本来ならば燿軀を持つものが現世で互いに発現することすら禁忌とされてきた行為だ。その強すぎる力が現世と歪を起こし、空間を捻じ曲げてしまう可能性があるからだ。
「―――現世、だったらな」
ケイが状況を理解するよりも速く、ガバは動いていた。
「……ッ!!」
ガバの撃は一瞬の隙を見せたケイの右腕を完全に捉えていた。
「何処が現世なんだよ、ガバガバなのはお前の方じゃないのか?後20回ぐらいやる?」
ガバの言う通り、現世ではない何処かになっていた。
「減らず口を!」
此処が何処なのかを思考する前にガバを倒さなければならない、そう判断したケイは再び右手に爆炎を滾らせる。
「―――何ッ!?」
右腕に先ほど受けたダメージは無い。しかし手の炎が宿らない。
「あれ?俺の燿軀、忘れちゃったの?」
「―――クソッ!能力を召されたのか!」
「そうだよ、【召】だから……ねッ!!」
鈍痛。そう、ガバの燿軀である【召】は相手の能力を消し去る事が出来るのだ。
「そのッ!!キッツい!!喋りも!!消してッ!!やろうか!!」
鈍痛。鈍痛。鈍痛。鈍痛。鈍痛。
ガバは能力の消えたケイに向かって素手で撃を浴びせ続ける。
「好き放題やりやがって、二字の力はこれだけじゃないんだよなぁ」
急に冷静な口調になったケイ、しかし次の一撃は既に振りかぶられていた。
「何言ってんだよッ!」
「―――!?消えた!?」
手応えがなく焦るガバ。そこに彼女の姿はない。
「ガッ……!!」
ガバの背中に激しい痛みと灼熱のような熱が広がる。
「私の燿軀が右手の炎だって、いつ言った?」
「テメェ……」
後ろに回り込まれていた。そして彼女の横には焔熊。
「これが私の燿軀よ。戯びましょう」
ケイはあの一瞬で光の如き速さで移動し、左手に持っている平盤型の魔導書に導かれし焔熊を呼び出した。
「さぁて、まだまだ戯べるでしょう?」
「ケイ……俺がお前如きに……!」
「貴方はなんで前を見てるの?」
鋭痛。
「………………ッ!?」
余りの熱と痛みで声が出ない。
「そりゃ焔熊と私は別々に動くわ。それぐらい覚えたら?」
左手の魔盤からは炎が発射される。
「……ガッ!…………アッアッ!」
もはや喘ぎを漏らす事しかできないガバ。
「虫の息とはこの事ね。私が一字に負けるはずがないでしょう?おやすみなさい、ガバちゃん」
「―――一字には、なッ!」
倒れる焔熊、そして立ち上がるガバ。
「何!?仕留め損ねたか!」
再び炎を発射するケイ。
「逆に俺が一字だっていつ言った!?アァン!?」
瞬時に駆け寄るガバ、それは空間をワープする如く。そして背を上向きに曲げて炎を躱す。
「反りッッッッッ!!!!!」
この一撃はケイの左腕を捉えた。
「俺が一字だと?俺の燿軀は【贋召】《ガンショウ》だ!」
「―――いつから!?」
「“あの人”のお陰だよ!俺はお前より強いッ!!」
鈍痛。
「いくら燿軀でもその力が消えればただの雑魚だな!ケイちゃん!」
「……舐めたクチ聞きやがって!」
「ならやり返してみろ……よッ!!!」
鈍痛。
ケイは前屈になりながらも耐える。
「―――こんな時に!まだ【贋】《ガン》の調整が……」
ガバは一瞬呟く。
「―――調整?そうか!」
何かを思考したケイ、しかし
「止まるんじゃねえぞ……!!」
鳩尾の辺りに激しい痛み、ガバの天を衝くような膝蹴りが入る。
ケイはその場に倒れこんだ。
「俺昔から蹴るのは得意なんだよね、じゃあこれで終わりだなッ!!」
ガバが走りこんで脚を上げる。そして……
―――放つ《シュート》
「じゃあな、二字のお嬢さん。ガバって名前、忘れちまった」
「あーあ、“あの人”のところに行かなきゃな。そういうの普通に面白くないしテンション下がるんだよね」
「―――へー、じゃあこういうのも」
「―――不快?」
完全に倒したはずのケイの声と息が出来なくなるガバ。
辛うじて状況を理解する。これは、溺れているのだ。
「ガババババババババババババババババ!!!!!」
もがき苦しむガバ、完全に身動きが取れない
「私の燿軀、やっぱり知らないのね」
姿を現すケイ。そこに傷一つ無い。
「私の燿軀は【曵戯】、最初から全てを演じていたのよ」
「み さ え !」
驚きと苦しみのあまり呼吸音とともに発せられた言葉は何の意味も持たない。
「一体いつから――― 私が炎の魔導士だと錯覚していた?」
この水牢は息の根を止めるまで崩れない。
「本当にガバガバね。ガバちゃん」