いざワールドファンタジアの世界へ
登場人物
ジェームズ・ハワード…第64代アメリカ合衆国大統領
リチャード・ハウゼン…NASAの幹部で今作戦のリーダー
鳴沢英治…脳科学の権威でワールドファンタジアを運営するMDDHという会社も持っている。
アンドレイ・ニコラヴィチ(ニコライ)…ロシア人の大学生ミーシャという彼女がいる
ハビエル・ファビアン(ファブ)…フランス人の35歳パン屋で働いている、肥っていて髪はもじゃもじゃ天パー性格は温厚
ラナン・アナスタジア(アニア)…パン屋でバイトをしている17歳女の子、性格は控えめで家庭的
ドマー二将軍…ゲルムガルン連邦の将軍
バルドゥーク…魔族の幹部で恐るべき力を持っている
ハワードはTCMVのある施設に到着すると速足で操作室に向かった
護衛の二人がやや駆け足で追いかけなければいけない程急いでいた
「TCMVの準備は順調かね鳴沢博士」
ハワードがやや息を切らしながら問いかける
「はい大統領思った以上に順調です、これなら予定時間より
一時間弱早く完了すると思われます」
ハワードは強く頷くと、鳴沢が続けた
「段取りとしては最後のTCMV発動と宇宙船の発射は
コンピューターの自動制御に任せます、その直前まで
我々が調整を行い万が一の事態にそなえます」
当然だとばかりにハワードがうなづく、そしてふと疑問に思ったことを
口にする
「ところで鳴沢博士、我々はワールドファンタジアの
どこに転送されるのかね?」
それを聞いた鳴沢が首を振りながら
「それは私にもわかりません転送先はランダムですので・・・
ただいきなり大海のど真ん中とか狭い場所に何万人も
詰め込まれるというのだけは防ぐ設定はしてあります
ですから転送先は運の要素がかなり強いと言わざるを得ません
ご自分の強運に賭けてください」
鳴沢が冷静に語る
「まさに神のみぞ知るという訳か・・・・」
ハワードのつぶやきに
「私と大統領が同じ場所に転送されるかはわかりませんが
ゲーム内でどこかの国やギルドに所属していないのであれば
近くにいる人間は同じ場所に転送される確率が高いはずです
あの大統領戦で見せた『フロリダの奇跡』の強運を私に
わけてくださいな」
鳴沢はニコリと笑って大統領に伝えた
「また懐かしいことを…もう二年も前の話になるんだな…」
ハワードがおだやかな表情でつぶやく、二年前の大統領戦
ハワードは不利と言われていた中、激戦区のフロリダ州で
わずか17票の差で勝利し大逆転勝利をおさめた
人々はそれを『フロリダの奇跡』と呼んで讃えた
「私にそんな強運があればいいのだが
結果的に最後のアメリカ合衆国大統領になりそうなんだけどな…」
やや自虐とも取れる発言だが今やなんにでもすがりたい気持ちは
大統領といえど同じなように見えた
「しかし鳴沢博士と一緒に転送されるなら少し心強いな」
ハワードがようやく少しだけ明るい表情を見せたが鳴沢は申し訳無さ気に
「申し訳ありませんが大統領、私はワールドファンタジアの
製作に携わり運営もしてきましたがプレイヤーとしては
ほとんど参加しておりません、知識の面での期待でしたら
なんなりとお答えできますが戦力としてはあまり
期待されない方が賢明です」
鳴沢は珍しく自己の能力を低めに判断した
「TCMVへの電力供給は現在93%、照射可能電力1280万メガワット
蓄積まであと3分」
TCMVを操作している軍の将校が報告する
「あと3分か…無事に転送できるとよいのだが…」
ハワードの祈りにも似た独り言が聞こえた
「電力の蓄積が完了しました、TCMVの照射目標東経62度に設定
安全装置解除 目標地点上空に雲放電及び対地放電無し
TCMV照射後目標地点への到達時間は約32秒です、大統領最終認可を」
ハワードはその声を確かめるように大きくうなずき
「TCMV照射‼︎」
大統領の号令に将校が装置のスイッチを押す、大きな起動音と共に
照射されたTCMVは目標地点の人々を包み込む
強制的にゲームにリンクされ一瞬で意識を失った人々は
その場にバタバタと倒れ込む、中には倒れた拍子に大怪我をした者も
いたが数時間後には彗星によって全て消滅してしまうのだから
気にしてもしょうがないことなのであるが・・・
「TCMV2回目の照射の準備に入ります、整備班 各部点検開始
電力供給ライン1番から7番まで異常無し、8番ラインに
電力低下の警告信号有り8番の各パーツ至急交換を
TCMV照射部及び動力部に冷却液を噴射
次射目標地点の天候の確認はどうなっている?
整備完了後に各員マニュアルに従い起動確認を
10分後電力供給を再開します」
TCMVの指揮を取る将校が次々と指示を出す、ここまでくると
ハワードも鳴沢も見守るのみであることを自覚し何も指図しない
「あと6回この手順を繰り返すのか…TCMVが壊れないでもってくれる
ことを祈るのみだな」
ハワードの言葉に
「大丈夫ですよ大統領、我々人類の強運を信じましょう」
TCMVの照射は2回、3回、4回と特に大きなトラブルもなく順調に
進んでいった、最終照射の時が迫り鳴沢がハワードに話しかける
「さていよいよ最後の照射我々の番ですな、シャトルの発射準備も
完了しているようですしいざ行きますか⁉︎
希望と混乱の地ワールドファンタジアの世界へ‼︎」
うなずくハワードの顔はどことなく晴れやかであった、振り向くと
リチャード・ハウゼンをはじめNASAのメンバーや軍事関係者達も
絶望や悲観した顔はなく、達成感や希望を持った顔をしていた
いつも無表情な2人のSPも今日のこの時は微笑んでいた
誰がはじめたのかアメリカ合衆国の国歌を歌う声が広がり
その部屋にアメリカ国歌が鳴り響いた、ハワードは一緒に
歌うことはなかったが上を向き目を閉じながら手を胸に当て
みんなの歌うアメリカ国歌をしみじみと聞き入っていた
TCMVを操作する担当将校は座りながらアメリカ国歌を歌っていたが
「TCMVへの電力蓄積完了、最終照射です大統領最終認可を」
ハワードが答える
「TCMV照射‼︎諸君向こうの世界で会おう‼︎」
TCMVの見えない電波が皆を包み込む、ハワードをはじめ皆バタバタと
倒れていく、すべての人間がいなくなったとき壁の大型モニターに
発射寸前の脱出用シャトルが写し出されている声のない数字表記だけの
カウントダウンが進んでいく、壁のモニターの数字が0を示しシャトルが
発射される…そしてその数時間後巨大彗星セドリアが世界の全てを
塵へと変えた。
第一照射で異世界へと送られた人々は約 3,000人から5,000人単位で
各地にランダム転送された、その集団の一つでロシアから転送された
人々が着いた場所にはなんとも美しい湖があった
その湖はどこまでも青く水面には何一つ浮かんでいない
周りにはオレンジ色と黄色の花が咲き乱れ
まっすぐ伸びた高い木々の葉が空を覆っているが
その葉の隙間から何本もの木漏れ日が差し込み
なんとも幻想的な雰囲気をかもしだしている
異世界への不安と緊張で動揺していた人々もその風景を見て
緊張がほぐれていく様子だった、その集団の中に
アンドレイ・ニコラエヴィチがいた
年は20歳の男子だが痩せていて背も低い為
よく歳より下に見られがちである、きれいな金髪と白い肌なのだが
目が大きく上目遣いで睨むように喋る癖があるので
〈睨みのニコライ〉のアダ名で呼ばれている
ニコライもこの風景を見て呆然としていたが後ろからの声で
我に返る
「おいニコライ‼︎聞いてるのか?」
「あぁすまない、でなんだった?ミハイル」
ミハイルと呼ばれた長身で赤髪の青年は呆れ顔で話しかける
「なんだった?じゃねーよ、ニコライお前WF
プレイヤーだろ⁉︎ここがどこで一体どこに向かえばいいのか
教えてくれよ」
「そうだなスマンすぐ調べるよ」
ニコライは答える、しかしニコライが呆然としていたのはここが
美しいから見とれていた訳ではない、なにか嫌な違和感を感じたから
なのだ、まずニコライには同い年のミーシャという彼女がいる
親の仕事で遠くに引っ越してしまったミーシャと会う為
彼女にもWFプレイヤーになってもらいワールドファンタジアの各地で
デートを重ねていた、その際ネットで調べた美しい景色の
デートスポットは大体頭に入ってるのに、これ程美しい場所を
見た記憶がない、それにこれ程木々が空を覆い花が咲き乱れている
にもかかわらずなぜか湖には木の葉一枚、花びら一つ浮かんでいない
のか?
そんなことを考えながらミハイルから言われたことを始める
「マップオープン‼︎最大化‼︎」
ニコライが叫ぶと目の前にA4サイズ程の地図が出現しその後
すぐに新聞紙を広げた程の大きさに変わった
地図中の右下の方が赤く点滅していた
「ここはスタネール共和国の南西なのか…」
地図の赤く点滅している場所に手を置き
「拡大20倍‼︎」
と叫ぶ するとその部分が拡大され詳細がわかる地図に変わる
「ここの名前はリバル湖か…やはりネットで調べた中にはなかったな・・・
ん⁉︎リバル湖?これって…」
ニコライがハッとした顔で気づき青ざめる
「みんな湖から離れろ‼︎早く‼︎」
ニコライが叫び終わる前に湖から数々の水しぶきが上がり無数の影が
近づいて来た、すかさずニコライが叫ぶ
「チェンジ装備B‼︎」
ニコライは青いローブを装着し赤い宝石が先に付いた金の杖を
左手に持ったいかにもという魔法使いスタイルで呪文の詠唱を始める
少し離れた場所でもチェンジのかけ声が数カ所で聞こえた
その声の数からWFプレイヤーがニコライ以外にも5人いるようだ
そのWFプレイヤーの一人が叫ぶ
「くそ‼︎ナルギュレスだ女は逃げろコイツらは女だけ狙って
の中に引きずり込む」
ナルギュレスとは全身鱗で覆われた半魚人で口が異様に大きく
真っ黒の目が左右に着いているモンスターである
鎧に身を包み両手で長剣を握った戦士風プレイヤーが激しく叫びながら
ナルギュレスの群れに斬りかかる、他のWFプレイヤーも続けて斬りかかる
が圧倒的な数のナルギュレスの群れの前に5人では焼け石に水だ
「いや〜‼︎助けて‼︎」
「ママがママがぁ〜‼︎」
「ヤメてイヤ〜‼︎」
ナルギュレスに手や足、髪を掴まれ次々と女性が
湖に引きずり込まれていく,WFプレイヤーの一人がまた叫ぶ
「男は前に出て女性を守れ、ナルギュレスは女しか襲わない‼︎」
その声に呼応して数人の男性が前にでて応戦するが
ほとんどの男性は固まってしまい動けないでいた
ニコライが呪文の詠唱を続ける
「水の精霊偉大なるオルファウスよその微笑みを持って涙の祝福を
我に授けよ…」
足元が光り始め魔法陣が描かれていく、詠唱が進むにつれ魔法陣の光は
輝きを増していく
呪文を詠唱しながらニコライが険しい顔をしていた、心の中で叫ぶ
『くそっ⁉︎呪文の詠唱が間に合わない』
赤子を抱いて逃げる女性に数体のナルギュレスが襲いかかる
母親と思われるその女性は倒される寸前に赤子を投げた
細身の女性とは思えない程の力で赤子を他の人の場所まで
投げ受け取るのを見届けると
「その子だけは‼︎その子をお願いし…」
その頼みを言い終わる前には湖に引きずり込まれていた
光で描かれていた魔法陣が完成し眩しい光に包まれる
「死に絶えろ化け物が‼︎シルファルティールマイド‼︎」
湖から数十本の水柱が上がりその水柱の一本一本がスクリュー状に
回転しながらナルギュレスの群れに向かって行く
「ギュワ〜〜‼︎」
「ビギィィィ〜〜‼︎」
「ゴォギャグワ〜〜‼︎」
ニコライの呪文によりスクリュー状になった数々の水柱が
ナルギュレスの体を次々と貫いていく 異様な断末魔を上げて
倒れていく数十体のナルギュレス
「おぉ〜〜‼︎」
その光景を見ていた他の人々から歓声があがる
その様子を見た他のナルギュレスが一斉に逃げ出す
あっと言う間に全てのナルギュレスが湖に戻っていった
その数分後湖の底から無数の赤い液体が上がってくる
そしてあれ程青かった湖が真っ赤に染められていった
先程の騒ぎが嘘のような静寂の中、湖近くで母親を呼び大声で泣く
女の子の声だけがいつまでも続いた。
第3照射で転送された集団の中にハビエル・ファビアンがいた
彼はフランス北西部の出身だがパリのパン屋で働く35歳の
独身男性である、見た目はかなり太っているのだが動きが機敏で
運動神経はかなり良い、天然パーマでもじゃもじゃな髪と
大きな鼻が特徴で見た目も中身もどこか憎めない親しみやすい人間である
「おいファブここはどこなんだ?やけに殺風景な所だが」
同じパン屋で働く先輩のジャンが話しかける、ファブも
WFプレイヤーなのだが今現在の状況より
『ここでもパンが作れるのかなぁ〜?』
ということを考えていたのである
「あぁちょっと待って先輩今調べるよ、マップオープン‼︎」
ファブの目の前に広がった地図の中央よりやや上の地点が
赤く点滅している
「ん⁉︎どこだここは?ベダルカ共和国?それとも
ゲルムガルン連邦なのか?拡大30倍‼︎」
詳細な地図が示され赤い点滅が地図上の黒い線と
重なっていることに気づいた
「ファブ結局ここはどこなんだ?俺たちはどこに向かって
行けばいいんだ?」
ジャンが問う、その時ファブがいつもは見せたことのない
真剣な表情をしているのがわかった
「ここはヒルデ砂漠…でもマズイよここは
ベダルカ共和国とゲルムガルン連邦の国境線上だ…」
「それがどうマズイんだ?」
と聞いている時遠くから砂煙が見えた、その砂煙はどんどん大きくなり
こちらに近づいていることがわかった、人々に不安と動揺が広がる今
ファブがいるのは転送されてきた約5000人の集団の中の真ん中ぐらい
砂煙のあがる方向に急いで向かうが人混みでうまく進めない
ファブは初めて自分の体格が恨めしく思えた
「どいてくれ、頼むから‼︎」
人混みを掻き分けて進むファブに
「ファブさん??」
ファブを呼ぶ声に気づいて振り向くとそこには栗色の髪を
一本の三つ編みで束ねたかわいい少女がいた
その子の名前はラナン・アナスタジア
ファブと同じパン屋でアルバイトをしている高校生で
アニアの愛称で呼ばれている
「アニア、君もこのグループだったのか⁉︎」
「はい、あのファブさん…」
アニアが言いかけた時それをさえぎるように
「ごめんアニア今急いでいるんだまた後で」
ファブは先を急ぐ、それと同時に自分がこの人達を守らなきゃいけない
という意思を強くした なぜならファブはアニアに恋心を抱いていた
自分の歳の半分にも満たない少女に恋していることを
自分自身では恥ずかしく思っていた
ましてや自分はとても若い女性にモテるような容姿ではないということを
自覚していたからである、ファブの両親は彼が4歳の時離婚している
それから母親と4つ上の姉に育てられたのだが母親と姉はかなり
性格がキツくファブはいつまでも二人に頭が上がらないのである
育ててもらったことには感謝しているが女性に対してかなりの
苦手意識を持っていた、だからアニアに出会った時は衝撃だった
こんなに若いのに性格は控えめで家庭的、怒ったところなんて
見たことなかった ファブは自分の気持ちを悟られないように
アニアの前ではいつもおどけてみせた、それを見て笑うアニアの笑顔が
たまらなく好きだった
皆がいる集団に砂煙がどんどん近づいてきてようやくその正体がわかった
鎧に身を包み馬に乗った兵士の群であった
「貴様らは何者だ⁉︎答えろ‼︎」
騎馬隊の中でも隊長と思しき男が馬上から声をかける
まだ混乱している人々は固まってしまい声を発することができない
「なぜ答えない‼︎答えられない理由があるのか⁉︎」
少し苛立ちながら騎馬隊の男は数秒待つ
「いい加減にしろ‼︎これ以上沈黙を続けるつもりなら敵とみなすぞ‼︎
騎馬隊全員攻撃用意‼︎」
その号令を聞いた人々は悲鳴を上げて逃げ出そうとした、その時
「お待ちください‼︎」
息を切らしながら騎馬隊の前に躍り出てくる男がいたファブである
ファブは走って来る間騎馬隊の旗印を見て確認していた
「おそれながらベダルカ共和国の騎馬隊の方とお見受けいたします
我々は元ワナリカ王国の民であります」
ファブはとっさに嘘をついた、ワナリカ王国とはつい最近
ゲルムガルン連邦に滅ぼされた国である
元々ゲルムガルン連邦はゲルムガルン帝国と名乗っていたのだが
小国であるワナリカ王国とポレール民国を攻め滅し
二国を吸収した形でゲルムガルン連邦と改名した
「我々はゲルムガルンの非道なやり方に耐えられず
ベダルカ共和国へ逃げている途中だったのです」
ベダルカ共和国とゲルムガルン連邦は今戦争中である
それを利用してベダルカ軍に保護を頼もうと考えたのである
騎馬隊の隊長はファブの説明を聞いてもまだ懐疑的な表情を浮かべ
「ならばなぜ私が問いかけた時なにも答えなかったのだ?
おかしいではないか」
ファブが答える
「それはここにいる民草にはベダルカ共和国軍と
ゲルムガルン連邦軍の見分けがつかなかったからであります」
みるみる騎馬隊の隊長の表情が変わる
「我々誇り高きベダルカ共和国騎馬隊とゲルムガルンの野蛮人共が
同じに見えるというのか‼︎」
ファブが間髪入れず答える
「その通りであります‼︎誇りなきゲルムガルンの兵ならば
我々民草にわざわざ問いかけたりしません
問答無用で皆殺しです、誇り高く慈悲深きベダルカ共和国騎馬隊
だからこそ三度も我々に答える猶予をいただけたのです」
その言葉に自尊心をくすぐられたのか一気に表情が緩む
「ま、まぁその通りだわかっておるな、事情はわかった
お主ら民草は我々ベダルカ共和国騎馬隊が責任をもって
我が国に送り届けてやる」
ファブが大げさに答える
「あのベダルカ共和国騎馬隊に送り届けていただけるのですか⁉︎
なんたる光栄、末代までの自慢になります」
益々気を良くした隊長であったが そこに急いで駆け寄る兵がいた
「申し上げます、北東の方角から無数の騎馬隊が接近中とのことです‼︎」
隊長はチッと舌打ちして
「やはり来たかあの野蛮人共」
北東の方角に砂煙が見える、先程見たベダルカ軍の砂煙より
明らかに多い
「誇り高きベダルカの兵たちよ‼︎今こそ我等の勇姿を見せる時ぞ‼︎」
隊長のかけ声に『オォー‼︎」と声があがる
「騎馬隊を三つに分けるナバロの三番隊は民草を守れ
リナレスの二番隊は私に続け行くぞ‼︎」
騎馬隊の隊長は全軍に指示を出した後ファブに話しかける
「お主も早く逃げるがよい」
ファブは真剣な顔で答える
「こう見えても私も戦士です、ベダルカ共和国騎馬隊と共に戦える
栄誉を与えてもらえますか⁉︎」
隊長はコクリと頷くと
「死ぬなよ…」
隊長はそう一言告げると迫る砂煙に向かって行った
「チェンジ装備C‼︎」
ファブは全身短いトゲの付いた鎧を身に纏い両手に長めのナタのような
剣を握って『ふ〜』と息を吐いた
「よし行くぞ」
ファブは砂煙に向かってゆっくりと歩き出した
ベダルカ軍とゲルムガルン軍が衝突する 数の上で有利の
ゲルムガルン軍がジリジリと押していく
「ふふふ時間の問題だな」
ゲルムガルン軍の指揮を取るドマーニ将軍が微笑む
そこに伝令の兵が走って来た
「報告します‼︎我が軍の左翼が押されておりますご指示を」
「はぁ⁉︎」
驚きの表情でドマーニが振り向く、そして立ち上がり左翼の戦闘を
目を凝らして見てみると黒い球体がビョンビョン跳ね回る光景が見えた
「なんだアレは?誰か説明せよ」
ドマーニが尋ねる
「アレは敵軍の兵です、両手に剣を持った戦士が跳ね回りながら戦い
我が軍を翻弄しているんです」
ファブがゲルムガルン軍を翻弄する、数の上で不利のベダルカ軍が
敗退するのが明白になりつつあった戦況でゲルムガルン軍の主力を
かき回し、軍としての機能を麻痺させようとしたのである
そのおかげでベダルカ軍もなんとか戦線を維持できていた
ファブの動きは派手ではあったが相手を翻弄するのが目的なので
それほどの敵を倒しているわけではない、寧ろ殺さないように
加減していた、それは優しさとかではなく、殺すよりケガ人を出した方が
軍としての機能は低下するからである、ファブの狙いはアニア達を逃す為
の徹底的な時間稼ぎである
「これならなんとか…」
ファブが少し安心しかけたその時ベダルカ軍の右翼が戦線を
維持できなくなり壊滅した、次々と敗走を始めるベダルカ軍
勢いのついたゲルムガルン軍はアニア達のいる集団に向かい始めた
「ちくしょう‼︎どうするファブ…今からあちらに向かっても
間に合わないぞ⁉︎」
目を閉じ少し考えた後、覚悟を決めたファブが
「オオオオオオォォォーー‼︎‼︎」
凄い雄叫びをあげながら敵の指揮官のいる本陣に一人で突撃する
先程とは違い殺す事を第一に考えての戦闘なので派手な動きはないが
次々と敵の兵士が倒れていく、ドマーニのいる場所から見ていると
血しぶきのラインが真っ直ぐこちらに向かって来るように感じる
大量の返り血を浴びて真っ赤になった姿は赤鬼のようである
ゲルムガルン軍の兵士もファブに畏怖を感じ始めていた
恐怖を感じたドマーニが叫ぶ
「なにをやっておるのだ‼︎敵は一人だぞ⁉︎全軍で止めろ‼︎
アイツを仕留めた奴は出世と褒美は思いのままくれてやる‼︎」
それを聞いたゲルムガルン兵が皆ファブに向かう
「俺が殺すジャマをするな‼︎」
「出世だ‼︎金だ‼︎誰にも渡さん‼︎」
「俺の獲物だどけどけ‼︎」
殺気立った兵が次々とファブに襲いかかる…ファブの狙いは成功した
アニア達に向かっていた軍も皆こちらに誘き出した これで…
ファブも奮戦したがやはり多勢に無勢、次第にファブの体が傷ついていき
動きが鈍る、遂にゲルムガルン兵の剣がファブの背中を貫く
それを機に次々とファブの体に剣が突き刺さる
完全に動きが止まり血を吐きながら意識も朦朧とする中で
「あ〜あこんなことならアニアに告白しておけば良かったかな…
でも気持ち悪いとか言われたら立ち直れないし…
これで良かったんだよな…アニアにもう一度だけ会いたかったなぁ…」
ファブは静かに目を閉じた、ゲルムガルン兵は既に動がなくなった
ファブの体にも容赦無く剣を振り下ろし手柄を主張する為
体を切り刻んだ、そしてそれをめぐって醜く奪い合い最後は味方で
殺し合いを始めた
日が傾き辺りがオレンジ色に変わった頃にはアニア達は
無事逃げのびていた、疲れ切りバラバラに歩く集団の中で
アニアが振り向く
「ファブさんまだ着いてないのかな?優しいから遅れている人とか
ご老人をおぶってるのかもね⁉︎」
その光景を想像してクスリと笑った
アニアが集団の最後尾を見つめながら考える
『この世界だと私いつ死んじゃうかわからないもんね…』
アニアは両手で自分の両頬を叩き『うん‼︎』と大きくうなずく
ファブさんが着いたら伝えよう
『あなたが好きです』と…
最終照射でハワード達が転送された先は密林のジャングルといった
感じのところであった、大河が流れ草木が生い茂り
奇妙な鳥の鳴き声が聞こえる、そして見たこともない無数の虫が
地上から3mくらいのところで塊りになって飛んでいる
心なしか気温も熱く感じた、ハワードが周りを見渡しながら
鳴沢に訊ねる
「鳴沢博士ここはいったい?・・・」
ハワードからの質問が来る前には鳴沢は検索を初めていた
「マップオープン!!最大化!!」
マップが展開されて大きくなるまでのホンの2秒程のタイムラグの間に
鳴沢が答える
「地図を見なくてもわかります、ここはナルン公国の南西部にある
サタジールという密林です、アマゾンをモデルに制作した地域す・・・
問題はサタジールのどこに転送されたか!?なのですが・・・・」
地図が大きくなり鳴沢の目の前に展開される
そのあと鳴沢は手のひらを上に向けクイッと持ち上げるような
仕草をした すると大きな地図は鳴沢達の頭上1m程のところに
移動した 地図の左下の所が赤く点滅している 鳴沢が続けて
「拡大20倍!!」
頭上の地図が詳細な拡大図へと変わる、そして鳴沢が眉をひそめた
「大統領・・・ここはダメです、転送先としては最悪の場所と
言わざるを得ません・・・」
ハワードが問う
「それはどういうことなんだ?確かにこの光景を見ていると
いかにも凶悪な獣がいそうなイメージだが・・・」
鳴沢が首を振って答える
「凶悪な獣がいるとかいうレベルではありません
ここは”嘆きの森”と言われる場所なのです」
「嘆きの森??なんだねその呼び名はどういうところなんだ?」
ハワードが急いで訊ねる 鳴沢は覇気のない声で答える
「ここがなぜ”嘆きの森”と呼ばれるかは割愛しますが
ここは協定により人間達は立ち入り禁止区域 」
モンスターだけの特区なのです」
ハワードは不思議そうな顔で訊ねる
「協定とはどういうことなんだ?モンスターというのはいわば
猛獣とか怪獣とかそういう類の生き物なのだろう?
地球でいう保護動物の狩猟禁止区域みたいなものなのか?」
鳴沢がその問いに力なく答える
「そういう所ではございません大統領、文字通りモンスターとの
協定で決まったことなのです 確かにモンスターは猛獣や怪獣に近い
物がほとんどですが中には人間の言葉を解する者もいるのです
しかもそういう者こそ知能が高く恐ろしい力を持っているのです・・・
この世界ではかつて人間とモンスターの戦争がありました
その戦いに勝利したのは人間、負けたのはモンスターだったのです
その時モンスターのトップと人間の代表者が話し合い
モンスターはこの”嘆きの森”から出ることは許されないという
協定を結んだのです
すなわちこの場所以外のモンスターは殺してもいいが
ここにいるモンスターには手出ししてはいけないというものです
ですからここに立ち入る人間は問答無用で殺されても文句は
言えない・・・そういうことです」
ハワードの顔が青ざめる
「ならばここはモンスターの巣窟であり恐ろしい力と知能を持つ
モンスターのトップがいる場所なのか!?」
ハワードの問いに鳴沢はコクリとうなづく
「しかし鳴沢博士我々はたまたまここに来てしまっただけなんだぞ!?
相手も高い知能を持っているならちゃんと話せばわかってくれるんじゃ
ないか?」
鳴沢はハワードをジッと見つめ
「それは無理です大統領 ここにいるモンスターは人間が
大嫌いですから・・ここは人間の立ち入り禁止区域というのは
先ほどお話しましたよね!?しかし人間側がその取り決めを
ちょくちょく破るのです、ここには凶悪なモンスター
珍しいモンスターがいっぱいいます それを目当ての
ハンター達や腕試しの戦士の密漁が後を絶たないのです
モンスター側も協定違反だ!!と抗議するのですが
人間側は 特に対策を立てるでなくほぼ野放しの状態なのです
そしてその度に『そんな奴らは殺してしまってかまわない、
協定でそうなっているんだからそちらでなんとかしろ』
の一点張りなのです」
ハワードは唖然とした
「それはあきらかに人間側が悪いではないか?
なぜそんなことになっているんだ?」
「勝者のおごり・・・ですかね それと協定破りのハンターや
戦士はほとんどがWFプレイヤーなのです
彼らにとってはゲームですからモンスターとの取り決めなんかより
珍しく強いモンスターとの戦闘経験やアイテムの方が重要なのですよ
運営側としては完全な進入禁止にするわけにもいかず
ここでのデスペナルティを重く設定するぐらいしかなかったん
です・・・」
ハワードが焦りながら鳴沢に語りかける
「ならば早くこの場所から抜けようではないか!!
その”嘆きの森”さえ抜けてしまえばいいんだろう?」
鳴沢は目を合わすことすらせずにうつむいたまま答える
「確かにその方法しかありません、しかし現在我々がいる場所から
”嘆きの森”を抜けるまで最短距離でも158kmあります
特別な移動手段がない今 モンスター達に発見されず脱出できる
確率はほぼ0%です・・・そしてモンスターに遭遇した時
この森にいる一番弱い相手だったとしても勝てる確率はおそらく
5%程なのです・・・この集団に余程のWFプレイヤーがいれば
別ですが・・・」
あまりに絶望的な状況に皆沈黙するしかなかった
その時森全体に響く声が聞こえた
「人間どもここになにをしに来た!!」
空を見上げるとその声の持ち主は高さ20mくらいの所で
こちらを睨みつけていた、その容姿は人に近いが頭に一本の角があり
背中にはこうもりのような羽が生えている
なにより金色に光る鋭い目が恐ろしさを倍増させていた
「あ、あれはバルドゥーク!!なんてことだ・・・」
鳴沢が絶望的な声をあげた
「もしかしてあれがモンスターのトップなのか?」
すかさずハワードが問いかける
鳴沢は静かに答える
「いえあれはモンスターのトップではありません
しかしその側近で恐るべき力を持った化け物です
アレと互角に戦うと思うならこちら側にはナイト級の戦士が20人
大魔法使い〈アークウィザード〉級が10人は必要です」
ハワードが呆れ顔で訊ねる
「な⁉︎なんだそれは⁇相手は一人だぞ⁉︎勝ち目はないのか?」
鳴沢が諦め顔で告げる
「最新鋭戦闘機に素手で立ち向かうみたいなものです…」
言葉を無くしたハワードに鳴沢が伝える
「アレと戦っても万が一にも勝ち目はありません
無駄でしょうが交渉するしかありません」
鳴沢が上を見上げて叫ぶ
「バルドゥーク殿 我々は決してここを荒らしに来たのではありません
ここに迷い込んでしまった難民なのです 見逃しては
いただけませんか?」
バルドゥークは嫌悪感を剥き出しにしながら目を細めて答える
「そんな虚言を俺に信じろと?どこまでも馬鹿にしているな
貴様ら人間は」
すかさずハワードが訴える
「本当なのだ信じてくれ我々は本当に…」
ハワードが喋り終わる前にバルドゥークが遮る
「黙れ‼︎この汚らわしい人間どもが‼︎
皆殺しにしてやるから精々足掻け‼︎」
最後の交渉も失敗に終わりうなだれる鳴沢
もうやるしかないとばかりに様々な所で声が聞こえる
「チェンジ装備C‼︎」
「チェンジ装備B‼︎」
「チェンジ装備B‼︎」
「チェンジ装備C‼︎」
次々と装備のかけ声が聞こえる、思いのほかWFプレイヤーがいたが
その内容を聞いていた鳴沢が頭の中で
『バルドゥークの防御力は8700、ナイトより下の戦士では
傷一つつけられない、ナイトなら最低でも装備はAのはずだから
つまりそういうことか…」
目を閉じうなだれる鳴沢の耳に聞き覚えのある声が聞こえた
「チェンジ装備SS‼︎」
鳴沢は驚いて振り向く、装備SSとはかなり貴重なレア装備であり
それに応じたレベルのプレイヤーの証拠でもある
声の主はリチャード・ハウゼンだった 黒と金色の高級そうな生地に
様々な装飾が施されているローブに身を包み
少し宙に浮いている、鳴沢が驚いて問いかける
「ハウゼン…君は一体…」
バルドゥークがニヤリと笑い
「ほぅ一人面白そうな奴がいるな⁉︎まずは貴様からだ‼︎」
バルドゥークが凄い勢いで迫ってくる
「フラッシュ」
ハウゼンがつぶやきバルドゥークの周りに強烈な光が広がる
「ぐあっ⁉︎」
目を押さえて身を丸めるバルドゥーク ハウゼンが鳴沢に話しかける
「ただの目くらましです、バルドゥーク相手だと私もどこまでやれるか
わかりません、鳴沢博士バルドゥークのデータを提供してください」
鳴沢はうなずくと
「バルドゥークは攻撃力9700 防御力8700 特出すべきは
そのスピード12800ある」
ハウゼンが目を細める
「それは速いですねぇ他には?」
「バルドゥークの攻撃は目を合わせると催眠暗示をかけられる
イービルアイ、爪が伸びそれで斬りつけてくるドメスティーアタック
そして最大の技が巨大な落雷を起こすドゥマンディアゴだ」
ハウゼンがふむふむと聞いている、鳴沢は続けて
「バルドゥークには暗黒系と冷却系の呪文に高い耐性がある
雷撃系もあまり効果がない 1番効果的なのはやはり神聖系だな」
ハウゼンが大きくうなずく
「ありがとうございます鳴沢博士、さてそろそろあちらも
目が回復してきましたね 博士大統領を連れてお逃げください」
ハウゼンの言葉にハワードが
「何を言うハウゼン君‼︎君一人戦わせて我々だけ逃げられるか‼︎」
それを制して鳴沢が口を挟む
「大統領、我々が近くにいるとハウゼンは全力で戦えません
ハッキリ言って足手まといなのです」
ハワードは悔しい表情を浮かべたが鳴沢の意見に従った そして
「ハウゼン君 すまないが頼む‼︎」
ハウゼンは軽く微笑みうなずいた そしてフワッと空中に舞い上がった
「おのれ人間小賢しいマネを⁉︎」
目くらましから復活したバルドゥークが右手を振り上げ爪を伸ばす
『あれで突っ込んでくるわけですね⁉︎』
ハウゼンが考えたと同時にバルドゥークが突っ込んでくる右に左に
何度も往復しながらもの凄いスピードで斬りつけてくるが
ハウゼンはゆるり ふわりとかわす 一旦攻撃を止め空中でとまる
バルドゥーク
「ハァハァこんな馬鹿ななんで当たらない」
ハウゼンが両手を広げて呪文の詠唱に入る
「水の精霊偉大なるオルファウスよ、その慈悲深き心の…」
「させるか‼︎」
バルドゥークが斬りつけてくる 呪文の詠唱を完成させないつもりである
「魔法使いなぞ呪文の詠唱さえ邪魔してしまえばなにもできまい‼︎」
ハウゼンがふっ〜と息を吐く
「なるほど ならばしょうがないですねぇ」
懐の中から古めかしい木筒を取り出すとポイっと投げた
「ブレイク‼︎」
そのかけ声で一面が煙に包まれる
「また目くらましか⁉︎」
バルドゥークが背中の羽で煙をかき消す 視界が開けると信じられない
光景が目の前にあった
「なっ⁉︎」
ハウゼンが12人に増えていたのである
「今度は幻術か⁉︎次から次へと小細工を‼︎」
バルドゥークは怒りに体を震わせていた
「幻術なぞ一体づつ始末してまえばいいだけだろ⁉︎」
そのセリフを聞いた12人のハウゼンは散り散りに別れながら
全員同時に呪文の詠唱に入った
「地の精霊偉大なるボルガノよ大地の恵みとその温かな慈愛を持って
我に高貴なる力を与えん ガルフミスト・べ・ギラリア‼︎」
大地の木々が草が花が空に向かって一斉に伸び バルドゥークに向かって
襲いかかる バルドゥークも凄いスピードで逃げるが余りに大量の
植物の攻撃に足を取られた 動きを止めたバルドゥークに次々と
植物が巻きつく 空中で身動きの取れなくなったバルドゥークを見て
フワッと地上に降り立ったハウゼン
「さてトドメといきますか⁉︎」
そのハウゼンのセリフに激怒するバルドゥーク
「人間風情がナメるなよ‼︎」
バルドゥークの体の筋肉が隆起して拘束している植物をブチブチと
引きちぎっていく そしてバルドゥークが呪文の詠唱に入る
「雷の龍神 邪悪なるアンドラギオスよ古の契約と血の盟約を持って
その悪しき力を我に与えん‼︎ ドゥマンディアゴ‼︎」
ほぼ同時にハウゼンも詠唱を始める
「光の精霊偉大なるセルミューゼよ太陽の恩恵と母なる祝福をもって
我に聖なる力をここに授けんフォーファビリオ!!」
両者の足元の魔法陣が完成しまばゆいばかりの光を放つ
そしてほぼ同時に呪文が発動した
凄まじい音を立てハウゼンの頭上に巨大な落雷が向かう
大きな爆発音と共に落雷の衝撃で辺りの視界が一瞬ゼロになる
「ハウゼン君!!」
ハワードが叫ぶ、あれ程の落雷を受けてはとても生きているとは
思えなかったからである
一方のバルドゥークもハウゼンの放った呪文が直撃した
「ぐはっ!!」
バルドゥークの体は光に包まれ光の中には無数の天使の羽がひらひらと
舞い降りている、バルドゥークの皮膚が徐々にひび割れ始め
崩壊していく そんな中落雷の衝撃がおさまり始め視界が開けてきた
バルドゥークは自分の呪文攻撃の成果を確かめようとハウゼンの方を見た
しかしそこには膝をつき傷ついてはいるものの自分より遥かにダメージの
少ないハウゼンの姿があった
「なっ!?なぜだ!!」
バルドゥークが思わず問いかける その質問にハウゼンが淡々と答える
「バルドゥークあなたの呪文が雷撃系がなことは最初から
わかっていましたから対策をさせていただいたのですよ」
いまだ信じられないといった表情でハウゼンを見つめるバルドゥーク
その時ハウゼンの足元に先ほどの攻撃呪文とは別の痕跡を見つけた
その反応をみてハウゼンが答える
「あぁ気が付きましたか?これは雷撃系の防御結界です
本体である私が攻撃呪文を唱えていた時少し離れた所から
分身達がこれを作っていたのですよ」
四方の木々の影からハウゼンの分身が次々と姿を現す
そしてハウゼンの元まで歩いてくるとスッと消えた
「バカな!?そんなことが!!」
体の崩壊が進み意識も薄れつつある中でバルドゥークは
もう一つのことに気が付きハッとした
「そうですよ貴方に使った一つ目の呪文、植物を高く伸ばしたのは
貴方を拘束するためだけではありません そう避雷針ですよ
だから私は地上に下りたでしょう?ついでと言ってはなんですが
”トドメといきますか”と挑発したのもプライドの高そうな貴方を
怒らせて防御結界や避雷針のことを悟らせないためです」
怒りと悔しさで震えるバルドゥーク
「この私が手のひらで踊らされていたというのか?」
ハウゼンが答える
「防御結界と避雷針を駆使しても凄いダメージを受けました
全く凄まじい呪文でしたよ正直まともに戦っていたら私は
貴方に勝てなかったでしょう、実に強かったですよ
間違いなく私が今まで戦ってきた相手の中では一番でした・・・
とはいえ私からこんな言葉をもらっても貴方はうれしくないん
でしょうけどね」
バルドゥークは悔し涙をにじませながら体の崩壊をなんとか
食い止めようとしていた
「凄いですねえ、あの呪文をまともに食らっていてまだ
復活しようとするとは・・・しかし申し訳ありませんが
復活されると今度こそこちらが皆殺しにあってしまいますから
本当に終わらせていただきます」
ハウゼンが目を閉じ詠唱を始める
「光の精霊偉大なるセルミューゼよ汝の慈しみをかの者に捧げん
永遠なる幸福の元にかの者を導かん、我は願う悠久の光の中に
かの者を誘わんことをハールマーションディフューチャー!!」
バルドゥークの周りに光があふれ白いローブをまとった
やさしく微笑む女性が現れた その女性はバルドゥークをやさしく
抱えまた微笑みかける バルドゥークも先ほどまでの険しい表情から
安らかな顔へとかわっていた そしてバルドゥークは光の中に
消えていった・・・
ハワードや鳴沢がハウゼンに駆け寄る ハウゼンはかなり疲弊した様子で
肩で息をしながらも皆の方をみてニコリと微笑む
「ハウゼン君!!君は・・・君はいったい!?」
ハワードが興奮しながら問いかける、続けて鳴沢が問いかける
「ハウゼン君・・・君は魔道王だね?しかしこの世界の魔道王は
全てどこかの国に所属していたはずなのだが・・・」
ハウゼンが答える
「しばらくの間だけ国王にお暇をいただきましてね
今だけはフリーなんですよ」
いつもの淡々とした口調ではあったがどこかやさしい感じを受けた
「もしかして君はスタネール共和国の?・・・」
鳴沢の問いかけにニヤリと微笑むハウゼン
「やはりそうか!?君はスタネールの大賢者
ジェームズ・マクシミリアンか?」
嬉しそうに話す鳴沢にハウゼンが冷静に話す
「博士その話はまた後で、今は先を急ぎましょう!!いくら私でも
ザキーニャが出てきたらどうにもなりませんので」
少々興奮気味でうれしそうに話していた鳴沢がその言葉で我に返る
「それもそうだな、うんその通りだ先を急ごう!!」
ハワードが訊ねる
「そのザキーニャってのが・・・」
鳴沢がうなずく
「はいモンスターのトップです大統領、ザキーニャは滅多に
外に出てきませんが万が一出くわしたらアウトですから・・・」
納得したハワードが気になったことをハウゼンに聞いた
「ところでハウゼン君、君はこの世界では
ジェームズ・マクシミリアンと名乗っているのかね?」
珍しく少し照れた表情でハウゼンが答える
「はい大統領 マクシミリアンというのは子供の頃好きだった
ヒーロー物の主人公の名前です、ジェームズは失礼ながら
大統領の名前からいただきました このゲームを始めた日が
『フロリダの奇跡』の日だったものですから縁起担ぎの意味も
こめまして」
驚くハワード それを聞いた鳴沢が
「やはり大統領は大変な強運をお持ちのようですな」
と笑った。
今回はショートの3作を書いてみました、リチャード・ハウゼンはモブキャラの一人だったのですが書いてるうちに気に入ってしまいましてこんな展開になってしまいました、これからもちょくちょく出すつもりです。