女を追え!part3
テペリは目を覚ます。
最初に飛び込んできたのは、天井だった。
視線を動かし、辺りを見渡すテペリは、冒険者ギルドの一室にいると把握した。
自分が床で横になっている事から、自分は倒れたのだと理解したテペリは、
自分にかけられた柔らかな毛布をどかし、起き上がる。
その時、音をたてて扉が開いた。
「起きたか。」
扉を開けたのは俺だ。
「レイダスさん・・・。」
テペリは、耳と尻尾を垂らした。
俺は、そんなテペリに装備を放り投げた。
「わわっ!」
いきなり装備を投げられたテペリは反射的に装備を受け止める。
「お前が眠りこけてる間に、リゼンブルでの情報収集は終わった。
マリー・フラクトらしき人物が《氷河山》に向かったらしい。
準備ができ次第出発するぞ。」
俺は、それだけ言って退室した。
テペリは、自分の不甲斐なさで元気を無くしていたが、
本来、そこまで落ち込まなくていい。
『偽の記憶を植え付けたのは俺だから・・・。』
《瞬間移動》を使用した時のテペリの表情を見た時、記憶を消すしかないと判断した。
俺は高位のスキルや魔法を習得している。
本来lv100までしかないのに、俺は規格外でlv1000が上限だ。
得るはずのないスキルや魔法を習得した俺は、無暗にスキルと魔法を使用できない。
それは、本来有り得ないのだから――――――
俺が高位のスキルや魔法を使用できると知れれば、いよいよ化け物扱いか
習得条件解明の為、俺を捕縛しに来るだろう。
国の戦力として、兵器とか・・・。
有り得そうで俺は恐怖を抱く。
1階に下りた俺は、ギルドマスターの部屋にいるはずの人物に声をかけられた。
「どうでしたか??彼女は目を覚ましましたか??」
「ああ。部屋を貸してくれて感謝する。」
《ジョナサン・ハーレイ》リゼンブルのギルドマスター。
久しぶりに顔を合わせたが、俺はジョナサンが苦手だ。
『変人だからな・・・。』
最初にリゼンブルを訪れた時を思い出す。
「嘘をついているような瞳に見えるかい!」と言いつつ顔を近づけてきた
ジョナサンは気持ち悪かった。気持ち悪すぎて悪寒が走ったほどだ。
「君に感謝されると嬉しいな!お礼がしたのならいつか僕と・・・。」
「断る。」
俺は、ジョナサンが言い切る前に断った。
変人の頼みなんて碌な物じゃないと相場が決まっているからだ。
「まだ、何も言ってないじゃないか!」
ジョナサンは、瞳に涙を浮かべた。
「お前の頼みは碌な物じゃないと俺の直感が言っている。」
俺は正直な気持ちをジョナサンにぶつけた。
ジョナサンは、ゆっくりと床にへたり込み、口にハンカチを銜えて引っ張った。
「ぐすっ・・・。酷いよ。
僕はこんなに君の為に尽くしているというのに、君は・・・君は・・・。」
「どこの人妻だ。いい加減にしないと殴るぞ。」
俺は、本音駄々洩れで、殴る宣言をした。
見ていてイライラするのだ。
「ああ!待って待って!!それは、また今度で!!」
スクッと立ち上がって、慌てるジョナサン。
俺はゆっくりと近づきながら、指を鳴らす。
ボキボキという音が鳴り響いた。
「ひええええ!お助けええええ!」
ジョナサンのワザとらしい台詞に俺の怒りは頂点に達した。
「歯を食いしばれ!!」
俺は、拳を振りかぶる。そして―――――
ズドーン!という凄まじい音と共に冒険者ギルドの壁に大穴があいた。
俺の拳を辛うじて回避していたジョナサンに俺は舌打ちした。
ジョナサンに当たるはずだった拳の衝撃を受けた冒険者達は、全員気を失っていた。
全力でないにしろ、俺の拳はlv100の《拳闘士》職を凌ぐ。
ジョナサンはハンカチで口を押えていて表情が読めなかった。
しかし、壁をジーッと眺めている事から1つの予想が立つ。
『何という破壊力だ・・・。』
そう思っているに違いない。
ジョナサンに当たらなかったのはしょうがない。
加減をしないと、建物が完全に吹き飛んでしまうからだ。
俺は、精神を落ち着かせる。
ジョナサンの子供じみたお遊びに付き合ってしまった自分も悪い。
1階から聞こえた凄まじい音にテペリは、2階から駆け下りてきた。
「何事ですか!?」
俺は、テペリに視線を向けた。
頭に毛皮の帽子を被り、毛皮のコートを羽織っていた。
靴は、耐寒に優れた物を履いている。
『どうやら、準備は出来たようだな。』
俺は「何でもない。」と言って、冒険者ギルドから出ていく。
壁に大穴を開けて置いて謝罪する気は毛頭ない。
俺も悪いが、俺を不機嫌にさせたジョナサンも悪い。
『お互い悪いって事で手をうってやるよ。』
テペリは、壁の大穴と俺を何やら見比べているようだが、気にしない。
聞かれたら素直に答えるだけだ。
テペリは困惑しながら、俺についてくるのだった。
――――俺達が去った後の冒険者ギルド――――
「いつつつっ・・・。何だったんだ今の?」
「さあな・・・。拳闘士職だったのか?」
「いや、腰に片手剣ぶら下げてたぜ・・・。」
「剣士職で、あの威力かよ。化け物だな・・・。」
吹き飛ばされた冒険者、見ていた冒険者が話し合っている。
そんな中、ジョナサンは大穴のあいた壁をジーッと見つめて考えに耽っていた。
『lv40やlv30の剣士職に出来る芸当ではないですね~。』
ジョナサンは、大穴があいた壁に近づき、触れた。
『僕が思っている以上に彼は強いのかもしれませんね。楽しみですよ・・・。』
ジョナサンは笑みを浮かべた。
そこには、戦闘狂としてのジョナサンしかいなかった。
―――――夜―――――
俺達は、《氷河山》に向けて、歩き出す。
テペリはぐっすり眠っていたし、夜道も大丈夫だろう。
「1階で何があったのですか?」
テペリが聞いてきたので俺は素直に答えた。
「ジョナサンの発言にイラっと来て殴ろうとした。
衝撃で冒険者達は巻き添え、壁に大穴を開けた。」
テペリは立ち止まって、口をパクパクさせた。
驚愕のあまり出だしを噛む。
「こここ、拳だけで、大穴をあけたというのですか!?」
「腕力がないと、剣に力が乗らない。その為に鍛えている。」
俺は平然と嘘をついた。
『鍛えてない。元々高かったんだ。』
「・・・・・・。」
テペリは黙り込んでしまった。
《瞬間移動》を使用した時もそうだったが、このままでは先に進まない。
「テペリ。帰るなら今の内だぞ。」
「な!?何言ってるんですか!私は帰りません!」
テペリは、ズカズカと先を歩いて行く。
俺は、テペリに言った。けど、かなり遠回しだった。
正直、テペリは足手まといだ。
あいつがいるだけで、俺の攻撃手段はかなり限られる。
毎回《記憶改変》で記憶を消していては埒が明かない。
『何でこんな回りくどい言い方しかできないのだろう・・・。』
いや、違う・・・。
俺の思っている事を告げて、テペリが悲しむ顔が想像できる。
ショックを受けて、俺から離れていく姿が想像できる。
『俺は嫌われるのを嫌がっているのか?』
俺は歩きながら、自分の手の平を眺めた。
この世界に転生して、色んな人物に出会った。
「他人なんてどうでも良い。」と思っていた俺が他人を気にしている。
俺の心が、精神が変化し始めている―――――
幻覚と頭痛が俺を襲った。
「ッ!」
夢で出てきた、あの2人が俺の視界に映る。俺は、目を擦った。
それは一瞬で収まった。
「どうしました?」
異変に気付いたテペリは振り返って俺に声をかけた。
「気にするな。何でもない。」
俺は、そう言って歩を進めた。
《氷河山》は、極寒の寒さだ。耐寒装備がなければ、寒さで死ぬ。
近づくごとに、雪が降り始め、それは吹雪となる。
横殴りの風と雪が俺達の道を阻んだ。
「前が見えません!」
「ああ。全くだ。」
俺とテペリは互いにぼやく。
視界が狭いと魔物の接近に気付けない。
最悪の場合、先制攻撃で死亡コースは確定だ。
この世界のlvを考えると《氷河山》周辺の魔物は強い方だ。
平均lvは30。
《氷河山》に入れば、lv40の魔物はザラだ。
龍となれば、lv70は軽く超える。
しかし、マリー・フラクトは、それを1人で相手にしようとしている。
人格破綻者というのは、正しい。
この世界の人間なら龍に挑む事がどれだけ無謀か理解できるはずだ。
俺は、マリー・フラクトの死亡報告をする事になるかもしれない。
それを今の内に覚悟した。
俺は《探知》に反応があった魔物の数を、テペリに言う。
「テペリ。魔物が接近している。前方3匹だ。」
「本当ですか!?」
テペリは疑いながらも武器のダガーを2本抜いた。
吹雪で遠くまで見えない為、目を凝らす。
魔物の形が少しずつハッキリして、正体が分かったテペリは、魔物名を言う。
「龍モドキです!」
龍型の魔物は、巨大な体に手、尾、翼を有している。
口からはブレスを吐く、危険な魔物だ。
一方《龍モドキ》は姿形は、龍と似ているが、体は小柄で、人間より一回り大きいぐらいだ。
lv40代の魔物だが、テペリには荷が重い。
「《氷河山》周辺にいるという事は《氷》属性だな。テペリは下がれ。俺がやる。」
俺が、前に出ようとすると、テペリは「待ってください!」と止めた。
「お前には荷が重い!そこをどけ!」
俺は、テペリにそう言うが、テペリは言う事を利かない。
「嫌です!私がやります!」
俺は、言う事を利かないテペリに苛立つ。
『忠告しているのに、何故聞かない!』
テペリは、《龍モドキ》に向かって駆けだした。
「行くな!!」
俺はテペリを止めようと手を伸ばすが、届かなかった。
雪で足を取られ、倒れそうになったが体勢を立て直す。
その間にテペリの姿は、吹雪で掻き消えた。
「クソ!ガルム行くぞ!」
俺はガルムと共にテペリの元に向かおうとする。
テペリは《龍モドキ》が3匹という事を熱くなって忘れている。
テペリが《龍モドキ》の初撃をまともに浴びれば、一時的に動きが止まる。
そこを他の2匹に突かれれば、テペリは確実に死ぬ。
『足手まといが!』
俺は舌打ちをした。
その時、俺の心臓が高鳴った。
ドクン――――
俺の中の何かが蠢く――――『行くな』
ドクン――――
俺の中の何かが俺を止める――――『行くな!』
『こんな時に・・・。』
俺は、雪の中に倒れ込む。
胸が苦しい――――
頭が痛い―――――
「ぐうぅ!」
それでも体を必死に起こそうとする。
「テペリを・・・追わないと・・・。」
俺はテペリが走って行った方角を見る。
そこには、1人の人物が立っていた。夢の中で出てきた人物だ。
その人物はテペリの走って行った方角へ消えて行く。
俺はガルムに指示を出す。
「ガルム・・・テペリを死なせるな・・・行け!」
「ワオオオオ―――――ン!!」
ガルムは遠吠えを上げ、テペリの元へ走り出し、吹雪の中へと消えて行った。
俺は暫く動けそうにない。
俺の中の何かが俺を阻む――――『行くな。』
「クソ・・・。」
意識を手放しそうになるが、俺は堪える。
ガルムなら俺に応えてくれる。
だから、こんな場所で意識を手放す訳にはいかない。
俺は、ガルムとテペリが戻ってくるのを吹雪の中待ち続けた。




