男は老兵に会う。
王都が陥落した。
ヴァルハラ軍の一方的な蹂躙劇に俺は遠くから笑っていた。
「あ、国王はどうなったのかな?」
俺は観客席の屋根から飛び降りて、《探知》で反応を探る。
「逃れたのか?」
妙だった。
王都には東西南北に門がある。
国王のいる場所は王城から北西、王都の外に位置していた。
門からは大分離れた位置だ。
『抜け穴でもあったのか?』
俺は、《瞬間移動》を発動させ、移動する。
外壁の上に移動した俺は、さらに《透明化》を使用し、姿を隠した。
王都の外、外壁の下を俺は見下ろした。
俺は笑みを浮かべた。
国王がエルフの兵に囲まれ、窮地に立たされていたのだ。
国王を先導していたと思われる兵が兜を外す。
『あのエルフじゃないか・・・。』
俺は驚いた。
兜の下は、軍を指揮していた老兵のエルフ。
ヴィラルの《お師様》だった。
老兵のエルフは、兵たちに指示を出す。
国王は矢で射抜かれ、仰向けに倒れた。
無数の矢が体中に刺さっている。
国王の周囲には血の池が形成された。
『涙・・・?』
俺は国王の瞳から流れる《水》に気が付く。
国王は何を思って涙を流しているのか――――――
『俺にはどうでも良い事だ。』
俺はその場を去った。
「国王おめでとう。」
俺は笑みを浮かべた。
俺からどす黒い物が同時に零れた。
『ああ。俺はまた―――――』
俺は、老兵の後を付ける。
老兵は王城内に入り、兵たちに指示を下す。
「生き残りを捜索、捕縛のようだな。」
俺は、老兵の様子を離れた位置から伺う。
ブツブツと独り言を呟く老兵の言葉を聞いていた俺は、
王座の間に戻って王座に腰を据える。
どっちみち老兵は王座の間に戻ってくる。
俺は、それを待つことにしたのだ。
『良い座り心地だ・・・。』
俺は、優越感に浸った。
暫くすると、老兵は俺の読み通り王座の間に戻ってきた。
『読みと言っても只、王城の入り口が王座の間にしかないだけなんだよな~。』
老兵は、また独り言をブツブツと呟く。
俺は、《透明化》を解除し、老兵に話しかける。
「教えてやろうか?」
俺の言葉に老兵は、振り返る。
老兵は驚愕の表情を浮かべていた。
「どこから湧いて出た人間・・・。」
老兵は武器の弓を構えて弦を引く。
俺を相当警戒しているようだ。
『敵の力を測れるだけの実力はあるようだ。』
俺は、話ができるエルフと判断し、片手を上げて気楽に告げる。
「そう固くなるな。少し話がしたいだけだ。」
しかし、老兵のエルフは俺の言葉を無視し、周辺の兵士を呼び集めた。
「『ヴァルハラ』の兵たちよ!王城内に集合せよ!!」
兵士たちは、俺を囲むように配置につき、武器を構える。
『やれやれ・・・。』
「はあ。」
俺はため息を吐いて項垂れる。
話ができると判断した俺のミスだ。
老兵は弓を構えたまま、少しずつ距離を詰めてきた。
「話がしたいと言ったな。洗いざらい話せ。」
『俺に脅しをかけるか・・・。』
俺は、表では笑みを浮かべて平然としているが、
裏では、ドロドロした物が流れ出ている。
「その前に弓を下ろせ。話はそれからだ。」
俺は、武器を下ろすよう要求した。
老兵は暫く悩んだようだが、武器を下ろす指示兵に出した。
「武器を下ろせ!」
次々と兵士が武器を下ろす中、1人の兵士だけ構えたままだった。
兵士は身体を震わせ、歯をカチカチと鳴らす。
目は憤怒で揺れていた。
「もう一度言うぞ。武器を下ろせ!これは命令だ!」
老兵は、兵士に再度指示を下すが、言う事を聞かなかった。
『命令違反か・・・。』
「そいつを止めろ!!」
老兵は弓を構えている兵士を取り押さえるよう周囲の兵士に命令するが、
時すでに遅し―――――
「仲間の仇だああああああ!!」
悲痛な叫びと共に矢は俺へと飛んでいく。
誰もが俺の死を連想する。
当然、老兵も――――――
『俺が只の矢ごときで死ぬかよ。』
俺の赤い瞳を矢が射抜く寸前、矢は止まる。
俺は人差し指と中指の間で矢を受け止めていた。
エルフたちはその光景に呆然とする。
矢を避ける人間はいても、矢を受け止める人間はいない。
それはエルフの『弓兵』としての技や技術が高いからだ。
エルフたちは呆然としていた。
「弓を下ろせ。さもないと―――――」
俺は受け止めた矢を反対へ向けた。
俺の中の何かが囁く―――――『やれ。』
『ああ。言われなくともやるさ。』
俺は、矢を軽くほおった。
矢は光の速さで命令違反した兵士へ飛んでいき、上半身を吹き飛ばした。
一瞬の出来事に兵士たちは、動揺した。
「こうなる。」
命令違反した兵士の下半身は倒れ込み、血の池を形成する。
周囲の兵士は恐怖に顔を歪めた。
そして、恐怖は伝染する。
「う、うああああああ!?」
「化け物おおおおお!?」
兵士たちの叫びに俺は、笑みを浮かべた。
兵士たちは武器を構え、矢を放つ。
「やめろおおおおお!!」
老兵の叫びも虚しく、俺は矢を受け止めては、攻撃主に矢を返す。
兵士たちは無残に死んでいった。
『馬鹿ばかりだな・・・。』
残ったのは冷静さを保つ老兵と、恐怖に腰をぬかした10人の兵士だけだった。
「やっと話ができるな。」
「まずは、害虫駆除の協力に感謝する。」
俺は笑みを浮かべたまま、淡々と言葉を発する。
「害虫駆除とは、戦争の事を言っているのですか?」
俺は老兵の言葉に「ああ。」と返事をした。
俺はこの戦争を、王都に住み着いた害虫を駆除する程度の物としか思っていない。
老兵は息を整えて、いきなり変な事を言い出す。
「貴方の正体が分かりました・・・。」
俺はピクッと体が反応した。
「106の我が同胞を手にかけた人間とは貴方の事ですね?」
俺は軽く頷いて「そうだ。」と返事をした。
老兵は、もう一度息を整えて、俺に質問する。
「貴方がここにいるのはどうしてですか?」
「言っただろ。教えてやろうか?と――――」
俺は、最初の言葉を口にする。
「教えるとは『中層』と『下層』の人間についてですか?」
「如何にも。」
俺は笑みを浮かべたまま返答する。
「何故、私たちに情報を与えるような行為を?」
老兵はどうやら俺に違和感を抱いているようだ。
「私たちが『王都』の民を殺しに行くとは考えないのですか?」
エルフは人間を憎んでいる。
意思に関係なく、体が勝手に動いてしまうほどに・・・。
居場所がバレてしまえば、追い打ちが可能だ。
勢力を付ける前に確実に潰せるのだ。
「ああ。無駄だからやめておけ。」
老兵は俺の発言に首を傾げた。
老兵は理解していないようだが、実際無駄なのだ。
俺はヴァルハラに赴き、王都のエルフ奴隷を開放した。
「奴隷制度は無くなる」と宣言もした。
それで、人間に追い打ちをかけるようであれば、非難されるのはエルフたちだ。
「無駄と言い切れる根拠は?」
理解できていない老兵の為に俺はある方角を指さした。
ヴァルハラのある方角だ。
「ヴァルハラに一度帰還しろ。そうすれば分かる。」
俺は、そう告げた。
『これも言って置かないとな。』
「後、人間たちのいる場所は、王都から南西だ。」
俺は王座から立ち上がり、老兵の横を通る。
俺は、すれ違い様に老兵にだけ聞こえる音量でつぶやいた。
「ヴィラルはヴァルハラに返した。心配しなくていい。」
「!?」
老兵は振り返るが俺の姿はない。
《瞬間移動》でその場を去ったのだ。
メイサの森まで移動した俺は、王都を見る。
その後の老兵がどうしたのかは知らない。
俺は、夢見の森のログハウスに《空間転移》で帰宅した。
「ガルムが俺の帰りを待ってるからな。」
ログハウスの扉を開ければ、ガルムが玄関で尻尾を振って待っていた。
「ワオオオ―――ン!」
相変わらず、元気なガルムに俺は癒される。
「ただいま。」
俺は、ガルムの頭を優しく撫でて、ログハウスの中に入る。
装備を外し、キッチンで料理をした後、
ガルムと一緒に食事をし、歯を磨いて、ベットに横になった。
『なんだかんだで長かった・・・。』
俺は戦争が終わった事に息を吐く。
俺は《平穏》が好きだから、静かに時が過ぎるのは良い事だ。
俺は笑みを浮かべた。
そのまま眠りに落ちていく。
その時、俺の中の何かが囁く――――『終わらせない。』
俺は、俺の中の何かに言う。
「言ってろ。」
俺は完全に眠りに落ちた。
ガルムもスヤスヤと眠っている。
長いようで短く、激しいようで静かな戦争はこうして幕を閉じた。
明日から新しい1日が始まる。
――――――ヴァルハラと王都の戦争は終結した。――――――




