奴隷解放―男ver―
――――『新天地』―――――
「奴隷がどこにいるか知らないか?」
俺は、城を出た後、
『中層』にいた住人達に奴隷の場所を聞き回っていた。
『中層』の住人たちは首を横に振る。
『こんな事なら奴隷の場所を聞いとくんだった。』
と後々後悔している俺である。
数時間後―――――
住民は皆疲労で眠りについてしまった。
『今日は諦めるしかないか・・・。』
俺が『夢見の森』に戻ろうと、
街を歩いていると、俺は知り合いの人物を見つける。
「リリィじゃないか。」
俺の声にリリィは振り返り、顔が明るくなる。
「レイダスー!」
リリィは俺に飛びついてきてギュッと抱きしめた。
『お、おい!?』
俺は少し動揺したが、冷静に対応する。
リリィの後ろには預けている子供とリリィの店員がいたからだ。
「お前たち。なんで出歩いてる?」
ここに来たばかりの住人は皆家の中で寝入っている。
『長旅は身体に負担がかかるからな・・・。』
リリィは俺からサッと離れて説明した。
「私たちは、奴隷のお世話を任されたのよ。」
「奴隷の世話?」
「詳しい内容は私がご説明いたしましょう。」
俺は、店員の言葉に頷く。
「ここに来るまでの間『下層』の奴隷たちは、疲労で倒れてしまいました。
『下層』で鎖に繋がれ、重労働を強いられていたのもあるでしょう。
そこで、私たちがお世話係としてかって出たのです。」
「なるほどな。」
と俺は頷いた。
「丁度いい。これから奴隷の元へ行くのだろう?俺も奴隷に用がある。
同行しても構わないか?」
リリィは「いいわよ!」と返事をして、先を歩いて行った。
「こっちよ!こっちこっち!」
と元気に跳ねるリリィの姿はやんちゃな子供を連想させる。
「リリィ待ってよ~。」
とリリィの元へ子供が走って行く。
『声からして男の子か。俺、性別わかんなかったんだ。』
村で助けた子供は女顔だった。
声を聞くまで俺は性別判断ができなかったのだ。
『仕事に熱中している時は、集中してるから話さないし・・・。』
俺が2人を歩きながら眺めていると、横から店員が声をかけてきた。
「レイダスさん・・・ですよね?ありがとうございます。」
「何の話だ?」
俺は首を傾げた。
店員に礼をされるような事をした覚えがないからだ。
「店長があんなに元気でいられるのはレイダスさんのお陰なんです。
店ができたばかりの頃は、辛そうな表情ばかりで見ていられなくて・・・。
でも、レイダスさんが来られるといつも笑顔で・・・。私は感謝しています。」
店員は、真っすぐリリィを見つめている。
まるで母親のような目だ。
「そうか。それは良かった。」とだけ俺は言った。
『母親なんて・・・。俺には未知の存在だ。』
子供を想い、守るのは親の役目―――――
前世の俺は反対だった。
子供が親に尽くすのが日常で、当たり前だった。
役に立たない俺は暴力を振るわれた。
殴られた痛みを今でも忘れない。
『どっちが正しい姿なんだろうな・・・。』
俺はその気持ちを悟られないように、歩くのだった。
――――『教会』――――
俺たちは城の近くにある建物に訪れた。
俺はそれを『教会』と呼んでいる。
『この世界に宗教とかあるのかなーと思って・・・。』
俺が勝手に製作した建造物である。
「あの中に奴隷がいるの!」
とリリィは教会を指さす。
「ああ。あれは教会と言ってな。神様を祀ってるんだ。」
「教会?神様?」
子供が「何それ?」と首を傾げた。
「その内分かるさ。」
俺は説明を放棄し、教会内へと足を踏み入れる。
『我ながら、いい出来だ!』
と自分のセンスの良さにうぬぼれる暇はない。
リリィについて行くと、教会の椅子に奴隷たちが横になっていた。
息は荒く、体は細い。
転んだだけで骨が折れてしまいそうだ。
肌は、青白く生気を感じられない。
奴隷の人数は約100人
『上層』の奴らに買われた奴隷も含めると最いただろう。
リリィたちは早速奴隷たちの看病を始める。
「どんどん悪化してる。薬を打たないと・・・。」
店員とリリィは持ってきていたカバンから薬を取り出し、奴隷たちに飲ませていく。
子供は自分の出来る事を探し、熱を出している者には濡れタオルを、
傷のある者には包帯を巻いて行った。
俺は、それを遠目で見守る。
その時、俺の視界にある人物が飛び込んでくる。
「ヴィラルか?」
俺は椅子に横になっているエルフに駆け寄り揺さぶった。
「おい!ヴィラル!」
彼女から反応が返ってこない。
肌は青白く、鍛え上げられた筋肉は衰えていた。
「おい!」
「無駄ですよ・・・。」
そう言ったのは店員だった。
俺は、ヴィラルから手を放す。
「その方の精神状況は最悪です。
食べ物は胃が受付ず、壊れたように同じ単語を口にしています。」
店員は治療をしながら、淡々と語った。
俺はヴィラルの口元が動いていることに気付き、耳を近づける。
「私は・・・国を・・守れなかった。道化だ・・。私は・・惨めな女だ。」
俺はしゃがみこんだまま暫く沈黙する。
『こいつ!!』
俺の中で怒りが込み上げてくる。
ヴィラルは未だに自分の過ちを拭いたいと思っているのだ。
それだけではない。
「道化・・・?惨めな女・・・?」
『自分の不幸に酔ってやがる!!』
俺は立ち上がって、ヴィラルの腹部を優しく蹴った。
ヴィラルは椅子ごと飛んでいき、教会の壁に穴が開いた。
「ちょ!?レイダス!?」
俺の行動に3人は驚いている。
「お前たちは治療を続けていろ。」
俺はそう言って、穴から外に出てヴィラルの元へ向かう。
「グはあ!?ゲホッ!・・ううう。」
ヴィラルは生きていた。
しかし、骨はボロボロ。
加減をしたとは言え、腹部には風穴があいていた。
俺はそんなヴィラルの状態を無視し、髪を掴んで彼女を引っ張り上げる。
「うあああああああああ!!」
ヴィラルの悲鳴が響き渡るが、
眠りについている住人たちは起きない。
『疲れてるからな~・・・。』
「ヴィラル。目を開けろ!」
ヴィラルは目を開ける。彼女の眼前には恐怖があった。
彼女の表情は恐怖で歪む。
「いやあああああ!!」
ヴィラルは暴れる。
俺の体を蹴る!殴る!
しかし、俺はびくともしない。
「お前ふざけるのもいい加減にしろよ?」
俺は、ヴィラルを放り投げた。
ヴィラルは地面に倒れ込み、痛みを堪える。
「辛いのが自分だけだと思ったら大間違いだ!」
『俺の方が経験してんだよ!』
俺は、足でヴィラルを仰向けにさせた。
ヴィラルの視界に俺を映すためだ。
ヴィラルは身体の痛みで逃げられないのだ。
「ううううう!!ううううあううううううああああ!!」
逃げようとするが、彼女の体は動かない。
「世の中には、お前以上に不幸だった奴がいるんだ。」
「あああああああ!!」
ヴィラルは叫び声、雄たけびとも思える声を上げる。
彼女は首を横に激しく振る。
まるで、俺の言葉を『理解したくない』と言っているような態度に
俺はさらにイラついた。
俺は、足でヴィラルの頭を押さえつける。
ヴィラルは暴れ続けた。
手を足をバタバタとさせ、必死に抵抗する。
「やっぱり卑怯な女だよ。お前は・・・。」
俺はヴィラルの頭から足をよかし、手を顔の上に押し当てる。
「うああああああうあああああうううううう!!」
『魔法/第9番:記憶改変』
俺は魔法を唱えた。
ヴィラルの意識はプツリと途切れ、眠りに落ちた。
俺はその隙にヴィラルを治療して、穴から教会内へと戻る。
「大・・・丈夫何ですか?」
店員はオドオドしながら俺に尋ねる。
「ああ。問題ない。建物は後で修繕して置こう。」
「そうじゃなくって!」
という店員に俺は首を傾げた。
「はあ。もういいです。」
俺は店員にため息をつかれた挙句、呆れられた。
『俺、まずいこと言ったか?』
俺は、リリィたちによる奴隷の世話が終わるのを只々待った。
数時間後――――――
「ふうー。」
リリィが額の汗を服の裾で拭い、立ち上がる。
店員もまた、タオルで汗を拭っていた。
子供は疲れたのか途中で眠りこけていた。
「お疲れ。」
声をかけると俺はリリィに怒鳴られた。
「なんで黙ってみてたのよ!手伝ってくれてもいいじゃない!」
リリィの顔はムッと膨れていた。
「お前たちから仕事を取るのは良くない。」
俺は取り敢えずそう答えた。
俺は、奴隷たちを完全に治すことができる。
しかし、剣士である俺が、回復魔法を行使できるのは知られたらまずいのだ。
俺は敢えて、奴隷の治療を避けたのだ。
「はあ~・・・分かったわ。その代わり、今度店に来なさいよ!」
リリィの言葉に俺は「分かった。」と返事をした。
リリィたちは仕事が終わり、手を振って帰っていく。
俺は教会内に残った。
「さて・・・。」
『俺の仕事を始めるか。』
俺は、スキルと魔法を同時に発動した。
『スキル:瞬間移動』
『神聖の神専用魔法/第12番:スキル範囲拡張』
『スキル:瞬間移動』は行ったことのある場所や視界に入る場所なら
どこにでも移動できる便利なスキルだ。
ただし、空間を超えた移動はできない為、その場合は『空間転移』になる。
俺は、スキルの範囲を『スキル範囲拡張』を使って、エルフの奴隷も移動対象にした。
移動先は―――――――
「ヴァルハラ!!」
俺とエルフの奴隷たちは教会から掻き消える。
そして、『ヴァルハラ』の入り口にやってきた。
新しく配備された門番たちは突然現れた俺と奴隷たちに驚いている。
奴隷たちは故郷に着いたにも関わらず、起きない。
起き上がる力が既にないのだ。
「何者だ!?両手を上げろ!!」
『警察かよ!』
と突っ込みを入れるが、入れた所でしょうがない。
「王都の人間だ。奴隷制度は無くなった。よって奴隷を開放する。」
俺の発言にエルフの門番たちは動揺した。
「信じられるか!!」
門番たちは武器を構えて臨戦態勢を取る。
「俺の周囲を確認して言っているのか?」
門番たちの視線は奴隷に向けられる。
奴隷たちはエルフだった。
しかも、衰弱している。
リリィたちが治療したとはいえ、飽くまで応急処置だ。
早く処置を施さなければ手遅れになる状態だった。
「どうする?」
門番たちは武器を下ろした。
「分かった貴様を信じよう。」
しかし、俺は門番の言葉に少しばかり反発した。
「信じなくていい。俺もお前たちを信用していない。
信じるという言葉を使う者を俺は基本的に疑うからな。」
俺は笑みを浮かべて言った。
「それじゃ、俺は行くからあとは宜しく。」
俺はワザと背を向けた。
「逃がすか!!」
門番の1人が武器を構えて矢を放つ。
俺は『瞬間移動』で王都に向かう前に、矢を受け止めて返してやった。
門番の上半身が消し飛び、下半身が倒れる。
「うわあああああああ!!」
門番たちの悲鳴を聞きながら、俺はその場から消えた。
『悲鳴は心地いい・・・。』
俺の中の何かが少しざわついた気がした。
――――――『王都グラントニア』――――――
俺は、南門をくぐり、中へ入っていく。
『中層と下層は荒らされた形跡がなさそうだな。』
ド―――ン!!、ビュンビュン!!
『上層』を見ると爆音と共に爆炎が上がっていた。
建物がいくつか破壊され、燃えている。
中層と上層の間にある壁の上からエルフたちが矢を射ているのが確認できた。
『ん?あれは・・・。』
俺は、建物の上に跳躍する。
そこからもう一度、壁の上を確認する。
一際目立つ老兵の姿があった。
「ヴィラルが言っていたな。『お師様』が王直属の近衛兵の隊長だと・・・。」
俺は笑みを浮かべた。
「話でもしていくか。」
俺は、『ヴァルハラ』軍が『上層』を陥落させるのを待った。
『上層』の住人が死んでいくのを遠目で眺めながら・・・。
「楽しみだ・・・。」
エルフの隊長殿と話せる事が楽しみなのか―――――
国王が無様に死んでいくのが楽しみなのか――――――
将又、その両方なのか――――――――
俺はとにかく楽しみで仕方がなかった。
俺は鼻歌を歌う。
前世で俺が気に入っていた曲だ。
『さあ・・・。早く・・・。』
俺は片手を王城にのばす。
届きそうで、届かない王城に―――――
上から全てを見下ろすかのような王城が崩壊する様を俺は想像する。
『――――――――堕ちてこい―――――――』
俺の中の何かは小さく囁く――――『殺せ。』
俺は俺の中の何かに謝る。
『すまない。今は無理なんだ。俺は、この光景を見ていたい。』
俺の中の何かはつぶやいた―――――『いいよ。』
俺の中の何かは大人しくなった。
俺は、1人観客席(中層)から『ヴァルハラ』軍の害虫駆除を見学する。
殺される人間の様子は見えない。
けれど、声なら聞こえる。
悲鳴だ・・・。
俺は鼻歌を歌いながら、待ち続けた。
―――――古き『王都グラントニア』が滅びるその時を―――――




