男は王都を観察する。
男は夢を見る。頭痛に苦しみうなされる男をガルムは心配していた。
眠りから覚めた男は、自分の落ち着きぶりに驚く。
「昨日が嘘みたいだ。」
狂気に満ちていた男はどこへ行ったのか・・・。
―――――・・・・ガガガ・・・・領・・・域――――解・・・・放・・――
ガガ・・――――――精・・・神・・安――――定・・・・ガガガ・・失敗―――――
頭が痛い――――
まるで、金づちに殴られているような頭痛だ。
痛みを抑える為に、俺は両腕で頭を抑える。
けれど、痛みは引かない。
頭痛は次第に酷くなる。
やがて、痛みは激痛とい名の荒波になった。
俺は、荒波に呑まれて消えていく。
『俺はどうなった・・・?』
体は動かない。鉛のように重たい。
真っ暗な空間を俺は漂っている。
『俺は・・・また死んだのかな・・・。』
その考えが脳裏をよぎる。
死んだのなら、それはそれで良かった。
『死は救いだから・・・。』
俺にとって、死とは『平穏』だ。
感情のない暗闇の世界―――――
俺はそれが居心地よかった。
生きていたとして、感情のある世界で俺は生きられない。
俺は生きていたら―――――いけないんだ・・・。
俺は『生』ある者を――――世界を――――憎む。
世界を壊してやりたい!
俺は厄災そのものだ。
『生ある命よ!俺を恐れろ!』
そんな事を考えていた俺に一筋の光が当たる。
けれど、転生の時とは違う光だ。
懐かしく―――――温かい光だった。
手を伸ばしたくても、瞼を開けたくても――――動かない。
光は、俺を優しく包み込み、囁く。
「―――――――――は、世界を壊さないよ・・・。」
懐かしい声だった。
俺は、声の主を知っている。
だけど、思い出せない。
「お前は誰で―――――俺は誰だ―――――?」
そう聞きたい俺は口を動かそうとするが動かない。
「いつか―――――思い出せるよ―――――。」
声の主は囁いて、消えていく。
真っ暗な空間が戻ってくる。
俺は、真っ暗な空間を漂い続けた。
『・・・・・・・・・。』
――――――ガガ――――・・・精神・・・・安定・・・・・成功・・・
俺の体は突如、上へと浮上する。
俺をのみ込んだ荒波に俺は接近していった。
『ああ。また戻らないといけないのか・・・。』
忘れていた激痛が俺に戻ってくる――――――
感情も生も、俺に戻ってくる――――――
俺はまた『生きる』―――――
俺は覚醒した。
―――――『夢見の森 ログハウス』――――――
目が覚めるとそこはいつものログハウスだった。
ガルムが俺を心配そうに見つめている。
「クウウ―――ン・・・。」
『夢・・・?』
俺は、また夢の内容を忘れていた。
酷い頭痛もない。
ただ、うなされていたという自覚はあった。
体中が汗だらけでべとべとする。
しかし、俺の精神は何故か安定している。
俺の中で蠢く何かは非常に大人しい。
『昨日の発狂ぶりが嘘みたいだな・・・。』
俺はベットから起き上がって、珍しく凝った料理を作った。
ガルムと中央のテーブルで食事をする。
「たまにはいいな・・モグ。こういうの・・モグモグ。」
俺は自分の料理に満足し、食器を洗う。
『昨日の事もあるけど・・・王都に行ってみるか。』
俺は装備を装着し、ガルムと王都に向かう準備をする。
『王都グラントニア』と『ヴァルハラ』は戦争になる。
その際、『ヴァルハラ』のエルフたちは王都を蹂躙するだろう。
人間は皆殺しだ。例え、王命で『人間は殺すな』と命令されていてもやるだろう。
『人間1人を殺そうと、宿屋を襲撃するぐらいだしな。』
そうなったら、『中層』と『下層』はどうなるのだろう?
『上層』は『中層』と『下層』にほとんど関与しない。
戦争になれば、国王は『中層』と『下層』を切り捨てるだろう。
己の命惜しさに――――――
直接何もするつもりはないが、俺は王都に行く。
これから戦争になると知らない民たちはどうするのか・・・。
俺は見てみたかった―――――
俺はガルムと『メイサの森』に転移する。
そこからいつものように徒歩で王都に向かうのだった。
―――――『王都グラントニア』――――――
俺は『中層』を歩いていた。
相も変わらず、『中層』は賑わっている。
『戦争になるのに・・・。知らないって罪だな。』
そう思いながら、俺は冒険者ギルドに向かった。
―――――『冒険者ギルド』―――――
俺は冒険者ギルドの扉を開ける。
冒険者たちが集結し、何やら会議をしているようだった。
「多人数で何してる?」
俺が尋ねると一斉に振り返った。
冒険者たちは驚愕する。
それもそのはず、捜索していた人物が目の前にあるのだから・・・。
冒険者たちは俺に詰め寄った。
「レイダスさん!戦争になるって本当なんですか!?」
「俺たちはどうすればいいんだよ!!」
「エルフの大群なんて相手に出来っこねーよ!」
『メイサの森』から帰還した冒険者が冒険者ギルド内に広めたのだろう。
冒険者たちは不安に駆られていた。
俺はそれを一旦落ち着かせる。
「待て待て!戦争が始まるまで期間がある。そう焦るな。」
俺の言葉に冒険者たちはうつむいて黙り込む。
『戦争が始まるまで期間はある。』それは、あくまで時間があるだけだ。
戦争は回避できない。
「じゃあ!どうすればいいってんだよ!」
冒険者の1人が冒険者一同を代表するように言葉を発する。
握られた拳は震えていた。
「ああ~・・。とりあえず、ギルドマスターと話がしたい。通してくれるか?」
冒険者たちは頷いて、道をあける。
受付カウンターにいる無表情な受付嬢が笑みを浮かべているのに俺は気が付く。
彼女は離れた位置から俺に一言こういった。
「お帰りなさい。」
冒険者ギルドは別に俺の家でも何でもない。
彼女の発した言葉の意味を俺は理解しかねた。
しかし、言われたからには返事はするべきだろう。
俺は、彼女に言う。
「ただいま。」
俺は冒険者ギルドの階段を上がり、ギルドマスターの部屋に向かった。
扉をあけると、リーゼルが珍しく、デスクと向かい合っていた。
「久しぶりだな。リーゼル。」
俺はリーゼルに声をかける。
しかし、リーゼルは顔を上げない。
デスクに置かれている1枚の書類に目を通していた。
「わりーな。今は話してらんねー。」
リーゼルはそういうが、俺は部屋を出ない。
俺は、リーゼルが読んでいる1枚の書類を取り上げた。
「何しやがる!」
とリーゼルは怒るが、俺はそれを無視し、書類を読む。
「・・・・・・・。」
『ヴァルハラ』からの宣戦布告の書状だった。
ヴィラルは言っていた。
俺が『ヴァルハラ』に行けば、戦争は回避できると―――
しかし、『ヴァルハラ』の国王はヴィラルの想いを無下にした。
『戦争する気満々だな。』
ヴィラルが本当に哀れで仕方がなかった。
「救って見せる!」と公言して置きながら、成しえなかったのだから。
ヴィラルはいわば『道化人形』だ。
可哀そうな道化人形は今はどうしているのやら・・・。
「宣戦布告の書状のようだが、冒険者ギルドはどうするんだ?」
ヴィラルは俺から書状を取り上げようとするが、無理だと悟り、
椅子に腰かける。
「『上層』からのお達しでよ。戦争に参加しろと・・・。」
ヴィラルは拳を握りしめる。
冒険者ギルドは冒険者の命を保証しない。
ただ、けっして冒険者を死なせたいわけではない。
ギルドマスターであるリーゼルは冒険者たちを大事に思っている。
『戦争には冒険者を参加させたくない』という気持ちが彼の本音だ。
「王命に従うのか?」
俺の問いにリーゼルは黙った。
怒りのあまりリーゼルはデスクに拳を殴りつける。
デスクは音をたて、真っ二つに割れた。
椅子から立ち上がったリーゼルは俺に怒鳴り散らす。
「誰が戦争なんかに参加するかよ!戦争なんかしたいわけがないだろ!」
リーゼルは俺の胸ぐらを掴む。
「俺たち冒険者は『上層』の駒でも玩具でもねえ!俺たちは冒険者としての誇りがあるんだ!
『上層』で踏ん反りかえってるアホ共と一緒にすんじゃねーよ!!」
リーゼルは息を荒くして、俺を睨みつける。
俺は1つため息をつき、優しくリーゼルを横から小突いてやった。
ドカン!というすさまじい音が冒険者ギルド内に響く。
リーゼルは壁にめり込んでいた。
『というかめり込ませた。』
俺はリーゼルに言う。
「冷静になれ。ギルドマスターだろ?」
トップが冷静でなければ、部下は動揺する。
俺はそう言いたかった。
リーゼルは壁から脱出し、俺に言う。
「俺に・・・どうしろってんだよ!。」
1階の冒険者と同様、リーゼルもまた迷走していた。
ギルドマスターとして自覚があるリーゼルは考えている。
だけど、何も思いつかないのだ。
『ない頭を使ってもな~。』
俺はリーゼルに助言をしてやった。
「逃げればいいんだ。」
俺の発言にリーゼルは呆ける。
「・・・・は?・・・・。」
「王都から逃げ出せば『ヴァルハラ』と戦わなくて済む。」
『ヴァルハラ』は王都を完全に堕とすつもりで攻めてくる。
『中層』と『下層』に住む住人はこのままだと皆殺しだ。
「そんなの出来るわけがないだろ!?」
リーゼルは俺に言う。
「外から来た連中には分からねーだろうが、王都で育った人間にとって
『上層』が憎かろうが、嫌だろうがここが家なんだ!帰るべき場所なんだよ!」
とリーゼルは語った。
俺はリーゼルに言ってやった。
「それがどうした?」
リーゼルは再び、黙る。
『俺が何を考えているのか理解できない。』という顔だった。
「そんな顔をするな。お前に良い物をくれてやろう。」
俺はそう言って、折りたたんだ『メモ』をリーゼルにくれてやった。
「これは?」
リーゼルは俺が投げた『メモ』を手に取る。
俺のメモを読んだリーゼルは驚愕する。
「こんなことが可能なのか!?」
リーゼルは俺に尋ねる。
「可能ではあるが、やるかどうかはお前たち次第だ。
俺の要件はそれだけだ。あとはお前たちの好きにするといい。」
俺はそう言って、部屋を退室する。
リーゼルは俺を引き止めようとするが、体中を激痛が襲い動けなかった。
俺は『王都グラントニア』を助けるつもりはない。
滅ぶなら滅んでしまえばいい。
俺の中でその考えを変えるつもりは無い。
『上層』は見捨てる。
しかし、『中層』と『下層』の奴隷に罪はない。
『上層』の奴隷制度が原因で戦争が起こるのだから
『上層』が罪を負うのは当然だろ?
俺は『中層』と『下層』に道を与えてやったのだ。
死を選ぶか―――――生を選ぶかはあいつら次第だ。
俺は、その選択に関与しない。
『中層』の人間が死のうが―――――
『下層』の人間が死のうが―――――
王都の国事情は転生した俺にとってどうでも良いからだ。
俺は、1階に降りる。
『冒険者たちがどうだったんだ?』という表情をしている。
「ギルドマスターからの指示を仰げ、後は知らん。」
俺はそう言って冒険者ギルドを出ていった。
俺は、ガルムと『中層』を歩く。
俺は直接何もしない。俺がそう決めたからだ。
それから俺は王都から姿を暗まし、これからの彼らを観察する。
『さあ。地獄の幕開けだ。』
―――――彼らの戦争はここから始まって行くのだった―――――




