男は、冒険者になる。
男と試験者は見事試験に合格した。
カイルは、男に「お礼がしたい!」と言うが男は断る。
しかし、ガランがカイル側につき、男は仕方なくOKするのだった。
「宿屋を紹介してくれ。」という男の願いに、カイルたちは以前自分たちが泊まっていた宿屋を紹介する。
『冒険者ギルド』
俺たち試験者は、受付嬢と共に冒険者ギルドに戻ってきていた。
「試験官たちは?」
と俺が受付嬢に尋ねると
「試験官の方々は、本来の業務にお戻りになられました。
只・・・。完全に治癒ができたとはいえません。 後遺症が残った方もおられます。」
とのことだった。
『あれだけの重症を負っても仕事優先かよ・・・。まじめだな。』
俺は、黒い番犬に呆れながら、回復魔法の優秀さを改めて理解した。
この世界で、回復魔法は万能だ。
監督役は『ヒーラー』職で、低位の回復魔法しか使えないようだったが、重症だった黒い番犬(試験官)を動けるまでに回復させた。
高位の回復魔法になるとちぎれた腕もくっつけたり、失った腕を再生させることも可能だろう。
『まあ、蘇生があるぐらいだし・・・。』
俺は、『死体蘇生』を使用したことがある。
完全に死んでいた青年を生き返らせることに俺は成功した。
『なんでもありだな。この世界は』と思う俺である。
考え事をしている俺をよそに、カイルを待っていたイリヤがカイルに飛びつく。
「カイルうううううううう!!」
カイルは、イリヤの飛びつきに、驚くあまり動けず、捕縛(完全ホールド)される。
イリヤは、カイルを力強く抱きしめた。
「良かったよー!! よかったよー! 無事で! 心配したんだよー!!」
イリヤの胸が、カイルの顔に当たる。
「ちょ!? イリヤ!!??」
カイルの顔は真っ赤になる。一人前と認められたばかりなのに、恥ずかしいのだろう。
『ラッキースケベだな。』
『ああ。 ラッキースケベだ。』
と『念話』で話すガランと俺である。
そこへゲイルがやってくる。
「試験の方はどうでしたか!?」
『まだ、知らされていないのか・・・?』
俺はゲイルに言う。
「実技試験ここにいる全員通過だ!」
「それでは!!」
ゲイルの表情は明るくなる。
「ああ。 カイルは、晴れて冒険者だ。」
ゲイルはカイルの方に行き「やったな!!」と大喜び。
イリヤも「おめでとー!!カイル」という。
カイルは、二人の祝福と嬉しさのあまり泣き出してしまう。
「俺・・・俺!・・・やったよ!!」
念願の冒険者に彼はなれたのだ。
その光景に感動泣きするガラン。
「よかったな・・。良かったな!・・・カイル・・。ぐすっ。」
フェノールが静かにガランの頭をなでる。
『なんだよ この空気・・・。』
俺は、ついでで試験を受けた身だ。カイルやガラン達ほど喜びと言うものを感じていない。
取り敢えず、『俺の発言が嘘にならずに済んで良かった・・・。』その程度である。
受付嬢が「失礼ですが・・・。」と場の空気に割って入る。
「実技試験通過者の皆様には、冒険者登録手続きをしていただきます。冒険者に関する資料と『冒険者証』もお渡ししますので、こちらへ」
と冒険者ギルドの受付に俺たちを誘導する。
「では、試験者お1人様ずつ、こちらの書類にサインをお願いします。」
と受付嬢は1枚ずつ『契約書』を手渡していく。
そこには、注意事項が記載されていた。
1、冒険者として一定期間活動しなかった者は自動的に登録を失うものとする。
2、冒険者が規則に違反する行為をした場合、処罰が与えられるものとする。
3、冒険者が死亡した場合、冒険者ギルドは責任を負わないものとする。
・・・・等
『なんだ・・これ・・・。』
俺は、注意事項を読んで、ちょっと引いた。
『規則に違反したら処罰されるのかよ。 死亡した場合、冒険者ギルドは責任を負わないって・・・。』
冒険者は、死と隣り合わせの仕事だ。
死人の数は数えきれないほどだろう。
俺が『FREE』をしていた当時にはこんな契約内容はなかった。
『俺はともかく! それ以外の冒険者はこの内容をどう思うのだろうか・・・?』
俺は、カイルやガランたちの様子をチラ見する。
俺は、驚いた。
躊躇することなく、『契約書』にサインをしているのだ。
「? どうしたんですかレイダスさん?」
カイルは硬直していた俺に気づいて声をかける。
「い、いや・・なんでもない。」
俺も『契約書』にサインした。
『お前たちはいいのか? この契約内容で・・・。』
俺は、もう一度カイルとガランたちをチラ見する。
カイルとガランの2人は満面の笑みを浮かべ、フェノールは静かにほほ笑む。
俺は、3人の笑みを見て、脱力する。
『いいのかよ・・・。』
俺の脱力を無視して、受付嬢はサインを確認する。
「サインの確認をさせて頂きましたので、こちらの資料をお渡しさせて頂きます。そして、こちらが『冒険者証』になります。」
と受付嬢から新人冒険者1人1人に資料と『冒険者証』が手渡される。
「冒険者証については私が口頭で説明させていただきます。それ以外につきましては、資料に記載されておりますので、そちらでご確認ください。」
と受付嬢は言う。
俺たち『新人冒険者』は受付嬢の説明を黙って聞き続けた。
「冒険者にはランクが存在しております。最も低いランクがD。最も高いランクがSSとなっております。
新人冒険者の皆様には最もランクの低いDからスタートして頂くことになります。冒険者証を見てください。」
俺たちは言われるまま、冒険者証を見る―――そこには、Dと記載されていた。
「冒険者証のランクは依頼を達成することで得られる『ランクポイント』で上がっていきます。」
俺たちは頷く。
「ランクが上がれば、より難易度の高い依頼を受ける事ができます。しかし、依頼にもランクがあります。
Dランクの冒険者は、難易度Dの依頼を受ける事しかできません。しかし、ランクが上がることで、より難易度の高い依頼を受けることができます。以上で私からの説明は終わりです。
質問のある方はおられますか?」
『『FREE』をプレイしたときと冒険者ランクの上がり方は同じようだ。
只、『FREE』をプレイしていた時は、ランクが上がるとそのランクの依頼しか受けられなかった。
その点はどうなのだろう?』
俺は、受付嬢に質問する。
「ランクが上がった後もDランクの依頼は受けられるのか?」
受付嬢は「可能です。」と肯定した。
『FREE』をしていた時とは違い、低いランクの依頼は、冒険者ランクが高くても受けられる。』
俺は、それに安堵する。
俺は、『強者』であるが、必ずしも勝てるとは限らない。
難易度の高い依頼は、危険が付きまとう。
なら、『難易度の低い依頼をこなしたらいい。』と俺は考えたのだ。
「質問のある方はおられますか?」
と受付嬢は再度、新人冒険者に聞くが、質問する者はいなかった。
「では、これで説明を終了させていただきます。 分からないことや冒険者ギルドに要件がある方は、冒険者ギルドの受付にお越しください。」
と頭を下げ、受付嬢は下がって行った。
「ああ! 終わった終わった! これで今日はゆっくり休めるぜ!」
とガランは身体を伸ばす。フェノールはガランの発言にコクコクと頷く。
「とりあえず、ギルドの外に出ませんか?」
というカイルの発言に新人冒険者の俺たちとゲイルとイリヤは、外に出る。
外は、すっかり日が暮れていた。
俺たちは、輪になり、お互いに話を始める。
「お前のおかげで、冒険者になれた。 恩に着る! いつか高い酒おごってやるよ。」
とガランは俺の背中を叩く。
ガルムがビックリして、下に降りてしまった。
「ああ。 いつかな。」
と答える。
「あ、あの! 俺もこうして冒険者になれたのは、レイダスさんのおかげです! ありがとうございました!」
とカイルが深々と頭を下げる。
『やめてくれ!! 俺は礼を言われたくて手伝ったんじゃないんだ!』
俺は、カイルにやめるよう促す。しかし、
「でも!」とカイルは引こうとしない。ゲイルとイリヤも「私たちも何かお礼がしたい!」といいだして、俺は戸惑った。
『ぐぬぬぬ・・・・。』
そんな話をしているとガランが大声をあげて笑い出す。
「はっはっはっ! いいじゃねーか! 礼くらい。貰ってやれよレイダス。」
というガラン。
『お前も青年の味方かよ!!』
俺は、諦めた。俺の心は諦めが早い。
俺は、ため息を一つ吐き「分かった。」と返事をする。
カイルたちは「ありがとうございます。」と笑みを浮かべる。
俺は、そんなカイルにお願いする。
「俺は、今日王都に来たばかりで、地理に疎い。この王都で、安くて良い宿屋を紹介してくれ。
用事は明日に持ち越すことにする。」
別に、『空間転移』で『夢見の森』のログハウスに戻ってもいいのだが、『空間転移』を使用できることが知られるのもまずい気がする為、宿屋で泊まる事にした。
俺には、大量のスキルと異常なほど高いステータスが有る為、肉体疲労はまったく感じない。
『というか、無効だ。』
しかし、前世の名残か日が暮れると眠くなる。
『スキル:睡眠無効』を所持しているが、全く眠れないというわけでもない。
寝ようと思えば寝られる。
肉体的に疲れてなくとも、俺の精神は疲弊している。
『眠る』とは、肉体から意識を手放す行為だ。
一時的だが、精神の疲れもその時にとぶ。
嫌なことを忘れたい――――と思ったときは、『死ぬか』、『毛布や布団にくるまって寝るのがいい!』と
俺は思っている。
「じゃあ~。 私たちの泊まっていた宿屋はどう? どう思うゲイル?」
イリヤがゲイルに尋ねる。
「そうだな。 あそこの宿屋なら安いし、私たちでも泊まれた。私もいいと思うが?」
とゲイルはカイルに視線をやる。
「じゃあ。そこに案内しよう!」
とカイルはゲイルとイリヤに言う。
2人は、カイルの言葉に頷いた。
「レイダスさん! 俺たちが泊まっていた宿屋―青薔薇―に案内します! それでいいですか?」
とカイルが俺に尋ねる。
「俺に異論はない。そもそも紹介してくれと言ったのは俺なんだ。お前たちの判断に任せるよ。」
と俺はカイルの提案にのる。
すると、
ガランは、「それじゃあ。 俺たちも行くとするか!」と言って、
俺たちの向かう方向とは 逆の方向に歩き出す。
「俺たちは、別の宿屋を予約しているんだ。今日はここでお別れだ! またなー!!」
そう言ってガランは後ろに手を振る。
フェノールもぺこりと軽く頭を下げ、ガランについて行った。
「変わった人たちでしたね・・・。」
とカイルはつぶやく。
『変わりすぎだ。』
と口には出さないが、心の中で俺は思うのだった。
――――――――――――――『宿屋―青薔薇―』――――――――――――――
目的の宿屋に俺は案内される。
俺たちは、宿屋の入り口に立っていた。
「ここが宿屋―青薔薇―です!」
とカイルは宿屋を紹介する。
外見は、洋風な気がする。
入り口の左右には、青い薔薇が植えられている。これが宿屋名の由来だろう。
俺は、しゃがんでその薔薇をジーッと観察する。
「これは、もしかして・・・『青い棘』か?」
青い棘はレア度が低く、極度な温度変化がない場所ならどこにでも自生している。
しかし、人工的に『種』から育てるのは極めて難しいとされている。
「あら? 青い棘に興味を持たれるなんて珍しいですね。お越しになられる方々のほとんどは素通りされるのですが・・・。」
宿屋から店員と見られる女性が現れる。
背丈は俺と変わらないくらいで、細身な体形をしている。
黒目に黒髪のポニーテイル。洋風の宿屋に合わない和風な女性だと思った。
「ああ。 青い棘は人工的に育てるのが難しい。 俺も試したことがあるのだが、どうにも咲くまで至らなくてな。」
俺は、スクッと立ち上がる。
俺は、青い棘を『夢見の森』で人工的に育ててみたことがある。
結果、蕾まで成長するのに、『咲く』まで至らず、枯れてしまう。
『綺麗な花なのに、咲かせられないなんてもったいない』と俺は思っていた。
「その花の価値を知る方が宿屋に起こしてくださるなんて、私は嬉しいです。」
と店員の女性は笑顔を浮かべる。
2人のやり取りに放心していたカイルたちが我に返り、
店員の事を慌てて俺に紹介してくれた。
「レイダスさん! 彼女は、この宿屋の受付をされている。『ファル・メーデル』さんです!」
ファルは「フフフ」と笑い、会話を続ける。
「自己紹介をしてくださり、ありがとうございます。 おかげで私の口から言わずに済みました。」
と彼女は言う。
ファルの笑顔と感謝にカイルの顔が赤くなる。それを見たイリヤがムッとした顔で、
カイルをポカポカ叩く。
「カイルの馬鹿!馬鹿! なに見惚れてるのよ!」
「わっ! ちょ! 叩くなよイリヤ!」
『青年は鈍感なのか?』
カイルはイリヤにされるがまま、叩かれ続ける。
「仲がよろしいことで、もう日が暮れています。夜は冷えますし、個室は空きがありますので、受付へどうぞ。」
ファルは、宿屋の扉を開ける。
イリヤはムッとしたままだが、カイルを叩くのをやめた。
俺は、宿屋に入るが、カイルたちは入ってこない。
「レイダスさん。俺たちは今回、別の宿屋を予約してます。 案内はここまでとさせて頂きます。」
カイルたちは、俺の為にここまで案内してくれたのだ。
俺は、それで十分なのだが、カイルは、『お礼したりません!』という表情を浮かべている。
『やれやれ・・・。』
「ああ。構わない。案内してくれてありがとう。 また会う機会があれば、酒でも飲もう!」
俺がそういうと、
カイルは、
「その時は、俺が奢らせていただきます!」と元気よく答えた。
そして、彼らは、それぞれ一礼してから、宿屋―青薔薇―から去って行った。
『他人に気を遣うのは疲れる・・・。』俺は、息を吐く。
「慕われているのですね。」
様子を見ていたファルが言う。
彼女からは、俺が慕われているように見えたのだろう。
「別に。 俺が宿屋を紹介してくれと頼んだだけさ。」
俺は、否定した。彼らは『今回助けて貰ったから、お礼がしたい』だけだ。
恩を返し終えた彼らは、俺から自然と離れていくだろう。
「・・・・・・・・・・・。」
ファルは黙ってジーッと俺を見る。
「ん? なんだ。」
俺は、ファルがこちらを見ているのに気づき、尋ねる。
「・・・あ! いえ!何でもありません。」
「??」
「受付をしましょう! この時間帯はお客様が大勢来られますので、個室はすぐ埋まってしまいます。」
ササッと受付のカウンターに戻るファル。
俺は「それは 困る。」と受付を済ませるのだった。
――――――――――――『宿屋―青薔薇― 個室』―――――――――――
俺は、ガルムと共に個室に入る。
「意外とまともだな。」
個室はこじんまりとしているが、
寝泊りには差し支えない。
ベットは、俺のログハウスの物より劣るが、ふかふかしている。
ガルムは個室が気に入ったようで ベットの上を、時々こけては走り回りを繰り返している。
「キャウ! ワフッ! ワフ!」
俺は、それを見て笑う。
俺は、ベットに横になる。
『今日は長いようで短い1日だったなー。』
俺は、それが初めての経験だった。
前世は、1日が長くって、長くって仕方がなかった。
『毎日が辛くって――――退屈で――――――――俺には生きている価値がなくって――――――』
これが―――――――
『生きるってことなのかな?』
俺は、そんな事を考えながら、眠りにつく。
ガルムは既に俺の足元で眠っている。
『今日は今日で大変だった・・・。』
俺は、眠りに落ちた。
『明日は何が起こるんだろう・・・。』
―――――――前世の俺が抱かなかった感情を抱いて―――――――――――




