決戦編part16
俺は笑みを浮かべながら、ガランの槍を剣で受け流す。
後方へと投げられた彼は体勢を立て直すと「フェノール今だ!」と叫んだ。
『この世界での原点に返った気分だ。そうだろ、オルドレイ?』
俺はフェノールの魔法を悉く両断し、無ダメージ。
魔導士でありながら、接近戦に持ち込む彼女は、
大ダメージによる一撃を避けているのだろう。
左右からは大剣を振りかぶるアドラスと
二刀を振りかぶるカイルがおり、囲まれた俺の逃げ場は上しかない。
『ワザとか・・・。』
誘導されているとは承知で跳躍すると、執事から風属性魔法が放たれる。
一身に魔法を浴びた俺の防具には傷が入り、頬からは血を流す。
肩の傷は未だ完治しておらず、少々不利だ。
「相手の土俵に合わせるなんて言うもんじゃないな・・・。」
とぼやいても仕方が無いので、目の前に迫るガランの刺突攻撃を避けるとしよう。
右に避けると同時に掴んだ槍を俺は振り回す。
ガランから武器を奪うと、向かってくるアドラスを迎え撃った。
大剣と槍の射程は明らかで、俺の穿った一撃が彼の胸元を直撃する。
「ぐあぁ!?」
貫通した槍が城の壁に突き刺さり、アドラスの心臓があった箇所には
ぽっかりと穴があいていた。
呼吸もままならない彼は血を吐きながら、片膝を落とす。
「アドラスさん!? このおお!!」
カイルの振り下ろし攻撃を避けると俺はかかと落としをお見舞いする。
背骨が逝った音が心地よい。
それでも、カイルは剣を振るった。
地面に押し付けられた状態でも足は狙える。
「良い判断だ。」
俺はあからさまに褒めると、刀身に靴底を当てた。
火花と共に刃は弾かれ、武器の一本を踏み砕く。
「な!?」
斬れなくて驚いている様だが、
武器の刀身より硬い素材であれば、弾くなど容易である。
俺の靴は重い代わりに盾としても使用可能で、殴打にも最適。
足技を使用する際にはお勧めする。
そのままカイルの顔面を蹴り飛ばしにかかる俺であるが、殺気に気を取られた。
当然、発生元はフェノールで彼女は己の牙を剥きださせる。
抱いていた筈の赤子は何処へ置いてきたのやら・・・。
四階層の端に視線を見やると泣き叫ぶ赤子が居て、俺は「ああ」と声を漏らす。
「フェノール・・・良いんだな?」
戦闘を始める前の質問と同じだ。
彼女はピクリと眉を動かすと視線が逸れる。
向かう先は勿論赤子の元―――
「反応が遅いんだよ。」
「ダメええええええええ!!」
俺の魔法が炸裂する。
巨大な火の玉が赤子に向かって飛んで行き、弾けた。
当然、赤子の鳴き声は聞こえなくなる訳で、当然、フェノールも泣く訳だ。
「すまない・・・俺は愛を知らないからお前らの悲しみが理解出来ないんだ。」
セレスは精霊だし、オルドレイは俺自身だ。
『親からの愛と無縁だな。』と思う俺に、彼女は睨みつけた。
しかし、死んだ筈の赤子の鳴き声が再び鳴り始める。
「なに?」
炎が収縮していき、姿を現した背中はガランの物。
鎧は大破し、皮膚は焼け、皮膚の下の肉が露出する。
口から僅かに血を吐いた彼の腕の中には確かに無傷な赤子が居た。
「ガラン!」
フェノールは俺から離れて行き、先程の怒りは消えていた。
彼女は赤子を抱き寄せ、へらへらと笑って見せるガランの身体はふらついている。
「・・・・・・。」
人間は悪い奴らばかりじゃない―――と、
いつだったかそんな事を口にした記憶がある。
彼らは愚者なのに、自分が可愛いのに、時折他人を助けるのだ。
「分からない。」
未だ理解に苦しむ行為に俺は眉を顰める。
そんな不思議な生き物達は、俺に顔を向けた。
表情に曇りは無く、真っすぐな瞳には一人の男が映り込む。
彼らが望むのは世界の修復であり、蘇生であり、打倒俺である。
俺を倒せば、未来が開けると本気で思っている時点で愚かだが、
真っすぐな瞳は嫌いではない。
「俺には無かったな・・・。」
いつも歪んだ捉え方をしていた俺には、
真っすぐに受け止める姿勢も真っすぐにぶつける勇気もない。
今になってそれがようやく理解出来た。だからこそ、俺も曲げられないのだ。
人間は害虫であり、世界には不要―――観察と記憶した記録があるように、
言葉に対義語があるように、人間にも良し悪しがあり、俺の中で良い印象はない。
だが―――人間も神も元は俺が発端だ。
人間を創造しなければ、神は存在しえなかった。
そして、人間と神は俺と似ている。
両手足があり、目があり、顔がある。
結論―――彼らは俺なのだ。
存在意義を見いだせない俺自身もまた不要な存在。
人間を始末した後、俺自身がどうするか考えないといけないだろう。
死は救いだ。
未だにそれは揺らがない。
混沌とした始まりの場所は俺の故郷。本来全てが帰るべき場所だ。
天国でもなく、地獄でもなく、無が広がる場所―――
何もなければ、何も生まれないのだと俺が悟った場所―――
彼らも俺もあそこへ帰るのだ。
俺は「武器を取れ。」と彼らに促す。
取り上げた槍を投げ渡し、フェノールは黙って、魔導書を開いた。
カイルとアドラスは動けず、執事と狼は傍観を貫く。
けれど、彼らは攻撃を仕掛けない。
「どうした、臆したか?」
俺は急接近してガランの頭上から片手剣を振り下ろす。
だが、彼の表情に困惑して皮膚を切る手前で停止した。
数本の髪がはらりと落下しても彼の表情は微動だにしない。
「レイダス・・・俺達はお前を説得しに来たつもりでいた。
けど、それは大きな間違いだったみたいだ。」
「なにを・・・。」
「お前は自分が許せないんだろう?」
「!?」
ガランの確信を突く発言に俺の表情は歪む。
聞いたカイルは目を丸くして、俺の方を見ていた。
「顔に書いてあるぜ?」
俺は慌てて彼らから距離を取った。
胸の辺りに棘が刺さったような錯覚があり、咄嗟に胸に触れると棘はない。
「俺達はお前を素直にしに来たんだ。だから、素直にぶちまけて見ろよ。」
見透かされた・・・。
分かっていた。知っていた。
人間と俺は似ている―――つまりそういう事だ。
彼らの行いは俺の行いであり、俺の在り方であり、俺の人間性である。
人間を許せない―――
人間が憎い―――
他人に優しく出来ない自分が嫌いだった。
他人に優しくされない自分が嫌いだった。
愛されなかった。愛したかった。愛せなかった。
だから、俺は求めた。
オルドレイと二人に分かれて、どうしたら彼らのようになれるのか模索した。
多種多様な種族を生み出して観察した。
詰まる所、俺は嫉妬していたのだ。
俺と同じなのに、俺と異なる物を得ていく人間が妬ましかった。
非力で欲深い彼らが、愛されて、幸せになっていく光景が憎かった。
俺だけが突き放されて、独りになって行くのが心底嫌だった。
『何故、俺だけが?』と思った回数は数知れず・・・。
俺の中では鬱憤が溜まるだけで、憂さ晴らしの対象が自然と決定していた。
『人間を皆殺しにする、俺を殺そうとした神もろとも!』
神アデウスも俺と同じ想いを抱いていたのだろう。
力を有し、傍若無人に振るう俺が憎らしく、
妬ましく、憧れて、頂点に君臨しようと必死だったに違いない。
『ああ、愚かだったのは俺の方か・・・。』と今なら納得できる。
そして、俺は自分が理解出来るようにまで成長していたらしい。
全ては帰結―――これまでの経緯と経験があってこそだ。
「不思議だよ。」
「?」
「俺は人間と神を多種族を容赦なく殺してきた。
にも関わらず、お前達の中に憎しみや怒りが殆どない。」
例を上げるとすれば、フェノールだ。
彼女は先程まで俺を憎んでいたが、今では冷静に物事を判断している。
赤子を殺されかけたにしては妙な気もした。
「最初は・・・楽しんでいると思った。だけど・・・違う。
貴方は・・・本気を出していない。殺すと公言して置いて手加減している。
カイル・・・アドラスが死んでいない事が・・・証拠。それに―――」
「俺が赤子を守れる位置にいたと把握してただろ?」
俺は先程を思い返す。
確かに視界の端にはガランが収まっていた。
『またしても無自覚でやらかしたか?』
俺は何処かで彼らを殺す行為に急ブレーキをかけているようだった。
自分が理解出来るようになって来たとはいえ、ほんの少しである。
理由があるとすれば何だ?
「まさか・・・。」
そのまさかだった。
時が止まり、人間達の動きが停止する。
四階層、最終ステージにきてトラブル尽くしである。
「「久しぶりだな俺。」」
目の前に空間の歪みが発生したと思えば、彼がそこに立っていた。
もう一人の―――弾き出したもう一人の創造主。
ニタニタと笑う様子に俺は不服で肩を竦めると、馴れ馴れしく彼は近寄ってくる。
肩に腕を回された俺の上体は傾いた。
「俺に干渉したのか?」
「ああ。」と彼は肯定する。
「何故?」と尋ねると「後悔をしない為に、だ。」と素直な返答が返ってきた。
彼は言っていた。
「後悔だけはするな。」と―――
「あいつもそれを望んでいる。」
「・・・・・・。」
「俺はお前だ。異議なんて唱えるつもりは毛頭ない。
例え、誤った道だとしても・・・。」
「・・・・・・。」
「一杯悩んで、一杯泣けよ。俺達は常に一緒だ。そして―――」
「これは、お前の人生だ。」
彼は助言をする訳でもなく、俺の中へと消えていく。
人生―――俺の人生はとっくに終わっているのに、良心の・・・俺なりの優しさか?
まだ、やり直せると言いたいのか?
最後に笑っていた彼の顔は俺にも出来る筈なのに・・・不思議だ。
「同じ俺でもこうも違うのか。」と思ってしまう。
オルドレイが居る―――良心の俺が居る。
最早、創造主として欠落している部分はないと言えよう。
後は俺次第だ・・・。
振り上げられた剣の切っ先は真っ直ぐに上を指し、光に反射する。
『俺は人生をあきらめていた。希望も抱かず、生きながらに死んでいた。』
内側からどす黒い感情が溢れそうになるが、俺は制す。
『そんな俺が望んでも良いのだろうか?』
俺は大きく息を吸って、静かに吐き出す。
黒い瞳は止まっているガランとフェノールを見据え、剣を握りしめる腕に力が込められる。
―――俺は!
俺の覚悟は振り下ろされた。
次回! 最終回になるかも!




