決戦編part13
「遅くなり申し訳ありません。 只今戻りました。」
謝罪から始まる報告に彼らは各々頷き、返事をした。
執事の手には宝玉が二つ握られ、中に浮かぶ小さな光は他の宝玉に惹きつけられる。
それよりも気になったのは、執事の身だしなみが崩れている事だ。
服はずぶ濡れ。肩には葉が数枚乗っかっている。
「海に素潜りでもしていたのか?」
「似たような物です。」と答えると彼は指を鳴らした。
風が周囲に巻き起こったかと思えば、執事の服は乾いており、襟元を直す。
出発前と変わらない格好へと戻った執事は人間達に宝玉を手渡すと、狼に近寄る。
離れている間、心配していたのだろうか・・・優しく撫でる彼の表情は穏やかだ。
「なにわともあれ、これで移動できる訳だ。そろそろ限界だったんだ。」
定期的に襲い来る地形変化で、神オーキスは人間達を宙へ浮かせるが、
自然発生する火山の噴火や雷までは防げない。
神エーテルの盾で防御しても持続系に向いていない為に、
動けるものは地に足をつけ、自力でどうにかして貰うしかなかった。
よって、豪雨による土砂崩れに見舞われたアドラスやカイル等の面々は体中泥だらけ。
未だ体調の優れないフェノールと眠ったままのガランは神達の保護下にあった。
ふわりと舞い降りた神エーテルの背から「ありがとう。」と降りたフェノールは、
神オーキスの背にいるガランの傍による。
顔色は大分良くなったようで、フェノールは安堵の息を吐く。
「もう少ししたら起きるでしょう。」
と微笑みながら言う神オーキスに対し、アドラスは唾を吐く。
「ったく! 俺達が大変な時に眠りこけやがって・・・。」
「落ち着いてくださいよアドラスさん。 言い争ってる場合じゃないんですから。」
「一理あるな。」
「ぐぬ・・・。」
カイルの発言にガラッドが同意する。
立場上、上司に当たるガラッドに彼は逆らえない。
「じゃあ、行くかの。」
アンベシャス、神オーキス、リリィの三人が宝玉を触れさせる。
宝玉から瞬く間に放たれる光で視界を覆い隠した彼らの目を開けた先は三階層。
手元にあった筈の宝玉は紛失しており、白い―――何もない空間が広がっていた。
叫べば、反響しそうなフロアの下も真っ白で、
靴底と触れる度に甲高い音が響き渡る。
「何もないの・・・。」
「でも、階段はあるみたい。」
リリィが指差した先、彼らの真正面、一番奥に上層へと続く階段が確認出来た。
「幻覚って事は?」
「ないと・・・思う。だけど・・・嫌な感じが・・・する。」
「嫌な感じ?具体的には?」
フェノールは首を横に振る。
神オーキスもそれには同意で、冷や汗を流していた。
大きく、禍々しい気配が階段をゆっくりと降りてくる。
「武器を構えた方が・・・。」
「やめろ。」
人間達を静止させたのは険しい表情をした神エーテルだった。
彼女は敵の正体を知っている。
肌色の足が垣間見え、ペタペタと呑気に歩く様子から人型と分かり、
神々しい両翼を生やすそれは金髪に黒い瞳をしていた。
当然、人間達は全員目を丸くする。
目的の人物が最上階ではなく、三階層で姿を見せたのだから・・・。
「創造主・・・。」
眼を開けたガランはぼそりと呟く。
人間達の構えていた武器は力なく垂れ下がり、攻撃意志は削がれていた。
そもそも、目の前に姿を現した理由は何なのか?
彼らにはさっぱり理解出来ていない。
なので、俺は手っ取り早く行動で示す。
「オルドレイ行くぞ。」と手招きして見せたのだ。
彼らにリリィを止める意思は無く、只々呆然としていた。
脳の処理が追いついておらず、発声が出来ない。
その間にもリリィが俺の元へ駆けてくる。
走りながら両翼を生やし、一変したリリィの姿は俺似の赤い髪をしている。
黒い瞳は全てを見透かし、頂点に立つ創造主の証だ。
「リリィさんが・・・なんで? 本物のリリィさんは!?」
カイルは定まらない視点でブツブツと呟いていたが、
それは次第に大きくなる。
リリィがオルドレイだったなら本物のリリィは何処にいるのか?
考えるまでも無いのに・・・カイルは認めたくないのだろう。
「殺した。」
オルドレイが冷酷に淡々と真実を告げる。
「首の骨をへし折った。」
「な・・・!? 嘘ですよね?」
「嘘をつく理由が何処にある?」
「・・・・・・。」
カイルは絶句した。
彼らはリリィの皮を被ったオルドレイと一緒に戦い、一緒に飲み食いしていたのだ。
直ぐ傍に死神がいるとも気づかずに―――
それでも尚、凛としていたのは執事と狼だ。
「わざわざ、三階層までお越しになった訳をお聞かせください。」
俺は首を傾げた。
「行動で示したつもりだが?口頭でも聞きたいなら教えてやろう。
・・・オルドレイをお前達と居させたくなかったからだ。」
俺とオルドレイは二人で一人の存在で、常に繋がっている。
彼が『人間達と居たくない!』と俺に知らせてきたのだ。
最上階でオルドレイが勇者役を暗殺する計画がこれでお釈迦になった・・・。
残念さはあるが、オルドレイには変えられない為、回収しに来たのだ。
「オルドレイなら、我々を瞬殺するなど容易な筈・・・。
何故、みすみす逃す様な真似ばかりなさるのでしょうか?」
執事は頭が回るらしい―――
「より面白くする為だ。」
「面白く?」
「はあ、質問が多い奴は嫌いだ・・・ひれ伏せ!」
「!?」
オルドレイの命令で執事がひれ伏す。
地に頭が付きかけるも、今ある腕力で必死に堪えている状態だ。
「セレスさん!」と呼ばれた執事に心当たりがあるような気がしたが気のせいか?
「セレスさんに何をした!」
「念じただけで騒々しい奴だ・・・お前はいらん。自分の首を絞めろ。」
オルドレイがイリヤに視線を向けて命令を下す。
すると、彼女の意思とは関係なく、自分の両腕が首に触れた。
そして、力強く自分の首を絞める。
「ぁ・・・かはっ・・・ぅぁ・・・。」
彼女は喘ぎ声を上げながら、仰向けに倒れる。
足をばたつかせ、口から泡を吹く。
「イリヤ! イリヤ!」
「どけ!」
彼女の腕を引き剥がそうとしていたカイルをアドラスがどかす。
取り出したのは背中に下げていた彼の大剣。
誰もが何をするのか察した時――― 一瞬でそれは行われた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
カイルがイリヤから顔を逸らす。
見ていられない―――見てはいけないと彼の心がそうさせた。
彼女の腕はアドラスの一刀のもと斬り落とされたのだ。
断面から噴き出す鮮血は雨となって彼らに降り注ぎ、髪が赤く染まる。
『オルドレイと同じ色だ・・・。』
止血で白い包帯を巻かれるが、血は止めどなく溢れ出る。
呼吸は荒く、最早瀕死の状態だ。
『確か、ヒーラー職はイリヤ一人だよな?』と顎に手を当てていると、
青年が「回復ポーションはありませんか!?」と周囲に尋ねている。
「すまぬ・・・二階層で底をついた。」
「糞っ!」
青年は床を殴ると、奥歯を噛みしめた。
そして、我慢の限界を迎えた神エーテルの咆哮は大音量で再生された雑音。
「創造主! 我々は十分に罰を受けた! これ以上何を求める!?」
―――罰?
俺とオルドレイは同じタイミングで口元をニヤつかせる。
お前達がそれを言うのかと・・・。
罰を受ければ許される――― 一体誰が決めた?
「お前も消えるか神エーテル?」
オルドレイはじろりとエーテルを睨みつけた。
その射線に紛れ込んだゴミにオルドレイは命令を下す。
「神オーキス、己が力を持って自身の身を焼け。」
「ぐっ!?」
神オーキスは両腕を天に掲げる。
「オーキス!?」
そうして発生した彼を中心に広がる魔法陣は光属性の最強魔法。
白く淡い光は優しい筈なのに、エーテルは悪意を感じた。
「むぅ・・・仕方ない!」
攻撃する気は無かったが、アンベシャスは武器を抜く。
遠距離からの狙撃でオルドレイの頭を狙った彼は驚愕する。
見えない壁で弾かれる所か、減速し、弾丸が空中で止まった。
「お返しだ。」
オルドレイが手の平をアンベシャスの方へ倒すと、倍速でアンベシャスの脳天を貫通。
どっと倒れ伏した彼の目は見開かれ、血を流し続ける。
即死だった―――
「ぐぬぅ・・・。」
ガラッドは片手に斧を握りしめ、悔しさで胸がはち切れそうになっていた。
しかし、未だ目を覚まして立ち上がれないガランを放置する訳にもいかない。
傍にはフェノールも控えており、子供のいる彼女を死なせたくはない。
結局の所、彼の役割は身を挺した盾としてしか機能しないのだ。
「神エーテル!!」
いつも物静かな神オーキスの大声でエーテルの動きが止まる。
魔法陣に足を踏み込む前で留まった彼女に安堵したオーキスは微笑んだ。
「後は・・・任せます。 創造主を、止めて下さい!」
それが彼の―――最後の言葉となる。
唱えられた魔法の範囲はとても狭いが、威力は絶大。
範囲内の者は跡形も残さず、消え去る。
「《魔法/第不明番:光神の迫撃》」
「オーキスゥウウウウウ!」
空中にも出現した多重の魔法陣から神オーキスに向けて魔法が一斉掃射。
光の速さで迫るそれに神オーキスは成すすべなく貫かれる。
触れた端から身体の一部が吹き飛ぶ。そして、何十、何百と彼に押し寄せた。
魔法攻撃で発生した煙が晴れた頃には、
彼の姿はなく、印象的だったマフラーも残っていない。
「オー・・・キス・・・。」
神エーテルは、床にへたり込む。
彼女は人間の死を神―――の死を間近に見て来た筈だった。
けれど、親しい者の死には堪えられない。
それは、誰も同じなのだ。
「うおおお!」
「馬鹿野郎! 考えなしに行くな!」
感情的になるのも又人間・・・。
冷静なゲイルも時には苛立ちに身を委ねる。
『視界に入る事で発動するなら、盾の後ろへ!』
ゲイルは盾の後ろに身体全体を隠して、突進を試みたが、
透過で視認出来ている以上、盾は無意味である。
「自分の首を斬れ。」
ズバッと鋭い音と共にゲイルの頭が床に落下した。
「ゲイル!?」
転がる首は死んだ事実にまだ気づいておらず、視線が動く。
首のない胴体、装備している武具・・・。
どれもゲイルの物だ。
そして―――彼は白目を向く。
口の内側から舌がだらりと垂れ下がる。
流石に、気持ち悪くなったカイルは吐いた。
二階層で胃に納めた食べ物が胃液を含ませて逆流し、酸っぱい匂いを漂わせる。
「オルドレイ、流石にやり過ぎだろう。」
「飛び掛かる火の粉は払うだけだ。」
「それもそうか・・・。」
オルドレイは背を向けて階段を登って行く。
その後を俺は付いて行くのだが、「レイダスさん!」と呼び止められる。
『あの青年か・・・。』
青年を見る度、変な映像が視界に映って嫌気がさす。
彼の背中を後押しする俺が―――槍を与える俺の姿がそこにある。
『俺が優しい筈が無い。 彼を殺せば、消えるかな?』
俺の脳裏に残酷な考えが過ぎる。
けれど、青年を殺そうとは思わなかった。殺し合うなら最上階で―――
「俺は逃げも隠れもしない。 殺したくば最上階に来るが良い。」
「レイダスさん!!」
俺は彼らに振り返らない。
青年の悲痛な呼び声は無駄に終わった。
そうして、執事の重力は解除される。
立ち上がった彼は辺りを見渡して、肩を竦めた。
床と向き合うカイルの瞳からは涙が零れる。
ガラッドも見守っていただけとはいえ、精神的に参っていた。
アドラスに至っては、イリヤの腕を斬り落とす判断が正しかったのか・・・。
非常事とはいえ、残酷な事をしたと思っている。
言い訳を一つ上げるなら、自分の力でも腕を引き剥がせる気がしなかった。
結果的にそれは的中している。
オルドレイの命令には神でさえ逆らえなかった。
なら人間は尚更無理な話だ。
「包帯を巻き直すぞ。」
「んうううう!?」
イリヤは傷口に接する箇所を触れられる度、激痛に襲われた。
本来ならショック死しても可笑しくないのに、生きている自体が不思議だった。
そこへ執事と狼がやってくる。
「私が治療します。」
魔法陣が彼女の下に出現して、傷口を塞いでいく。
「これは・・・。」
「失った腕の再生は出来ませんが、命の危機からは脱せるでしょう。」
「・・・すまない。」
「謝るならこの方に。」
執事は横になるイリヤに顔を向ける。
謝罪するなら相手は別と言いたいのだろう。
アドラスは素直に「そうだな。」と頷いた。
「ゲイル死亡、アンベシャス死亡、神オーキス死亡・・・か。」
結果として、生き残った者は数人となるが、見逃されて生き永らえているが正しい。
本当なら、全員この場で死んでいた。
レイダスとオルドレイの気紛れが功を奏したのだ。
「被害は甚大。特に精神的ダメージは大きいでしょう。」
「だろうな。俺だって心はとっくに折れてる。」
「そうは見えませんが?」
執事がキョトンとした顔で首を傾げた。
その様子に呆れ半分なアドラスは「見えないだけで、お前ほどタフじゃねーよ。」と言う。
実際、惨状を目撃して平然としている執事が異常なのだ。
常に彼の隣に控えている狼もそうで、冷静に落ち着いている。
まるで、これが当たり前と云わんばかりの態度だ。
「・・・治療が終わりましたら、少し話をしましょう。」
「なんだよ突然・・・。」
「腹を割らねば、レイダス様に届かないと思いまして・・・。」
執事はそう言って目を伏せる。
何処か遠い眼をしている執事の表情は寂しそうでアドラスは「分かった。」と頷いた。
それ以上お互いに口を開く事はなく、自ずとイリヤが目を覚ます。
「よお・・・目が覚めたか?」
「!?」
イリヤは早速、平手打ちをしようと上体を起こすが、空をきる。
あった筈の腕が無く、アドラスに斬られた瞬間を思い出す。
痛かった、激痛だった。
激痛を通り越して、あの世を垣間見た気がした。
「あの時は・・・すまなかった。ああするしか、お前を助けられなかった。」
アドラスは床に頭を付けて、土下座する。
現在の彼に出来る誠心誠意の謝罪だった。
「あ、あああああ・・・。」
彼女の瞳から涙が溢れる。
アドラスに対する怒りよりも、腕を失った悲しみの方が大きかった。
命を救う為にやった事なら仕方がないと彼女の中で割り切れていたが、
悲しいものは悲しいのだ。
イリヤは女性―――
料理もしたいだろう。おめかしとかネイルもしたいだろう。
自分の手で髪を洗い流したかっただろう。
新しい杖を振り回して見たかっただろう。
だが、彼女の未来に腕はない。
「ぅああああああー・・・あああああ、ひっく・・・ああああ・・・。」
彼女はへたり込んだまま泣く。
執事は優しく彼女を抱きしめ、背中をさすった。
顔を上げたアドラスにちらりと視線を送った執事に、彼は静かに頷く。
ガラン達の様子を確認させに行かせたのだ。
この場に居る全員にケアが必要―――それは神エーテルも例外ではない。
しかし、長時間、時間を要する訳にはいかない。
目的は眼前にあり、ここは敵城。
気紛れで敵兵を送り込まれては元も子もないのだ。
執事は内心で『やれやれ。』と呟くと上を見上げる。
何処までも真っ白な三階層は、創造主の世界を消したい現れ・・・。
「ご主人様、貴方は・・・。」
執事は言いかけてその先を伏せたのだった。




