決戦編part7
カイルは自身の身体を盾に狼を覆い隠す。
回避は出来ない。
魔法の発動を阻止出来ない。
死の運命は避けられない・・・筈だった。
結界内の中心で眩い光を放つ球体は、徐々に輝きを失っていく。
敵は魔法の発動を中断したように思われたが、執事は違うと悟った。
強制的に中断させられたのだ。
怨念娼婦が己が手を眺める様子がそれを物語る。
執事は遠くに見える城に顔を向けた。
城の上層部から姿を晒し、手を前に出す人物は創造主であるオルドレイ。
赤い髪が風で揺れ、黒い瞳は生物を見下す。
「レイダス・・・危うく青年が死ぬ所だったぞ。」
「すまん。 調子に乗った。」
彼は頭を下げかけるレイダスの頭を片手でわしゃわしゃと撫でると、
笑みを浮かべて「気にするな。」と言う。
「俺はお前さえ居てくれれば良いのだから・・・。」
乱れた髪を手でサッと直したレイダスはぼそりと呟かれた言葉に首を傾げた。
「怒っていない・・・のか?」
一時的に繋がりが遮断された事でオルドレイの思考や感情を読み取れなかったのだ。
「さて!」と気を取り直したレイダスは、怨念娼婦に再び命令を出す。
「今度はやり過ぎない程度に加減をする。」
拳を握りしめ、鼻を鳴らすと彼の視線は城の入り口に向く。
透過で出入り口に佇む人間達が視界に収まっていた。
先頭には槍を持つ男。
後続には手練れの人間達が数人並んでいる。
「・・・何か忘れている気がするな。」
だけど―――
レイダスは眉を顰めて、じろりと睨みつける。
人間は総勢数人残すつもりでいたが、まだまだ多い。
「殺す時は、まとめてだ。 出直してこい。」
レイダスの瞳が光ると彼らの姿が瞬時に掻き消えた。
彼お得意の転移である。
その時、ズキン―――と胸に痛みが走った。
「レイダス!?」
オルドレイが振り返るとそこには胸を押さえて苦しむレイダスの姿がある。
レイダスの脳裏には瞳が赤い、もう一人の自分がニヤリと笑っていた。
『俺は中立だけど、勝負はフェアじゃないと面白くない。』
「貴様・・・。」
遠くから傍観を貫き、今まで干渉しなかった一部が創造主に接触する。
海の中へと引きずり込まれたレイダスは、自分と向き合って眉を顰めた。
「邪魔をするな。」
殺気を放つレイダスに彼は、身じろぎもしない。
口を開いて「お前はいいのか?」という問いかけにレイダスは首を傾げる。
「嫌な事も、辛かった事も、全部抱えて生きる・・・それが人生だろ?」
「だからなんだ? 俺達は人間じゃない。」
「そういうなら、俺を深層心理で消せ。」
彼は自分の胸に手を当ててから、剣を投げ渡す。
投げ渡された剣はレイダスが過去に愛用していた武器だった。
だけど、レイダスは彼を殺さない。
剣の刀身から握りまでをゆっくりと眺めてから視線を彼に戻すと彼は笑っていた。
「それがお前の答えじゃないのか?」
答え―――
レイダスは目を伏せて、「分からない。」と言う。
復讐を果して、オルドレイと二人で生きていく。
レイダスはそう決めた筈だ。
「揺らいでいるのか?」
ぽっかりと空いた穴に手を当てても何も感じない。
そんなレイダスに彼は言う。
「俺を消すか否かはお前に任せるよ。 お前は俺で、俺はお前だからな。
ただし、全てを委ねる代わりに後悔はするなよ?」
「後悔?」
彼は「ああ。」と頷く。
背を向けてレイダスから去って行く彼は闇へと消えて行った。
そうして、目を覚ますとオルドレイの顔が目の前にある。
「レイダス!」
「平気だ・・・少しクラクラするけど・・・。」
『彼は何が言いたかったのだろう?』
ボーっとするレイダスの心境にオルドレイは気づいていた。
心の淀みが薄れている。
「あいつか・・・。」と呟いたオルドレイは奥歯を噛みしめて立ち上がった。
「少しの間、城から離れる。」
「何処へ行くんだ?」
「ちょっと野暮用。」
オルドレイは姿を消す。
一人、城に残されたレイダスは背伸びをして窓から外を眺めた。
吹き抜ける風はレイダスの髪を揺らして、高ぶっていた感情を抑制させる。
「今頃、転移させた人間達は結界内か・・・。」
結界内で怨念娼婦と執事達は戦闘を継続している。
そこへ転移させた人間達が加わる事となった。
レイダスは暫くボーっとしてから目を見開いて「あ!」と声を出す。
「転移させた人間達と接触する予定だった魔物はどうなった!?」
『何か忘れてると思ったけど、これか!』
レイダスの顔から汗が流れる。
彼らが城まで辿り着いたという事は魔物を倒したか、
発見されなかったかのどちらか一方だ。
そして、考え込む内に生み出した魔物の性質を思い出す。
彼は「ああ・・・。」と声を漏らして項垂れた。
「あれは待ち伏せ型だったな・・・。」
魔物にも捜索に得意不得意がある。
レイダスが生み出した魔物は捜索に不得意で、恐らく迷ったのだろう。
彼は「やれやれ」と肩を竦めて、
「仕方ないから城の下層に呼び戻そう。」とぼやくのだった。
その頃、転移させられた人間達は混乱していた。
「うお!?」
「ガランさん!? アドラスさん!?」
「あれ? 罠でも踏んだかな?」
戸惑う神々と人間達。
怨念娼婦はその隙をついて一番手近な人間に襲い掛かった。
「おいおいどうなってやがる・・・。」
「アドラス後ろだ!」
刃物に纏わる闇属性の攻撃は衝撃波。
怨念娼婦の攻撃が大地をえぐり、アドラスに迫る。
「ぬおあ!?」
彼は間一髪で攻撃を避けたが、
怨念娼婦の攻撃力は第一形態と比べ物にならない。
結界は修復するも、怨念娼婦が攻撃するたびに破壊され、外部まで及ぶ。
周囲は既に更地で、隠れる場所はない。
これでもう一度、《グランド・メトリア》を唱えられようものなら彼らは生き残れないだろう。
しかし、創造主の命令で使用は禁止されている。
「アドラスさん! 回復ポーションはありませんか?」
「あるにはあるが・・・。」
「一本下さい! ガルムを回復させたいんです!」
「分かった。 ほらよ。」
怨念娼婦はアドラスがカイルに接近した事で深追いをやめる。
ターゲットを近くの神に変更し、近接戦闘と最低限の魔法攻撃で機動力を重視。
生命体の数減らしに積極的に努めていた。
「くっ!?」
魔法による爆風で吹き飛ばした後の斬撃。
神の一人を仕留めると、地に足を付ける執事に注目する。
彼は両の足に力を溜め、跳躍の姿勢を取っていた。
「《スキル:瞬突》」
スキルが発動すると同時に怨念娼婦が顔面を右に傾ける。
その横には執事が放った片手剣の刀身があった。
執事は口から静かに息を吐き、空中で身体を回転させる。
「《スキル:精霊の舞》」
刀身に精霊の鱗粉が纏い、怨念娼婦に傷を負わせた。
状態異常で《鈍足》を与え、彼女の動きを鈍らせる。
「ふむ・・・チェンジャーは無効ですか。」
地面に着地した執事は、後方から聞こえてくる足音に耳を傾けながらも、
怨念娼婦の攻撃に集中する。
敵は相手が死ぬまで攻撃を継続するようだ。
鎖を引っ張り上空より振り下ろされる刃物の一撃は大地を容易に割る。
岩が浮くと同時に距離を取った執事は、
カイル達から離れるようにして結界の端へ―――
そこへ神マーキンが参戦し、怨念娼婦の横顔に拳をめり込む。
「おらよ!」
「ズドン!」と勢いよく結界にぶつかった怨念娼婦は、
ゆっくりと起き上がる。
後方の結界にはヒビが入り、体力は大幅に削れた筈だ。
けれど、相手にはまだ余力がある。
金の瞳には精霊と神の姿が映り、彼女は口を開く。
「マズイ! あの歌だ!」
神マーキンは両耳を塞ぐ仕草をするが、呪歌はその程度で防げない。
執事は呪歌を止めるべく、足を踏み出した。
すると、後方より火球と大量の矢、弾丸が怨念娼婦目掛けて飛んで行く。
火球は顔面にヒットし、矢は表皮で止まる。
弾丸は怨念娼婦の口に入り、内部で破裂した。
遠距離攻撃の応酬に執事は口元を緩め、ガランは「来たか。」と笑みを浮かべた。
カイルは肩の荷が下りたかのように大きく息を吐き、
アドラスは大剣を肩に担いで笑った。
後方の人間達が修復中の結界から雪崩込み、前線部隊と合流を果したのだ。
「おう! まあ、今のでワシのとっておきは最後だがな。」
「カイル! ガランさん!」
「やっと追いついたわ。」
アンベシャスはケースを漁り、弾丸の総量を確認。
リリィとイリヤはカイルに駆け寄った。
「その狼どうしたの?」
「回復ポーションを飲ませたのに起きないんだ。」
狼の傷は治癒しているにも関わらず、ぐったりとカイルの膝に頭を乗せている。
その様子に「呪い」と呟いたイリヤはカバンを漁った。
「確かここに・・・あった!」
イリヤは《丸薬》という薬草をすり潰して作った消費アイテムを狼に服用させる。
すると、狼は耳をピンと立てて飛び上がる。
「ワッフ!? ワウウウウ!?」
「やった! けど・・・。」
苦かったのか狼は辺りを走り回った。
「良薬は苦しって言うわね。」
リリィの言葉にカイルは頷く。
そうして、視線を怨念娼婦に向けると執事と神マーキンが応戦している。
執事は相変わらずで息を乱さない。
服は所々汚れているが、傷は負っていない。
しかし、神マーキンは一撃を入れてから防戦一方である。
「ぐっ! この!?」
怨念娼婦は執事を後回し。
神マーキンに集中攻撃を仕掛けていた。
後方の遠距離攻撃を鎖で防ぎ、右手を前に突き出す。
それは神マーキンの胸に押し当てられ、彼に悪寒が走る。
振りぬいた彼の身体は戻り際だ。
体勢を立て直したくとも、回避したくとも、肉体が思考に追いつかない。
ヤバいヤバイヤバイヤバイヤバイ・・・
怨念娼婦は無表情に淡々と神を滅する。
「《スキル:消霧》」
敵に触れた時にのみ使用出来る怨念娼婦特有のスキルは、
確実に敵を即死させる。
欠点は単発である事。使用後は強力故に再使用までに時間を要する。
だが、これで―――
「神一人・・・。」
彼女は灰になった神マーキンをクスリと笑う。
灰を拾い上げた怨念娼婦は口に灰を流し込み、ゴクリと呑み込む。
その後方から執事の連撃が繰り出され、執事は「当たる!」と確信していた。
しかし、等々恐れていた事態が発生する。
今まで防げなかった執事の攻撃に、彼女は対応してしまったのだ。
鎖を構えて、刀身を受け止めた怨念娼婦の瞳には執事がハッキリと映っている。
執事は内心で『まずいですね・・・。』と思いながらも、
攻撃し続けるしか方法がない。
そもそも、後方が前線メンバーと合流した自体が不味い。
怨念娼婦にとって、敵は餌―――
敵が強ければ強い程、喰らった時の上昇量は大きい。
例え、敵が弱くとも数を喰らえば、力を補える。
唯一救いと云えるのは、ターゲットが死滅するまで次に移らない事。
執事はこれまた珍しく舌打ちした。
彼に逃げるという手段は存在せず、狼の復帰と同時に飛び出す。
後方からの魔法攻撃を察知して、射線から外れると怨念娼婦が
鎖でガードする。
その鎖を狼が咥えて引っ張った。
「ガルアアアア!」
狼の足元がズリズリと怨念娼婦に寄る。
彼女の腕力が神マーキンの吸収によって上昇していた。
ならば、戦闘技術で上回れば良い。
「振り上げて下さい。」
執事の言葉に反応した狼は、咥える力を一瞬緩める。
体勢を崩した彼女を見計らって、力一杯振り上げた鎖は湾曲を描いた。
執事は真下で待機して、
離れた位置では杖や弓矢、銃を構えている。
「放てええええ!」
アンベシャスの号令で遠距離一斉攻撃が始まる。
怨念娼婦に被弾する遠距離攻撃の数は普通なら即死。
肉片すら残らない攻撃の雨。
そこへ執事は魔法を放つ準備をする。
敵は回復が出来る。僅かでも体力を残せば、全快されるだろう。
ならば、一撃に全てを込めるしかない。
もし生きていたら?
執事は笑う。
8割がた生存していると彼は予想している。
しかし、投げ打っている訳ではないのだ。
彼の放つ魔法―――それはダメージを与えつつ、状態異常を大量に与える。
「《魔法/第10番:反転の印》」
「《魔法/第10番:生者の晩餐》」
《反転の印》で敵を弱体化させ、
《生者の晩餐》で放たれる魔力で形成された10本の武器は
それぞれ異なる状態異常系効果がある。
それが怨念娼婦に向かって飛んで行き、彼女に突き刺さった。
手応えあり―――状態異常成功。
執事は魔力量の枯渇でふらつきながらも、
怨念娼婦から距離を取り、後退する。
表情は変わらずとも、顔色は悪い。
「ふらふらじゃねーか。」
片膝をつく執事に駆け寄ったガランは彼に消費アイテムを渡して、肩を貸す。
「これで、倒れてくれると嬉しいのですが・・・。」
近くには狼がいて、狼も同じ気持ちだった。
けれど、世の中そう上手く出来ていない。
「化け物め・・・。」
フーワールの言葉に全員が同意する。
怨念娼婦は大量の攻撃を浴びながら掠り傷しか負っていなかった。
「攻めてくるか?」
「いえ、それはないでしょう。」
執事の発言に目を丸くした面々は怨念娼婦を見やる。
彼の言う通り、立ち上がりはしたものの、その場を動く気配はない。
「《行動範囲制限》、《重複》、《幻惑》、《麻痺》、《毒》、《石化》等等に
《状態異常延長》を付与しました。30分はあのままです。
他の方々の状態異常にも《延長》、《重複》は効果があるので一時間でしょうか?」
彼は「その間に回復しましょう。」と付け加え、淡々と語るのだった




