決戦編part6
進行を続けるガラン達の正面と左側から魔物が襲い掛かる。
右手には結界があり、逃げ場は後方だけなのだが、彼らに逃亡の意思はない。
「おらあああ!」
アドラスが大剣で左側の魔物をなで斬りにすると、正面の魔物にガランは突きを繰り出す。
そこから切っ先を素早く動かし、切り刻めば良いものを彼は、敢えて力技を試みた。
「ぬおおおらあああ!」
槍を強く握り締め、串刺しとなった魔物を後方に投げ飛ばす。
切っ先からずるりと抜けた魔物はピクピクと痙攣していた。
それに他の前線部隊メンバーが止めを刺す。
ガランは肩で息をしながら、「あの野郎・・・。」と切れる寸前で、
誰も彼の地雷を踏みたくはなかった。
そこへ堂々と踏み込める男がアドラスである。
彼の背中をバンバン叩き「今更気にしても仕方ねーだろ。」と言う。
「あの執事と狼がいるんだ。 カイルも無事に戻ってくる。」
アドラスは最後に「だろ?」と付け加えて、ガランは溜息を吐く。
確かに執事と狼は強い。
力の底が知れないとああも恐ろしいのかと思うほどに・・・。
「そうだな。」と頷いた彼は思考を切り替えると前線メンバーと共に進行を再開するのだった。
けれど、心残りはある。
強い=勝率が上昇するだけで、決して勝てるとは限らない。
この場合、カイル達が執事と共に参戦したとなると彼は執事の足枷となるだろう。
そして、参戦したタイミングが最悪である。
一撃は山をも砕き―――
一撃は何万もの命を貪り、怨念娼婦の糧となる。
ならば、神々を数人殺害した怨念娼婦の力は増幅している筈。
執事と狼が幾ら強くても無策で挑んでは勝敗は目に見えている。
ガランは「死ぬなよ・・・。」と呟いて、振り返ろうとはしなかった。
一方の俺は、宙にフワフワと浮きながら無表情を貫いている。
仰向けになって見つめる椅子は反転していた。
面白くない―――
怨念娼婦によって八人の神々は殺害され、
結界の外へ出た怨念娼婦が人間達を一掃する手はずが、
どうにも上手くいかない。
というか結界を容易に突破し、進入した者がいる。
あれは精霊語による解除か、結界を上回る攻撃力でしか通れない筈なのに・・・。
「人間側に精霊がいるのか・・・。」
有り得なかった。
精霊は人間に使役されない。
つまり、独自の思考で動いているのだ。
外見は見る限り執事にしか見えないのだが、中身は別途。
「じゃあ、打つ手を変えよう。」
俺は怨念娼婦に命令を下す。
攻撃対象を神々から執事と狼に一時的に変更し、殺してから一掃を開始する。
その隣にいる人間も―――
ドクン―――
俺の心臓が高鳴った。
「あいつは殺したら駄目だな。」
狼の隣を走る人間の青年を目視して、攻撃対象から外す。
殺してはいけない気がしたのだ。
何故だかは不明である。
「次は・・・。」
俺は宙返りして、床に脚をつけた。
そうして外を見やる俺は進行してくる人間達に笑みを浮かべる。
「蛇に睨まれた者は赤子同然。 石の人形鑑賞は好きだぞ。」
背後には上半身が女、下半身が蛇の魔物が控えていた。
それは他世界においても伝説上の生物。
この世界では強敵として登場する俺の駒だ。
転移させたそれに「行け。」という命令で人間達の討伐に向かわせる。
意気揚々と体をくねらせる蛇は双剣を手に、遠くへ消えていった。
後ろを振り返った俺の目の前にはオルドレイが居て、彼は言う。
「人間を完全に全滅させる気か?」
「まさか・・・数人は残すさ。 俺達の手で殺めないと復讐にならない。」
そう―――
俺達の目的は復讐だ。
彼らを死に追いやり、苦痛を与え、絶望させ、最後にあざ笑って殺すのだ。
けれど、オルドレイには不満がある。
「ちまちまと甚振るのも良いが盛大に殺したくないか?」
「一理ある。」
しかし、魔物の群れを大量に投下しても執事と狼に防がれるだろう。
この世界以外の生き物を創造しても瞬殺すぎて面白みに欠けるし・・・。
「誰だ! あの執事と狼を生み出した野郎は!」
表に出た感情にオルドレイはクスクスと笑う。
何故笑うのか意味の分からない俺は首を傾げたのだった。
その頃、怨念娼婦はダガーよりも長い刃物を持ち、
神マーキンと相対している。
まともに立って怨念娼婦と戦えている神は彼位だろう。
遠距離からの攻撃で援護を受けるもどれも怨念娼婦に触れると忽ち消失する。
敵の能力が解明されない以上、無闇な接近は禁物。
しかし、怨念娼婦の移動速度は殺した神の数に比例して速さが格段と増していた。
「ぐっ!」
懐に入られた神マーキンは咄嗟にガードの姿勢で、腕をクロスする。
直感から腕を両断される光景が浮かび、ガードから回避に切り替えた彼は右に避けた。
すると、怨念娼婦の繰り出した斬撃で大地が縦に割れる。
空をも切り裂く一撃は爆風を生み、神マーキンに風の刃となって襲い掛かった。
「ぬぐ!?」
表皮を薄く切られるだけで済んだが、怨念娼婦の追撃は止まない。
だが、自身が耐え続ければ神としての役目を果たせる。
人間を守る―――彼らの盾として死ねるなら神マーキンは本望だった。
「うおおおおお!」
高く跳躍して、右拳に力を込める神マーキンの攻撃は結界をも破壊するだろう。
光が右腕に集中し、魔力が形となって具現する。
青白い光を周囲に放ちながら、迫る一撃に怨念娼婦は笑っていた。
それでは怨念娼婦を倒せないのだ。
振りぬかれる瞬間―――
「その攻撃は中止です。」
怨念娼婦に触れる直前で、間に割って入った執事に片手剣で流される。
次に待ち構えていたカイルが勢いの止まらないマーキンを受け止めるも、
巨体を受け止め切れるはずもなく、地面に押しつぶされた。
「ぶへっ!?」
「うおっ!? 人間!?」
すぐさま起き上がる神マーキンは怨念娼婦に向き直る。
しかし、怨念娼婦は神マーキンに構っている暇がなかった。
創造主から出された命令もあるが、高速で移動しては攻撃を繰り出す狼。
その速さは、怨念娼婦を圧倒的に凌駕していた。
「す、凄い・・・。」
カイルから声が漏れる。だが、外傷はない。
当たっては怯みを繰り返しているが、その実、動きを封じるだけでダメージが通らない。
怨念娼婦はそれが分かっていて、
右手の刃物を狼が接近と同時に振り下ろす。
が―――
執事が横槍を入れる。
片手剣で刃物を弾き、起動を逸らした。
狼の首元を掠め、地面に突き刺さった刃物は周囲の地面を凹ませる。
地割れを発生させながら、波のように伝わる衝撃は、
カイルの足元をおぼつかせた。
けれど、強靭な肉体を持つ執事と狼、神々には縁がない。
『引いたら押し込まれますね。』
執事はガルムに視線を送ると怨念娼婦に連撃を加える。
怯むだけでも時間稼ぎになる為、執事は戦闘を維持。
狼は執事の後方にて力を温存していた。
大地から力を吸い上げ、放たれる種族随一の火力は神をも駆逐すると云われる。
「《スキル:神餓狼撃滅》」
執事が左に避けると同時に怨念娼婦に直進する狼の身体は赤黒く輝く。
毛は逆立ち、歯をむき出させる姿は、この世界に伝承される狼王だ。
一定距離で急停止して口より放たれる大地と狼の力が掛け合わされた光線は、
直線状に飛び、爆風と共に大地をえぐり、結界を容易に破壊する。
「やったぞ!」
「す、凄すぎる!」
怨念娼婦は黒ずみになって宙を舞う。
地面に叩きつけられて、粉々になると思いきや――――
宙返りして華麗な着地をして見せた。
「な!? 嘘だろ!?」
破壊した結界も修復して、執事は眉を顰める。
その背後で狼はへたり込んだ。
大地から吸い上げた力はあくまで足りない分を補う為・・・。
高威力のスキル代償で狼の体力が大幅に減少していた。
「ガルムをお願いします。」
「はい!」
カイルは狼に駆け寄って、抱きかかえる。
神マーキンは執事と横並びになって「応戦する。」と言った。
執事は「ありがとうございます。」と返答するも視線は怨念娼婦に向いている。
怨念娼婦は先程の一撃を受けて無傷ではあるが、
追撃を仕掛けてこない。
何故か?
執事は脳をフル回転で動かす。
「つっても、俺の攻撃も通用しそうにねえ。」
「タネが分かるまで取って置いてください。」
その言葉に神マーキンは頷く。
「頼もしい援軍だ。」と彼は言うが、執事は内心で焦っている。
『さて、どうしましょうか・・・。』
タネが見当たらない。
隙は大いにあるが、狼の一撃に加え、属性攻撃系も無効となると残るは状態異常系である。
しかし、それでは相手の動きを鈍らせるだけで、ダメージにはならない。
そもそも攻撃が通用しないように生み出されたのかもしれない。
そんな時、彼はふと過去の出来事を思い出した。
夢見の森で主が執事の力を確かめるべく、「手合わせをしよう。」と言い出したのだ。
彼は鼻歌交じりに剣を軽やかに、滑らかに振るって見せ、
執事は正面から挑む。
振り下ろし攻撃は刀身に沿って流される。
横なぎの攻撃は切っ先を見切られて、後方バックステップで回避。
そこから間合いを詰められて、一本取られた執事は目を丸くした。
仰向けに倒れる彼は言う。
「ご主人様は無敵です。」
主に勝てる者はこの世にいない。
そう思った彼だが、主は「いや・・・。」と首を振った。
「死なない者はいない。 俺を含めてな。」
ある者は寿命で死ぬ。
ある者は戦死。
ある者は病死。
いずれ、終わりはやってくるのだと主は言った。
だから―――
「弱点はあります。」
執事は今までの怨念娼婦の動きを思い返す。
通常攻撃の威力は高い。
鎖を自在に操り、変幻自在に動く刃物の範囲は広い。
けれど、魔法攻撃は?
『していない。』
怨念娼婦は魔法攻撃を一度たりともしていない。
恐らく、歌による状態異常攻撃は《呪歌》という広範囲スキル。
強力なスキルだが、連発出来ない欠点があり、
それを通常攻撃で補っていたと推測出来る。
では、魔法攻撃を控える事で怨念娼婦のメリットは何か?
狼の一撃を浴びた怨念娼婦は未だに動かない。
外傷は無いのに・・・何を待っている?
執事は目を閉じて、静かに息を吐いた。
『確証は・・・ある。』
「魔力量を体力に変換しているのでしょう。」
「本当か?」
可能性はあった。
この世界には体力を魔力量に、魔力量を体力に変換するスキルがある。
それを《チェンジャー》と呼び、
近接戦でも遠距離戦でも用いられる事が多々あった。
「恐らくですが・・・現に敵は沈黙しています。
スキルを併用して魔力量回復を測っているのでしょう。」
「野郎・・・。」
神マーキンが拳と拳をかち合わせる。
「魔力量を削り切り、刃が通った時・・・我々の勝利です。」
執事の断言するような物言いにカイルは息を呑む。
戦場に漂う緊張感とプレッシャーは重圧となって彼に襲い掛かった。
場違いな青年は、成すすべなく只々見守るしか出来ない。
抱きしめる狼が彼の顔をペロリと舐めて、「クウン・・・。」と鳴く。
それは、狼なりの励ましだった。
「ありがとうガルム・・・俺は大丈夫だから。」
『弱っている相手に心配されるなんて俺は情けない人間だな・・・。』
カイルは吐き出しそうになった弱音を喉の奥に留める。
そして、『近くにいては巻き添えを食う』と判断した彼は狼を背に、
後ろへと後退を開始した。
怨念娼婦はカイルと狼に反応するも追うか追わないか
あからさまな戸惑いを見せる。
刃物を握る手から力が抜け、微かにか細い声を漏らした怨念娼婦の
表情は相変わらず隠れているが、執事とマーキンには十分すぎる隙だ。
「ふっ!」
執事が連撃を仕掛け、相手をガードに徹しさせる。
鎖を巧みに操り、受け流す怨念娼婦の背後に迫るは
神マーキンの剛腕。
「うおら!」
上から下へ振り下ろされた一撃は地面を更に凹ませて、地盤を変形させる。
怨念娼婦は横に避けていて、マーキンを蹴り飛ばす。
鎖を残して瞬間的に姿を消した怨念娼婦を
執事の視線が追う。
その先には先程蹴り飛ばされた神マーキンが転がっていた。
「ぐぬ・・・。」
起き上がる時には既に彼女の間合い。
引っ張られる鎖は、怨念娼婦の手元に戻り、彼女は笑う。
そこへ執事が飛び込んだ。
狼を守った時と同様に横から刃物を弾き飛ばす。
力を込めた攻撃は、怨念娼婦の手に衝撃となって伝わり、
彼女は「あ・・・りえ・・・ない。」と呟いた。
執事の連撃で薄く肌が切れた事から魔力量が底をついたのだろう。
「しゃべれるのか!?」
起き上がった神マーキンは折れた歯を吐き捨てて、驚愕する。
隣に立つ執事は『歌えるのですから当然でしょう。』と呆れていた。
『俗にいう脳筋ですか・・・。』と肩を竦める執事に、
神マーキンは気にも留めない。
今は雰囲気を変えつつある敵に集中していた。
怨念娼婦の身体に巻き付いた布が緩んで行き、
綺麗な素肌を露呈する。
布は裏返り、面積を広げると怨念娼婦に巻き付いて、
邪悪な雰囲気から一変して聖女のような格好に早変わり。
見開かれた彼女の瞳は金色に輝き、白髪がなびく。
危険を感じさせない風貌に、キョトンとするカイルであるが、
戦いに専念する二人は気を抜けない。
ビリビリと表皮に伝わる殺気は、変化前とは桁違い。
一定距離を保ちながら、怨念娼婦を中心に左右から挟んだ。
アイテムの使用で回復を果した神々も参戦して、空中の包囲網が形成されると、
優勢状態にも見受けられるが、
執事、マーキン、カイルに嫌な予感が走る。
『魔力量の底はついている筈・・・なのに・・・。』
執事は珍しく、怒りの表情を浮かべた。
「何故、魔法が使える!?」
実際、執事の推測は正しかったのだが、彼は見落としていた。
怨念娼婦には第二形態が存在し、
魔力量が尽きても自動スキル《天女の羽衣》で消失した体力と魔力量を全回復する。
更にはステータス値を大幅に上昇させ、lvを上限解放させる能力は正しくチート。
『FREE』の隠れ最終ボスとして登場する怨念娼婦第二形態を討伐した
プレイヤーは数少ない。
「さあ、地獄の蓋を開けろ!」
俺は怨念娼婦に命令を下し、魔法陣を数重に重ね掛けさせる。
天と地に同じ文様を浮かべる魔法陣は上下に移動を繰り返し、やがて集束。
怨念娼婦の手に収まった魔法陣と同様の文様を浮かべる球体は危険だ。
「退避を!」
執事の号令で神々は行動を起こす。
防御魔法の重ね掛けと付与魔法で己を強化する。
神マーキンと執事はカイルと狼の盾となって、ガードの姿勢を取った。
そして、怨念娼婦の魔法が効果を発揮する。
「《魔法/第不明番:グランド・メトリア》」




