決戦編part4
ここに来てpart5が長くなりそうで、次回1日あけます。
申し訳ない!
「ははははははっ! 隠し玉がいたか!」
俺は人間達の抵抗に笑い声を上げる。これが笑わずにいられるものか!
微かな希望に縋りつく光景は滑稽だ。
実現する筈のない幻想をぶち壊す瞬間が楽しみで仕方がない。
調子に乗れ―――
俺達を見下せ―――
お前達が城へ辿り着く時、最大にして最悪の絶望を与えてやるぞ!
「ふはははははっ!」
俺はオルドレイに視線を送る。
彼はクスクスと笑いながら、盤上に駒を置く。
最前線で戦う主力部隊にぶつけるは、この世界最強の矛。
「貴様らの矛と俺達が用意した矛・・・どちらが強いだろうなあ~。」
俺達からすれば、勝っても負けても痛手にならない。
なにしろ、創造で無限に生み出せるのだからな。
「オルドレイ・・・俺はどんな顔をしている?」
俺はオルドレイに尋ねる。分かっていて、聞いてみた。
「今までで一番悪い顔をしているよ。」
そうだろう。
俺とオルドレイは繋がっているのだから当然だ。
彼の浮かべる表情は俺の表情でもある。だから、俺達は二人して悪い顔をしているのだ。
俺は宙でくるりと回転して外を見やる。
岩の巨人に手を焼く後方を無視して配置される俺の一手は、
唐突に前方を襲撃した。
「ぐわっ!?」
進軍していた彼らの勢いを逆手に取った一撃は、神々の身体をも裂く。
人間の身体にぐるぐると巻かれた黒い包帯に、下から露呈する空虚な瞳。
片手にぶら下げるダガーにしては長い刃物。
血が滴るそれに高揚して高ぶる姿は異常者にして、美しい。
スラッとしたスレンダーな体つきは、異性を魅了し、惑わせる。
正し、通常ではの話しだ。
「大丈夫か!?」
「ぐっ・・・問題ない。
あれは確か・・・怨念娼婦。」
腕を斬られた神は腕の傷を修復して、軽く振って見せる。
「始めて見ました。」
カイルは唾を飲み、一歩二歩と後退する。
弱弱しそうな見た目とは裏腹に内から溢れる殺気と異様な気配は恐ろしい。
「俺の村に伝承がある。」
そう口を開いたのはアドラス。
冷や汗を流しながら、急所を隠すように武器を構える様子は警戒心の強さを物語っていた。
彼曰く、怨念娼婦は孕んだ子を夫に殺された事から、
狂気に身を窶したという。
関係のない者を種族問わず、毒殺し、暗殺し、水攻めし、火炙りにした。
そして、無手で魔物を殺し始める。
引きずり出した臓器を喰らった彼女の身体は内側から魔物化し、人間をやめた。
一撃は山をも砕き―――
一撃は何万もの命を貪り、怨念娼婦の糧となる。
アドラスは口元をぎこちなくニヤつかせて、伝承を省略させる。
それは、逃げる時間が惜しいからだ。
「迷わず走れ。迷わず逃げろ。全力を持ってして存在を消すべし。
俺達は・・・奴に勝てない!」
ガランは叫ぶ。
「散開しろ!」と片腕を振った動作と同時に歌い出す怨念娼婦。
彼らの膝がガクンと地面に落ち、武器を地面に突き立てる。
立とうにも力が入らない。
ガクガクと震える身体は恐怖で震えていた。
「これは・・・。」
「《畏怖》だ。」
状態異常の一つである《畏怖》は幻覚作用と一時的な行動不可。
そして、ステータス値の低下を齎す。
器に身を移した神々は多少動けるようだが、力は《畏怖》で押さえつけられている。
「神を・・・舐めるな!」
神の一人であるアスタリオンが札を投げる。
強力な巫術が付与された札は火球となって怨念娼婦に命中するが、
結果は神々が予想ていたものから大きく外れる。
怨念娼婦は全くの無傷で、刃物を握る腕に力を籠めた。
背中に担ぐような構えから投擲された刃物はアスタリオンの腹部に突き刺さり、
彼は血を吐く。
「ぐはっ!」
「アスタリオン!?」
近くにいた神が彼に手を伸ばすが、
怨念娼婦が刃物の尻部分に付いている鎖を引っ張る。
ジャラジャラと音を立てる鎖が湾曲を描き、アスタリオンを頭から地面に叩きつけた。
衝撃で砕ける大地―――空のひび割れが広がって破片が落下する。
倒れる木々はガランやカイルに襲い掛かって、
《畏怖》から脱したカイルは避けるもガランは満身創痍。
身体が言う事を利かず、彼は舌打ちした。
『やべー・・・。』
「ガランさん!?」
カイルは救出に向かう。
けれど、神マーキンに吹き飛ばされて背中から傾いている木にぶつかる。
「いっ!」
地面にずり落ちた彼の目の前では、神マーキンの腕に怨念娼婦の
鎖が巻き付いていた。
膨張する筋肉に鎖が食い込んで、血が流れる。
「マーキン様!?」
「ガハハハッ! 俺は良いから、自分の心配しやがれ!」
カイルは、ガランの方へと視線を向けた。
気を失った彼はフーワールに救出されて、背中に背負われる。
「うわっ・・・おもたっ!」
「フーワール・・・頑張る・・・。」
フェノールの応援もあって、足を踏ん張るフーワール。
彼らは後方へと走り出し、戦線を離脱した。
それを確認したカイルは、腰に携えるもう一振りの剣を引き抜いて構える。
「マーキン様! 俺も戦います!」
しかし、神マーキンは「お前も逃げな!」と言葉だけを発し、
怨念娼婦から視線を逸らさない。
目を細めた彼は怨念娼婦の視線がカイルに向いている事から、
創造主の企みを直感で理解したのだ。
「こいつの狙いはお前だ・・・行け!」
「でも・・・。」
「行け!!」
カイルは唇を尖らせて、足を踏み出す。
そこへアドラスがやってきて、身体を反転させられた。
引っ張られる片腕に戸惑うカイル。
「離してくださいアドラスさん!」というが、アドラスは放さない。
そのまま引っ張られて戦線を離脱したカイル達を視線で見送った神マーキンは、
腕を豪快に振り上げた。
「どっせい!」という掛け声で、鎖が波打つ。
怨念娼婦の腕から強制的に離れた武器は神マーキンに奪われて、
他の神々が宙より攻撃を仕掛ける。
風の刃と放たれた雷撃が怨念娼婦に命中する。
土埃が晴れるも怨念娼婦に傷はない。
魔法的な防御?遠距離攻撃の無効?
否、彼女に攻撃は効かない。
口元の包帯が裂けて剥き出しになる歯と舌は粘り気のある涎を垂れ流す。
舌舐めずりする怨念娼婦は、再び歌う。
それは残された神々と怨念娼婦の開戦を意味する。
張られた周囲の結界は強固で硬い。
彼らは結界内に閉じ込められて逃げ場を奪われた。
「やってくれるな・・・。」
神々は表情を曇らせ、目の前の敵に眉を顰める。
これ程厄介な敵がこの世界にいると彼らは想定していなかった。
「いった・・・。」
「アスタリオン無事か?」
「ああ、なんとか・・・頭は守ったけど、左腕が逝った。」
空に浮かび上がるアスタリオンの左腕は修復しない。
「あいつヤバいぞ。」
自信過剰と油断。神々は己が愚かさを実感する羽目となった。
その頃、岩の巨人と戦闘を繰り広げる後方では、
アンベシャスが楽し気に銃を撃ちまくる。
頭を腕を足を吹き飛ばし、悲鳴を上げる敵に笑みを浮かべるアンベシャスは悪魔の如し。
「ふむ・・・銃と言いましたか。 便利ですね。」
それを遠目で眺める執事は背筋を伸ばし、凛としている。
厳しい戦場化であれ、気品を失わない彼に救われた女性はうっとりとするばかりだ。
「貴方は行かないの?」
リリィは執事に言う。
執事の実力ならば、銃の雨も掻い潜り、
岩の巨人の急所を付けそうなものだが・・・。
「いいえ。」と執事は首を振る。
「私は人でありませんが、人間には一人一人役割りがあると教わりました。」
「教わった?」
リリィの疑問に執事は答えず、言葉を続ける。
「アンベシャスの役割は、遠距離攻撃による撃破。
一人で手が足りているのであれば、私達は力を温存するべきでしょう。」
リリィは「そう。」とだけ言う。
狼の頭を撫でる執事に何も言わなかった。
そこへ前方で魔物と戦っていた筈のフーワールとフェノールが現れる。
背負われるガランの身体はボロボロで意識はない。
「どうしたの!?」
リリィは困惑。
フーワールはガランを地面に降ろして事情を説明した。
「怨念娼婦が出た。 歯が立たなくてね。
後方まで下がって来たんだ。じきに・・・カイル君達も来るだろう。」
防具を装備する男を背負って走るのは、魔術師には骨が折れる。
全身から流れる汗と肩で息をするフーワールにフェノールは寄り添った。
「神様達は?」
「怨念娼婦を引き付けている。
でも、結界で閉じ込められた。援護は期待出来ない。」
「じゃあ、魔物がこっちに来るの?」
「数は減らした・・・とも言えないか。 状況は最悪だよ。」
リリィは目を伏せる。
岩の巨人の次は魔物の群れ。
後方の士気は戻りつつあるが、討伐も終わらない内の襲撃は悪影響だ。
「せめて、ガランが起きてくれれば・・・。」
リリィから洩れる言葉にフーワールはなんとも言えない。
『ヒーラー職の手が足りない。』
フーワールは懐を漁るが回復アイテムは空。
フェノールも「ない。」と首を振って、彼は唇を尖らせる。
魔力量も底を尽きかけていて、回復系の魔法は低魔法しかない。
それを覆す存在が隣にいると彼らは気づいていなかった。
「彼を全快させれば良いのですか?」
淡々と発せられる執事の言葉。
彼らは目を丸くして、リリィは「出来るの?」と疑った。
彼女は執事を戦士と勘違いしていたのだ。
武器を持ち、戦えるから戦士か?
単純に近接戦闘能力が高いから回復魔法が使用出来ないのか?
彼らは固定概念に凝り固まっている。
執事は「はい。」と返事をして、両手をガランに乗せた。
発生する魔法陣は彼を中心に円を形成し、大地をも再生させ、緑を復元させる。
そこは妖精の楽園にして執事の故郷―――
フーワールは「馬鹿な・・・有り得ない。」と目を見開いて、目を覚ますガランに驚く。
「うっ・・・ここは?俺・・・気を失ったのか?って・・・傷がねー?」
ガランは脇腹や肩に手を触れる。
ものの数秒で戦闘の傷が跡形もなく無くなった。
それはこの世界の現ヒーラー職でも不可能な奇跡だ。
「何者だ?」
フーワールはフードの下で目を細め、執事を後方より見下ろす。
片手には魔導書が握られ、握力が強くなる。
執事は立ち上がって、膝の汚れを払うと言った。
「私は只の執事ですよ。」
彼はそれだけで十分だった。
それ以上は望まない。『只、あの方の傍に居たい。』と願う者である。
フーワールは悪意のない眼差しに魔導書を収納。
これで、彼を攻撃すれば、悪者は自分になってしまう。
ガランはフーワールが身を引くと同時に立ち上がり、執事に頭を下げる。
状況は把握していない。
恐らくではあるが、執事が自分の傷を癒してくれたのだと直感で理解していた。
「あんたのお陰で助かった。 ありがとう!」
「いえいえ、お気になさらずに。 状況の打開はしておりませんので、
先ずは魔物を屠ってからに致しましょう。」
正論だった。
ガランは「ああ。」と返事をして、槍を肩に担ぐ仕草をする。
それに執事が眉を顰めたなど、誰も気付かない。
気付く筈もなかった。
一方その頃、ブエノス大森林に訪れていた
エーテルは大森林のじめじめとした湿気に嫌気を指していた。
「だあああ! 熱いぞ!」
「鎧を洋服にすれば良いではないですか。」
「それでは乙女ではないか。」
「乙女でしょうに。」
オーキスは息を吐いて、首を傾げるエーテルに肩を竦めた。
『無自覚とは・・・。』
「それよりもだ。 ヘルメロイが残した遺言が気になる。先を急ぐぞ。」
エーテルは強靭な肉体の脚力で地を蹴る。
障害物となる木々をクロスにした腕で薙ぎ倒し、魔物ごと巻き込んでいく。
「前言撤回・・・鎧で宜しいかと。」
オーキスは呟いてからとエーテルの後に続く。
二人が訪れた場所はレイダスが貴重な宝剣を手に入れ、数人の冒険者が無残に死んだ神殿であった。
彼女の手に握られるヘルメロイのレポートには、
神々にしか分からない言語で記されている記述が幾つかある。
その一文にブエノス大森林が載っていた。
アンベシャスが重要そうなページの端を折り曲げてくれていたお陰で
発見が早かったとも言えるが、『何故ここなのか?』という疑問がある。
神殿はもぬけの殻―――不思議な気配はあれど、殺風景だ。
「下かもな。」
エーテルは片足を上げて、床を数度コツコツ蹴る。
その様子に危機感を察知したオーキスは距離を取った。
「ふん!」と力の篭った蹴りが炸裂して床が崩壊。
エーテルはそのまま穴の中へと姿を消していった。
「まだだ・・・まだある。」
神殿の穴から落下し続ける彼女の上空にはオーキスが続く。
彼らは円形の穴の周辺に視線を向けて、壁に描かれた文様の量に注目した。
隙間なく、びっしりと描かれた古代絵。
彼らは地面が近づくと、この世界の魔法で落下速度を和らげる。
そうして、降り立った先には座り込んだ人物がいた。
彼は、壁と向き合ってひたすら絵を描き続けている。
手に握られる白と黒の砕けやすい細長い石で描く繊細なタッチはプロ並みだ。
「やっと、来たんだな。」
彼は石を自分の隣に置いて、重い腰を上げた。
座りっぱなしだったのか首を左右に倒しては音が鳴る。
その瞳は赤く、髪は金で透き通っていた―――。




