夢という名の深層心理
深夜、人間達が各々の生活に戻り床についた頃、
冒険者ギルド二階の一室では珍妙な出来事が起こっていた。
神々の一人が「通りすがった街でドワーフを見つけた。」という言葉がきっかけで、
彼は懐から小さな球体を取り出す。
それが「ポンッ」と弾けるとドワーフが現れたのだ。
「拉致じゃあああ! ワシをルーナーンに返せええ!」とドワーフが激怒し、
拉致犯の神であるニルバーナの胸板をテーブルの上からポカポカと叩く。
必死なドワーフを他所にその光景は周囲を和ませるものだったが―――
ドワーフの視界にアンベシャスが収まる。
すると、ドワーフが「ああああ!」と大声を上げて
「何故貴様がここにおる!?」と体を震え上がらせた。
ぶるぶると震える体をテーブルの下に埋める様子から、
ガランはアンベシャスに「何かやったのか?」と問いかける。
「ああ、えっと、その・・・。」
アンベシャスが言葉を濁しているとドワーフが「国落としじゃ!」と指を指す。
否定しない様子から事実らしい。
「国落とし・・・ルーナーンを滅ぼしたんですか!?」
イリヤは飛び跳ねた。
救世主である筈の七王道が国を滅ぼすなど言語道断。
フーワールはアンベシャスの肩をがっしりと掴み、フード下で怖い顔をする。
「どういう事かな? アンベシャス・・・。」と尋ねる声のトーンは低い。
彼は冷や汗を流しながら白状するのだった。
過去にアンベシャスはカイネと共にルーナーンを訪れた。
ドッドを探す目的だったが、ドワーフ達の性質上、訪れた者を酒飲みに誘いたがる。
アンベシャスは参加しようとするカイネを止めたのだが、
彼女は「少しぐらいいいでしょ?」と参加した。
彼は後を後悔する。彼女は酒乱だったのだ。
「あははははははっ!」
暴れまわるカイネ・フロム。
ドワーフ達は隠れられる場所に身をかがめ、体を震わす。
アンベシャスは彼女の暴走を食い止めるべく戦うのだが、
武器で彼女は弾丸を跳ね返し、ドワーフに命中させる。
「器用なやつよ・・・。」と呆れるアンベシャスは弾丸の放つタイミングをずらし、
彼女の頬を掠めさせる。
すると、彼女は片膝を地に着け、武器を手放す。
そのまま崩れ落ちて夢の中。
彼が放った弾丸は即効性の睡眠弾で、しかも強力。
「ふう。」と息を吐き、一安心するアンベシャスであったが、
その頃にはルーナーンはボロボロ。
ドワーフの死体が無数に転がり、悲惨な状況。
実質、滅びたという言葉は正しかった。
「それで、酒に酔っていた彼女は次の日にはケロッとしてた訳だ。」
「うむ・・・面目ない。」
フーワールはアンベシャスの肩から手を離し、肩を竦める。
それからテーブル下で縮こまるドワーフに声をかけて「同胞がごめんよ。」と謝罪した。
「ワシらドワーフが何人死んだとおもっとる? その程度で許す筈がないだろう!」
ドワーフの怒りは最もであり、フーワールは「そうだね。」と言ってからもう一度
「ごめんよ。」と謝った。
顔を渋らせるドワーフは「ふん。」と鼻を鳴らして、執事のベット影に体を隠す。
「つれてきたのは失敗か・・・。」
フーワールは首を振って「そんな事はない。」と言う。
彼の口元は微笑んでいた。
「じゃあ本題に戻ろうか。これからの事だけど・・・。」
フーワールの強引な切り替えでその場の雰囲気は一変する。
緊張感とやる気に満ちる人間と神の瞳がギラギラとしていた。
その中で唯一うとうとと眠そうにしている男が一人。
カイルは目を擦りながら、必死に眠気を抑えていた。
「カイル眠いの?」
「ん? ああ・・・まだ疲れが残っているのかな?」
「話がまとまったら起こしに行くから別室で休んでていいよ。」
「悪い・・・ありがとうイリヤ。」
カイルは彼女の言葉に甘えて部屋を出る。
向かい側にある扉を開けて、ベットにうつ伏せた。
脳はふわふわと揺れて、カイルは目を閉じる。
そこはいつか見た海の中で彼は海の底へと沈んでいく。
「なんだろうこれ? 糸?」
小指に巻きついた青い糸が奥へと続いていて、彼は糸の先に視線を向けた。
真っ暗でモクモクと漂う黒い靄は危険な気配を放つ。
息を呑んだ彼は危険と分かっていながらも靄に突入した。
視界を靄に遮られながらも海の底を必死で進むとそこは静かな空間が広がっている。
上に視線を向けるとやはり靄が漂っていて、周囲を見渡すと透明で澄んだ水ばかり。
小指に巻きついた糸を確認して、ゆっくりと海の中を進んでいくと人影を確認した。
「誰だろう?」と首を傾げてから近づいていくと、その正体に目を丸くする。
自分と同じく小指には青い糸が巻かれていて、彼は禍々しい剣を握り締めていた。
瞳は黒く、感情の在り処は何処へやら・・・。
格好は冒険者ギルドで出会った時の物で彼は問う。
「貴様は誰だ?」
カイルは驚きの余り返答できない。
『何故彼がここに?』
呼吸を乱し、口から漏れる気泡は海面へと浮上していく。
「レイダスさん。」
カイルは彼を呼んで見た。
これは夢・・・自分が望んだ願望を口にする筈―――けれど、それは勘違い。
「ズバッ!」と鋭い音と同時に利き腕が飛ぶ。
断面からは鮮血が噴出し、ぼとりと落下する腕の断面は骨と肉がくっきり映し出されていた。
カイルは『夢だ夢だ。』と己に言い聞かせるが、
断面から体に広がる激痛が否定させる。
痛い痛い痛い痛い痛い・・・。
カイルの表情は苦痛に歪み、やがて大声を上げる。
それは悲鳴と断末魔だった。
「うああああああ!? 腕がああ腕がああ!?」
傷口を必死に押さえ、口からごぼごぼと空気を吐く。
レイダスはカイルの後頭部を拳で打ち付け、脳を揺らす。
水に浮かぶ彼の体を背中から突き刺し、海底に釘付けにした。
「ごばっ!?」
カイルの肉体は傷つき、血を流し最早瀕死。
それは現実でも同様だった。
「うああああああ!?」
カイルの悲鳴は向かいの部屋まで届いていた。
真っ先に駆け出したのはイリヤで後続にガランとフーワールが続く。
「お主達は待っておれ。」というエーテルの言葉で残りは待機となった。
そうして、向かいの扉を勢いよく開けると右腕が切断され、
腹部から止め処なく血を流す彼の姿がある。
「いやあああああ!? カイル! カイル!」
ぶつぶつと呟きながら血の気が引く顔に、イリヤは失神しかけた。
へたり込んだ彼女をガランは引っ張り上げて傍へ寄らせる。
「しっかりしろ! 治療できるのはお前だけだ!」
イリヤはこくりと頷き、杖を持ってカイルに手を伸ばす。
緑の光が彼を優しく包み込み、右腕の出血を止めるも腹部の傷は全く治らない。
「なんで? 何で治らないの!?」
魔法は正常に発動している筈だ。
イリヤの表情は焦りと困惑で悪くなる一方だった。
エーテルはカイルの小指に視線を向けてからイリヤの肩に触れる。
「そのまま魔法を継続させよ。」とだけ言い、彼女は考えに耽った。
「暗殺でもない・・・魔法的外傷もない・・・。 原因が分からない。」
「俺にもさっぱりだ。 さっきまで平然としてたのに・・・。」
ガランとフーワールは唸る。
魔法の専門家であるフーワールが分からないのであれば、ガランにも分かる筈がない。
だが、エーテルだけは違った。
「深層心理だ。」
「え?」
「こ奴は、創造主の深層心理に呑まれている。」
人間には見えない青い糸。
それは創造主が無自覚に結びつけた物だった。
「創造主が糸を伝い、こ奴を誘った。」
「夢もまた深層心理の一部・・・彼は夢の中でレイダスと会っている。」
エーテルは「ご名答。」と言って、カイルに近寄った。
心臓に耳を当て、手を取り、鼓動と脈を確かめる。
「ふむ、まだこ奴は無事・・・とは言えんが生きてはいるようだ。」
「カイルだけじゃあ心もとない俺も行けないか?」
ガランは自分もレイダスの深層心理へ行くと進言するが、
「無理だ。」と彼女は即答する。
「なんでだよ!」
「創造主がこ奴に糸を結んだのは理由あっての事だと私は見る。
苦しいだろうが、見守る他無いだろう・・・。」
待ちや見守るはエーテルの得意分野だ。
ガランとフーワールは肩を竦めて、様子を見守る。
イリヤは顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、回復魔法を全力でかけ続けた。
「カイル・・・カイルううぅ・・・。」
声が震えて、手が震える。
イリヤの手をフーワールが支えて「大丈夫だよ。」と元気付けた。
その頃、夢の中のカイルは瞼を数度ぱちぱちと開いたり閉じたりを繰り返していた。
ぼやける視界は未だにはっきりせず、剣は腹部に刺さったまま。
レイダスが離れた位置で背を向けている事から、剣を手放したと見て取れる。
カイルは「うっ!」と苦痛の声を上げるも立ち上がった。
斬られた筈の右腕は何故か戻っていて、若干の痛みがある。
「ぬ・・・うあああああ!」
カイルは剣の握り部分を掴み、引き抜く。
身体はのけぞり、激痛と共に噴き出す血の量は尋常じゃなかった。
痛みで剣を握っていられず、海底に落とした彼は両膝を地につけて荒い息を上げる。
噴出した血は海と溶け合い、流れ、消えていった。
鮫のように血の匂いに釣られたのか振り返ったレイダスの表情は無表情。
そして、カイルに悪寒が走った。
反射的に避けた右―――それはカイルの命を繋ぎ止める。
彼の横たわっていた場所が突然爆発したのだ。
「うあ!?」
水爆による勢いで水中を移動させられる彼の瞳には
黒い瞳を赤く変色させるレイダスの姿があった。
無表情だった表情が一変して狂気じみたレイダスの顔は殺しを楽しんでいる。
前に出す右手に吸い寄せられるように戻った剣は再び禍々しい輝きを放ち、
カイルの視界を遮った。
「人間は皆殺しだ・・・。」
そう吐き捨てるレイダスは突如としてカイルの眼前に現れる。
「!?」
驚きで吐き出された気泡を無視して回避に専念する彼だが、急所を外すでやっと。
脇腹を斬られて傷口を押さえた。
しかし、さっきの重症といい、今の傷といい、出血が止まる。
自分の身に起きている現象も把握出来ぬまま、神経を回避にすり減らしていく。
「くっ!? レイダスさん! 僕の話しを聞いてください!」
「黙れえええ!」
レイダスの無慈悲な剣がカイルの左腕と左足を斬り落とす。
「ぐあああああああ!?」
余波で後方の砂地が吹き飛び、上の靄がざわめきだした。
激痛で立っていられないカイルは地に伏して、口から血を吐き出す。
痛みで涙が出ているのだろうが、海の中では分からない。
そんな彼の首元にレイダスの手が伸びる。
「あぐっ!?」
持ち上げられたカイルは苦しげな声を上げた。
視界には禍々しい剣を振り上げて、彼を切り刻まんとするレイダスの姿がある。
「人間は・・・死ね!」
『脱出・・・逃げない・・・と・・・。』
カイルは必死にもがくが、もがく度に腕の力が強くなっていく。
口から泡を吐くも海の中ではそれも溶けて無くなった。
「レイダス・・・さん・・・。」
カイルはレイダスの腕を再生した両腕で引き剥がそうと試みる。
しかし、腕力ではどうにもならない。
『もうダメだ・・・。』と諦めたカイルからは腕の力が抜け、抵抗力が弱まる。
『これは・・・俺の末路だ。 逆恨みした代償なんだ。』
受け入れろ―――カイルはそう自分に言い聞かせた。
けれど、レイダスの手は彼から離れる。
「ゲホッ! ゴホッ!」
カイルは喉に手を当てて、呼吸を整えてからレイダスに視線を向けた。
彼は意外な物を見たような顔をして、口を動かす。
揺れ動く瞳にはカイルの小指に巻かれる青い糸が映っていた。
「何故・・・それが、ある?」
「レイダスさん?」
「何故・・・お前にその糸がある?」
レイダスは両手で頭を抱えて唸り声を上げる。
苦しそうな表情に合わせ、上の靄のざわめきが激しさを増す。
「消さないと、殺さないと・・・俺は違うんだ。
俺は・・・俺は・・・うわあああああああああ!!」
レイダスの叫びで靄は海底へと一気に沈む。
「うわっ!」と驚きの声を出すカイルは頭を抱えるレイダスに手を伸ばした。
先程まで殺されかけていたとはいえ、彼を放って置けないと思った。
『連れ出さないと! ここに居ちゃダメだ!』
「レイダスさん! 手を・・・。」
虚しく―――カイルの手はレイダスに届かなかった。
「レイダスさん!」と叫びながら覚醒を果したカイルは血だらけのベットから起き上がり、
瞳をうるうるさせるイリヤに抱き着かれる。
「カイルうううう!」
「イリヤ!? それにガランさん、フーワールさん、エーテル様まで!?」
カイルは迷惑をかけたのだと分かり、肩を竦めた。
ガランとフーワールは安堵から息を吐き、
エーテルは「良く戻った。」とほほ笑んだ。
話しを聞くに、イリヤがカイルの傷を治してくれていたのだとか・・・。
「すみません・・・迷惑をお掛けしたみたいで・・・。」
「気にするな。無事に戻ってこれてなによりだ。」
ガランは笑みを浮かべる。
発言からカイルの置かれていた状況を把握していたらしく、
エーテルが単刀直入に切り出す。
「夢と言う名の深層心理の味はどうだった?」
意地悪じみた笑みに「良くありません。」とカイルは目を伏せる。
彼の脳裏には頭を抱えて、苦しむレイダスの姿が焼き付いていた。
海の中とはいえ、相手が悲しんでいる位分かる。
レイダスは泣いていた―――
人間は酷い生き物だ。
自然は破壊するし、他人は平然と傷つけるし、騙すし、妬むし、
語れば幾らでも出てくるだろう。
それでも彼は人間に戻りたがっている。
そして、これはカイルの推測でしかない。
小指に見える青い糸―――これはレイダスを人間として繋ぎ止める為の物だ。
「やはりそうか・・・。」
カイルは心を読まれたような錯覚に驚く。
エーテルはにこやかに笑って見せ、カイルはそれが恐ろしかった。
神々は人間の姿をしているが、神は神なのだ。
カイルは口を堅く閉ざし、苦笑い。
エーテルは内心で呟いた。
『ヘルメロイよ・・・お主の予言が初めて外れるかもしれんぞ。』




