男は未だに夢の中・神々の来訪
俺は何回気を失えば気が済むのだろう・・・。
いや、これが初めてか?
自分の正体を知り、存在意義を求めて人間になったと知り、
もうどうして良いか分からない。
俺が暗い場所を好んでいたのは、俺が生まれた場所だったからだ。
ならば、全て消してしまおう。
そうすれば、そこには何もない。
混沌と無が広がる広大な空間に俺は永遠と揺られ、静かに眠るのだ。
創造しなければ、実質存在しているのは俺のみとなる。
だから、悩む必要はない。
恐れる必要はない。
『なあ、何で俺はここにいる?』
俺はガラスの破片が散らばる海を緩やかに落下していく。
吐き出される二酸化炭素を多く含んだ空気は浮上し、
破片には転生してからの人生が紡がれていた。
水晶体を通し、網膜に映る光景は、笑みを浮かべる他人の顔ばかり。
俺を強制的に引っ張る黒い服を着た女。
オドオドと女々しい青年。
白い髪の女と槍を携える男。
小さいのに店を数多く経営する女、その店員。
獣人と王女。
何故か俺を気に入っているおっさん達。
そして執事と狼。
「何でだろうなあ・・・。」
俺は破片に映る他人を知らない筈なのに、時折俺がいる。
その横顔は苦しそうで寂しそうだった。
俺にはずっとオルドレイがいたから寂しい訳がないのに・・・。
何故思い出せなかったのだろう?
何故気付かなかったのだろう?
オルドレイに思い出せなくて「ごめん。」と謝りたかった。
ずっと内側から囁いてくれていたのに、俺はお前を忘れてしまっていた。
思い出すと約束したのに・・・。
俺は海面に右手を伸ばして、彼の名を呼ぶ。
何度も何度も呼び続けた。
けれど、落下には逆らえなくて俺の意識は沈んでいく。
大切だった物も全部忘れていく。
「ガルム・・・セレス・・・。」
俺は完全に忘れる前に「ごめんな。」と謝った。
吐き出される空気は海面に浮上する。
「俺は俺の道を行く・・・恨むなら恨め。憎むなら憎め。」
俺の指がピクリと動く。
そうだ―――
お前達は俺達が生み出した物だ・・・玩具だ。
それ以上でも以下でもなく、俺達の研究対象に過ぎない。
人間という生き物が俺達と同じ、
心を宿した事で僅かな可能性と予想を上回る結果を期待したが―――。
「それもここまでだ。」
俺は人間に判決を下す。
創造主に逆らうならば容赦しない。
俺の存在を否定するならば斬り捨てる。
味わった屈辱を貴様らに返そう。
「人間共・・・。」
俺の表情が狂気に歪むと共に禍々しい剣が右手に現れる。
刀身から放たれる強烈な負のエネルギーは闘争心を駆り立てた。
血が滾る―――
血が恋しい―――
血を血を血を―――
胸のあたりが熱くなって、俺は左手を胸に当てる。
けれど、内部から発生するそれは表面から触れても冷やせない。
俺は剣を力強く握りしめ、下に立ち込める黒い渦に呑まれて消えた。
その頃、眠る俺の手を立派な椅子に腰かけていた筈のオルドレイが握りしめていた。
冷や汗を流しながら唸る俺の様子を心配そうに見つめる彼の眉間に皺が寄る。
「レイダス・・・。」
俺の力は戻りつつあるが、俺は一向に目を覚まさない。
「うぅ・・・ぁ・・・ぐぅ・・・。」
急速な覚醒により俺の精神が付いて行けていないのだ。
ヘルメロイの浄化が更に拍車をかけ、オルドレイの予想では、
俺の完全覚醒までに要する期間は二日。
オルドレイ一人では世界の破壊は成せず、ヘルメロイにしてやられた結果となる。
実際、他世界に及ぼしていた世界崩壊も停止しており、
オルドレイは「くそっ!」と声を漏らす。
世界崩壊が進んでいたのは俺の覚醒が順調に進み、オルドレイと同調していたからだ。
共通意識という奴で、同じベクトルに力が働く事で本来の力が発揮していた。
つまり、俺が目を覚ますまで世界崩壊は進行しない。
よって、最低二日間この世界は維持される。
エーテルもそれには気が付いていた。
あれからというもの地は揺れず、空のひび割れは拡大していない。
残った大の星二つ。
その内の一つである太陽が顔を出し、神と人間達を出迎えた。
温かい光は人間達に安堵と気の休まる休息を与えて、冒険者と兵士達は荷を下ろす。
彼らは長い一夜を生き延びたのだ。
二階の一室で横になる主力も緊張の糸が切れて眠りに落ちる。
執事とエーテルを除いてぐったりだ。
イリヤは背もたれのない椅子に座りながら寝こけ、
ガランとアンベシャスは床に大の字でいびきを上げる。
ゲイルとフーワールは姿勢正しく壁にもたれ掛かって眠り、
フェノールは狼の毛並みに埋もれながら夢の中だ。
その様子に微笑む執事にエーテルは声をかける。
「敵だろうにそのような表情を露呈して良いのか?」
「最初は人間を恐ろしいと思いました。」と執事は語った。
拷問を受け、処刑台に惨めな姿を晒される。
主が救い出してくれたから心の傷は浅かった。
仮に、処刑台で主を侮辱する発言と共に命を絶たれていたならば恨んでいた事だろう。
「ですが、敵でありながら治療して下さる人間もおります。
人間は悪い者ばかりではないようで・・・。」
エーテルは眠りこけるイリヤに視線を向けて「違いない。」と呟いた。
「それをあ奴にも分かって欲しいものだ。」とも―――
「して、私とガルムを生かしたには理由があるのでしょう。
何がお望みで?」
執事は即座に思考を切り替えてエーテルに尋ねる。
「完璧執事。」という彼女の一言にも耳を傾けなかった。
「お主の主が世界を無に帰そうとしている。手を・・・。」
貸してくれないか?
と言うよりも早く執事の「お断りいたします。」という返答が早かった。
エーテルは「何故?」と言い返そうともせず、顔を逸らした様子から口を噤んだ。
「レイダス様が滅亡望むなら私は従います。
不出来な私が出来る贖罪はその程度ですので。」
執事の微笑む仕草はぎこちない。
笑えばいいのか悲しめばいいのか分からないといった感じだ。
その時、ガルムが起き上がって、フェノールがモフモフからずり落ちる。
ゆっくりと立ち上がった事が幸いし、
彼女が床に頭を打ち付ける事はなかった。
そのまま寝息を立てて横たわる彼女の顔はまるで少女だ。
「ワフッ。」
ガルムは身体を伸ばし、執事の隣に寄る。
視線の先はエーテルに向いており、警戒していた。
それもその筈、主に牙を剥く者は彼らにとって等しく敵。
主に捨てられようと仕える身であるならば命を投げ打ち敵を屠るのみ。
けれど、傷を治療してくれた恩を仇で返す訳にも行かず、現状維持。
全員が目を覚ますまで待機だ。
「主に捨てられようと崩さない姿勢は見事。
だが、世界崩壊はお主達の死も指している。お主達はそれで良いのか?」
「構いません。」
「ワフゥ!」
執事もガルムも同意を示す。
エーテルは否定もせず、怒りもせず、只溜息を吐いた。
意外な反応にキョトンとした執事に彼女は呆れながら言う。
「死も恐れぬか・・・生まれ落ちた時より見てきたが、育ての親に似るものだな。」
「?」
執事は首を傾げる。
自覚なしに更に呆れながらも彼女は言った。
「別に協力はしなくても良い。私も戦うつもりはないからな。」
「どういう事でしょうか?」
先程と一転した発言に執事は増々首を傾げる。
顎に手を当てて、真面目に考え出した。
「私は生きとし生ける者全てに幸せという権利を与えたい。
あ奴も元は転生者にして人生を歩んだ者。例外ではないのだ。」
「・・・・・・。」
「世界崩壊の運命は避けられないやもしれん。
だが、このままでは・・・あ奴が不幸で終わってしまう。」
「・・・・・・。」
「私はそれが不本意だ。神アデウスの引いたレールを走り、
終焉を迎えるなど真っ平ごめんだ。」
エーテルの言葉が次第に力強くなっていく。
「せめて主を想うと言うなら見届けよ。
我々はお主達に手出ししないと約束しよう。」
「口約束では些か・・・。」
「ならば、私がお主達を守ろう。手を上げた者は私が殴る!
一度言って見たかったのだ。」
エーテルは拳を握って見せて、笑顔を見せる。
掴み所のない彼女に目を丸くしていた執事は溜息を吐いて、
「分かりました。」と口にした。
それに付け足すように「神が殴ると言うのはどうか・・・。」とも・・・。
そこでエーテルは瞼を数度開けたり閉じたりを繰り返して、
「私がいつ神と言った?」と質問した。
「私にはご主人様の記憶がありますので。」
と答えるとエーテルは素直に納得。
手の平に拳をポンと落として頷いて見せたのだった。
その頃世界のあちこちでは、
世界崩壊から逃げ果せた神々が器に身を移して舞い降りていた。
海上もあれば、砂漠の中心であったり、森の深部であったりと場所はバラバラ。
しかし、創造主の気配だけは何処にいてもハッキリと分かる。
悍ましく禍々しい気配は間違いようもなかった。
先ず優先すべきは、筆頭である神エーテルとの合流なのだが、
創造主の気配に掻き消されてしまい、索敵はほぼ不可能な状況。
「気配が小さい・・・これでは探しようもない。」
キョロキョロと辺りを見渡しながら飛行する神々は、
移動しながら、大地に恩恵を与えていく。
緑を戻し、木々に花を咲かせる様を
冒険者ギルドの上空より確認した神エーテルは合図を送った。
「神々よ!私はここだ!」
手の平より放たれた閃光は雲を遮り、新王都に晴天を齎す。
紛れもなく神の所業である晴天は地に足を付ける人間には神々しく、美しい光景。
手を合わせ、祈り出す者が続出した。
「おお、神よ・・・我々をお救いください。」
だが、神でもどうしようもない事は多々あるもので、現状がそうだ。
神にとって祈りは力として還元されるが、
今は祈りの手を他者を助ける為に使って欲しいとも思う。
複雑な想いに顔を顰めた神エーテルは真っ先に姿を見せた神に微笑む。
「やはり、お主は行動が早いな神オーキス。」
「貴方には敵いませんよ神エーテル。」
オーキスの首には長いマフラーが巻かれていて、文様が浮かび上がっている。
それは彼を象徴する証で、この世界にも現存している物だ。
エーテルを中心に終結した神々は彼女を含め総勢10名。
数としては少ないが、質という点では人間を遥かに凌駕している。
「まあ、先ずは人間との邂逅だ。ああ! 驚かせてはならんぞ。
くれぐれも慎重にな?」
オーキスは頷いて「分かっておりますよ。」と言う。
人間と神々との交流は初めての事であり、
この世界の人間が神を受け入れるか否かは不明だ。
つまり、「慎重にな?」という彼女の言葉は神に対しての念押しである。
神にも人間のように癖の強い者がおり、実際一人混じっていた。
「お主に行っておるのだぞ神マーキン。」
神エーテルは上体を横に倒す。
「ガハハハッ!気を付けるわ!」
「気を付ける。」と言いつつ、問題を起こしそうな男こそがそれだ。
筋肉マッチョの豪快で暑苦しい神が今の人間に悪影響を及ぼしそうで、
エーテルの内心は不安で満ち満ちている。
そんな彼女の肩を優しく叩くオーキスは笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。 私が見張っておきますから。」
「頼んだ。」
こうして空から舞い降りる神と人間の邂逅は果たされる。
外の騒がしさにガラン達は未だいびきを上げ、眠り続けるのだった。




