覚醒第一段階
ヘルメロイは両手をズボンのポケットの突っ込んで、片足を前に突き出した。
それは強烈な蹴り―――
扉は勢いよく開くで留まらず、金具が外れて一直線に飛んで行く。
凄まじい音を立てて壁は貫通し、扉は粉々になった。
そんな芸当が出来る人間が何処にいるだろう?
彼らの中で出来るとすれば英雄位なものだ。
「よっ!」
ヘルメロイは笑顔で片手をシュッと上げる。
そこに罪悪感はなく、怯えている人間達に向ける優しさは感じられない。
そこへツカツカと靴音を立てながら近づくは、エーテル。
グラデーションがかった髪を揺らしながら近づく様子は、モデルのよう。
スラッとした細い身体のくびれを強調する赤と白の騎士服は、
精錬にして可憐な戦士の印象を周囲に与える。
「ヘルメロイよ・・・。」
「ん?」
「馬鹿者があああ!!」
「ぶほあ!?」
彼女は優しい表情から一変して強烈な回し蹴りをヘルメロイの横っ面にお見舞いする。
エーテルが激怒する理由はたった一つで、愛しい生命達を怯えさせた事だ。
例えその所業を同類の神がやったとしても彼女は決して許さない。
転生神、守神としての彼女のプライドが生命達の保護を優先させ、
恐怖の対象を撃滅せんと脳に指令を送っていた。
彼女はヘルメロイの綺麗な純白服に手を伸ばし、胸ぐらを掴む。
表情は鬼を通り越して鬼神。
今ではヘルメロイよりもエーテルの方が怖いらしく、
子供達は大人に視界を遮られて、「見てはいけません。」と遮断されていた。
「ヘルメロイ、今ので人間達が怪我を・・・掠り傷を負ったらどうするつもりだ!」
「挨拶がてらに格好つけようとしただけなのに・・・。
相変わらず、生命に関わるとカッとなりやすいな。」
ヘルメロイに反省の色はなく、エーテルは彼を床に落として「おらおら!」と踏みまくる。
その隙に冒険者ギルドにひょっこりと顔を出したアンベシャスは、
フーワールと目が合って気まずくなった。
アンベシャスの裏切り行為は七王道のフーワールからすれば粛清すべき対象。
今ここで殺される可能性があるのだが―――
「久しぶりだねアンベシャス。」
フーワールは優しく微笑んで彼を出迎えた。
アンベシャスは帽子で顔を覆って、近づいてくるフ―ワ―ルから距離を取る。
それは罪悪感と「何か贖罪をしなくては。」という負の感情が渦巻いていたからだ。
「フーワール・・・ワシが何をしたのか知らぬ訳ではあるまい?」
アンベシャスの言葉でフーワールの足が止まる。
真剣な眼差しのフーワールに対してアンベシャスは冷や汗を流した。
「知ってるよ。 けれど、今はその程度で揉めている場合じゃない。
皆で手を取り合って乗り切る事が先決だ。」
「むう・・・。」
「事態を乗り切った暁には、盛大な喧嘩をしよう。昔みたいにさ。」
フーワールの言う昔とは、アンベシャスが若かりし時代の事。
彼は若い七王道の面々と向かい合っては、戦闘の訓練に励んでいた。
というよりも若い七王道達を指導していたという方が表現としては正しく、
七王道で最強と言われるフーワールも昔はアンベシャスには敵わなかった。
軽くあしらわれては、再度飛び掛かって、フーワールはアンベシャスに噛みついた。
昔の彼は無邪気で負けん気が強くて、手に負えない糞餓鬼。
力が拮抗する頃には口喧嘩をしながら魔法やスキルをぶっ放し合った物だ。
アンベシャスは「はん。」と鼻を鳴らして「昔何て忘れたわい。」と言う。
その声には昔を思い出して懐かしんでいたのか明るくて、
口元の口角が上がっている。
フーワールも口角を上げてほほ笑んだ。
お互い過去に浸っていると、隣でヘルメロイのお仕置きが終わったらしく、
辺りが静かになる。
同時に視線を向けた彼らは、痛みに高揚するヘルメロイにドン引き。
肩に優しく手を置かれたフーワールはフェノールに尋ねられた。
「あれしたい?」
そこには興味と好奇心で瞳を輝かせる拷問官の姿がある。
旦那が喜ぶとでも思っているのだろうか?
「け、結構です・・・。」
フーワールは丁重に断る。
フェノールは残念そうに肩を竦めた。
「全く、お主はこの世界でも変わらぬな。 呆れたわ!」
「そういうお前も相変わらず良い蹴りと良い尻だ。 げふっ!?」
「尻と言うな尻と!」
エーテルは靴底をヘルメロイの顔面にグリグリと押し付ける。
そうしていると後方からガランとカイルが近寄って来て彼らに言った。
「少し静かにして貰えるか?」
「皆憔悴しています。 少しで良いので・・・どうか。」
カイルは深々と頭を下げた。
流石に頭を下げられては何とも言えないエーテルとヘルメロイは
お互いを見合ってから「すまない。」と謝罪した。
「神が説教されとるわい。」
「五月蠅せえじじい! その髭毟り取って喪失純悪液に浸すぞ!」
「髭があった事実が消えるから無駄だ。 馬鹿め。」
「エーテル・・・貴様あぁ・・・。」
ヘルメロイは拳を握りしめ、今にもエーテルを殴りそうな勢いだが、
理性で押さえる。
一方、今のやり取りで目を丸くしたガランは呟く。
「神・・・神と言ったか?」
すると、エーテルとヘルメロイは真面目な顔をして、
「如何にも。」「そうだが?」と返答する。
周囲も若干ざわめいて、ゲイルの「場所を変えましょう。」という機転で二階へ上がる。
あのまま一階にいては、
エーテルとヘルメロイに波が押し寄せて収拾がつかなくなっていた。
「ゲイル、ナイスだ。」
ゲイルは「いえいえ。」と謙遜して首を横に振った。
そして、かつて冒険者試験を行った試験会場の一室に彼らは入室する。
殺風景で窓にひびが入った部屋は神達の肩を竦めさせた。
「最、良い部屋はないのか?」
「文句を言うなヘルメロイ。 これでも最上の御持て成しだ。」
傍観者のエーテルは現在人間が置かれている状況を把握していた。
自分達が居なければ、食料なし、浄化不可、戦意なしのないない尽くし。
明日を生きて行けるのかすら怪しい所だ。
「で、あんたらは本当に神なのか?」
ガランの問いかけにヘルメロイは喧嘩腰になる。
「ああん? 口の利き方には気を付けろよ青二才が。
じゃねーと、魂引き抜いて―――グ八ッ!?」
が―――
隣に立っていたエーテルが振り下ろした拳骨で、
ヘルメロイの顔面が床にめり込む。
お尻を突き上げて、内またになっている身体はぴくぴくと痙攣していた。
「同胞がすまんな。」
「あ、ああ。」
両者は気を取り直して質疑応答の続きを始める。
「私達が神であるか否か・・・答えはYESだ。
これから我らと同じ存在が続々と姿を見せるだろう。」
「ほ、本当に神様なんだ・・・。」
イリヤは口元を手で覆って、感激していた。
「実在したんだな神って・・・。」
「人間が神の存在を信用しないのは、主に姿がなく、知覚、認知されないからだ。
実際、器がないとこうして面と向き合う事すら出来ない。
だから別世界、別空間に身を置いていたのだ。」
「別空間? 別世界?」
ガラン、カイル一同は首を傾げてお互いを見合う。
「こことは別に世界は無数に存在している。
異なる環境、異なる文明を築き、
神という存在は、各々担当する世界で暮らす生命体を見守る役目を担っていた。
私は輪廻の輪に魂を送り、こっちの馬鹿は悪質な魂を浄化していた。」
「担っていたという事は、今はしておらんのか?」
アンベシャスの言葉にエーテルは目を伏せる。
床から起き上がったヘルメロイが顔を押さえながら答えた。
「世界崩壊が始まってな。
俺達は残っている世界に身を移して安全圏に避難してんだ。」
「世界が崩壊?」
「まんまの意味さ。 神も人間も全部無に帰って無くなるのさ。
それが創造主の意志であり、生み出された俺達は抗えない。
俺の予想じゃ、二日でこの世界も無くなる。」
「そんな・・・神様でも?」
「スケールが大きすぎてついていけないなあ・・・。」
「創造主・・・レポートにも書いてあったが、創造主は具体的にどんな奴なんじゃ?
あの壁画に書かれていたような奴なのか?」
「ああー・・・。」
ヘルメロイは隣で沈黙しているエーテルに視線を向けて、気まずくなった。
『言って良いものか。』彼は戸惑ったのだ。
「珍しく私に気を使ったな。」
エーテルはヘルメロイの考えを見透かしていた。
「バレてたか・・・まあ、今更隠しても意味ないな。」
ヘルメロイは遠い眼をして、エーテルは瞼を閉じる。
軽く息を吐いて息を吸い、呼吸を整えた彼女は彼らに言った。
「お主達には知る権利がある。しかし、些か衝撃的だ。それでも知りたいか?」
彼らはエーテルの問いに頷く。
「俺はこれ以上犠牲を増やしたくない。それに・・・。」
ガランはレイダスの背中と彼が頭を銃で撃ち抜く瞬間を思い出していた。
「あいつを必ず救ってやりたい。」
「救ってやるか・・・。」
エーテルは肩を竦めて、俯いた。
彼女が何を想い、何を考えていたのか周囲の人間には分からない。
「救える物なら救って見よ・・・あ奴の闇は深い。」
という小さな呟きも彼らには聞こえていなかった。
「え?」
「何でもない。 さて、長話になるが心して聞くと良い。
私の知り得る範囲ではあるが創造主に関して話してやろう。」
彼女は窓際に寄って、外を眺めた。
黒いドロドロの量は増すばかりで空のひび割れは悪化している。
いつか大量に流れ込むだろうそれは、預言神ヘルメロスが二日後というのだから
二日後で間違いない。
『あの男が泣いている・・・。』
黒い液体は創造主の心。
絶望し、失望し、拒絶され、憎まれて、恨まれて、裏切られて―――
塵が積もった山が崩れ始めていた。
エーテルは重い口を開く。
それは遠く、古く、まだ何も存在しえなかった誕生の物語―――
―――星波の丘―――
俺は重い瞼を開いて黒い瞳に夜空を映す。
輝く星々、澄み渡った空気、サラサラと流れる優しい風は夢の中の光景そのもの。
上体を起こして、
星に手を伸ばすが決して届かないそれがどうしても欲しかった。
ザザザ―――・・・ガガ・・・ザザ―――
脳に直接ノイズが聴こえる。
視界に余計な光景が入り、目を擦るが、
目を閉じていても見えてしまうそれを俺はよく知っていた。
怒りに身も心も委ねて心臓を貫かれる人物。
あいつに連れられて森で横たわる人物。
そして、その人物は死んだ。そうだ・・・死んだんだ。
『俺は死んだんだ。』
ガガガ―――・・・ザザザ・・・―――ガガガ・・・
ノイズが五月蠅い。
耳を押さえていても聴こえてしまう雑音は聴くに堪えない。
空を見上げて星を見ると心は安らぐが、余計な物が又しても視界に映し出される。
俺は立ち尽くしたまま真っ暗な空間に移動させられた。
腕も足もなく、只俺はそこにいる。
俺は独りだ。
けれど、寂しいとか暗がりが怖いとか何も思わなかった。
寂しいのならもう一人自分を生み出そう―――
暗がりが嫌なら明かりをつけよう―――
俺の思考は単純明快で、次々とあらゆる物を生み出していく。
縦がないなら縦という概念を―――
横がないなら横という概念を―――
そうして生まれたのが世界だった。
触れたい触れたい触れたい―――そうして俺から腕が生えた。
二本じゃ足りない。もう二本―――そうして俺から足が生えた。
聴こえない聴きたい聴きたい―――そうして頭が生えて、耳が生えた。
『そうか・・・俺は・・・。』
ドスン―――
俺の身体が突然ふらつく。
気が付けば現実に引き戻されていて、背中には女がいた。
『誰だ?』
俺の口からは血が流れ、腰付近には刃物が深々と突き刺さっている。
いや・・・刺されていた。
女は俺の背中を優しく撫でまわした後、ギュッと抱きしめて吐息を漏らす。
高揚し、興奮した顔を見せる女を俺は知らない。
「やっと見つけました。 私の愛おしい人。」
「誰だお前?」
俺の即答に女は目を丸くする。
「3年以上お会いしていないとはいえ、私をお忘れですか?
クレア・シュバーン・へレンツ・・・貴方の妻となる女です。」
「クレア? 初めて聞く名だ。」
俺の返答でクレアと名乗る女の表情が驚愕に変わる。
背後にいた女は俺の目の前に移動して、胸に手を当てた。
「冒険者ギルド元受付嬢のクレアです!
貴方と決闘して、貴方に心を奪われた女です!
貴方の為に肉親の妹を捨てた女です!」
必死にクレアは俺に訴える。だが、俺の想いは一つ。
『何言ってやがるこの女?』
冒険者ギルド?知らない。 目の前の女と俺が決闘をした?知らない。
妹を捨てた?最低な女だな。
俺は腰に刺さった刃物を抜いて地面に落とす。
激しい出血で腰から下が鮮血に染まるが、痛みはない。
痛みがないというよりも、痛みが気にならないが正しくて、
実際に俺は無表情で冷や汗を流している。
「女、俺はお前を知らないし、何を言っているのか意味不明だ。
だがな折角来たんだ。色々言わせて貰う。」
俺はたじろぐクレアに近付いて、片腕で首を掴み上げた。
「あぅ! ぐあぁ!?」
「愛おしい人と言っておきながら刃物を刺す行為は矛盾している。
演技が下手過ぎて萎えた。」
「ぐうぅ・・・。」
「お前は狂っているのかいないのか? 狂いたくて仕方がないだけか?
現実を受け入れられなくて逃避しているだけか?」
「ぐぅ・・・ぁ・・・。」
俺は色々と女に尋ねるが、返答しない。
女は唯一の抵抗手段、足を使って俺の腹部を蹴るが俺の力は強まるばかり・・・。
口から泡を吹きながら顔が青ざめていった。
「人間は貧弱だな。」
「ぁ・・・・・・。」
俺は星空を見ながら凶悪な笑みを浮かべる。
その表情が女にどう映ったかはどうでも良い。
女の顔が恐怖に歪み、涙する光景が愉悦だった。
「はっはっはっはっはっ!!」
俺は笑い声を上げながら、クレアという女の首をへし折る。
「ボキン!」という音が心地よく耳に届き、
首がへし折れる感触が手に直接伝わってきた。
落下する彼女の身体は地面の斜面に沿って転がって行き、
空のひび割れから漏れる黒い液体に突入する。
ドロドロに肉体が溶け、骨も無くなった頃、俺はようやく瞳から溢れる水に気が付く。
「ああー・・・笑いすぎたのか。 くはははは・・・。」
俺は腹を抱えて未だに笑っていた。
そうしていると自然と嫌な記憶が消えて行く。
「あれ? 俺前世で何してたっけ?」
何も思い出せない―――思い出したくない。
構うな・・・全て忘れてしまえ。
俺の中の何かは囁く―――『そうだ・・・それで良い。』
「この世界で何してたんだっけ?」
大切な物もこの世界にあった筈だ・・・。だけど、それすら忘れてしまった。
ガルロ―――?
セレム―――だっけ?
嫌な出来事を全て忘れられるなら、幸せな記憶は要らない。
俺の中の何かは囁く―――『忘れろ・・・そして思い出せ。』
『偽物の記憶に埋まった俺の存在意義を掘り起こせ』と何かは訴える。
俺は瞼を閉じて、夢の中にある平原を燃やした。
露呈した魔法陣のようにも見えるそれは、いつぞやの壁画。
それを見ていると身体の内が熱くなる。
「うううぅ・・・。」
焼ける焼ける焼ける―――
身体がはち切れそうになり、俺は両膝を地面に落とした。
両肩に両腕を回し、自分の身体を小さく埋める仕草は
俺の中の何かを押さえる為だった。
だけど、無理だ・・・。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
背中から翼が生える。
生える勢いで俺はのけぞり、一瞬意識が飛ぶ。
ザザザ―――・・・ガガ・・・概念・・・ザザ・・・完全破壊・・・
両の翼は神々しい光を放ち、光の鱗粉をまき散らす。
そして、俺の服装も変化した。
純白の服には金の装飾。
俺の身体は宙に浮き、肩や腰に巻かれた帯は大地を燃やした。
―――ガガ・・・覚・・・醒―――ザザ―――段階・・・1―――
更に俺の放つ気配が空のひびを促進させる。
バリバリとガラスが割れる音が頭上から聞こえて来て、
全身に黒い液体を浴びるが、平気だった。むしろ力が湧いてくる。
俺は黒い瞳で世界を映し、小さく呟く。
「思い出した。」と―――




