世界崩壊の予兆part2
空のひび割れが拡大する。
それにより増量する黒いドロドロの液体は人間達を次々と襲った。
「ぎゃあああああ・・・。」
触れた先から肉が溶け、骨が露出する。
その痛みに悶え苦しむ間に周囲を囲まれた人間は呑み込まれた。
穴という穴から体内へ侵入して捕食した者の全てを抹消する液体は恐ろしい。
けれど、記憶が抹消されるという事は目の前で起こった出来事を忘れる事を意味する。
黒い液体が恐ろしいという気持ちは薄らいで、
「何だろう? 触れてみたい。」という好奇心に駆り立てられる。
危険意識が低下した者は、後々後悔するのだ。
「触れるんじゃなかった・・・。」と―――
そして、又一人犠牲が出ようとしている。
母親と一緒に出歩いていた筈の少年は、独り街の中心に取り残されていた。
自分が誰と何をしていたのか思い出せない少年の目の前には黒い液体が
滝のように流れ落ちている。
地面に吸収される不思議な液体に興味を惹かれた少年は手を伸ばした。
「ダメだ。」
黒い液体に触れる手前で少年の腕は女性に掴まれる。
スラッとした細い腕、ツヤツヤとした綺麗な肌の持ち主は、
根元から毛先にかけて赤と黄のグラデーションがかった髪を揺らす。
「誰?」
少年は見ず知らずの女性に名前を尋ねる。
すると、彼女は微笑んで「エーテル」と口にするのだった。
―――??????―――
贋作の邪神は荒い息を上げながら俺の背後につく。
片手を背後に構えた俺は失った片腕を再生させた。
「これで何度目だ?」
30・・・いや50は回復魔法を行使している。
それも贋作の治療の為にだ。
「いい加減決着をつけるぞ。 でないと・・・。」
『あいつが起きてしまう。』
「はあ・・・はあ・・・ごめんよ。 やっぱり足手まといだね。」
贋作の邪神は俺の隣に立って、目を伏せた。
力量の差を見せつけられて自信を無くすのはしょうがないが、
ここで気落ちしないで貰いたい。
肉体面では兎も角、精神面でも敗北を喫したら本当に役に立たない。
むしろ殺した方が良い。
「気落ちしている暇があるのなら、完全に死滅させる方法を模索しろ。」
目の前では本物の邪神が斬った先に回復を始めている。
斬り落とした翼は断面と断面が合わさり再生。
穿った心臓も全快状態を再現し、復元していた。
「ったく、ゴ〇ブリ並の再生力だな。」
「ゴキ・・・ブフッ!」
邪神は噴き出して笑う。
だが、実際再生能力は非常に厄介だ。
一瞬で片が付く戦闘も傷が治っては、永遠に決着がつかない。
ある意味不死身。
俺も似たような存在ではあるが、
人間という器に入っている以上出せる力には限界がある。
『どうしたものか・・・。』
ふと考えに耽っていると相手の再生が完了したらしく
「誰がゴキブリだ!」と怒った様子を見せながら突進してきた。
咄嗟に引き抜いた腰の剣と本物の邪神の両爪がぶつかり合い、俺は勢いで身体が浮く。
そのまま先の見えない空間の先へと吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられるも痛みはない。
けれど、身体に違和感があった。
長い戦闘で初めて付けられた頬の傷が再生しない。
足らりと滴る鮮血が顔を触れる手にぬるりと触り、指先が赤く染まる。
俺は目を伏せて「ふむふむ。」と手先を動かした。
観察のつもりで動かす指は、まるで手遊びをしているようで、
顔のにやけ具合が手遊びだと肯定する。
「如何やら順調に覚醒が始まっている様だな。」
世界のシステム概念から外れる―――
それはスキルや魔法が使用不可となる事を意味している。
不老不死、自然治癒の効果が薄く、魔法が正常に発動しない事で明らかとなった。
けれど、このタイミングでは非常に不味い。
「ふん!」
急接近してきた敵の剣が肩を掠めただけで、肩に大きな火傷を負う。
これは覚醒の予兆に起こるシステム消失の影響だった。
攻撃を仕掛けるが刃が通らない。
速度が低下し先回りされた結果、回避しきれない。
状態異常で体力が根こそぎ削られる。
気がつけば俺の体はボロボロで、血を大量に流していた。
通常なら失血死、けれど若干ではあるものの回復系スキルと魔法は働いている。
何重にも重ねて発動させてこれなのだから、一つや二つでは死んでいた。
「大口を叩いていた割にはボロボロじゃないか。」
本物の邪神は一定距離を開けて、俺の目の前に立っている。
凛とした立ち姿は強者ゆえの余裕。
「さっきまで血反吐吐きまくっていた奴が上から目線してやがる。」
「状況が覆ったんだ。 少し位多めに見てくれてもいいじゃないか。」
両手を広げてニヤニヤと笑う様は、腹立たしい。
挑発しているのだろうが、冷静さを欠いては勝機が薄れる。
ならば―――
「おい。」
俺は贋作の邪神に視線を送った。
アイコンタクトで俺の意図を理解した贋作は笑みを浮かべる。
「ようやく僕の出番だね。」
贋作の邪神は本物の邪神に向かって飛行する。
それを俺は後ろから援護。後方から様々な属性魔法を連射した。
「小癪な。」
「うおおおおおおお!」
敵から放たれる属性魔法を回避しながら接近していくが、数発体に浴びた。
痛みを堪え、目の前にまで迫った彼の行動は本物の邪神を困惑させる。
「なに!?」
両腕で本物の邪神を完全にホールドし、拘束系魔法で自分ごとその場に固定させた。
「何のつもりだ!?」
「僕は・・・僕の役割を果たすだけさ。」
冷や汗を流しながら、笑う彼の脳裏では俺と交わした一言が再生されていた。
贋作と本物の相討ち―――
俺の希望通りに沿った行動を彼はした。
「それが僕の使命であり、運命だ。」
「馬鹿な!? あの男に協力する意味を君は理解しているのか!?」
「ああ、理解しているさ。」
世界の終焉を見届けられない悲しさはあった。
けれど、彼の中で世界と一人の男を天秤にかけた結果、男が勝った。
邪心は思う・・・。
現実は残酷だ。
贋作の邪神がどれだけ俺を想っても、彼は只の捨て駒に過ぎない。
「やってくれ!」
彼の声が俺に届く。
「ああ。」
俺は彼に言った。
『利用価値の有無は俺が決める』と―――
「今この時、お前は輝ける。」
死という花を咲かせて―――
俺は準備していた青白い輝きを放つ光の玉を片手に持っていた。
それは魔法により生み出された最強にして最悪の物体。
「《魔法/第不明番:喰らいし闇》」
青白い球体が俺から離れて、二人の邪神へと向かっていく。
「くそ!」
本物の邪神は贋作の邪神を蹴り、頭突き・・・。
縛られた状態でも使用できるスキルと魔法を発動させた。
「《魔法/第30番:世界の力》!」
「《スキル:神々の加護》!」
強化された肉体で強引に魔法を解除しようとする本物の邪神。
手動で発動する神々の加護によって上昇した防御力と状態異常無効に
贋作の邪神は苦しい声を上げた。
鎖と結界に体が触れて、肉と骨が押し付けられる。
鎖と結界にはひびが入り、今にも砕かれる寸前。
だが、本物の邪神の判断速度は遅かった。
『一秒でも速ければ、逃げられたかもしれないのに・・・。』
俺は声に出して言ってやった。
「馬鹿だなあ。」
輝きが徐々に黒く禍々しくなり、それは弾けた。
瞬時に拡大した喰らいし闇は全ての有を無に帰す魔法で、
喰らいし闇に触れ、吸収された生き物は二度と戻ってこられない。
云わば、即死にして広範囲魔法の頂。
この魔法の最も恐ろしい点は他にもあり、それは状態異常系ではなく、
物理ダメージとして扱われている所だ。
つまり、状態異常で即死効果を与えるのではなく、物理的に体力を0にする。
「今まで・・・ありがと・・・たのし・・・・―――。」
贋作の邪神は最後に笑いかけて姿を消した。
喰らいし闇は収束して小さくなり、
ぷつりと糸のように途切れる。
俺の手からは黒い雷がバリバリと音を立てており、それも静まった。
『涙を流していたが、あれは何だったのだろうか?』
「使い捨てとして扱われたのに、最後まで変な奴だったな・・・。」
空間破壊ではなく、魔法での殺害に至れたのは贋作のお陰だ。
そこだけは感謝した。
「ステータスもまだ残っている内に戻るとしよう・・・。」
俺は切り裂いた空間の裂け目から星波の丘へ戻った。
そうして仰向けになる。
日が沈みかけ、星が肉眼に映り始める頃、
俺の中で眠るあいつが息を吐く。
「ごぼっ・・・。」
吐き出された空気は海面へ上昇し、体も合わせて浮上する。
俺は静かに目を閉じて、待ち望んだ瞬間を目にするのだった。
―――新王都―――
ガランとフェノールは冒険者ギルドの二階から下りる。
大きなあくびをするガランの目じりには隈が出来ており、
過度なストレスと疲労が物語っていた。
「古代遺跡とか過去の文献を漁っていたっていうから資料を見てたのに、
ヒットなしとはな。」
フェノールも「残念」と声を漏らして、目を伏せた。
そうして最後の段差から足を下ろした彼らは目の前に広がる光景に驚く。
そこには、生き残った新王都の民達が集っていた。
互いに食料を分け合って、懸命に生きようとする姿に心を打たれる。
「いつの間に集まったんだ?」
「あの女性とカイル達のお陰だよ。」
子供を抱えてフーワールが現れた。
彼はフェノールに子供を優しく抱えさせる。
「女性?」
「ほら、あそこに見えるだろう。」
フーワールは酒場の奥にいる赤と黄のグラデーションがかった髪をした女性を指差す。
カイル達はその傍で避難民達に提供する食べ物の調理に励んでいた。
「あの女性が生き残った民達を先導して冒険者ギルドまで非難させたんだ。
後、彼女の能力が凄くてね。」
「凄いって? 先導してきただけでも肝が据わっているとは思うが・・・。」
「食べ物を無限に増やせるんだよ。」
「は?」
ガランは呆けた声を出す。
作物は本来、栽培から収穫によって増やす物。
無限に増やせるなんて喉から手が出るほど羨ましかった。
そもそも、食生活に困らない時点で、「卑怯じゃねーか!」と叫びたい。
「もう叫んでるよ・・・。」
ガランの心の声は駄々漏れで、叫び声を上げていた。
女性はそれに気づいたようで、ガランを手招きする。
「お主も手伝ってくれんか? 手が足りんのだ。」
「あ、ああ。」
ガランは言われるがままに手伝いを始めた。
ナイフで野菜の皮を剥き、鍋で煮込み、フライパンで炒める。
チラリと視線を向けた先では、
女性が手から無限にこの世界に存在する食材を生み出していた。
しかも、鼻歌を歌いながら―――
『何者だこの女?』




