ギルドマスターからの成り下がり
新王都では絶望が蔓延していた。
イスガシオ、ヴァルハラ、そしてリゼンブルが堕とされた今、
この地に残った国はルーナ―ンと新王都のみ。
しかし、ルーナ―ンが顕在している情報を持たない新王都の国王は頭を抱えていた。
「戦争等と言っている場合ではない!」
国王は高級そうなテーブルを蹴り、置かれていた酒瓶とグラスを落下させる。
彼はようやく事の深刻さに気付いたのだ。
「かの英雄を怒らせた末路かね?」
「英雄ではない! 悪魔だ!」
国王はヘラヘラと笑う父に言った。
握られた拳は何でも良いから殴りたい衝動に駆られ、
目の前の父に飛んで行きそうだった。
「そんな怖い顔をするなよ。 王たる者は余裕が肝心だぞ。」
「余裕がある訳ないだろう!
同盟国は全て滅びの一途を辿り、残ったのは我が国だけだ!
次の矛先は新王都に決まっている!」
国王は父に怒鳴り散らす。
すると、父は意外な言葉を口にした。
「滅びればいいじゃん。」
「は?」
平然とにこやかに発した言葉は国王を混乱させる。
国の為に尽くしてきた筈の父が国を捨てると発言した。
態度や発言からは責任を感じられない。
彼の父は、戦争をする以前に諦めてしまっていたのだ。
「父上・・・今なんと?」
「だから、滅びれば良いんだよ。 どうせ運命は変えられない。」
国王の父は床に落ちている酒瓶を手に取って、軽く揺する。
僅かながらに残った中身がちゃぽちゃぽと音を立てると彼は笑った。
その様子に苛立ちを隠せない国王は酒瓶を平手で弾き飛ばす。
床に勢いよく落下した酒瓶は衝撃に耐えきれずに割れてしまった。
中から零れ落ちる酒に「ああ、勿体ない。」と残念さを見せる父に
胸ぐらを掴んで国王は言う。
「酒に現を抜かしている場合ですか!?
滅びの時は刻一刻と迫っているのですよ?」
「敵の仲間を甚振って、見世物にした奴がペラペラと良く言えたもんだ。」
「っ!?」
国王の手はあしらわれる。
拾い上げられたガラスの破片をまじまじと眺める国王の父は、彼に言った。
「俺が諦めたきっかけはな。 お前が王らしからぬ行動を取ったからだ。」
「・・・。」
「言ったよな? 何度も何度も・・敵を追い詰めるような事だけはするなと。
追い詰められた獣程おっかねー物はない。」
ガラスの破片を下に投げ捨てて国王を睨みつける視線―――
国王は反論した。
「あれは誘き出す為に必要だった事です!」
「それがお前の回答か? 増々呆れるな。」
「な!?」
「敵さんは仲間思いだ。拉致されたと知れば、甚振らずともすっ飛んでくる。
それを分かっててやったんだろ。 どうなんだ?」
国王は何も言えなかった。
「器の底が知れたな。お前のそういう所が母親にそっくりだよ。」
父は子に背を向けて「じゃっ 俺行くから。」と手をひらひら振る。
「行くって何処へですか!?」
国王の問いに父は返事をしない。
そのまま取り残された国王は独りになった。
そこへ使用人がやって来て恐る恐る国王に話しかける。
「こ、国王様お水をお持ちしました。」
国王は使用人が差し出す水を眺めて微かな濁りに目を細めた。
「中に何が入っている?」
「レ、レモネールの果汁でございます。疲労に効果があります。」
国王はグラスに手を伸ばし、一口だけ含む。
グラスを使用人に突っ返した彼は部屋を出た。
カツカツと廊下を歩く彼の表情は仏頂面で周囲の貴族面々は声をかけられない。
「私が国王失格とでも言いたいのか・・・。」
国王は舌打ちをする。
例え失格だとして、名ばかりと言われようと責務は果たさなければいけなくて、
彼は思考を切り替えた。
しかし、『器の底が知れたな。お前のそういう所が母親にそっくりだよ。』
という父の言葉が国王を苦しめる。
『違う! 私は母上とは断じて違う!』
首を大きく振って、変な考えを振り払った国王は独り言を呟いた。
「もう一度演説をするか・・・民衆と兵士の士気を高め、危機から脱却せねば。」
そして、廊下を歩いている内に自然と集まった護衛達に命令を下す。
「全兵士に通達せよ。演説の際、暗殺者がいないとも限らん。怪しい者は捕縛。
抵抗する者は殺して構わん。」
「はっ!」
兵士達は散開し、全体へと情報を行き渡らせる。
その情報は兵士として扱いを受けるようになっていた冒険者にまで伝わった。
―――冒険者ギルド―――
冒険者ギルドの一階では、冒険者達が愚痴を言い合っていた。
「又演説だってよ・・・いい加減にしろってんだ。」
「俺達は兵士じゃないのに・・・でも金がないと困るしな。」
「いっそ降参しちまえばいいのに・・・。」
ガラン、カイル、イリヤ、ゲイルは、そんな彼らの発言を耳にしてしまう。
激しい戦いで負傷したガラン達は、久々の休暇で酒場で飲んでいた。
折角の寛ぎタイムは台無しに終わり、ガランは溜息を吐く。
「はあ~・・・。」
「耳を傾けたらダメですよ。」
「入ってきちまうんだから仕方ねーだろう。」
「耳栓でもします?」
「いらねーよ。」
ガランは一階の光景を眺めて冒険者試験の時を思い出す。
ガヤガヤと騒がしい一階では、冒険者達が楽し気に酒を飲み、
依頼先の土産話を持ち帰っては自慢していた。
それが今では―――
「変わっちまったな・・・。」
というガランの呟きにカイル達も思う所があったのか目を伏せた。
「これも全てレイダスさんの所為ですよ。」
他人に責任や罪を押し付ける人間の本性にガランは目を背ける。
本当は「違う」と一言いえれば良かったのかもしれないが、
彼は言えなかった。
否定してしまえば、彼らのこれまでの努力は全て水の泡と化す。
『敵討ちが生きがいなんて皮肉だよな・・・。』
ガランは苦笑いした。
その表情に違和感を感じたのはイリヤだけで、
彼女は何も言わずワインを嗜む。
「この後どうするんでしょう?」
「何がだ?」
「ギルドマスターと国王の件ですよ。」
ガランは「ああ。」と忘れていたと言わんばかりの顔をした。
フェノールがファルゼンを拷問した結果、彼は口を割った。
彼女曰く、指を3本折っただけでコロッと吐いたらしい。
「国のトップが絡んでいるからな。
ファルゼンからギルドマスターの地位を剥奪して終わるだろう。」
「それだけですか!?」
カイルは怒りの声を上げる。
彼の発言には死んでいった者達の憎しみが込められていた。
ファルゼンは無謀な作戦を打ち立てては決行。無駄に死者を出して終わった。
結果を残せ無かったのだから、
何かしらの罰を受けるべきだとカイルは言いたいのだ。
「おいおい、それを言ったら俺達だって同罪だぞ?
行く先々で任務を完遂出来ていないんだから。」
「でも!」
「落ち着けよ。」
カイルは周囲の視線に気が付いて我に返る。
怒りを鎮めて椅子に座った。
「俺が言ってるのは公での話だ。
なにもギルドマスターが剥奪だけで済むとは限らない。」
「どういう意味ですか?」
「責任転嫁って奴さ。 まあ、今に分かる。」
ガランは得意げに語るが、何処か遠い眼をしていた。
そして次の日、
ファルゼンはガランが言った通り、ギルドマスターの地位を剥奪される。
街中を歩く彼の後を尾行するカイル達は目を丸くした。
冒険者達や住人達がファルゼンに石を投げつけている。
「お前のせいだ!」「とっとと出ていけ!」
と酷い言いようにカイルはガランに振り返った。
「これが・・・責任転嫁ですか?」
ガランは腕を組みながらコクリと頷いた。
国民は、「冒険者や兵士が解決してくれるさ。」
という甘い考えを抱き、何もしなかった。
支援でもすれば、前線で戦う人間は少しでも楽になった筈なのに、私生活を優先した。
「民を守るのが仕事だろ!」とふざけた気持ちを内心で抱いているに違いない。
国民は云わば怠惰だ。
冒険者に至っては、自分の力不足を他人の所為にして逃げている。
同じ冒険者として呆れたガランは背を向けていた。
「剥奪だけじゃすまなかっただろ?」
カイルはこの光景を望んでいた筈なのに、心にモヤモヤとした霧がかかっている。
目を伏せて黙りこくっていると、
ファルゼンの前に一人の女性が盾となって彼を守った。
額や首元に石が当たって、血を流す女性はファルゼンの妹マリーだった。
「マ、マリー・・・。」
「お兄ちゃん行こう。」
凛とした彼女にファルゼンは手を引かれる。
石を投げつけられては弾き返す彼女の姿に
ファルゼンは不甲斐ない気持ちで胸が一杯だった。
「すまない・・・お前を守ると誓ったのに・・・俺は・・・。」
「いいの。 私はお兄ちゃんさえ居てくれれば良いから。」
彼の瞳からは涙が流れ、必死に拭う。
そうしている内に国を出た二人の行く先は未定。
考えなしに国を出た結果だった。
しかし、状況からしてアイテムを購入しようにも拒否されるのが落ちで、
仕方が無かったと頷ける。
「何処に行こうか・・・。」
マリーの髪が風で揺れる。
「もう・・・新王都には顔を出せないな。」
ファルゼンは「俺のせいで・・・。」と呟いて唇を噛む。
マリーにまで迷惑をかけて、再び不甲斐ない気持ちで胸を締め付けられた。
すると、マリーが両手でファルゼンの顔を勢いよく挟む。
「ビタン!」という音が響いて、ファルゼンは突然の痛みとマリーの行動に困惑。
怒られると脳裏を過ぎった彼は目をつむり、マリーの平手打ちを覚悟するが、
彼女はファルゼンの頭を優しく撫でた。
「もう頑張らなくていいんだよ。」
ファルゼンは半泣きになりながらふと呟いた。
「小さな家・・・小さな家を建てよう。」
「家?」
「贅沢しなくていい、畑を作って、自給自足の生活をするんだ。」
マリーは微笑んで「うん。」と頷く。
「もう・・・不幸な想いをしないように一緒に暮らそうマリー。」
「喜んで。」
ファルゼンの中でガラスが割れるような音がする。
そして、マリーは泣き続ける兄を抱きしめて、微笑み続けた。
一方、カイルはマリーが割って入った事に何故か安堵していた。
力んでいたのか腰を下ろして座り込む。
ガランは冒険者試験の時の彼を思い出して静かに笑った。
憎しみや恨みを抱きながらも、
カイルの根本は変わっていない事にガランも安堵したのだ。
「お前はまだまだひよっこだな。」
カイルは突然頭を撫でまわされて驚く。
グチャグチャになった髪を整えながら、去って行くガランの背を目に焼き付けていた。
それに昔憧れていた背中が重なって手を伸ばしたが、
ゲイルが横から手首を掴む。
その表情は何処か複雑だった。
「似ているのは分かるが・・・。」
カイルは腕に力を入れて、ゲイルの手を強引に払いのける。
「言わなくていい。 俺だっていつまでも半人前じゃない。」
そして、そのまま去って行った。
靴底が石畳に触れる度にコツコツと音を立て、それが耳によく響く。
街中の困窮した状態に『依頼が増えそうだな。』
と思いながら向かった先は宿屋だった。
息を吐いてベットに横たわったカイルは、窓の外を眺めながら目を閉じる。
変に疲れた所為か服を脱ぐのも億劫で、彼は眠った。
そして、カイルは突如海に叩き落とされる。
海の水を大量に飲んだにも関わらず苦しくない海の中は静かだ。
けれど、黒い靄が視界を遮り居心地が悪い。
そのまま深海の底へと進んで行くカイルだったが、黒い靄がカイルの行く手を阻む。
前方から押し寄せる大量の靄に強制浮上をさせられるカイルは、
両腕を前でクロスし、防御。
目を開けれるようになった彼は目を丸くして、深海の底で眠る男に驚いた。
「ゴボッゴボボッ!?」
海の中では言葉を発しても声にすらならない。
混乱したまま、黒い靄に押されて浮上した彼はそこで目を覚ます。
時間帯は深夜で、
気が付けば部屋にある複数のベットでゲイルとイリヤが眠っていた。
荒い息を上げながら、
夢の中の男を思い出して胸に手を当てたカイルは、軽く深呼吸して外へ出た。
宿屋の外で青い花が咲いており、カイルは通り過ぎていく。
不意に建物の屋根に目が行ったカイルは登れる場所を探して、
屋根の上で仰向けになった。
そして、自分のしている行動に苦笑いして顔を腕で覆う。
「俺は馬鹿だ・・・。」
かの英雄の延長線を彼は歩いていた。
時に無自覚で、時に自覚するカイルはその都度、
自分のどうしようもなさに嫌気が指していた。
昼間にゲイルは止めていてくれたのに、強引に腕を払った愚かさに自分を罵倒する。
そうして明日はやってくる。
日が昇り始めて、辺りが次第に明るくなる。
カイルは眩しくて目を細めながら「おはようございます。」と呟くのだった。




