それぞれの失敗
ファルゼンはギルドマスターの部屋で椅子に縛りつけられていた。
「貴様ら! 俺にこんな事をして只で済むと思っているのか!?」
「凄く在り来たりな台詞ね。」
冒険者ギルドまで彼を連れて来たリリィが鼻を鳴らす。
その隣のアドラスが拳を鳴らして、ファルゼンの顔面を軽く殴った。
「ちょっ!? ちょっと何してるの!?」
「気付いてなかったのか?ガランの奴、マリーにはああ言ってたけど、
拷問で口を割らせる気満々だったぜ。」
ガランはアドラスとすれ違い際にアイコンタクトと手で合図を送っていた。
元冒険者のアドラスは直ぐに理解して承諾。
現在こうして拷問に徹している訳だ。
「元冒険者間での噂だが、冒険者ギルドで最やべー拷問が行われたって聞くぞ。」
「え? それほんと?」
リリィは想像して身を凍らせた。
ファルゼンは折れた歯を吐き捨てて、彼らに言う。
「俺を拷問した所で・・・出てくる物はない。」
「そういうだろうと思ったぜ。」
アドラスはニヤリと口角を上げる。
「実は、今日に限って拷問のスペシャリストがいる。おい、入って来いよ。」
すると、コツコツと音を立てながらヒールを履いた白髪の綺麗な女性が入室する。
長い髪を結び、前に垂らす女性の腕の中には赤ん坊が抱えられており、
何処かフーワールに似ていた。
「フェノールさん!?」
リリィは驚きの声を上げる。
フェノールは小声で「久しぶり」と呟いた。
「いやあー凄い偶然だったぜ。
ギルドマスターなら冒険者の情報位持ってるよな?」
ファルゼンはガタガタと身体を震わせ、歯をカチカチと鳴らす。
「な、何故貴様がここにいる!?」
「フーワール・・・七天塔・・・出られるようになったから・・・来ました。」
フェノールは無表情で頭を軽く下げる。
ファルゼンは舌打ちして顔を逸らすのだった。
「あーあいいのかなあ? そんな態度で・・・。」
アドラスは得意げに言う。
フェノールと目を合わせたアドラスは、リリィを呼んで部屋を出た。
「フェノールさんを残して良かったの?」
「まあ、聴いてな。」
アドラスは耳を両手で塞ぎ、一階へ降りる。
すると―――
「ぎゃあああああああああああ!?」
二階からファルゼンの断末魔が響き渡った。
突然の出来事に驚いたリリィは胸を押さえて、腰を抜かす。
『な、何がどうなってるの?』
―――新王都 王城前―――
死体が親族に引き取られ、埋葬が着々と進む中、
国王が唐突に演説をすると宣言した。
そうして始まった演説内容は
レイダス・オルドレイの配下に属する者が主を呼び寄せ、厄災を招いたというもの。
近くの建物内で治療を受けるガランは溜息を吐いていた。
『完全に押し付けてやがる。』
嫌でも聞こえてしまう演説にガランは頭を痛める。
ギルドマスターが誘き出し作戦を決行させたのは事実だが、
恐らく新王都の国王も絡んでいる。
『全部俺達の所為なのによ・・・。』
最早どちらが悪いのか分からない状況にガランは考えを放棄する。
「ガランさん動かない!」
「へいへい。」
イリヤに二つ返事で返したガランは上の空。
その様子にイリヤは息を吐いて、背中を叩いた。
「いってあああ!?」
治りきっていない背骨に衝撃が伝わり、激痛が走ったガランは涙を流す。
「ガランさんが何を抱えているのか私にはわからないけど、
レイダスさんが関わっている事ぐらい分かるよ。」
ガランはピクリと体を反応させて「違う。」と否定した。
カイル達にだけはバレてはいけないからだ。
「じゃあ何を考えてたの~?」
「俺達の未来は明るいのかなーと。」
ガランは冗談交じりに誤魔化す。
イリヤは小言で「嘘つき」と呟いた。
勘の鋭いイリヤに苦笑したガランだが、彼は嘘を突き通す。
それがガランの決意の表れだった。
「俺は嘘をつかねーよ。」
「ふ~ん。」
イリヤはガランに追及せず、治療を継続した。
彼女はガランが自ら話してくれる時を待つ事にしたのだった。
―――リゼンブル 王城内―――
「戻ったぞ。」
蜂蓮達が扉を開ける。
「酷い目にあった。」と言葉を漏らし、肩を竦める彼らに貴族達は首を傾げた。
「問題でもあったのかね?」
ダダルン卿が蜂蓮に尋ねる。
すると蜂蓮は後頭部に触れ、首へと手を移動させた。
「嫌な夢を見せられた。」
意味の分からない省かれた発言についていけない貴族を置き去りに、
ギルドマスターのジョナサンが言う。
「見せられた・・・つまり幻の類ですか?」
「そう思いたいが、現実みたいに五感があった。今でも夢と現実の境が分からん。」
「待て待て! 私達にも分かるように説明してくれ。」
ダダルン卿が貴族を代表して言葉を発する。
彼に対しジョナサンは言った。
「彼らはレイダス・オルドレイと遭遇し、魔法をかけられたのですよ。」
「なに!?」
貴族達がガタガタと椅子から立ち上がり、大きいロングテーブルを揺らす。
勢い余って椅子を倒してしまう者もいた。
「そ、それは一大事ではないか!?」
「ええ、そうですね。一大事ですが、整理しない事には何とも言えません。
桜華家とクライスター家にも会議に参加して頂く為に椅子を追加で用意しましょう。」
そうして、追加された椅子に腰を落ち着かせる彼らの表情は宜しくない。
特にクライスター家当主メイサの顔色は最悪だった。
顔を俯かせたまま口を堅く閉ざす彼女の背中をギュンレイが摩った。
「それで・・・見せられた夢の内容は覚えているのか?ルーナ―ンは?」
「ハッキリと覚えている・・・というか忘れられそうにない。」
蜂蓮は瞼を閉じる。
真っ暗な暗闇でも、目に焼き付いた絶望の光景はハッキリと映っていた。
燃え盛る火の中死んでいく獣人とエルフ達。
悲鳴と断末魔が飛び交う街の風景。
「あれは地獄だ。」
あれを地獄と称さず、どう表せば良いのか蜂蓮には分からなかった。
「ルーナ―ンの協力も得られなかった。」
アルがルーナ―ンへと戻ってトップと話し合った結果、
ルーナ―ンは協力を拒否した。
国の正確な位置を知られれば、遅かれ早かれ以前のように国が堕とされる。
そして、レイダスと交流が深い彼らはレイダスを味方と判断していた。
知識を授け、ルーナ―ンに貢献した者を彼らは当然信頼する。
その人間が悪人と言われても到底信じられなかった。
どちらかというと、後から現れた蜂蓮達人間を不審がる。
ルーナ―ンが堕とされた情報は人間達に伝わっていた。
なのに、人間達は生存者を捜索する事もなく、
彼らは死んだ、全滅したと行動を起こさなかった。
それなのに、生存が知れるとどうだ?
突然ルーナ―ンに押しかけ、
「武器を製作しろ。」「物資を寄越せ。」という上から見下した態度。
ドワーフは弱者だが、我慢できるタイプではない。
その為、人間達の横暴な態度に怒った。
トップから託けを受け取ったアルが蜂蓮達に言葉を伝える。
それはドワーフらしい喧嘩腰の発言だった。
「おととい来やがれ!だとさ・・・。ったく気が滅入る。」
髪をワシャワシャとかく蜂蓮に
ダダルン卿が首を振る。
「突然呼び出したのは私だ。気に病む必要はない。」
「そう言って貰えると助かる。」
蜂蓮は息を吐いて、ルーナ―ンでの出来事を振り返る。
ドワーフに気付けで飲まされた激辛リムザは辛くてマズかった。
味覚が麻痺した挙句、レイダス・オルドレイには逃げられる始末。
なにより彼が悔しかったのは、レイダスに手の平で遊ばれた事実だった。
スキルや魔法を卑怯とは言わないが、
一方的な敗北は蜂蓮にとって初めての経験であり、
天才と称された彼の心をいとも簡単に砕いて見せた。
桜華家の当主としてプライドがあり、
自身の強さを自負していた彼は、刃を交える所か手も足も出なかった。
『天狗になっていた。』と自覚した反面、精進しようとも思うが、
勝てるイメージが全く湧かない。
何処に剣を振り下ろしても避けられ、
自分が一刀で敗北する光景が容易に想像出来てしまっていた。
どの想像も上段からの振り下ろしで、身体を縦に割る強烈な一撃。
『上には上がいるものだな・・・。』
等と考えに耽ってしまった彼にダダルン卿がテーブルを叩く。
「聞いているのか?」
「すまん・・・。」
蜂蓮の様子にダダルン卿は目を細め、視線を逸らす。
交流関係のある彼らは互いの考えを理解している為、なんとなくだが察していた。
そうして、話しが進められる会議で様々な懸念が飛び交う。
その中でジョナサンが挙手。
提案を持ちかけた。
「新王都で大掛かりな罠を張ったようですが、失敗に終わりました。
ですが、それは場所が悪かったからです。」
「そうか! 自然的に発生した罠にはめるのだな!」
ジョナサンは「はい。」と頷く。
世界の概念に囚われている以上、効果は絶対。
スキルと魔法を封じてしまえば、レイダスに残るのは強靭な肉体のみとなる。
そこを叩く算段を彼は提案した。
貴族達は大賛成。
安堵した先から未来を考え、口にし始める。
リゼンブルの領土問題。
国の治安等・・・。
蜂蓮は内心で『お気楽な奴ら』と思いながら溜息を吐く。
不意にジョナサンと目が合った蜂蓮は仏頂面をしていた。
「不服ですか?」
「不服もなにも上手くいく筈がないだろう。」
「これは戦争が始まるまでの、あくまで時間稼ぎです。
不安がる必要はありませんよ。」
不安がる、ジョナサンの発言に蜂蓮は目を丸くした。
黙ったまま視線を逸らした蜂蓮にクスリとジョナサンは笑うのだった。
その背後では、椅子に腰かけていたメイサがいない。
彼女を見ていた筈のギュンレイに華水は尋ねた。
「メイサちゃんは?」
「気分が悪いから風に当たってくると。」
ギュンレイは目を伏せて、「無理もありません。」と呟く。
「信じていた相手に兄を殺されていたのですから・・・。」
外で風を一身に浴びるメイサの心は憔悴していた。
青々とした空の下、彼女は石畳の上を歩く。
ボーっとしていた彼女の目の前には人が立っていて、
気付かなかった彼女はぶつかって尻持ちをつく。
「きーつけろ!」
「すみません・・・。」
相手はその場を颯爽と去って行き、メイサは残される。
周囲のざわめきが次第に小さくなって
聞こえなくなった彼女の目の前にはレイヴンが立っていた。
黙って、突っ立ったままの兄にメイサは呟く。
「幻だ・・・だって、お兄ちゃんは死んだんだから。」
彼女は夢で見た。
レイダスに首を跳ね飛ばされて死ぬ兄の姿を―――
そして、レイダスの剣を握りしめて兄の首を斬り飛ばした。
メイサは兄を殺したのだ。
メイサには兄に近づく権利はない。
例え夢でも兄を殺した事に変わりはなく、彼女自身が兄に近づく事を拒んでいた。
すると、レイヴンは人混みに紛れて姿を消す。
「人殺し。」と言葉を残して―――
メイサの瞳は大きく揺れる。
尻もちをついたままの彼女を心配して手を伸ばした人間を押しのけて、
彼女は走り出した。
人にぶつかりながら、何処へ向かおうというのか・・・。
荒い息を更に荒くさせて辿り着いた先はリゼンブルの出入り口。
目の前には平地が広がり、風が吹き抜ける。
防具と服がこすれる音―――
金属と金属がぶつかる甲高い音―――
人々の声―――
そこには何もなかった。
メイサはしゃがみこんで小さい身体を一層小さくさせて、すすり泣く。
「私はどうすれば良かったの?」
困っている人がいたら助けてあげたい。それが、間違っていると言うのか?
しかし、この段階で既に間違っていた。
この世に正しいは存在しない。
彼女は正しいに近づきたくて正しいと思う行動をしていたに過ぎない。
それが正しいのか間違っているのかは結論、五分五分。
人生経験が浅く、若いメイサにはそれが理解出来ていなかった。
「お兄ちゃん・・・。」
メイサは腕をクロスさせて自分の身体をギュッと抱きしめた。
服にはしわが寄り、若干伸びる。
本来ならレイダスに矛先が向くのだが、メイサはレイダスを恨めなかった。
兄が死ぬ瞬間の光景に混じって、様々な場面が脳裏を過ぎったのだ。
狂気に身を委ねて嘲笑う彼の印象は強烈だ。
怒りが勝る者に彼の表情は復讐に値するだろう。
だが、メイサが捉えていたのはレイダスの隠れた一面。
罪悪感、絶望に涙するレイダスの顔にメイサの胸は引き裂かれる思いで一杯になる。
『なんで泣くの?』
メイサは「泣かないでよ。」と呟く。
そうしないと心置きなく彼女はレイダスを殺せない。
そして、レイダスは自分達には理解出来ない大きな物を抱えているのだと悟る。
「貴方は何に苦しんでいるの?」
メイサは涙を流しながら立ち上がり、空を仰ぐ。
吹き抜ける風は新王都へと流れて行った。




