実体験のフルコースは如何ですか?
「何をした?」
蜂蓮はダラダラと冷や汗を流しながら、俺に尋ねる。
「何ってこれで武器を叩いただけだが?」
俺は右手に持つ物を彼らに見せる。
それは木の枝。
一瞬で4人に接近して武器を叩き落とした俺には化け物という言葉が相応しかった。
人間で英雄で邪神で化け物で、俺には様々な名が当てはまる。
蜂蓮は悔しさに歯を食いしばるが動けない。
動けば死ぬと直感していたからだ。
弥勒、龍月、ギュンレイも同様でその場を動けない。
華水や凛香に至っては身体を震わせており、
視線だけが吸いよせられるように俺を追った。
「久しぶりだの。今まで何処で何をしておった?」
「まあ、色々とな。」
俺はアルの隣に腰を下ろして、その近くでガルムが伏せる。
「この者達にお主について聞かせろと言われたのでな。
昔話を幾つかしていた。」
「お前が砂に埋まっていた所から?」
「そ、それを言う出ないわ!」
「まあ、どっちでも良いんだけど。
こいつらは俺を殺す為に情報を集めているんだ。それは知っているのか?」
「ああ知っておるとも。だが、ワシ個人では決められない事だ。
それに、お主が負ける姿など想像出来ん。」
ドワーフは、カバンから酒瓶を取り出してサカヅキに酒を注ぐ。
それを俺に差し出し、俺は受け取った。
酒の水面が周辺の木々を映し出し、1枚の葉がゆらゆらと落下し混入する。
俺は葉を無視して酒を一飲み。
「ふうー。」と息を吐いた。
そして、眼前に立つメイサに視線を向ける。
「メイサ・・・久しぶりだな。」
「お久しぶりですレイダスさん。」
『背丈が伸びたなあ。』と思いつつ、俺は据わるように促す。
すると、彼女は素直に腰を下ろし酒を要求した。
「お前・・・酒が飲める歳だっけ?」
「良いんです! 私は貴方と腹を割ってお話がしたいのですから。」
俺はアルにアイコンタクトを送り、サカヅキに酒を注がせる。
それをメイサに手渡した。
「ドワーフの酒は強力だぞ。」
アルはコクリと数度頷くが、メイサは無視して一気に飲む。
初めての酒の味に驚愕したメイサは目を丸くして、近くの茂みで吐いた。
「あ~あ。」
「言わんこっちゃないの。」
戻ってきたメイサの顔は真っ青で、口元を両手で押さえている。
気付けば、周囲の雰囲気が和みつつあり、
華水と凛香がメイサの近くに寄った。
蜂蓮達も固まっていた身体を動かし、俺達の方へと向き直る。
「子供は所詮子供か。」
「子供じゃ・・・ありません。」
「じゃあもう一回飲むか?」
「うっ・・・遠慮します。」
メイサは酒を遠慮して凛香に背中をさすられている。
そうしている内に近づいて来た蜂蓮と弥勒に俺は目を細めた。
「決闘が所望なら受けて立つぞ?」
「我々の目的は情報収集及び、ルーナ―ンの協力を得る事ですので、
戦う気はありません。」
「俺にはそれだけで理由になる。
お前達を殺せば、今後の処理がし易くなるのは事実だしな。」
俺は腰の剣をチラつかせる。
しかし、アルに柄を押されて鞘に戻された。
「おい。」
「今はワシに免じて戦わんでくれんか?」
俺は眉を顰めた。
しかし、この場にはガルムがいる。
セレスの言う通り、武器が渡った所で俺の敵ではないし、取り敢えず頷いた。
「不審な動きをしたら斬るかもしれないが、構わないな?」
「それで良い。」
俺は腕を組んで、息を吐く。
「レイダス・オルドレイ・・・。」
凛香が俺の名を呼ぶ。
そこには疑心の色があった。
「貴方の強さは知っています。そして、人殺しである事も・・・。
そんな貴方が何故私達を斬らないのですか?」
「斬っても良いのならそうしよう。しかし、アルが望んでいない。」
『ガルムがいるし・・・。』
「凛香、レイダスさんに酷い事言わないで。
私と彼のやり取りを見てたでしょ?きっと訳があるんだよ。」
「でも・・・。」
「お願い。」
凛香は引く。
その時、ピシりとガラスが割れるような音がした。
俺はその音を知っている。
『何処かで聞いた。』そんな感覚がしたのだ。
「レイダスさん、私は貴方を知りたい。その為にここまで来ました。」
「・・・・・・。」
「貴方が今に至るまでの経緯を聞かせてください。」
「アルから全部聞いただろう。 物足りないのか?」
「私が求めるのは、貴方の全てです。」
「誰だ餓鬼に口説き文句を教えた奴は。」
メイサは自分の発言に顔を赤くする。
「だ、断じてそ、そういう意味ではありません!
私は貴方を悪い人だと思えなくて・・・その、確認がしたいのです。」
俺は思う。
『無意味だ。』
「断る。お前に過去を開示したとして俺の現状が変わるのか?」
「そ、それは・・。」
「クライスター家当主メイサ・クライスター。
真っすぐなのは結構だがな。甘いんじゃないのか?」
俺の気分次第で、メイサ達の首は飛んでいた。
のうのうと生きていられるのは俺の慈悲があってこそだ。
「レイダスさんの言う通りです・・・。
私は甘いです。ですが、だからこそ、人に寄り添えます。
苦しみも悲しみも分け合って支え合うのが人間であり、私はそうありたい。
私を信じて話してください。お願いします。」
『こいつ・・・。』
俺の心がざわつく。
メイサは俺が嫌いな言葉をズラズラと並べた。
以前からそうだった。
メイサは俺が嫌いなタイプだ。
「寄り添う?苦しみと悲しみを分け合う?」
俺はアルにサカヅキを返した。
そして、腰の剣を地面に突き立てる。
「お前は人間の鏡だよメイサ。眩しくて見ていられない。
いや・・・不愉快極まりない。」
「・・・・・・。」
「お前は人間の綺麗な面しか知らないんだ。だから、平気で居られる。」
「レイダスさん私は!」
「人間の醜さを体験して来い。」
瞬間、彼らの意識は飛ぶ。
バタバタと倒れたメイサ達を放置して俺は自分が所持していた酒を飲み始めた。
「何をしたんだ?」
「夢の世界へ送ってやった。俺の実体験をあいつ等に味合わせる。
これで諦めて帰るだろう。」
アルは倒れたメイサを見て「どうじゃろうな。」と呟く。
「意外としぶといかもしれんぞ?」
俺は鼻を鳴らした。
「折れなければ褒めてやるよ。」
―――????―――
メイサは知らない場所、知らない文明が築く街で目を覚ます。
珍しい恰好をした人間がメイサに目もくれず、スタスタと歩いて行く。
「あの、待ってください!」
メイサが通り過ぎていく人に声をかけた。
瞬間―――真上から鉄柱が降り注ぐ。
メイサの身体を貫き、
深々と突き刺さるそれをメイサは必死に抜こうとするが、力が入らず絶命。
意識を手放して目を覚ました彼女が
次に居た場所は旧王都とリゼンブルの間だった。
後方には死んだ筈のグラントニアの王女とイスガシオの獣王、
眼前には刃物を持った御者がいた。
「死ねえええ!」
メイサは長刀を抜こうと背中に手を伸ばすが、武器が無い。
咄嗟に取った行動は盾になる事だったが、御者の頭が目の前で唐突に弾け飛ぶ。
血飛沫は自分をすり抜けて、後方の二人に被さった。
「どうなっているの?」
メイサは戸惑いの色を見せる。
そして、瞬きした内に違う場所へと移動した彼女は辺りを見渡す。
そこは、とある小さな村で、一人の子供以外村人は死んでいた。
血の池に佇む彼女の身体は全身血まみれで、叫び声を上げる。
「いやああああああ!?」
瞬きをして、腰を抜かした彼女がいる場所は闘技場。
目の前には見知らぬ女性が立っており、笑みを浮かべている。
攻撃を仕掛けてきたと思いきや、相手は倒れて死んでいた。
そうして次に訪れた場所は冒険者ギルドの一階で、メイサは頬を殴られる。
「人殺し!」と言われた彼女は目を丸くし、顔を上げた。
そこには、自分を睨みつける冒険者達の視線があり、
目の前に出現したテーブルには酒の入ったジョッキが置かれていた。
ジョッキに手を伸ばした彼女だが、ひとりでに落下したジョッキの中身に驚愕。
床を溶かすその液体は毒だった。
テーブルは酒場のカウンターへと飛んでいき、大破する。
『もしかして・・・。』
気が付けば、リゼンブルの王城内で彼女は床に横になっていた。
身体を動かそうにもだるくて動かせず、只黙って目の前を見つめた。
奥では七王道のアイン、
リゼンブル国王と皇子、そしてシャーロットが会話をしていた。
「濡れ衣を着せろ。」という発言に驚愕したメイサは、泣きそうになった。
「もう・・・やめて。」
メイサの気持ちとは裏腹に地獄は続く。
彼女の手にはレイダス・オルドレイと書かれた手配書がある。
襲い来る賞金稼ぎが次々に死んでいき、全身を赤く染め上げた。
そして七天塔のある孤島にて七王道の死亡シーンが再生される。
カイネ、セレスチアン、ドッド、アインの4人が死ぬ場面を
涙を流しながら彼女は見た。
「うあああ・・・ああああああ!」
新王都の王城内で彼女はリゼンブルの皇子が所持していた剣を握りしめている。
それをシャーロットの胸に突き立てた。
「最・・・悪。」と口にしたシャーロットにメイサは謝る。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい。」と何度も何度も謝った。
握り締められていた剣を落とし、後ずさりしたメイサは建物にぶつかる。
左右には通りを行きかう人々。
「化け物」「悪魔」「邪神」等と
小言を口にしている彼らに嫌悪感を抱いたメイサは耳を塞ぐ。
「聞きたくない・・・聞きたくないよ。」
燃えるイスガシオ。逃げ惑う獣人達にメイサは何もしてやれない。
魔法で燃やされ、凍らされ、麻痺らされ―――
真祖に斬り裂かれ死んでいく獣人達をメイサは見つめた。
「こんなのって・・・。」
メイサは片手に剣を握りしめる。
それはレイダスが持っていた剣だった。
「嫌だ嫌だ・・・やめてよ・・・やめてよおおおおお!」
メイサは逃げる獣人の背中を斬った。
「わあああああああ!」
メイサは斬り続ける。
頭、足、腕、四肢を斬り裂き、最後に辿り着いた場所は、
森の中にいた獣王の眼前だった。
剣を鞘に納めた彼女はホッとするが、目を丸くする。
「え?」
獣王は死んだ。
唐突に、何の予兆もなく仰向けに倒れた。
メイサは獣王に駆け寄り、
顔を近づけるが目と口から溢れる血と内臓の混ざった物に気持ち悪くなる。
「どうして?なんで? うえ!?」
獣王の上に吐き散らかしたメイサは口元を拭う。
眼には涙を浮かばせ、彼女は只々泣いた。
「レイダスさん・・・ごめんなさいごめんなさい。」
自分が浅はかたっだと、愚かだったと、メイサはレイダスに謝る。
彼女の心は完全に折れていた。
それは、同じく夢を見せられている蜂蓮達も同様だった。
「くっ・・・。」
蜂蓮は地面に膝をつき己が武器で身体を支える。
片腕で腹を抑える彼の顔は、真っ青だ。
凛香に至っては、悲鳴を上げて呼吸を浅くする。
残虐非道な光景を目の当たりにして絶句してしまった彼女は発狂した。
「あははははははは!」
笑い狂う凛香は自分に刃を突き立てる。
しかし、死ねない。
何度も何度も自分の身体を刺し貫いても傷口が再生し、死を許されない。
「なんでよ!? お願いだから死なせてよ!」
凛香は10と行かない内に自殺を諦め、地面に両膝を落とす。
両手を地面につけて、抉るように握り締められた拳には土が入っていた。
「ここは何処?」
華水は何処か分からない一室で銃を握りしめている。
望んでもいないのに頭に突きつけられた銃の引き金を自ら引いた。
死んで覚醒を彼女は繰り返す。
50回に到達する頃には、彼女に意思はなく生きた屍と化していた。
そんな彼らの様子を蚊帳の外から黙ってみていた。
酒瓶に口をつけて酒を飲む俺にアルは言う。
「大分魘されておるな。」
「心配か?」
「ああ、特に小さい娘がの。」
アルはメイサに視線を向ける。
彼女は涙を流しながら眠っていた。
「ごめんなさい。」と呟き続ける彼女からアルは視線を逸らし、俺に言う。
「例え夢でも、こんな魘され方はしないぞ。」
「只の夢ならな。」
俺は酒瓶を置いて、アルに説明してやる。
「夢というのは非現実的な幻覚体験。
けれど、リアルには程遠い。忠実な五感を再現したらどうなるか・・・。
もう分かるよな?」
「夢と現実の境を曖昧にしたのだな。」
「ああ。」
アルの理解力は高かった。
「目覚めた時、廃人にならんと良いが・・・。」
「廃人で済めば良いな。」
「お主楽しんでないか?」
「全然。」と俺はすっぱり言い切る。
本当は凄い楽しんでる。
俺の人生フルコースを堪能した普通の人間が一体どうなるか・・・。
『ああ、結果が楽しみだよ。』




