作戦失敗・二人の処罰
イスガシオから帰還した冒険者達は冒険者ギルドに集まっていた。
作戦指揮を取っていたガランと
命令違反を犯したカイルはギルドマスターに呼び出され、お叱りを受ける。
グダグダと長い説教にガランは、あからさまに嫌な顔をし、
カイルは俯いて黙り込んだ。
「聞いているのか二人共?」
「・・・・・・。」
「ちゃんと聞いてるぜ。」
ガランは耳の穴をかっぽじって、カイルは無言。
明らかに話しをスルーしている二人に溜息を吐いたファルゼンは、
作戦失敗に当たり、彼らに与える多額の報酬を減額し、
三日間の間、重要な任務への参加を禁じた。
よって、ガランとカイルのこれからの収入は住人の依頼だけとなる。
二階から一階へと下りたガランは背筋を伸ばした後に、
肩を竦めて「参ったな~。」とぼやく。
実際、壊れた防具や武器の修復、消費アイテムの購入には金がかかる。
冒険者の収入の殆どが物品に消えると言っても過言ではない。
lvが上がればそれは尚更で、
質の高い防具や武器を購入すると一文無しとなる。
「依頼が受けられるだけマシだが、これじゃあな・・・。」
ガランは斬り裂かれた防具に触れる。
黒い生物によって引き裂かれた防具は、
購入した店で一番防御力が高い逸品だったが、
カイルの防具に関しても完全大破している為に新しい防具が必要となる。
「俺は武器屋と防具屋を回るが、カイルはどうする?」
「俺は・・・風に当たってきます。」
急ぎ足で出ていく様子に、ガランは軽く息を吐いて槍で肩を叩く。
「思いつめてるなあ・・・。」と呟く彼の視線は、
周囲の冒険者達に向けられており、冒険者達は慌てて視線を逸らす。
それはかの英雄も味わった物であり、ガランも余り良い気はしなかった。
『レイダスもこんな気持ちだったのか?』
ガランは脳裏で、七天塔でのレイダスを思い出す。
英雄と称えられた男の苦悩・・・。
脳天に銃口を押し付け、放たれた銃弾は大量の血をぶちまけて飛び散って行く。
その光景が目に焼き付いて離れようとしない。
握り締められた拳には、あの時彼を止められなかった自分が映っていた。
「同じ繰り返しをして良い訳ないよな。」
ガランは大きく息を吸って、大きく息を吐く。
そして、自分に視線を向けていた冒険者達に接近していき、
酒場のテーブルを力強く叩いた。
「俺に用があるならはっきり言えよ。」
作戦の失敗は命令違反のカイルと作戦指揮を取っていたガランに責がある。
二人に対して不満を抱く者は大勢いる筈だ。
延々と不快な視線を送られるより、
発言して貰った方がすっきりするというものだった。
「な、何もありません・・・。」
相手の見た目は、Aランク冒険者達で何処か気弱。
もじもじとした仕草がガランを苛立させた。
「何もないはないだろ?
俺が二階から下りてきてからジーッと見てたじゃないか。」
ガランは眉を顰めて、指でテーブルをトントンと数度鳴らす。
静かに怒るその姿は、身体を一回り大きく見せて冒険者達を震えさせた。
冒険者ランクにおいてガランはSランクではあるが、
実力は既にSSランクに到達しており、ガランの名を知らぬ者はいない。
そんな人間に牙を剥けばどうなるか彼らは理解していた。
「本当に・・・何でもありません。」
カタカタと肩を震わせ、委縮する彼らにガランは無言になる。
本心を口に出す気のない他人に追及した所で、ガランが悪者扱いされる。
無駄と判断したガランは彼らから離れて謝罪した。
「そうか・・・俺の勘違いだったようだな。悪かった。」
そうして冒険者ギルドを後にしたガランは武器屋と防具屋を回る予定を
ほっぽり出して人気のないベンチに腰を下ろす。
「旧王都がまだ健在だった頃もこうして座ってたな。」
ガランがレイダスから槍を受け取る前も、気落ちしていた。
『どうしようもない』と心の中で諦めて、表面上は笑顔を装う。
それはガランの良い部分であり、悪い部分でもあった。
弱さを見せないというのは戦士として重要な要素ではあるが、
抱え込んだ弱さは徐々に重い足枷となって行く。
今の彼の両足には見えない枷がジャラジャラとぶら下がっており、
ガランの肉眼に幻覚となって姿を現していた。
「畜生・・・。」と漏らした一言には彼の苦しみが込められ、空を仰ぐ。
鈍よりとした心とは裏腹に澄み渡った空が憎たらしく思えた彼は苦笑した。
一方、カイルもイリヤ達とは合流せずに道草をしていた。
寄ってたかって弱者をいじめる大人を見かけた彼は、割って入る。
庇った相手の顔はボロボロで片目は腫れあがり、鼻血を流していた。
「んだてめーわ。 そいつを庇おうってのか?」
「だったらどうした?」
「冒険者風情がくたばれ!」
カイルは、振り下ろされた木刀を容易に躱し、相手の握りに手刀を入れる。
落とした木刀を拾い上げた彼は、残りの人間を峰打ちで気絶させた。
「大丈夫ですか?」
カイルは、ボロボロの弱者の手を取り、立ち上がらせる。
事情を尋ねると店で買い物を終えた後、路上でたかられたそうだ。
勇気を持って断った弱者であったが路地裏に連れていかれて今に至る。
「勇敢と無謀を履き違えてはいけない。最近俺が経験した事です。
次からは気を付けてくださいね。」
弱者はカイルにお礼を言ってその場をフラフラと去って行く。
しかし、困っている人を助けられたにも関わらずカイルの心は晴れなかった。
イスガシオの一件がカイルの心に深く突き刺さっており、
逆に苛立たせていたのだ。
壁に拳を叩きつけ、歯を食いしばる彼の脳裏に映るのは、
憎くきレイダス・オルドレイの背中だった。
憧れも信頼も全て捨てた筈なのに片隅で彼の背中を追い続ける自分がいたのだ。
「師匠を殺した相手だぞ!それなのに、何でだよ!」
イスガシオでのガランの声がカイルを更に苦しませる。
『お前は英雄のつもりか!』
「違う!違う!違う!」
壁を何度も何度も殴りつけている内に指の皮が捲れ上がり血を流す。
鮮血が壁に染み込んで、真っ赤に染まった。
それを肩で息をしながら見つめるカイルは、小さく縮こまって涙を流した。
「俺は只・・・皆に生きていて欲しくて・・・。」
『死んで欲しく無かっただけなのに・・・。』
多数と少数を天秤にかけた場合、合理的な人間は多数を選択する。
しかし、少数の命は確実に失われる。
カイルにはその結末が許せなかった。
全てを救いたいカイルにとって、命の切り捨て行為は邪道であり、
納得出来ないし理解したくない。
一度は覚悟を決めた彼だが、やはり無理なのだ。
重要な任務から外された彼は、内心でホッとする。
再び少数が死ぬ光景を目撃せずに済むというのは逃げだと分かっていたが、
次に遭遇した場合、自分を抑えられる自信もないし、
冒険者ギルドという組織自体が信じられなくなってしまう。
だが、それもたかが三日で終わる。
人手不足の冒険者ギルドはカイルがどれだけミスをしようと、
主戦力として任務に参加させる。
カイルは気持ちを切り替えるべく路地裏から出た。
日の光が当たる路上の上を人混みに紛れて歩くカイルの後ろ姿は、
何処となく小さく、元々田舎出の彼は人混みに溶け込みやすかった。
「このまま、消えてしまえたら・・・。」
なんてことをカイルは考える。
別に自殺をしたい訳ではないが、現状が辛いのは事実。
イリヤ達にどんな顔をしたらいいかも悩んでいた。
カイルはイリヤとゲイルにいつも迷惑をかけている自覚があり、
正直戻るのが怖い。
最近のイリヤに至っては、まるで鬼嫁みたいで、
鬼の形相を想像したカイルは身震いした。
唾を飲み込んだカイルは、帰ったら即謝ると決める。
それは、頭を床にこすりつけた土下座だった。
「あの時はごめん!」
ゲイルとイリヤは無言でカイルを見つめた。
そして、暫くしてからイリヤは口を開く。
「カイルの馬鹿あああああ!」
と同時に飛んできたイリヤの拳骨にカイルの顔面は宿屋の床にめり込む。
「うぼあ!?」
「私達がどれだけ心配したか分かってるの!?分かってないでしょ!?」
「だからこうして謝って・・・うがっ!?」
イリヤの蹴り上げが炸裂し、カイルの顎にヒット。
彼は仰向けに倒れ、ゲイルは「やれやれ」と首を振った。
「イリヤその辺にして置け。」
「でも~!」
「カイルの無茶ぶりは今に始まった事じゃないだろ?」
「うぅ・・・。」
「本人もこれに懲りてくれれば良いんだがな。」
ゲイルは伸びているカイルをベットへと運ぶ。
退室して行ったゲイルはイリヤを残して出かけた。
残されたカイルとイリヤの二人きりの空間に邪魔する者は誰もいない。
しかし、イリヤはカイルに手を出さなかった。
髪をサラサラと優しく撫でて優しく微笑んだイリヤは、
頬にキスをする。
「辛かったんだよね・・・今日はゆっくり休んでカイル。」
カイルは夢の中へと堕ちていくのだった。




