生物の核
桜華家とクライスター家は編成を組む。
クライスター家のメイサとメイサの祖母ギュンレイ、
桜華家の華水と凛香は同じパーティ。
そしてもう一つ、蜂蓮と弥勒と龍月、実質二つのパーティを作成した。
メイサの祖父ランドバルがリゼンブルに残りの桜華家の面倒を見る事となり、
彼らを見送る。
「メイサ気を付けて行ってくるのだぞ。」
「はいおじい様行ってきます!」
「行くぞ!」
蜂蓮達は馬に跨り、鞭を打つ。
彼らは古代砂漠に向かった。
そして―――
「暑いいいい~。」
馬は砂漠で使えない為、野生に返し、
太陽の日照りと炎天下の暑さに彼らは苦しんでいた。
風が強く砂が舞い上がり、視界が遮られる中メイサと凛香が膝をつく。
「情けねえーな二人共。」
「五月蠅いわね体力馬鹿!」
「凛香~。」
龍月はどや顔で凛香を挑発し、メイサは倒れ込む。
蜂蓮が黙ってメイサを背負う姿に凛香は言った。
「あれが大人よ。」
「ぐぬぬぬ・・・。」
龍月は悔し顔で言い返せない。
自分に不足している部分と理解していたからだった。
「喧嘩する程仲が良いって言うわよね~。」
「「仲良くない!」」
龍月と凛香のはもりっぷりにギュンレイは「ホホホ!」と笑う。
メイサを背負う蜂蓮は軽く息を吐いて、弥勒と華水は黙々と歩く。
言葉を発するとそれだけ体力の消費が早まる為、冷静に避けていたが、
後方を歩く龍月と凛香は別で未だ喧嘩を継続している。
最初は、馬鹿だのアホだのと口走っていたが、
小さい頃の話題を持ち出して、恥ずかしい過去を暴露する。
喧嘩が治まる頃には風も弱まり、二人は顔を真っ赤に染めていた。
「凛香ちゃん、7歳までおねしょしてたんだね・・・。」
「メイサ忘れてええええええ~。」
凛香はメイサに駆け寄って口を塞ぐ。
彼女の慌てように蜂蓮は笑い声を上げた。
「そうだな~。凛香達が餓鬼の頃は本当大に変だった。」
「お父様!思い出さなくていいから!前進んで!」
凛香は蜂蓮の背中を押して歩かせる。
メイサが窮屈にならないように優しく押した。
そして、砂漠の砂山を一つ越えた辺りで蜂蓮は足を止める。
敵を発見したからだ。
「皆しゃがめ。」という手の動きの元彼らは咄嗟に姿勢を下げた。
メイサも蜂蓮の背中から下りて敵を確認する。
およそ1キロ先にジョナサン達が言っていた黒い生き物が槍を持って、
キョロキョロと大きな目で辺りを見渡していたのだ。
しかし、ここで一つの疑問が浮上する。
「目が悪いのか?」
人間の視力は魔物と比べて差ほど高いとは言えない。
なのに、相手は蜂蓮達に気付いていなかった。
彼らは生物的な特徴として、視力が低いと記憶に刻むが情報は不足しており、
観察が望ましいと考える。
そうして、彼らが取った行動は一定距離を維持しながら後をつける事だった。
音を立てず、なるべく背後を取る彼らの行動は、
奇襲という意味合いでも重要で、一斉に襲い掛かれば、
誰か一人の一撃は確実に入れられる。
「お父様、私の見解では勝てます。」
凛香は立とうとするが、蜂蓮に静止させられる。
目を細めて敵の弱点を探る彼には余裕が感じ取れなかった。
「無理だな。あの槍捌きを見て見ろ。」
黒い生き物は、身の丈に合わない槍を右手から背中にまわし左手へ移動させる。
そこから何気なく振り下ろされた槍は、空を斬り砂を舞わせた。
生まれた時より剣術と共に育ってきた彼らが
黒い生き物の剣術の高さを理解出来ない筈はなかった。
「魔物の癖に良い動きしてやがる。」
「足の動きも完璧だ。」
桜華家の龍月と弥勒、凛香の三人は黒い生物に嫉妬する。
その時だった―――
蜂蓮が弥勒を突き飛ばし、ギュンレイがメイサを抱えて後退した。
一体何があったのか把握できていない蜂蓮とギュンレイ以外のメンツは、
目の前の光景に驚愕する。
黒い生物は瞬きの間に距離を詰め、彼らの目の前に移動していた。
縦に割かれた地面が黒い生き物の一撃を物語っている。
「ギュンレイ!?」
「大丈夫・・・ちょっと切れただけよ。」
ギュンレイの左肩には斬り傷があり、血を流していた。
メイサの応急処置で血を止めたが、攻撃を打ち込む度に痛みが走るだろう。
「俺達に気付いていないんじゃ無かったのかよ!」
「恐らく俺達の感情を察知したんだ。」
「感情を?そんな事が可能なのですか?」
「剣士職は派生先で《探知》を取得出来る。一部の魔物にも似たような物があるんだ。
特定の反応を察知するスキル・・・差し詰め《嫉妬探知》といった所だ。」
蜂蓮は、笑みを浮かべながら冷や汗を流す。
強者と相対し嬉しいが、危機的状況であるからだ。
「何故・・・攻撃してこないのでしょう?」
メイサはギュンレイの前方で刀を構えながら疑問を発する。
蜂蓮達が混乱している間に攻撃を仕掛ければ勝機が合った筈なのに、
顔をニヤつかせて動こうとしない。
それ所か槍を下におろして無防備な姿勢を見せた。
「攻撃しろ・・・と誘っているな。」
「上等だ!」
蜂蓮は長刀の切っ先を上に向け、脇を閉める。
弥勒達も長刀を抜き臨戦体勢を取るが、蜂蓮から放たれた指示は意外な物だった。
「お前達は手を出すな・・・俺が相手をする。」
「な!?お父様無茶です!」
「勝てるから言っているんだ。お前達は俺の回復に専念し、
万が一の場合は俺に代わって前線に出ろ。それで文句ないだろ?」
「・・・了解。」
蜂蓮の指示に従い、後方へ下がった弥勒、龍月、凛香の三人は、
ギュンレイの手当てに入る。
「酷い傷・・・。」
「大丈夫ですから蜂蓮のサポートを・・・。」
「いいえ、お父様は勝てると断言しました。
私達は、お父様を見守りましょう。」
凛香は蜂蓮を尊敬している。
桜華家の当主としても師としても父親としても・・・。
彼らは回復アイテムをカバンから取り出して指示通りに準備をした。
そうしている間にも、蜂蓮と黒い生き物の距離は縮まって行く。
当に相手の間合いに入っている蜂蓮ではあるが、
咄嗟の反応が出来るように脇差に手を伸ばしていた。
彼の職は《不死鳥の血筋》
メイサ同様『FREE』には存在しないこの世界特有の職で、
長刀と片手剣の長さに満たない脇差を使用出来る。
そして、lv80後半の彼の使用可能スキルはどれも特殊で予測がし辛い変則攻撃が多かった。
つまり、蜂蓮の初撃は避けられない―――
「《スキル:一点集中》《スキル:三枚下ろし》!」
長刀は見事な曲線を描き、黒い生き物の頭上で止まる。
槍で受け止められた長刀はギリギリと火花を散らすが、
彼のスキル《三枚下ろし》が飛ぶ斬撃を生成し斬り裂いた。
手応えを感じた彼は二撃目を打ち込みにかかるが、
黒い生き物は距離を取って、ギザギザの歯をカタカタと揺らした。
『何をする気だ?』
そう思った直後、黒い生き物の首が伸びる。
向かってくる頭を長刀で弾き飛ばした蜂蓮の腕は衝撃で痺れ、
同時に頭部位の硬さに舌打ちした。
「お父様後ろです!」
凛香の言葉で後ろを振り返ると口を大きくして歯を伸ばす敵の姿があり、
黒い液体を垂れ流す。
それは人間でいうなれば涎的な物で、黒い生き物は蜂蓮を欲していた。
彼の強さと特殊な職は黒い生き物を次の段階へと進化させる糧であり、
本能的に黒い生き物は分かっていた。
「ギャギャギャギャギャギャ!」
「くっ!」
蜂蓮は咄嗟に飛びのくが伸びた歯が彼の肩を裂く。
「受け取れ!」
龍月は回復ポーションを強靭な肩で投げ渡し、蜂蓮は受け取る。
瓶の蓋を開け口に咥えた蜂蓮は、
地面に顔を埋め込んでいる黒い生き物の首を斬り落としにかかった。
そこで、異変に気付いた彼は一旦停止。
回復役に回っていた中で一番反応が早かったのはメイサだった。
「伏せろ!」
「伏せて!」
ボコボコと沸騰したお湯のように動いていた首の皮膚が棘に変化し、
彼らに襲い掛かった。
それぞれ長刀で棘を受け止めるか避けるをするが、棘の強度は頭以上。
簡単に長刀を弾かれた凛香は無防備になる。
「しまった!?」
「凛香ちゃん!」
空いた胴に向かって行く棘をメイサはスキルでくい止める。
「《スキル:海神氷結弾》!」
無数に生成された巨大な氷の塊は先端を鋭くして棘に飛んでいく。
破壊とはいかずともヒビを入れ、
軌道を逸らした威力の高さはlvの高さに比例する。
「ありがとうメイサ!」
一方凛香の無事に安堵する蜂蓮は、根本から絶つ。
柔らかい首と硬い棘の間に斬撃を入れ、
棘だった物は砂の中にゴトリと落ちて塵となった。
そうして、胴を長刀で串刺しにした彼だったが、
手応えのなさに目を細める。
砂から頭を抜いた黒い生き物は再び後方から蜂蓮に襲い掛かるが、
二度も同じ攻撃を喰らわない。
高く跳躍した蜂蓮は宙返り後に強烈な一撃を放つ。
「《スキル:不死鳥の舞》」
長刀に纏うは灼熱地獄。
具現化した不死鳥の火は相手の首に触れた瞬間に肉を焼き、骨をも灰に帰す。
細胞から死滅させる強力なスキルを前にして黒い生き物は叫び声一つ上げなかった。
斬られた首は再び胴と繋がり、使っていなかった槍を振り始める。
「やっと本気になったようだな。」
蜂蓮の瞳孔は開いており、少しでも多く情報を拾い上げる為、
些細な動きを見逃さない。
長刀の刀身を優しく撫で終えた彼は、刀身の先を砂地につけた。
黒い生物に接近しながら、《スキル:纏》を発動させる
彼の刀身には砂が纏わり、放たれる斬撃は敵の視界を奪った。
そこから突き出される連撃を黒い生物は巧みに躱し、槍で受け流す。
砂地に振り下ろされた長刀を足で押さえつけた黒い生物は
刀身を撫でるが如く、槍を頭目掛けて斜めに斬りあげる。
「くっ!?」
指を斬られそうになりながら、頭を後ろに逸らした蜂蓮に対し、
黒い生き物は上から刺しにかかったが、
ギュンレイが魔法で援護する。
「《魔法/第6番:水流線》!」
圧縮された水が黒い生物の胴に被弾し、風穴と共に飛ばした。
再生しながら立ち上がる黒い生物に追い打ちをかけようとする蜂蓮ではあるが、
左の視界が赤く染まる。
左瞼の上が先程の一撃で裂かれたらしく、拭っても拭っても溢れ出た。
遠近感覚が鈍る状態では、躱しきれないと判断した彼は後退し、治療を受ける。
「お父様!」
「心配するな戦闘に支障はない。」
蜂蓮は巧みに隠そうとするが、
弥勒に左腕を掴まれて痛みに顔を歪ませた。
「腕が折れているのにですか?」
蜂蓮は黒い生き物の斬撃による攻撃を避けたが、
その際に右足で折られていた。
「なあに、まだ右腕がある。」
弥勒は回復ポーションを取り出して、
蜂蓮の左腕に振りかけるが動きが何処となくぎこちない。
両腕で長刀を握ったとしても最高速度に到達する事は不可能で、
そこで彼が閃いた秘策は、《速度向上薬》による一時的な速度の上昇だった。
低下した速度を補おうと言うのだ。
「効果時間はどれだけだったか・・・。」
「レア度が低いので、30秒が限界です。」
蜂蓮は手渡された《速度向上薬》を受け取り、口に咥える。
そうして、黒い生物に再び接近する彼も又秘策を閃いていた。
「左腕の仕返しだ!」
蜂蓮は全力の一振りを黒い生物に叩きつける。
槍で受け止めた黒い生物の両腕は衝撃で痺れ、砂地がへこむ。
蜂蓮はここであるスキルを発動させて、黒い生物の度肝を抜かせた。
「《スキル:不死鳥の逆手》!」
振り下ろされた長刀の刀身が消え、
気が付けば握りしめていた武器が反転している。
それが彼の秘策だった。
地に足をつけた彼は長刀をそのまま振り上げ、槍を弾き飛ばし、
相手から武器を奪う。
空中で回転する槍は遠い位置に突き刺さった。
「ギャギャギャ!?」
次に彼の取った行動は、鞘を腰から取り相手の顎をかち上げる事だった。
宙を舞う黒い生物の下半身から頭目掛け放たれた一撃は、
現在の彼が放てる最高の一撃―――
「《スキル:不死鳥のカバネ》!」
向上、大幅向上以上の効果を付与する桜華家の人間しか所有しない特殊スキル。
内容は恩恵効果を一時的に引き上げるもので、
彼のステータスは5倍に膨れ上がった。
漲る力で放たれた刺突は黒い生き物の身体を容易に貫通し、
ガラス玉が割れるような感触が手に伝わる。
引き抜かれた長刀を鞘に納めた蜂蓮は勝利を確信した。
実際打ち込んだ感触では頭が固いのは表皮だけで、内部はもろい。
ならば、柔らかい部位から侵入し到達させれば良い話しだった。
「やったー!」
「蜂蓮さん流石です!」
続々と蜂蓮に集う面々は笑みを浮かべていた。
そうして黒い生き物を眺める彼らはもだえ苦しむ化け物に視線を送る。
そこには恨みや憎しみの感情はなく、只危険だから殺すという理由しかない。
「ギャ・・・ギャガ・・・ギャギャ・・・。」
「しぶてー奴だな。」
龍月が武器を抜きとどめを刺そうとした頃には、
黒い生物の身体は消えかかっており、核となる小さなガラス玉が露出していた。
化け物に残った片方の瞳には、蜂蓮達の姿がハッキリと移っており、
キョロキョロと視線を動かす。
何かがやってくる時を待っている様に―――
黒い生き物が歯をカタカタと鳴らすと同時に悪寒を感じた蜂蓮は、
龍月の襟元をすかさず引っ張る。
「うお!?」
龍月の胸の皮膚は天より現れた執事の手刀により薄く斬られ、
完全に姿を保てなくなった黒い生物の核を回収される。
軽やかに一定距離を取る執事の動きには全く無駄がなく、
黒い生物以上の強さを感じさせた。
「何者だ。」
「名乗る程の者ではありません。
只そうですね・・・貴方達の敵ではないと言っておきましょうか。」
「信じられません!現に私達に攻撃したではありませんか!」
「この核を破壊されようとしていたので、反射的な行動を取りました。」
「やはり、それは化け物の急所か。」
「左様でございます。」
「何故核を回収する?目的は?」
「質問が多い方ですね。残念ながら、お答えしかねます。」
執事は軽く首を横に振り、質問を拒否。
名も目的も明らかにしなかった。
「では、今回は急ぎですので御暇させて頂きます。
良い一日を・・・。」
「あ!待ちやがれ!」
執事の姿は瞬時に掻き消え、彼らは残された。
「何だったんだ一体・・・。」




