桜華家・クライスター家来日
次回一日あけます!
「未確認生物にやられただと!?」
「は、はい・・・黒くて人の形をした奇妙な生き物です。」
新王都の冒険者ギルド、ギルドマスターのファルゼンは、デスクを力強く叩いた。
書類の山は崩れ、床にばら撒かれた。
マリーが黙々と拾い上げ、元の位置へ戻す。
「次から次へと・・・。」
マリーはハンカチを差し出して、ファルゼンは受け取った。
額の汗を拭った彼は冷静になり、マリーに微笑む。
「すまなかったマリー・・・。」
「ううん、気にしてないよ。」
報告しに来たボロボロの冒険者は思った。
『リア充爆発しろよ・・・マジ羨ましいわ。』
純粋な愛が恋人のように愛人のように周囲を幻惑していた。
冒険者の彼にも身近に気になる女性がおり、
ファルゼン達のように接したいと思っていた。
しかし、性格上奥手な彼には無理な話で微かに息を漏らす。
「それで、奇妙な生き物が出現した場所は、調査に向かわせた遺跡で間違いないんだな?」
「はい。ブエノス大森林、古代砂漠、及び異国の地、
タツタ上にあるゲセス神殿でも確認されています。」
タツタルシオという1000年の時を生きる夜を司る魔物がいた。
その魔物は太陽の放つ陽の光に心を奪われ、
円周軌道上を羽がもげるまでひたすら飛び続けたという。
この世界では、黄道という用語よりもタツタが根付いている。
「全部遺跡繋がりか・・・捕縛は可能か?」
「残念ながら不可能です。
ブエノス大森林に向かったSSランク冒険者でも歯が立たなかったんですよ?
それ以上の実力者は新王都にいません。」
「分かっている。自称魔物研究家に引き渡し解剖させたかっただけだ。
被害が大きい以上一掃が望ましい。」
「どうする気ですか?」
「今確認されている三体の魔物を一点に集め、周囲から一斉攻撃を仕掛ける。
話しを聞く限り、
相手は人間を餌と認識している様だから囮役を仕立てなくてはな。」
「囮・・・ですか。」
冒険者は下唇を噛みしめて、やや俯く。
死と隣り合わせの冒険者の人口は増加傾向にあるが、
比例するように死亡数も増加傾向にある。
使い捨ての命扱いされる自分達はもはや奴隷で、
過去の王都グラントニアが連想された。
冒険者は『獣人やエルフもこんな思いを抱いていたのか・・・。』と同情し、
内心で人間の屑さを悟った。
他にも方法があるのでは?
何でも良いから死人が出ない作戦を決行したいと心の底から思う。
「不服そうだな?」
「い、いえ・・・そんな事はありません。」
否定できない自身に腹立たしくて仕方がない。
「そうか・・・では、囮役に新人冒険者を当てる。」
「し、新人冒険者!?何故ですか・・・何故未来ある若者を!?」
「我々を裏切った憎きレイダス・オルドレイを潰すには戦力が不足している。
心は痛むが戦力外を養える程国は甘くない。」
「それでは勝利した後、新王都の輝きは失われます!」
「乗り越えられなければ、未来も糞もない。
よく考えろAランク冒険者カイル・ラ―ギンス。
お前が強ければ、師を見殺しにせず済んだはずだ。」
「っ!・・・失礼します。」
部屋の扉が力強く閉められ、ドアノブの周りにヒビが入る。
マリーはファルゼンの頭に書類の束を叩きつけた。
ファルゼンは首をクの時にしてぼそりと呟く。
「言い過ぎ。」
「すまん・・・。」
ファルゼンがギルドマスターになる以前、
自分達を拾ってくれたリーゼルの死に嘆いていた。
殺害者が心酔していた相手となると尚更・・・。
彼も又復讐に取りつかれた一人であり、
復讐を成す為に犠牲を惜しまない姿勢をカイルに示して見せた。
「マリー・・・俺は間違っているのか?」
「分からない。私は罪のない人を傷つけた。
今のあの人と変わらない。
だけど、助けられたのも事実だから恨んでないよ。」
「・・・・・・。」
「お兄ちゃんは、自分が分からなくなってる。」
「ああ、それは認める。だが、俺は止まれないんだ。」
ギルドマスターの立場に立つ彼の発言は、国王や貴族に次ぎ重い。
権力を手にした代わりに王命に逆らえないでいた。
「リーゼルにギルドマスターのノウハウを事前に聞ければ良かったんだがな。」
マリーは黙って頷いた。
―――冒険者ギルド 1階―――
カイルは深い溜息を吐いて1階へ降りた。
ふと目を開けるとイリヤの顔がドアップで彼は驚愕。
頬を赤らめて後ずさりした。
「イ、イリヤ!?驚かさないでくれよ!」
「勝手に驚いたのはそっちでしょ~?
それよりも、ギルドマスターに嫌な事でも言われたの?」
先程の溜息でイリヤは察したらしく、カイルは全てを話す。
「成程・・・。」
普段のイリヤなら可笑しくない内容なのに
冷静な彼女に違和感を抱いたカイルは尋ねる。
「イリヤはギルドマスターの囮作戦に怒らないのか?」
「怒ってるよ勿論・・・だけど現状で打開策がそれしかないって言うなら、
しょうがないかなって・・・。」
イリヤは割り切っていた。
最早犠牲失くして、人間の存続は有り得ない。
ならば、犠牲になる人間の為に自分が出来る事を試行錯誤して探すしかないのだ。
「イリヤは強いな・・・。
俺なんて人が死ぬ光景を思い浮かべただけで手が震える。」
「それでいいんだよカイル。
私もカイルも人間として正常な証だよ。」
震えるカイルの手を握ったイリヤの手も震えていた。
彼女も内心では他に方法があるのではと模索している。
「さあ、ゲイルが待ってるよ。行こ。」
イリヤはカイルの手を引っ張り、冒険者ギルドを後にした。
―――リゼンブル 王城内―――
威厳と強者に相応しい出で立ちに貴族達は絶句する。
桜華家及びクライスター家が来日したのだ。
ギルドマスターのジョナサンが彼らの出迎え役に回り、扉を開ける。
桜華家の長、蜂蓮は「気遣いなぞせんでいいのに。」とぼやくが、
「そうも行きません。」とジョナサンは微笑んだ。
「いきなり呼び出してすまなかったな蜂蓮・・・。」
「なーに、暇を持て余していた所だ。して、要件は?」
「急かすな。何事も段取りがある。
蜂蓮・・・お前はレイダス・オルドレイという男を何処まで知っている?」
「そうさなー。凛香達とメイサから話しを聞くに、金髪の赤眼・・・
後めっぽうな腕利きとしか知らん。」
メイサは、やや俯き気味に拳を握りしめる。
その様子に気付いた凛香の表情は徐々に曇って行き、やがて顔を下げた。
「あれは人間の姿をした化け物だ。
桜華家、クライスター家が束になっても敵わん相手だ。」
「ほう、貴族の筆頭ダダルン卿にそこまで言わしめるとは・・・。」
「興味を持つなよ?」
「おっと!失敬、つい悪い癖が出てしまった。」
蜂蓮は謝罪して話は進む。
「その化け物を討伐する為に、国と国が手を取り決戦の準備を整えつつある。
だが、肝心の武器を含む物資が不足している。」
「物資の調達をしろと?」
ダダルン卿に代わりジョナサンが説明する。
「いえ、ルーナ―ンというドワーフの国を捜索して頂きたいのです。」
「捜索程度冒険者にやらせればいいだろう。」
「最初は、冒険者と桜華家、クライスター家の
混合編成部隊を考えていましたが、状況が変わりました。
黒い人型の魔物が各地の遺跡から出没し、出歩く生き物を無差別に襲っています。」
「人間以外もか?」
「はい。目撃者によれば捕食する事で自身を強化しているようにも見えると。」
ここで、クライスター家当主が口を開く。
「捜索を兼ねてその魔物を討伐・・・という事ですね。」
ジョナサンとダダルン卿は頷いて肯定する。
「そ奴は強いのか?」
「レイダス・オルドレイに比べれば赤子ですが、脅威に変わりありません。」
蜂蓮は返事に間があいた。
「そうか。」
「出立は明日の朝、編成はご自分達で決めた方が戦いやすいでしょう。」
「分かっているじゃないか。
では、我々は長旅の疲れを癒すとしよう。」
「ご武運を・・・。」
蜂蓮は最後の発言に『大げさだな。』と思う。
そうして、会議室の扉はゆっくりと閉められた。




