邪神と遊ぼう
ヴァルハラに入国した俺と邪神はエルフ達に歓迎された。
中には数人の人間が混じっており、俺に視線を送っている。
「バレバレだな。」
「バレバレだねー。」
門から続く赤いカーペットの上を歩いて行った先には、
この時の為に用意したらしき王座に腰を据えるヴァルハラ国王と
隣に佇む老兵がいた。
反対側にはヴィラルが佇んでおり、彼女は目を細めては俺から目を逸らす。
記憶を消した後遺症と言えばいいだろうか・・・。
片隅に残った記憶の破片が彼女の脳を刺激し記憶を呼び起こそうとしている。
しかし、俺が彼女に行ったのは消去ではなく、書き換えである為、
思い出した所で記憶と記憶が繋がらず混乱を起こす。
「ヴィラル・・・いつもの頭痛か?」
「はい・・・後方に下がります。」
「ゆっくり休め。」
老兵はヴィラルを下がらせ、国王の護衛に一人であたる。
瞳には覚悟の色が見え隠れしており、俺はその瞳に何故か腹立たしくなった。
俺の中の何かが囁く―――『無駄』
覚悟、信念言葉だけなら何とでも言える。
しかし世の中は結果が全てで、二択しか存在しない。
出来るか出来ないか、やるかやられるか、後者に転べば無駄に終わる。
無駄な行いをする愚かな老兵に俺は何を思っているのだろうか?
「足が止まってるよ。」
「・・・・・・。」
自分の感情が理解出来ない俺に邪神の声は届いていない。
手を視界に入れられるまで俺は動かなかった。
「なんだ?」
「考え事かい?眉間に皺を寄せてると老化が促進するよ?」
俺は鼻を鳴らして言う。
「俺ではなく、目の前の老兵に言ってやれ。」
ヴァルハラ国王の眼前に立った俺と邪神は相手を見据えた。
力量は天と地の差程あるが、無意識に剣の柄に手が乗る。
その仕草に老兵は険しい表情をより一層険しくして俺達を見つめた。
一歩前に足を出そうとした彼をヴァルハラ国王は静止させ、
俺に向けて言葉を発する。
「新王都グラントニア英雄レイダス・オルドレイ。
我が国の招きに応じて下さり、感謝の至り。
今夜の宴はより一層盛り上がる事だろう。」
「招きに応じて来てやった。
長居する気はさらさら無いので、煮るなり焼くなり暗殺するなりしたらどうだ。
俺の首がないと盛り上がるものも盛り上がらないだろ?」
「うわー・・・挑発の天才だ。」
俺は邪神の頭を鞘で殴る。
「痛い・・・。」
「我々は純粋に貴方を迎え入れている。
華やかな舞台に思惑は不要だと思わないか?」
「不要だが、あっちから俺に近寄ってくる。
闇に乗じて襲ってくるそいつらは、俺の気持ちとは裏腹に全てを壊していく。」
俺はカバンから取り出した銀の針を左手に三本持ち、十時の方向に放つ。
ヴァルハラ国王の隣、元々ヴィラルが立っていた位置を通り過ぎ、
背後に立っていた人間達に突き刺さる。
「ぐあ!?」
「うっ!?」
老兵は眉を顰め、静かに怒る。
それは無能な人間達に対しての怒りだった。
「拳銃の引き金に指をかけていたのでな。」
「貴方の実力を試す様な真似をして申し訳ありません。
私は国から離れられない身。是非とも貴方の力を拝見したかったのです。」
ヴァルハラ国王は俺に釈明するが、俺の表情は変わらない。
『帰ろうかな・・・。』
結局罠であるとはっきりした以上俺がヴァルハラにいる理由はない。
足先が門に向いた直後、邪神が俺の腕を掴んだ。
「いえいえ、彼はちっとも気にしておりません。
宴の席には参加させて頂きます。」
「おい・・・。」
「おお!なんと寛大なお方だ。
それでは私自ら席まで案内させて頂きます。」
ヴァルハラ国王は王座から立ち上がり、「さあさあ。」と手招きをする。
その様子にドン引きしながら俺は邪神に小声で言った。
「お前どういうつもりだ?」
「ん?勿論歓迎の儀を楽しむんだよ。」
意味深な発言と彼の如何にも企んでいる表情に俺は、気付いてしまう。
「お前の楽しむはそういう意味か・・・。」
「やっとかい。君は鈍いなあー。」
邪神は俺を出し抜いた事にクスクスと笑う。
俺は軽く息を吐いて、彼の遊び相手として付き合った。
『今回だけの約束だからな。』
それからというもの行く先々で様々な罠に遭遇する。
宴の席で注がれたワインは毒入りで、目の前の貴族エルフにぶちまけた。
眼球目掛けて放たれた吹き矢の矢を受け止めて、逆に鉛の球をお見舞いし、
地雷が埋まる地面をあるかされそうになるが、偶然近くにいたエルフを投げ入れた。
終いには裸のエルフ女性が俺をベットに誘い込み、ナイフで刺そうと試みる。
俺は深い溜息を吐いて、女性の身体をズタズタに斬り裂き終了。
悉く失敗に終わる彼らのレイダス・オルドレイ暗殺計画は
俺と邪神の遊び場となり、邪神は満面の笑みを浮かべている。
「こんなに楽しいのは久しぶりだよ!」
「俺は楽しくないぞ・・・一ミリも。」
邪神の周りには花が舞い、俺の周りはどんよりと空気が沈んでいた。
「ええ~何でだよ~。」
「狙われているのは俺だ・・・お前じゃない。」
銃弾が飛んできて頭に命中するが俺は倒れない。
飛んできた方角を睨みつけ、片手剣を投擲した。
丁度縦一列になった所に「グサリ」と刺さった剣の刀身は、
赤い血液で真っ赤に染まり、人間とエルフの串刺しが完成したのだった。
「流石!」
「五月蠅い。」
俺は柄で邪神の頭を強めに殴る。
床と顔面が接触し、
顔をめり込ませている内に片手剣の血を拭って鞘に納めた。
ベトベトになった白い布を死んでいる人間が所持していた青い布にすり替えた
俺であったが、描かれていた変わった模様に目を奪われる。
白い点滅を繰り返すそれを俺は知っていた。
「僕の知識にないなあ。」
ひょっこりと俺の背後から顔を出す邪神に俺は説明してやる。
「これは《反転術式の印》世界にたった一つしかない筈の激レアアイテムだ。」
《反転術式の印》システム上定められているステータス値を
反転させる危険な代物。
最大値と最小値の中間値を基準とし、数値をひっくり返す。
効果時間は10秒と非常に短いが、戦況を逆転させるには十分だ。
そして、このアイテムが一つしかない理由は、
『FREE』の対人大会で優勝した一人にしか与えられなかった事にある。
ゲームストーリー上倒せないとされている邪神を
唯一倒せる可能性があるとすれば、このアイテムだけ・・・。
大会で優勝した優勝者のみが、
プレイヤーの悲願とする邪神討伐権限を持っていたのだ。
『状態異常だから俺には効かないんだけどな。』
「一つしかない筈のアイテムが何でこんな人間が持っていたんだろうね。」
「さあな。まあ、貴重なアイテムである事に変わりはない。
有難く使わせて貰う。」
カバンに《反転術式の印》をしまった俺は邪神と一緒に国王の元へ向かう。
悔しがる姿が目に浮かんだ。
「今国王が首吊りする所を想像したでしょ?」
「何故分かった・・・。」
「視線が上を向いていたからそうかなーと思って。」
「腐っても邪神だな。」
「明らかに貶してるよね。」
「貶してる。」
「隠そうよ!?」
等と話している間に国王の目の前に戻ってきた俺達だが、
想像は大きく外れ、国王はにこやかな笑みを浮かべていた。
『諦めてないな。』
『諦めてないね。』
俺と邪神は城内の広場に招かれ、外側から勢いよく扉を閉められる。
広場に集められたエルフと人間達の目は笑っており、
俺達が「袋のネズミである」と勘違いをしていた。
「ああ・・・面倒くさい。」
「誘ったのは僕だし全部やろうか?」
「言葉に甘えさせて貰う。
あっちで見学してるから好きに暴れると良い。」
邪神は「フフフ。」と声を漏らし、彼らの上空を飛行する。
始まった短期戦を広場にあった椅子に腰かけ、俺は見学を決め込んだ。
時折、俺の方へと走ってくる輩がいたが邪神が爪を伸ばし逃がそうとしない。
目の前のエルフや人間が倒れる度に邪悪な笑みを浮かべる邪神に思うのは、
俺と似ているという事だ。
『俺もあんな顔してるのか・・・。』
不思議と嫌な感情を抱かず、惨状を平然と見ていられる。
逆に楽しくて途中参加を考えた。
壁一面に飛び散った血は、
俺に覚えのない高揚感と闘争心を与えるだけ与えて黒ずんで行き、
やがて俺は立ち上がる。
残った数人を己が剣で斬り裂き、口元は笑った。
『やっぱり赤は良いなー・・・。』
手の平にべっとりと付いた血を見つめて、俺は欲した。
『もっと赤が見たい。もっともっと死体を見たい。もっともっと・・・。』
俺の中の何かが囁く―――『殺せ』
邪神は俺の様子に微笑む。
彼だけに見える俺の翼は大きくなり、生え際から赤や黄の繊維を伸ばす。
ゆっくり落下する羽に手を伸ばした邪神は羽を握りしめるが、
薄ガラスのようにパラパラと粉になる。
光の粉を指の間から落とす邪神は肉眼で見えなくなるまでそれを見つめた。
「幻想的だ・・・。」
彼の小さな呟きは、囁く何かに妨害されて聞こえない。
「邪神・・・遊びはこれで終わりか?」
「隠す気もないみたいだし、これで終わりだと思うよ。
多分ね・・・。」
背を見せたまま返答を返さない俺に不用意に接近した彼は、
自分の首が斬り落とされる幻に困惑する。
首元を抑え、冷や汗を流す彼に向き直った俺の瞳は黒い炎を宿していた。
「出てくるつもりはないんじゃなかったっけ?」
「出てくる羽目になった。」
「きっかけは何だい?」
俺は下に転がる死体に剣を突き立て、壁一面の血に視線を向ける。
「成程ねー・・・。君の正体が大体分かって来たよ。
まあ、贋作の僕にはどうしようもないけどさ。」
「俺に対して悪意を抱いていない時点でどうする気もないだろ。」
「そうだよ。」
「性格も人格も丸っ切り本物の癖に・・・変わった奴だ。」
「僕は僕だからね。」
「あいつにもしもの事があったらお前を殺すからな。」
「念押ししなくても分かってますよー。」
俺は少しふらついて頭に手を当てる。
視界がぼやけて朦朧とした。
「・・・手を出して悪かったな。」
「ううん、気にしてない。それよりもそろそろフィナーレで締めよう。」
「フィナーレ?」
「楽しみは最後に取っておく派なんだ。」
彼は人差し指を口元に当て、静かに笑う。
そこに悪意はなく、無邪気な子供が禍々しい空気を放つ。
「ヴァルハラを堕とす。」
彼は確かにそう言った。
通常の俺なら躊躇っていたが、俺は口角を上げて笑い声を上げる。
中から溢れるドロドロとした感情に身を任せ、全てを委ねた。
「最高のフィナーレ!最高の幕引きだ!」
その先に待ち受ける結果に世界中が騒然とする。
自ら招き入れた厄災に彼らは滅ぼされたのだった。




