罠に飛び込む愚か者
俺が目を覚ました時には、木陰で邪神に膝枕をされていた。
薬が効いたのか身体のだるさはなく、本調子に戻った俺は起き上がる。
宿屋で寝ていた筈なのに外にいるという不可解な現象に首を傾げながら、
右に視線を向けるとそこには、滅びたイスガシオがあった。
「お前がやったのか?」
「えへへっ正体がバレちゃって。」
「かわい子ぶるな気持ち悪い。話し次第によっては首を飛ばすからな。」
「はい・・・。」
委縮した邪神は俺に素直に事情を説明する。
体調の悪い俺を睡眠薬で寝かせた後、街を出歩いていた邪神は住人に絡まれる。
正当防衛で力を行使した彼は、
偶然周囲にいた住人に水を被せられ、翼が露呈したらしい。
騒ぎは拡大し、国と邪神による戦争状態に発展したがこれを撃破。
真祖達が森の中で獣王を発見し、殺す前に許可証にサインさせたそうだ。
「俺が許可証を欲しているといつ言った?」
「寝てる時にボソッとね。君を喜ばせたくて用意したんだけど不満だったかい?」
「いや・・・ありがとう。」
「え?」
「何でもない!それより、生き残りがいたら厄介だ。」
「大丈夫だよ。子供から大人まで皆殺しにしたから
国堕としが僕と辿り着くまで時間が掛かる。」
「なら良い。」
邪神は俺の態度に目を細める。
俺はそれに気づかず話しを続けた。
「許可証は手に入れた。後は向かうだけだ。」
「それなんだけど先送りにしないかい?」
「何故だ?」
「楽しみは最後に・・・という奴さ。」
邪神の発言には一理ある。
不老不死の俺にとって、世界のあらゆる場所はいずれ見飽きてしまう。
「他に面白い場所はあるのか?」
「ヴァルハラでは、英雄歓迎の儀が行われているらしいよ。
昨日からドンチャン騒いでいる。他国が滅ぼされたというのに呑気だよね。」
「滅ぼした本人が言うか・・・。
後、ヴァルハラの催しは俺をおびき寄せる為の罠だ。俺は行かないぞ。」
「あながち違うかもよ。」
「?」
「罠じゃないかもって事さ。」
「確証はあるのか?」
「ない。」
「・・・・・・。」
「ああ!帰ろうとしないで!お願いお願い!」
「俺は自ら罠に飛び込む馬鹿じゃない。行くならひとりで行け!」
「それが良いんじゃないか。」
「意味が分からん。」
「まあ、僕を信じて着いて来てよ。」
「信じるは俺がなにより嫌いな言葉だ。後敵のお前を信じる理由が何処に・・・。」
邪神は錠剤を俺の口に突っ込む。
そして、口元を押さえて上に向けさせた。
「んぐぐ・・・。」
抵抗して引き剥がす頃には錠剤を呑み込んでおり、俺はむせ返る。
「ゲホッゴホッ!?お前・・・。」
「今度は即効性だよ。フフフフフ・・・。」
「薬は・・・やめろと・・・。」
邪神は俺の身体を支えて、寝顔を眺める。
瞳に映るのは俺の顔だが、どこか遠くを見つめていた。
「彼と君の境界線は一体何処にあるんだろうね。」
俺を担ぎヴァルハラに向かった邪神は近くの森へ身を潜める。
一日ぐっすり熟睡して、
再び膝枕された状態で目を覚ました俺は邪神の顔面を殴り飛ばすのだった。
―――アズラール―――
「どうなってんだ・・・こりゃ・・・。」
遠征から新王都へ戻る道中にあったガラン達は、アズラールの異変に気付く。
煙が立ち込める中を歩行する一行は無数にある焼死体に驚愕した。
他にも身体を引き裂かれた死体等もあり、獣人達は全員目を見開いていた。
恐怖に顔を歪ませる者、死にたくないと涙を流す者の想いが彼らに流れ込む。
「ガラン!」
「なんだ。」
「イスガシオの様子も変だ!それと・・・獣王の死体が見つかった。」
「テペリ・・・!?」
ガランは慌てて獣王の元へ向かう。
森に足を踏み入れた彼は茂みを掻き分け、彼女の顔を凝視した。
状態を確認していた冒険者はガランに首を振って見せ「死んでるよ。」と呟く。
「外傷はないが、内側が液状化している。
どうやったらこんな殺し方が出来るのか分からん。」
冒険者は獣王の腹部を両手で押す。
すると口、目、耳等からドロドロとした黒い異物と赤い液体が流れ出る。
押さえていた腹部から手を離した冒険者は目を細め、腹部を凝視。
膨らんでいた腹部は再び膨らませる事はなく、へこんだまま元に戻らなかった。
ガランは獣王に近づき、片手で瞼を下ろさせる。
せめてもの供養に近くに生えていた花を手に持たせ、両手を合わせた。
「死亡推定時刻は分かるか?」
「体内の黒い塊は血液が凝固したんだろうな。
俺の推測だけど、死亡して一日と半時だと思う。」
「一日と半時・・・。」
ガランは眉間に皺をよせ、唇を噛みしめる。
異変に早く気づけていれば獣王を死なせずに済んだと悔いていた。
「俺達が間に合っていたとして犯人には勝てないだろうな。」
「やってみないと分からないだろ。」
「分かるさ。対象に触れず殺せる奴だ。俺達が束になっても敵わない。」
ガランは拳を握りしめる。爪がくい込み血が滴った。
「悔しい気持ちは俺も同じだ。だが、まずは供養が先だろう。」
「・・・そうだな。すまん。」
「なんで謝るんだよ。誰も悪くない・・・悪くない。」
彼らは、アズラール中の死体を一か所に集める。
地面を掘り、一人一人丁寧に埋めた後の光景は正しく墓場だった。
死者が深夜に化けて出てきそうな雰囲気が周囲に立ち込め、
数人の冒険者は息を呑んだ。
「新王都に帰るぞ。俺達に出来る事はない。」
ガランは冒険者達の先頭を歩き、その後に彼らは続く。
足取りは重く、ポツリと髪に滴が落ちた。生き物の死に嘆くように空は泣く。
彼らの悲しみは雨によって流されていくのだった。
―――ヴァルハラ―――
綺麗な顔立ちだった邪神の顔はボロボロになり、地面に正座している。
そうさせているのは俺であり、彼は冷や汗を流していた。
「ご、ごめんなはい。ゆるひへふははい。」
「あ゛あ゛!?」
俺は邪神の顔面を殴り飛ばす。
木々を薙ぎ倒しながら飛んでいった邪神は仰向けになって気絶した。
彼の胸ぐらを掴み上げ、平手で意識を取り戻させた後デコピンで額を数発打つ。
「ズドン!」「ドコン!」とデコピンとは思えない凄まじい音がこだまし、
周囲の魔物は逃げ出した。
真祖達も俺と邪神の力量差を理解し始めており、
止めようにも止められない状況にあたふたしていた。
「俺は行かないって言ったよな?お前の耳は飾りか?」
「かさりじゃありふぁふぇんー。でも、君ほ行きたいんふぁよー。」
どれだけ痛めつけてもヴァルハラ行きを諦めない邪神に俺は肩を竦める。
「今回だけだ。」
「やっふぁー!」と喜ぶ邪神を睨みつけ、彼を委縮させた後、
一旦夢見の森のログハウスに帰宅した俺はセレスに言う。
「セレス・・・俺の服を持って来い。」
「宜しいのですか?」
「ああ、痛感したよ。俺は俺以外の何者にもなれないんだ。」
「・・・・・・。」
「セレス、ガルムごめんな・・・こんな俺で。」
「謝らないでください。
私達はご主人様と共にあり、死んでいく存在。
ご主人様の選択に私達は決して異を唱えません。」
「・・・・・・。」
「存分にご自分を披露してください。」
「・・・分かった。」
俺は転移でヴァルハラへ戻る。
セレスは遠くに行ってしまった俺の背中を想像し、複雑な表情を浮かべた。
『これで、本当に良かったのだろうか・・・。』と答えの出ない自問自答に、
彼の胸は締め付けられる。
苦しさや悲しみとは違う感情にセレスは疑問を抱くが
ガルムの縮こまる様子を見て理解した。
「私は、寂しいのですね。」
「クウウゥ―――ン・・・。」
ガルムはセレスにすり寄り、彼は微笑む。
「大丈夫です。ご主人様は帰ってきます。
ここは彼の家なのですから。」
二人は俺の帰宅をただただ待ち続ける。
そして、ヴァルハラの邪神と合流した俺は、
真祖達に治療を受ける彼の様子に顔をニヤつかせた。
「あの邪神がなー。ハハハッ・・・。」
「き、君じゃなければ傷なんて負わないよ!てかやりすぎ!」
「お前が調子に乗ったのが悪い。」
「ぐぬぬ・・・調子に乗っていたのは事実だから否定出来ない。」
「正直だな。さて、治療が終わったなら行くぞ。」
「正面から堂々と行くのかい?」
「俺の歓迎会だろ。主役は正面と決まっている。」
「さっきまで乗り気じゃなかったのに・・・。」
「なに、自分を隠す事をやめただけだ。自分を思う存分披露する。」
邪神は俺の後方で邪悪な笑みを浮かべて、笑い声を上げる。
「なんで笑うんだよ。」
「認めたんだなと思ってさ。」
「まあな・・・俺は結局・・・んぶへ!?」
邪神の両手で顔を挟まれた俺は変な声を上げた。
別に痛みはないが、若干イラっとした俺は、腕で振り払う。
先程とは違い華麗にかわす邪神に更にイラっとした。
「いつも以上に暗い顔をしない!笑わないと楽しくないよ。」
「はいはい・・・。」
俺は二度返事で邪神から顔を逸らす。
真祖に目を向けた俺の考えを察した邪神は真祖をヴァルハラ周辺に配備した。
「念には念を・・・君、悪の才能があるよ。」
「いらない。」
即答で返事をした俺は早い足取りでヴァルハラの入口へ向かう。
邪神は翼を隠してから俺の後を追うのだった。




