邪神・真祖VS獣人軍
「つまらない。」
邪神は獣人を吹き飛ばしながら呟いた。
魔法や自身の肉体能力を活かし驚異的な力を見せつける。
伸ばした長い爪で獣人を引き裂き、広範囲魔法で一団を瞬殺して行った。
正面の軍が半分をきった頃、東と西から同時に獣人の軍勢が飛び出し、
邪神に襲い掛かるが、罠を残し上空へと高く舞い上がる。
魔法の罠に片足を入れた獣人達は瞬く間に爆風で100m以上飛ばされ、
空中旅行を堪能する。
地面に叩きつけられた彼らは死に絶え、目を見開いていた。
「くっ!状況は!?」
「正面の軍勢は全滅。獣王が東へ移動し、
大砲を使用した遠距離戦に切り替えております。」
「そう・・・良かった。私達は邪神と真祖を引き付けます。
大砲に巻き込まれないよう注意なさい!」
ニーニャが率いる西軍は邪神が呼び寄せた真祖10体と交戦している。
邪神は西軍の必死な様子に高みの見物をしており、時折あくびを漏らしていた。
余裕ぶった態度にイラつくニーニャであったが、
軍を率いる者が取り乱しては、忽ち均衡状態は崩れてしまう。
『何としてでもそれだけは避けないと・・・。』
真祖の一撃で死んでいく戦友にニーニャは涙を流しかけるが、
悲しんでいる余裕はない。
気を抜けば殺されるのは自分だ。
ニーニャは劣勢になりつつある第一軍に苦しい声を上げながら、
東軍の準備を待った。
『まだかまだかまだかまだか・・・来た!』
東軍がランプに火を灯し、合図の明かりを送っている。
ランプを振る小柄な獣人はアレスだ。
「皆衝撃に備えなさい!」
ニーニャの声は戦場の隅まで行き届いた。
獣人達は装備していた盾を上に構え、
大きなヘコミを見つけた者は身体を滑り込ませる。
そして―――
「撃てええええええ!」
東軍にいる獣王の合図で一斉に大砲が放たれた。
砲弾は邪神と真祖達に着弾し、凄まじい衝撃と土埃が舞う。
自分達の劣勢が覆るという期待で胸が一杯の獣人であったが、
掠り傷一つ付けられない。
淡い期待は一撃をもって砕かれた。
「くそ!くそ!くそ!」
「まだだ!まだ終わっていない!
誇り高き獣人よ私に続けえええええ!」
獣王は再び進撃を開始し無謀な戦闘を継続した。
剣が真祖の身体を斬り裂き、一撃を入れる度に獣人は返り討ち。
銃弾を撃ち込んでは弾かれ、跳弾した銃弾は不規則に飛んでいった。
どんどん数を減らしていく獣人の残りは
獣王、ニーニャ、アレスを含め100と少し。
邪神を倒せる見込みは0に等しかった。
「さっさと諦めればいいのに・・・。
僕だったら逃げるね。誇りとか犬にでも喰わせればいいんだ。
あ!君達は獣と人間の混ざり物だから犬の血も混ざっているのか。
アハハハハッ!」
獣人を見下し、獣人を殺す邪神を彼らは許せない。
憎しみや憎悪が沸き起こるが邪神に対してそれは逆効果だった。
邪神は世界の膿であり、生き物達から発生する負の結晶の塊だ。
獣人の感情は邪神に吸収され、彼の魔力源となっている。
《スキル:魔力変換》と《スキル:邪神の支配》があればこそなせる業だ。
「君達の感情は実に美味だ。けど、彼ほどじゃない。
束になっても彼の憎しみには程遠い。」
「何の・・・話だ?」
「こっちの話しさ。《魔法/第10弾:四面楚歌》」
「アレス避けて!」
邪神は口を開けて、歌を唄う。
その歌は指定した対象を確率で即死させ、死に至らしめる。
アレスは握りしめていた武器を地面に落とし、上を向いた刃先に頭を差し出した。
「ドシュッ!」とアレスの身体と頭が分かれる音と姿にニーニャは顔を背ける。
「アレス・・・。」
獣王の視点は定まらず、声は震える。
アレスに駆け寄り、地面に横たわる死体に涙を流してしまった。
瞬間、獣人達の戦意は喪失。
獣王を連れて撤退を開始した。
「ニーニャ逃げるぞ!」
「ダメよ!邪神が私達をすんなり逃がす筈が無い。
私が相手の立場ならそうする。」
「囮になる気か!?」
「良いから行って!獣人の未来を託します!」
「ニーニャ・・・ニーニャ待って!私は貴方まで失いたくない!
お願いだから行かないで!」
「獣王様・・・申し訳ありません。」
「ニーニャ!!」
「さようなら・・・。」
獣王を連れてニーニャ以外の獣人は撤退。
邪神は真祖に「やれ。」と命令を下し、彼女を襲わせた。
ひび割れた《宝玉》から放たれる強力な光属性魔法は真祖に効果があり、
表皮が焼ける。
「《精霊王の宝玉》かー。良い物持ってるね。」
《精霊王の宝玉》はlv100の光属性魔法を魔力量消費なしで
強制的に使用可能とする超レアなアイテムだ。
正し、強力ゆえに欠点があり回数制限が設けられている。
持ち主が変われば自動的に回数はリセットされ、ひび割れはなくなるが、
現持ち主のニーニャが使用回数を使い果たせば
完全に消滅し使用不可となる。
『発動出来て残り3回・・・使い所を考えないと。』
真祖に《精霊王の宝玉》が有効だろうとニーニャと真祖の力量差は埋まらない。
懐に踏み込まれて防具を砕かれては皮膚が捲れ、
風が肉に当たる度にヒリヒリとした痛みがニーニャを苦しめる。
その様子を邪神は楽しそうに眺めていた。
空中で足をゆらゆらと揺らし、腕を組む。
「くあ!?」
ニーニャは、真祖の攻撃を辛うじて避け、態勢を立て直すが、
もう一体の真祖の攻撃が致命的な一撃となり、彼女は腰に手を当てる。
押さえているにも関わらず鮮血は止めどなく流れ落ち、
ニーニャの顔から血の気が引いて行く。
「この!」
苦し紛れの剣撃が真祖の肩に食い込み、微量の血が出る。
更に《精霊王の宝玉》から放たれた魔法が真祖をキレさせた。
崇拝する邪神の眼前にてつけられた傷は彼らにとって屈辱だ。
ニーニャは真祖の一撃を腹部にもろに貰い宙を舞う。
のけぞった身体は顔から地面に叩きつけられ、勢いよく転がっていく。
岩が肘や肩にぶつかり、骨にヒビが入った彼女の動きはぎこちない。
それでも尚彼女は諦めない。
獣王を追わせない為―――
獣人の未来を守る為―――
彼女の信念は折れない。
「どうした!私はまだ立ってるぞ!」
顔の鼻も折れ、見るに堪えない顔に邪神は目を細めた。
地上に降り立った彼は、ニーニャに聞こえるように真祖に命じる。
「ここは良いから、獣王なる娘を殺しに行け。」
「き、貴様あああああああ!」
ニーニャは咆哮と共に剣を抜く。
真祖は彼女の両側から通り過ぎて行き、命令通り獣王を追った。
残った邪神に斬りかかったニーニャだが、
切っ先は親指と人差し指で挟まれ、止められる。
宝玉から二度放たれた魔法も無傷で打つ手立てがなくなった彼女は
剣に体重を乗せてもビクともしない邪神に対し恐怖を抱くが、
奥歯を噛みしめ恐怖を殺す。
邪神の足に何度も何度も蹴りを入れる彼女に邪神は言った。
「背負う物があると大変だね。今楽にしてあげるよ・・・。」
それが、ニーニャが最後に聞いた言葉だった。
人差し指の爪を少し伸ばし、
首を横に一閃した邪神はスタスタと軽やかな足取りでその場を立ち去った。
立ち尽くしたままのニーニャの目は血の涙を流し、やがて首がズリ落ちる。
「ゴトリッ」と音を立てて落下した頭は地面を転がり、
アレスの死体近くに留まった。
手に握り締めていた《精霊王の宝玉》は使用回数を超え、砕け散る。
その頃、獣王を連れて撤退中の獣人兵達の背後には真祖が迫っていた。
「来たぞ!?急げ急げ!」
「今度は俺が行く!獣王様を頼んだぞ!」
真祖を少しでも足止めする為、獣人兵は自ら死地へと飛び込んでいく。
その光景が獣王には堪えられなかった。
「私を下ろして!あいつらの狙いは私!私が死ねば貴方達は助かる!」
「いけません!ニーニャの犠牲を無駄にするのですか!?」
「でも・・・でも!」
「堪えてください獣王様・・・私達の為に生きてください。」
獣人兵達の手は震えており、呼吸は浅かった。
死が恐ろしくない者はいない。
家族を置き去りにして先に逝きたい筈もない。
しかし、この場で真祖と邪神を止めなければ家族も犠牲になる。
獣王は国を治め、民を引っ張る者として生きてもらわなければならないのだ。
たかが兵は捨て駒に過ぎず、彼らは自ら望んで受け入れた。
「全ては獣人の為に!うおおおおああああ!」
獣人が一人又一人と命の灯を消して行く。
残った兵士の数は50をきり、もはや後がない獣人軍は足を止めた。
本来地面がある場所が邪神の攻撃で陥没し、崖となっていたのだ。
「どうする!?」
「考えている暇はない!遠回りだが迂回するぞ!」
獣人兵達は残る体力とスタミナを振り絞り、走り続ける。
10人の獣人兵が一斉に足止めに入ったおかげで背後に真祖の影はない。
だが、彼らの体力は限界を超えており、半ば倒れていく。
「あ!」
「ダメだ!止まるな!」
助けに手を伸ばしかける兵士を他の兵士が止める。
仲間を助けたい気持ちは全員同じ。
それでも、優先すべきは獣王を逃がす事だ。
彼らは罪悪感と悔しさで胸が締め付けられた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
獣王は死んでいく獣人達に頭を下げる。
自分が不甲斐ないばかりに大切な民を犠牲にしてしまった。
『私はシャーロットみたいになれないのかな?』
そこへ真祖の一体が空から急降下し、地面に強烈な蹴りを炸裂させる。
獣王を抱いていた兵士が衝撃で吹き飛ばされ、
手放された獣王は地面に転がる。
「っ・・・獣王様!!」
「うっ・・・。」
腕に力を入れて起き上がろうとする彼女の真上には真祖の手刀が差し迫っていた。
それを咄嗟に前転して回避するが、後の薙ぎ払いで壁に衝突。
「がはっ!?」
獣王は血を吐きながらも意識を保ち、相手を見据える。
「獣王様お逃げください!」
「我々も後から追います!行ってください!」
「嘘だ。」と彼女は分かっていた。
けれど、彼らの言う通り獣王は死ねない。
死んでいった兵士達の意思を無駄にしない為に彼女は走った。
「絶対に・・・生きて追ってきなさい!」
獣王は涙を流しながら、堂々と発言した。
そんな彼女の勇ましさに残った兵士は笑みを浮かべる。
「大人が子供に格好いい所見せなくてどうするよ。」
「そうですね・・・。精々悪あがきしてやりましょう。」
「死んだらあの世で酒を奢れ。」
「ああ、幾らでも奢ってやるさ。」
「行くぞ!」
最後の防衛線は陥落し、獣人軍は壊滅状態。
重症で動けない者を多数イスガシオに残し、撤退を余儀なくされた。
避難先に逃げ果せたのは兵士がたったの5人。
方角を見失った獣王は、外れの森に身を潜め行動の機会を伺っていたが
真祖に見つかり、ひたすら追われる事となる。




