旧王都の異変
吹雪が止み、洞穴から顔を出した俺達は、
日光を植物の光合成のように一身に浴びる。
二人は、耐寒装備で無かったが為に筋肉が硬直し
肩が凝ったようで頭痛に苦しんでいたが、俺の魔法で治してやる。
「回復魔法が使えるのね。魔導師なのに・・・。」
「魔導師でも条件を満たせば習得は可能だ。
只満たすまでに多少の時間と労力がかかる。」
「どのくらい?」
「そうだな・・・。」
『俺は1週間でターゲットの魔物全てを討伐したけど、
この世界ならlv上げも兼ねてざっと・・・。』
「1年だ。」
「い、1年!?たった一つの魔法習得に1年もかかるの!?」
「魔物のlvを考えたらな。lv上げ段階で傷を癒す期間があるだろうし、
万全を期すなら準備期間も設けないとな。修行とはそういうものだろ?」
「ぐぬぬ・・・否定出来ない。」
「英雄になりたいのなら、地道に段取りを踏んでいけ。」
「そうだったわ。クロムにならない為にもね。」
俺は口元を少しだけ、きゅっと閉める。
クロムは俺で、俺はクロムだから、アルムナの発言が少しばかり刺さった。
「じゃあ、雪山を降りましょ!こんな寒い山コリゴリだわ。」
「残念な事に、条件の魔物の一体がこの山にいるぞ。」
「え?」
「もう一回だな。」
「・・・嘘よね?」
「本当だ。」
アルムナのテンションの下がりように俺は内心で笑う。
声が漏れそうになったが、口元に手を当てて堪え凌いだ。
ジェイルもなんだかんだで笑っており、
楽しそうに姉とじゃれる様子は姉弟だなと思った。
「二人ともじゃれるのは良いが、客人だ。」
「客人?」
俺の《探知》に反応があり、猛烈な勢いで迫ってきている。
隊列を組み、人間のように動くそれは魔物に思えなかった。
「10・・・20・・・いや、30か。」
《探知》の効果を強め、正体が分かった俺はアルムナ達を脇に抱えて走り出す。
山を下山しながら木々の間を抜けていった。
「ちょ!?どうなってるの!?」
「わわわわっ!?」
「真祖が隊列を組んでこっちに向かってきている。」
「真祖ってあの真祖ですか?」
「ああ、そうだ。」
「でも、この山は真祖の生息域しゃないですよ?」
「その筈だが、事実いるからな・・・。」
『FREE』のゲーム上でも真祖は氷河山に出現しない設定だった。
考えられるとすれば、
本来の生息域から出てきて新たな住処を探しているとしか・・・。
しかし、仮に真祖の背後に大きな存在がいたとして、命令に従うのか?
相手は魔物。
しかも高lvで恩恵まで授けられている。
『ん?・・・恩恵?』
俺は、《探知》を拡大し、一体の真祖に《鑑定》を発動した。
そこには《邪神の恩恵》という記述があり、ステータスやlvを倍増させていた。
「ああ、こいつは厄介だ。」
「何か分かったんですか?」
前々から俺は邪神の存在を危惧していた。
もし、邪神がこの世界に具現化していたとして邪神を倒せるか不明だったからだ。
『FREE』において邪神は絶対討伐不可能な敵にしてプレイヤーの天敵。
lv100なのにダメージを与えても、数値は0で、ことごとく返り討ちに遭うのだ。
運営側が『FREE』に盛り込んだストーリー内容で登場する邪神に敗北し、
ストーリーが進行する。後に邪神を弱体化し、勝利する演出なのだが、今回ばかりは最悪だ。
この世界はゲームであって、現実。
敗北は決して許されない。
そんな世界に邪神を呼び出した奴等にイライラする。
「飛ばすから舌を噛むなよ?」
「え?え?ぴやあああああ!?」
アルムナは妙に可愛らしい声を上げて、叫び声を上げる。
走る方角を時折変えるが真祖はピッタリついてきていた。
その事から目的が俺かアルムナ達と推測出来るが、確実に俺だろう。
遠くから飛ばされる殺気に気づいたのは俺だけであり、現に後ろに付き纏っている。
俺は二人を安全な場所へ運ぶ為、瞬間移動を用いてメイサの森へ移動した。
アルムナは吐きそうな顔をしており、ジェイルが背中をさする。
「連中の狙いは俺らしい。」
「それなら僕達も加勢します!人数が多い方が有利です!」
「それは、力が拮抗している場合だ。
気持ちは嬉しいが、正直足手まといだ。」
「ジェイル・・・もう大丈夫だから。」
「お姉ちゃん・・・。」
「最後に貴方の名前を聞かせて。嘘偽りの名ではなく、本当の名を・・・。」
俺は、目を伏せてから改めて彼らに視線を向ける。
「ジグルト・アーシャリオ・・・と名乗るつもりでいたが、
気付いている様だし仕方ない。
俺はレイダス・オルドレイ。お前達が目指す正真正銘、犯罪者にして英雄だ。」
俺は取り出した水の入った大瓶を頭にかける。
染色剤は洗い流され、金髪が露呈した。
「やっぱりそうだったんだ。」
「いつから気付いてた?」
「貴方が語ってくれた物語を聞いた時よ。クロムは貴方でしょ?」
「失策だったか・・・。」
俺は肩を竦めた。
「私はやっぱり貴方の弟子になりたいわ。」
「ぼ、僕もです。」
「又心変わりか?クロムのようになりたいのか?」
「私はぶっきらぼうで無表情で優しい貴方がクロムとは思わない。
他人との関係性を作るのが下手なだけよ。
それに、私達が貴方のようになるとも限らないしね。」
「そ、そうです。僕達は・・・。」
「俺は同情して欲しくてあの話をしたんじゃない。
同類が増えるのが嫌なだけだ。」
「尚更じゃない。
貴方がその態度と性格を治さないと貴方を尊敬する人達が真似るでしょ!」
アルムナは立ち上がって、俺の胸に一指し指を当てる。
「人間は早々変わらない。変えられない。それは俺が一番理解している。」
「変えられるわ!私が証明して見せる!」
「どうやって?」
「貴方を一人で行かせるなんて出来ない。
足手まといだろうと私は着いてくわ。」
「お姉ちゃん!?」
「お前が何と言おうとそれは出来ない。」
「つべこべ言わず連れて行きなさい!」
一歩も引かないアルムナに対し、俺は根負けした。
「死んでも責任は取らないぞ。」
「良いわよ。自分の命位守れるんだから!」
「お姉ちゃんが行くなら僕も行く!レイダス様お願いします!」
「ああー、様付けだけはやめてくれ。気持ち悪くなる。」
「あ・・・ご、ごめんなさい。」
俺はアルムナ達と共に瞬間移動を発動して氷河山の麓に移動する。
眼前には真祖の団体がおり俺を凝視していた。
アルムナ達はlv差を肌で感じ取って身体を震わせていたが、
俺が一歩前に出た事により不安がわずかに和らいだようだった。
「知能ある魔物、真祖諸君。俺が自ら出向いた理由は分かっているな?
言うのもなんだが、ストーキングは犯罪だ。
餓鬼二人はともかく魔物のストーキングなんて反吐が出る。」
「邪神様には戦闘をするなと言われている。
追跡も辞めない。」
「言葉を介せるくせに相手の意思を汲み取れんとはな。」
俺は「やれやれ」とわざとらしく呆れた態度を見せる。
「お前達が崇拝する邪神は馬鹿らしい。
追跡するなら身を隠せと教わらなかったのか?」
真祖達は眉を顰めて、唸り声を上げる。
「それ以上言ってみろ。お前の命はない!」と脅しているのだろう。
「高みの見物を決め込む奴ほど無能というしな。
邪神は差し詰め無能の王だ。」
「ちょ!?言い過ぎでしょ!」
アルムナは俺の服を引っ張り俺を引き寄せる。
「さっきの威勢は何処へ行った?俺は変われると証明するんだろ?」
「それとこれと話しは別よ!」
俺はアルムナの手を払って、真祖の長髪を継続する。
「邪神なんて俺が本職なら一太刀で首を落とせるぞ。
お前達が俺を逃せばどうなるかな?」
「レイダ・・・。」
「お前達が俺を攻撃しないのならこちらとしては都合がいい。
無抵抗なお前達を殺した後、邪神をゆっくりと料理できるというものだ。」
俺は自分の首に手を当て、横に移動させる。
そうして、真祖達はようやくキレた。
アルムナ達を無視して勢いよく飛び出した前衛の5体は、
俊敏な動きで俺を攪乱させようとするが、無駄に終わる。
真祖5体の身体が足先から石化し石像と化したのだ。
ドッドから譲り受けた《メドゥーサの眼光》の便利差は想像以上で、
俺は満足している。
5体を一斉に石化出来たのはスキルとの掛け合わせによるもので、
今の俺には行く万通りの組み合わせが可能だ。
只スキルの数を把握しきれていないので、
試して有効な組み合わせの検討が必要である。
「《メドゥーサの眼光》と《範囲視覚化》は有効だな。」
自分達の敗北を想像していなかった真祖達には恐怖の色が見え、
俺が睨みつけるとたじろいだ。
「逃げられると思うなよ。お前ら全員実験材料だ。」
「待ちなさい!」
俺が魔法を唱えようと手の平を真祖に向けるとアルムナとジェイルに引っ張られる。
その拍子に発動した魔法は、光の帯を形成し鞭のようにしなった。
鞭は真祖に当たるかと思いきや地面に直撃し、
一撃ごとに地面を大きく抉り取っていく。
抉られた地面は空中を舞い、真祖と俺達を巻き込む形となったが、
俺は《結界朱》による防壁で守りを固め、
真祖達は己の身体能力で難なく岩を砕いて見せた。
「何で止めた?」
「戦闘妨害になっちゃうけど、貴方を変えるにはこの判断が正しいと思った。」
「俺は真祖を倒そうとしていた・・・間違っていると言いたいのか?」
「間違い以前に貴方の問題よ。さっきの貴方の表情分かってる?」
「表情?」
俺は自分の顔に触れる。
「特に・・・いつもと一緒だが?」
アルムナは深い溜息を吐いて肩を竦めた。
ジェイルに至っては、姉の後ろに隠れて俺の視線から逃げている。
『マズイ発言でもしただろうか?』
「貴方重症ね。さあ、逃げちゃった真祖達を追いましょう。」
「お前の所為で逃げられたのに謝罪もないのか?」
「ああもう!ごめんなさい!」
俺達は逃げて行った真祖達の後を追跡し、後をつける。
辿り着いた先は廃城、廃街と化した旧王都だった。




