王の暗殺・王の不在ーシャーロットverー
「何処で道を違えたのだろう・・・。」
私の人生は狂い始めていた。
新王都へ戻った私は、ウェルダンから文を受け取る。
そこにはヴァルハラ内乱戦終結。
そして、ギルドマスターリーゼル・マクシアノ戦死と書かれていた。
新王都の少数精鋭部隊は、甚大な被害を被る結果となり、暫くは動けない。
ヴァルハラで英気を養った後、新王都に帰還する。
私は歯を噛み締めた。
「これで良いのよ・・・。」
覚悟無くして、王とは呼べない。
私は、王として新王都の民を幸せにする義務がある。
「民を幸せにしてみせる。」
何としても―――
「姫様!」
「何事ですか!?」
ウェルダンが慌てて扉を開ける。
片手にはリゼンブルから送られてきた文を手にしていた。
私はそれを受け取り、開封。
記載されていた内容に私は驚愕した。
リゼンブル国王、王子共に暗殺。
犯人の痕跡や証拠は未だに掴めず、捜索は難航―――。
私は、即座に「彼」だと理解する。
―――時間は遡り、リゼンブルの王城内―――
見ず知らずの人に石化させられた私はレイダス様によって石化が解除された。
でも、混乱していた私は、レイダス様の体調を心配もせず、
説明追求を求めてしまう。
七王道のアイン様にも同じような対応を取り、自分を辱めるばかりだ。
レイダス様が倒れた時、駆け寄ろうとしたけど、
フェノールさんが駆け寄った事で私の足は止まる。
『彼女が行ってくれたから・・・。』と何処か安心してしまったのだ。
レイダス様が熱に魘されている頃、
私とリゼンブル国王、ファルナ王子はアイン様に話を持ちかけられる。
「今回の件を揉み消して欲しい。」
救世主の彼らが問題を起こしたとあっては、
この世界の均衡は大きく崩れる。
国を守護する1人としてそれは理解できた。
けれど―――
「ドッド様と同等の力を持つ者を犯人に仕立て上げなければ・・・。」
そう切り出したのはリゼンブル国王。
「いるだろう。そこに・・・。」
アイン様が指差した先には、レイダス様がいた。
私は、アイン様に反発。
「レイダス様は私達を助けてくれました!それなのに何故・・・。」
「1人の人間と民を天秤にかけられるか?」
私は喉を詰まらせた。
アイン様が言いたいのは、個と全のどちらかを選択しろという事。
力だけなら、レイダス様は全に釣り合う人間だけど、
1つの命を保有する生命と考えたら話は別・・・。
天秤にかけられない―――
それが私の結論だった。
「出来ません・・・。」
「だろう。後は分かっているな?」
私は渋々返事をする。
レイダス様が目を覚ました時、彼は状況を受け入れてくれるだろうか・・・。
私の胸には不安が溜まる。
「リゼンブル国王、ほとぼりが冷めるまで彼の保護を要求します。」
「良かろう。ただし、逃亡した場合は保証しかねる。」
レイダス様が逃亡を図ろうとしなければ、事は済む。
『謝ったら許してくれるかな・・・?』
私の考えは甘すぎた。
甘々だ・・・。
彼は目を覚まして直ぐ、行動を起こす。
視線を動かす彼の瞳はギラギラしていて、恐怖を感じさせた。
警戒心を解こうとするが、失敗。
彼は、廊下を颯爽と歩く。
私は彼の後を追ったけど、ドレスと武装では歩行速度に差が出る。
レイダス様との差は縮まることなく、私の息は荒くなるばかりだ。
途中で、ファルナ王子が足止めに入ってくれるが、
彼はファルナ王子を玩具の様に軽くあしらう。
『強い・・・。』一言そう思った。
私はレイダス様の戦闘をまじかで見た事が無かったから、
彼の戦闘技術の高さに目を見張った。
レイダス様は再び、歩き出し王城の出口へ向かう。
私は慌ててそれを追った。
追いついた頃には、既に彼は外に出ていてリゼンブルの民衆を目にしていた。
「この犯罪者が!」
「夫を返して!」
「俺が殺してやる!」
などと民衆は彼を罵倒しており、私は苦い表情をした。
『違う!彼じゃないの!』
だけど、彼は何の反応も示さず、王城の裏手に回る。
監視の目を掻い潜って、王城から逃亡した。
「ああ・・・そんな・・・。」
私は床に膝を落とし顔を手で覆った。
涙が止まらない―――。
指と指の間からポタポタと床に落ちる・・・。
拭っても拭っても溢れ出る涙に私の胸は締め付けられた。
「レイダス様・・・ごめんなさい。」
私を許して下さい―――
―――そして、現在に戻る―――
リゼンブル国王とファルナ王子は殺された。
彼は必ず私の元へやってくる・・・。
私はレイダス様に悪い事をした。
その報いを受ける。
けれど、死ぬわけには行かない。
レイダス様にどれだけ憎まれようと恨まれようと私は国王だ。
「ウェルダン、早急に王城周辺の警備網を固めてください。」
「承知致しました。」
ウェルダンに王命を下し、警備を厚くさせる。
「果たして彼に効果があるか・・・。」
「無能。」
不意に声が聞こえて振り返るとテーブルの上に小さな私がいた。
「警備を厚く?通用するわけ無いでしょ?」
「やってみないと分からないわ!」
「無理無理、ドッドを倒した男よ?弱い人間が束になっても勝てないわよ。」
私は、ギリギリと歯を食いしばる。
「黙れええ!」
私は小さな自分を叩き潰した。
べチン!と大きな音がして、恐る恐る手を上げるとそこには何もいなかった。
私は息を吐いてうずくまる。
「どうしてこんな事に・・・。」
全部自分の所為だ。
だけど、認めたくない―――
「それが人間の愚かさよ。」
居なくなった筈の小さい私が肩の上に座っていた。
「自分の罪を認めたくないから他人に押し付ける。所謂、責任逃れね。」
「私は・・・逃げてない。」
「逃げてるわよ。だって、アイン様に言い返さなかったじゃない。」
言い返せなかった―――
私より力も権力もあるから―――
「言い訳は聞きたくない。ほら、来たわよ。」
小さい私は消えた。
私は顔を上げて、目の前に立つ男の顔を見た。
『何処から入って来たんだろう。』と考えもしたが、彼なら何でも出来る。
私は、自分の中で彼だから・・・と納得した。
無表情ではあるが、赤い瞳から憎しみが伝わってくる。
ギラギラと輝きを放つそれは、王城で見た時と変わらない。
彼を包む重々しいオーラが私を恐怖に震わせる。
怖いけれど、私にこの状況を打開するすべはない。
私は死ぬ前に震える声で尋ねた。
「私を憎んでいますか?」
彼は口を開けて一言―――
「憎んでいる。」と言った。
「私を恨んでいますか?」
と尋ねると、
「恨んでいる。」
と言った。
「私を・・・殺したいですか?」
と尋ねると、
「殺す。」
と言った。
私は、何もかもを諦めて下を向いた。
ここまで下を向いた事なんて一度もなかった筈なのに・・・。
彼を前にすると、自分が小さく惨めに見える。
「死ぬ前に・・・烏滸がましい願いを聞いてくれませんか?」
彼にとっては烏滸がましい願いだ。
彼は無言で何も言わない。
私はそのまま続けた。
「王都をまも―――」
「断る。」
彼は、私の願いをばっさりと切り捨てた。
「国は永続しないものだ。ここは一種の分岐点であり、滅びを辿る。」
私は唇を噛みしめた。
必死に守ってきた民が死ぬ・・・。
幸せが絶える・・・。
『嫌だ!』
嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!・・・。
諦めた筈なのに、奥底から反抗心と力が込み上げる。
「全部これから始まるのにそんなのダメよ!」
「この国の生活は俺を犠牲にして成り立っている。
お前が選んだ道だ。シャーロット・ツヴァン・グラントニア。
冥府の父と共にあの世で悔いるがいい。」
私は彼の剣で胸を貫かれる。
口から血を吐きながら、視線を下に向けた。
「これは・・・ファルナの・・・。」
リゼンブルの王城で彼が皇子から奪って行った片手剣―――
「俺と皇子に殺された気持ちの感想は?」
私は何も言えなかった。
口から鮮血が溢れて声を発せない。
私は必死に口を動かして、彼に読み取らせる。
『さ・・・い・・・あ・・・く・・・。』
彼は、柄から手を放し倒れる私を眺めた。
口元が微かに笑っていたのを覚えている。
憎む相手を殺せて爽快なのだろう。
『彼の言う通り・・・。死んで行く私には後悔しか残っていない。』
私の死んだ未来でグラントニアは滅んでいる。
彼が滅ぼすのかもしれない。
彼は言っていた。
「この国の生活は俺を犠牲にして成り立っている。」
確かにそうだ。
私達は彼に助けられ続けた。
それを仇で返したのだから彼が怒るのも当然である。
床に倒れた私は、天井を見上げ、ぼそりと呟く。
血が溢れている所為で声は出せないが、彼はそれを読み取る。
眉をピクリと動かす彼の仕草でそう確信していた。
彼は、悩ましそうな表情をしながら、私に背を向ける。
私の瞳は虚ろい、次第に意識が遠のいていった。
『寒い・・・。』
身体の感覚が無くなり、視界が真っ暗になって私は理解する。
『私・・・死んだんだ。』
彼に殺されたのに、私の感情は恨みを抱かない。
私は誤った―――
私は進むべき道を間違えた―――
認める。
全部私の所為だ。
私は死んだ後になってようやく自分を正せたのだった。




