口喧嘩
「ええい!離せ!」
「いいえ!離しません!」
「師匠~どうどう。」
俺は、アインがカイル達に取り押さえられる様子を黙って見ていた。
イリヤに至っては、彼を馬のように扱っている。
それでも、彼は暴れる。
七王道としての誇りと彼の正義感が敗北を許さない。
彼は「再戦だ!」と言って、言う事を聞かなかった。
俺は、溜息を吐いてから再戦を承諾。
2度、3度アインと戦闘をした俺は全勝した。
現実を受け止められないアインは、地面に両膝を落とし
「何故だ・・・。」と呟く。
「何故も何も、お前が弱いだけだろ?」
俺の突き刺さる言葉にアインはぐうの音も出ない。
弟子であるカイル達の方が相手の力量を測れている。
俺が彼に全勝した結果を「レイダスさんだから。」と納得しており、
その光景を微笑ましく見守っていた。
七王道が弟子に世話をされている事実に内心、俺は笑っていた。
表情筋が動かない為、それが表に出ないのは救いであり、
笑っていたら、火に油を注ぐ結果になっていただろう。
泣きべそになっていたアインをイリヤが優しく抱きしめて頭を撫でる。
『あー、等々子供扱いに・・・。』
俺の中で、アインの評価は駄々下がりだ。
他の七王道も彼と同じように劣化しているのだろうか・・・。
もしそうなら、残念すぎる。
何故なら『FREE』をプレイしていた当時の俺は、七王道に何度も挑み敗北している。
眼前で頭を撫でられている子供に俺は負けたのだ。
これを残念と言わず、何と言えばいい?
「次は、勝つからな・・・ぐすっ。」
「はいはい。」
俺は、二度返事で呆れ返った。
「師匠が本当にすいません・・・。」
カイルが俺に頭を下げる。
本当に申し訳なさそうな彼に俺は言った。
「ダメ師匠を持つと苦労するよな。」
カイルは答えづらそうだったが、
小さく「はい。」と返事をするのだった。
「話を変えるが、ドッドを捜索しているのだろう。
こんな場所で油を売っていていいのか?」
「そうですよ!師匠行かないと!」
カイルは、覇気の無いアインを立たせる。
立たされた彼は「そうだな。」と返事をした。
「オルドレイ殿、もし良ければ私達に同行して頂けませんか?」
そう俺に、切り出したのはゲイルだった。
「ドッドを止められるのは、今の所、師のみ。
ですが、オルドレイ殿もいれば百人力です。」
「そうです!レイダスさんお願いします。」
流れと多数決で俺に拒否権がない。
俺がアインに視線を移すと彼は、不服そうな表情を浮かべていた。
自分が敗北した相手と同行は、嫌だろう。
歯をギリギリと噛み締めている様子からそれが明らかだった。
アインからは「来るんじゃない!」というオーラが漏れ出していたが、
俺は無視する。
「分かった。」
俺の返事にアイン以外の3人は笑みを浮かべ、互いを見合った。
『俺の同行がそんなに嬉しいのか?』と首を傾げたくなるが、その気持ちを抑える。
「それで、ドッドの行き先は特定できているのか?」
「現在地は不明です。
只、彼の仕業らしき事件がリゼンブル近郊で起きているそうです。」
「リゼンブル近郊で事件?」
「はい。《石化現象》と言われていて、一夜明けると人が石になっているとか。」
「カイル・・・怖いよ~。」
イリヤがカイルに抱きつく。
『わざとらしい・・・。』
カイルはイリヤに抱きつかれて赤面。
会話が進まない為、俺は、ゲイルにアイコンタクトを送った。
彼は「ゴホン」と咳払いしてから話を再開させようとするが、
そこで、アインが口を開く。
「《石化現象》は、ドッドの魔眼によるものだ。」
「根拠は?」
「ドッドの魔眼は、付与効果。そして、完全な石化を可能とした者は彼だけだ。」
俺は、アインの言葉を聞いて、ドッドがプレイヤーの間で、
《不可避の魔眼保持者》と呼ばれていた事を思い出す。
通常の石化は、相手の動きを止めるだけに留まるが、
「それだけでは、つまらない。」というプレイヤーの声に応え、
運営側が彼にだけ、完全石化効果を与えたのである。
それをきっかけに『FREE』をプレイしていた当時のドッド攻略難易度は上がり、
彼に挑むプレイヤーはいなくなった。
それが、この世界で大きな騒動に発展するなんて思いもしない。
1人のプレイヤーとして、マズイ事をしたという自覚はあるものの、過去は語れない。
俺は、無表情で彼らと話しを続けた。
「完全な石化の解除は出来ないのか?」
「回復に特化したヒーラー職が将来的に得るのでは?と考えてはいるが、
今の所不可能だ。」
「だが、無敵に近いドッドをお前は止められるんだろう?」
『確か、ゲイルがそう言っていた。』
「ああ、完全石化を無効に出来る
消費アイテム《メドゥーサの抗体》を生産できるからな。」
『んん~?? 今、凄い発言をさらっとしなかったか?』
俺は、自分の耳を疑った。
「待て、生産出来るのなら、他の者に生産したアイテムを渡せば良いじゃないか。」
生産が可能なら完全石化効果対策は、万全の筈だ。
「生産は出来るが、七天塔を出る際、彼は生産に必要な素材を燃やして行った。
残ったのは、生産の終えた《メドゥーサの抗体》1本だけ。
短期決戦で、決着が付けばいいのだが、勝敗は五分五分。
流石の私も彼と戦って生きて帰れる自信はない。」
俺に何度負けてもリベンジを誓うアインに
そこまで言わしめるドッドに少しばかり興味が湧いた。
「必要な素材というのは?」
「《真祖の血》、《メドゥーサの目玉》、《白天玉》の3つだ。
貴様でも、これだけの素材は持っていまい。」
アインは挑発的な発言をするが、俺は平然とこう答える。
「持ってるぞ。」
彼は、呆気に取られた。
「すまない。もう一度、言って貰えるかな?」
何度でも言おう。
「持ってるぞ。」
彼は、くるりと反転し大声を上げた。
「ふざけるなあああああああ!」
アインが叫ぶのも当然だ。
《真祖の血》、《メドゥーサの目玉》、《白天玉》の3つは、貴重アイテムだ。
早々手に入る代物ではない。
『俺に所持アイテムで勝負を挑み、勝った気でいたのだろうが、残念だったな。』
俺の『FREE』プレイ歴はとても長い。
アカウントを4つも作成し、素材集めで周回していた程なのだから・・・。
「と言う事だ。生産レシピを俺に寄越せ。」
俺は、アインに要求する。
「私が生産する。貴様が素材を寄越せ!」
彼は、負けじと俺に反抗する。
バチバチと火花を散らす2人にカイル達は、たじろいだ。
「やれやれ、お前が反抗するなら仕方ないな。」
素材を渡すという発言ではない。
これは、アインに生産レシピを自ら差し出させる唯一の方法だ。
俺は、ドスの聞いた声で彼に言う。
「俺に負けた分際で口答えするな。負け犬が・・・。」
アインの心にヒビが入った。
彼の表情がそれを物語っており、
アインは生産レシピを震える手で俺に差し出した。
「どうぞ。」
俺は、生産レシピを受け取った。
「素直で宜しい。」
カバンに生産レシピをしまった俺は、消費アイテム生産の為、
「王都へ戻る。」とカイル達に言った。
ついでに、ある事を彼らに尋ねる。
「ドッドが人間を石化している理由はなんだ?」
不意に思ったのだ。
理由が無ければ、人間を石化なんて大それた行動はしない。
原因は何か?
俺は原因が気になった。
アインと師弟関係にあるカイル達は、
ドッドが相手を石化させるに至った経緯を知っており、
俺に話してくれた。
余りにも馬鹿馬鹿しい内容に、俺の七王道に対する評価は、下の下に転落。
ドッドにあった興味も失せたのだった。




