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人生をあきらめていた男  作者: 眞姫那ヒナ
~予兆編~
136/218

隣国の危機《石化現象》


俺と4人組は宿屋《赤髪ジャレッド亭》を訪れていた。

建設当初は、何処にでもある2階建ての木造建築だったが、

気に入られなかったのか、いつの間にかリフォームされていた。


掲げられた看板には、海賊帽子を被ったドクロが描かれ、

それは不気味な笑みを浮かべている。

内装までも、海賊風一色に染め上げられ、俺の顔は、引き攣った。


丹精込めて製作した建造物を台無しにされるのは製作者として悲しい。


『このセンスはあんまりだろう・・・。』


海賊は格好いいと思う。

だが、似合わない奴が海賊の服を身に纏って格好いいと思うか?

否、俺はそうは思わないし、正直目を開けていたくない。


前世で「南無三!」とか言いながら、自身の目を潰すシーンが漫画やアニメであった。

正しく、今がその時だ。

しかし、不老不死であろうと痛みは感じる為、そんな行いはしない。

俺は目の前の光景を視界に入れないよう努力する。


『さっさと荷物を受け取って帰ろう。そうしよう。それに・・・。』


俺は、道中すれ違った2人組を思い出す。

凛とした女と背筋がしゃんと伸びた老人で、女は長刀を、老人は銃を所持していた。

女の瞳が空虚だった事だけ、ハッキリと覚えている。

あれは、どう見ても王都の者でも無ければ、常人でもない。

すれ違い様に感じた微かな殺気と血の匂いは誤魔化しきれていなかった。


『嫌な予感しかしねーな。』


エルフの来訪。

怪しい2人組との遭遇。

災いが起る予兆としか思えない。


「ぼーっとされてどうしたんですか?」


俺は我に返って視線を華水に向けた。


「いや、考え事をしていただけだ。」


彼女は、身を引いて、弥勒の横に立つ。


凛香は受付に話しを通すと、木箱を受け取った。

彼女は、重かったのか龍月に木箱を預ける。

「おも!」と彼は一言つぶやき、ふらつきながら俺に接近した。


「ほらよ、これが礼の荷物だ。」


ディレットからの報酬。

俺は、中身を確認してから荷物を受け取った。


「間違いなく受け取った。荷物を届けてくれた事に感謝する。じゃあな。」


俺は、颯爽と立ち去ろうとするが、凛香の一言で止められる。


「待って下さいレイダスさん!王都に詳しい貴方にお聞きしたい事があります!

アッシュグレーの髪で長刀と大きなカバンをぶら下げた女の子を知りませんか?」


知っている・・・が、それを言えば、捜索の協力に懇願されるのは明白。

俺は、「知らない。」と言った。


凛香は、気を落とし「そうですか。」と肩を竦める。

同情はしない。

他人の事情に首を突っ込んで良い事はないし、今の俺は他人に協力する気など毛頭ない。

それに、新王都は、旧王都より規模が小さい。捜索位、4人もいれば何とかなるだろう。


「気を落とさずとも、王都の規模は小さい。迷子程度直ぐに見つかるだろう。

だが、早急な行動をお勧めする。王都は立て込んでいるからな。

お前達も他国の事情に巻き込まれたくはないだろう?」


「ご忠告ありがとうございます。」

凛香は、頭をさげた。

頭を下げる彼女の表情は見えないが、彼女の表情は暗かった。


俺が宿屋を後にした後、龍月は凛香に近づき、ぼやく。


「けっ。上から目線な態度しやがって・・・。」


「実際、あの人は強いわ。

そして、私達に時間を持て余す暇はない。」


「同感だ。忠告の内容を察するに、北側のエルフ達を指している。

この国で、何か起ころうとしているのは確かだ。」


「そうだとするなら、早くメイサちゃんを探しに行きましょう。」

凛香は「ええ。」と返事をした。


宿屋を出た4人は再度二手に分かれ、メイサの捜索を開始するのだった。


――――リゼンブル――――


リゼンブル城内にて、国王ヴァイゼルフ・ベラ・リゼンブルが地位の高い者達を招集。

会議が開かれていた。

各々席につき、出された飲み物を一口飲む。


その中に《ファルナ・ベラ・リゼンブル》の姿もあり、皆ピリピリとしていた。

国王と皇子に向けられる視線は、冷たい。


その理由は、過去の出来事にあった。

グラントニアが奴隷制度を廃止して以降、リゼンブルでも動きがあり、

グラントニア同様に奴隷制度を廃止した。

それによって生じた国王と貴族との間にある溝は未だに埋まっていない。


奴隷という労働力を手放した恨みは大きい筈だ。


それでも、彼らがヴァイゼルフの招集に応じたという事は、話しを聞く姿勢ではある。

何故なら、ヴァイゼルフは国王で、その他は貴族だ。

身分の違い位、彼らも分別出来ている。


ヴァイゼルフは、席を立ち、感謝の意を述べた。


「招集に応じてくれた事に感謝する。

今回、集まって貰ったのは、奴隷制度の廃止を独断で行った件を謝罪する為であり、

現在直面している問題を解決する為でもある。」


ヴァイゼルフが語る問題それは―――


「《石化現象》ですな。」


「如何にも。」


リゼンブルは怪奇現象に見舞われていた。

それが《石化現象》。

一夜明ける度に、数人の人間が石になっており、《万能薬》を使用しても効果はない。

石化した人間は死亡が断定され、現在の死亡者数は70人に上る。


貴族も石化現象には悩まされており、各々の経営に支障が出ていた。

奴隷を手放しただけでも痛手なのに、これ以上失う訳には行かない。

その為、今回の貴族達は、奴隷制度廃止の件を一旦後回しにし、

ヴァイゼルフに協力する事を約束した。


「石化された人間が発見されるのは朝方。

そして、人気のない裏路地や離れの森だ。」


「自然的な発生ではない。つまり、何者かが故意に人間を石化している。」


「だが、魔法の類でそんな事が可能なのか?」


「魔法で石化といっても、麻痺のように動きを奪う程度。

完全な石化など初めてだ。特殊なスキルかもしれん。」


貴族達が話し合う中、2人の男が入室する。


「会議中失礼致します。《ヘルロム・アイッシュバルト》、《ブロム・ヘルメロイ》

調査報告に上がりました。」


ヘルロムが国王と皇子に深々と頭を垂れる。


「ご苦労。早速、成果を報告してくれ。」


「はい。石化したリゼンブルの人間4人を周辺の森で発見致しました。

身元を調べた所、4人は店の経営者。

手にはこのような物を握りしめておりました。」


ヘルロムがテーブルに4枚の紙を置く。

それらには、同じ内容が記載されており、クシャクシャになっていた。


ファルナ皇子は紙を手に取り、読み上げる。


「リゼンブル周辺の森、大樹の根元にて待つ。」


「・・・それだけなのか?」


「はい・・・。」


「たった一文ですが、これは4人を呼び出した者の存在を証明しています。」

ブロムがヘルロムの隣に立つ。


「確かに・・・。だが、犯人の姿は未だ不明。

捜索は不可能だ。」


「その点で、我々に考えがあるのですが、宜しいですか?」

ヘルロムが国王に発言の許可を求める。


「良かろう。聞かせるが良い。」


「ありがとうございます。

実は、身元を調べた時、ある共通点を発見致しました。」


「何と!?それは誠か?」

貴族の何人かが驚愕の表情を浮かべた。


「それで、その共通点というのは?」


「死亡した被害者の人間全員が《ヒーラー》職なのです。」


「ヒーラー職?何故ヒーラー職ばかりを狙う?」


「まだ、推察の段階ですがそれでも宜しいですか?」

ヘルロムは、国王に視線を送り、再度許可を求める。国王は頷いた。


「相手の石化能力は、《ヒーラー》職で解除が可能なのでしょう。」


「ヒーラー職に解除を依頼したが無駄だったぞ?」


「それは、lvが低く、魔法やスキルを習得していないからです。

職はどれもlvが上がれば、より強く、より脅威へと進化を遂げていく。

ヒーラー職の脅威といえば、何だと思われますか?」


「回復魔法、強化魔法、解除魔法・・・かな?」

皇子があってるか不安そうな表情をする。


「その通りです。ヒーラー職は、近接戦闘型にはない能力を有しています。

パーティの編成時でも1人はヒーラー職を組み込むくらいですので。」


その場にいる全員がヘルロムとブロムの推察に聞き入った。

そして、犯人に対する対処法が公開される。


「《ヒーラー》職の人間を囮に誘き出します。」


「そんな民を危険にさらすような行為は出来ない!」

皇子は立ち上がって、ヘルロム達の案に反対するが、

国王であるヴァイゼルフが「構わん。」と発言する。


「何故ですか・・・。」


「王は時に、非情な決断をせねばならん。

少数を犠牲に大勢が救われるのなら、それが正しい。」


皇子は理解したくなかった。


『きっと、有る筈だ!民を犠牲にせず、全てを救える方法が!』

皇子は模索を繰り返すが、良い案が出ない。

彼には、堪える以外の選択肢しか与えられなかったのだ。


『こんな時、シャーロットがいてくれたら・・・。』

王都グラントニア現国王シャーロット・ツヴァン・グラントニア。

明るくて優しくて可憐で頭が良くて・・・・。

皇子が愛する唯一の女性。

彼女がいれば、どんな苦難も乗り越えられる。


ヘルロムとブロムは、部屋を退室し作戦の準備に取り掛かる。

会議は終了し、皇子は1人部屋に残った。


部屋に入室するメイドに呼びかけられ、彼はようやく部屋を出た。

深いため息を吐き、彼は広い廊下を歩いて行く。


「少数を犠牲に・・・か。」


『やはり納得がいかない。』


皇子は自分の部屋に戻り、椅子にもたれかかる。そして、くるくると回転した。

メイドや教育係がいない今だからこそ出来る行為である。

少しして、皇子はピタリと動きを止める。

彼の視線が机の上に置かれた便箋を捉えたからだった。


彼は、真新しい便箋を手に取り読み上げた。


「1週間後、リゼンブル周辺の森、大樹の根元で待つ。

来なければ、民を皆殺しに・・・。」


途中で言葉が喉に詰まる。


『なんだコレ・・・!?』


皇子は便箋を床に落とし、後ずさった。


「有る筈が無い・・・。有る筈がないんだ!」


窓は閉まりきっている。

扉を開けるには、自分しか所有していない鍵で開けるしかない。

侵入は不可能だ。


「一体誰が・・・?」


皇子は、奥歯を噛みしめ、便箋を片手に部屋を飛び出す。

向かった先は城内の中央にある広場だ。


『誰にも言った事ないのに・・・俺の職を何故知っているんだ!?』


父の元へはいけない。

先程、小よりも大を優先する人物だと知ったばかりだからだ。

息子といえど、民を救う為ならば、囮にする筈・・・。


脳裏で、石化する自分の姿を想像し、彼は吐き気に襲われた。

ふらつきながら、中央の広場に設けられた椅子に腰を下ろす彼は、

噴水の音と小鳥のさえずりに心を癒すが―――


「俺は、どうすればいいんだ!」


不安が心を支配する。


『民を救いたい。だけど、死にたくない。死にたくない。・・・生きたい!』


生への執着が彼を立ち上がらせた。


「1週間の猶予がある。その間に出来る事をするんだ!」


皇子は行動を開始する。

自分と同じく、便箋を受け取った者を探し、

シャーロットにリゼンブルの現状を記した書類を送った。


こうして、彼の必死の抵抗が始まるのだった。

死へのカウントダウン残り―――1週間。

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