異常発生
俺が剣を貸してからバルマンは、窯の前で鉱石を叩き続けていた。
甲高い音が店内に鳴り響く。
徹夜続きであろうと、彼の集中力は衰えない。
刀身、柄、鞘と順番に作り上げるが、俺の剣には到底及ばず、
彼は怒りを募らせた。
「えええええい!何故出来ん!!」
怒りのあまり、バルマンは道具を床に投げつけた。
その拍子に近くにあった素材も転がる。
彼の身体からにじみ出る汗が床に落ち、口からは荒い息を上げた。
肩は震え、握り拳には殺意が宿る。
未熟な己が憎くて悔しくて仕方がなかった。
ドワーフの国で彼は鍛冶師として有名だったが、
鍛冶師としての絶対的自信とプライドが彼の成長を妨げた。
以前なら努力と才能で乗り越えられてきた・・・。
しかし、それは驕りだった。
彼は胡坐をかき、自分の鍛冶師としての命を延命させるだけに留めた。
向上心を無意識に手放していた彼の成長は既に止まっており、
これ以上の成長は見込めない。
彼は嘆いた。
ようやく自分を熱くさせる武器に出会えたというのに、領域に到達出来ない。
嘲笑うかのように、弾かれる。
次第に表情は悲しみに歪み、涙を流し始めた。
「ワシは・・・ワシはああ!・・ううっ・・ううう・・・。」
『顔出しづらいな~・・・。泣いてるなんて思わないし・・・。』
そんな彼の近くに俺はスタンバイしていた。
店の薄暗さと鉱石の山のお陰でバレずに済んでいる。
前回のように、店の扉を開けて入ってきた俺は、バルマンを呼んだが、
返事がない。
・・・という事で、勝手に店の奥まで来たのだ。
それが裏目に出て内心焦っている俺である。
『泣いてるし・・・(2回目)』
俺の剣が見本のように壁に飾られている。
遠目からではわかり辛いが、
バルマンの製作した刀身と俺の剣の刀身では切れ味と強度が違う。
彼の使用する素材は、俺の使用していた物とほぼ同じ。
刀身作りが得意なだけあると評価したい位だ。
それでも、俺の剣と差が出るのは、どうしようもない。
lv、ステータス、集中力に左右される俺の製作方法に対して、
バルマンの場合は、自分の腕に左右される。
この世界の者なら、バルマンの剣は素晴らしい逸品だ。
それでも、彼は満足しない。
しかし、これ以上高望みすれば、彼の身体は保たない。
バルマンの目の下には隈がある。
徹夜続きで、打ち続けてきたのだと、即理解した。
このままでは、製作途中で倒れる可能性も危惧される。
俺は、店にある素材をいくつか拝借し、店の外に出た。
『盗難にあらず!これは、彼の為だ!』
人気のない場所に移動し、自分を中心に素材を置いて行く。
そして、スキルを発動させた。
「《スキル:武器製作》」
刀身をイメージし、形を形成する。
作り出した片手剣に名を与えず、俺はバルマンの元へ戻った。
「おい。」
俺は、泣きじゃくるバルマンに製作した武器を放り投げた。
彼は、片手剣を受け取り、俺に尋ねる。
「これは・・・。」
バルマンは剣の表面を撫でる。
見事な剣に彼は見惚れた。
「それも、貰い物なんだが、武器名が無い。良い名が思いつかなくてな。
代わりに命名してくれ。」
「・・・。」
「バルマン。」
俺が彼の名を呼ぶとピクリと動いた。
「空のように澄んだ刀身。風属性の鋭い切れ味は、精霊王を彷彿とさせる。
《精霊王の剣》でどうだ?」
「ありきたりな気もするが、良いだろう。」
俺は頷いた。
「壁に飾られている剣を返してくれないか?」
「あ、ああ。」
バルマンは、俺に剣を返却した。
そして、先程投げ渡した剣も返却しようとするが・・・。
バルマンが伸ばす腕を押し戻す。
「いや・・・それはお前にやる。」
「な!何言っとる!こんな見事な武器を手放すのか!?」
「命名したのは、お前だ。それに腕を上げたいのなら見本があった方が良いだろう。」
『それに、その武器の素材はこの店の物だしな・・・。』
よって、俺に損はない!
「それは、そうだが・・・。」
バルマンに元気がない。
完全に自信を喪失しているようだ。
「俺は意外とお前が製作する武器を気に入っている。
お前の腕が上がれば、楽しみが1つ増えるというものだ。」
「・・・・。」
「だから、今回は黙って受け取ってくれ。」
バルマンは《精霊王の剣》を強く握りしめた。
「分かった、受け取ろう。代わりに、その剣を貰ってくれないか?」
「これをか?」
彼が指さしたのは、彼から借りて、俺が装備している片手剣だ。
バルマンは頷いて肯定した。
「そうだ。お前さん程の男に、ワシの剣を振るって貰えるなら、
鍛冶師冥利に尽きる。」
俺は、バルマンに笑って見せた。
「良いだろう。いずれ、又来る。それまでの間、腕を上げておけよ。」
「ワシは、バルマン・ローニ!いずれ、伝説の鍛冶師になるドワーフだ!
絶対に腕を上げて見せるわ!」
元気を取り戻したバルマンは生き生きとしていた。
『あ~・・・。元気になって良かった。』
彼が元気になった事を確認した俺は、店の出口に向かって歩き出す。
ドワーフの国の観光は今日で終わり。
名残惜しいが、やはり、静かな空間が好きで、
そろそろログハウスに帰りたいと思ったのだ。
ガルムもドワーフの騒がしさに耐えかねてウトウトしていた。
今でも若干ふらついている。
「おっ!そうだ。レイダス、これを持ってけ!」
バルマンが投げ渡してきたのは、手の平に収まる小さな袋だった。
「アルからの餞別だ。」
「中身は?」
「《タルゴノーツ》、鉱石の一種だ。3日前に採掘に行ったらしくてな。
そこで見つけたそうだ。恩人へのお礼と言っていたぞ。」
アルが急用で帰った時を思い出す。
丁度3日前の事だ。彼なりのサプライズのつもりなのだろう。
『気にしなくて良いのにな・・・。』
「有難く頂こう。アルに俺が感謝していたと伝えてくれないか?」
「分かった。伝えておこう。」
俺は、店を後にし、ルーナ―ンを出た。
古代砂漠は、相変わらずの暑さのようで、ガルムが辛そうだ。
俺は、門番のドワーフが見えない場所まで歩いてから《瞬間移動》を使用。
新王都の手前に移動した。
『ん?なんか騒がしいな。・・・あれは・・・。』
新王都の北側に人が集まっていた。
誰もが来訪者に冷たい視線を向けている。
中には、地面に転がる石を投げつける者もいた。
「エルフめ!何しに来やがった!」
「ヴァルハラに帰れ!」
「お前ら全員死んじまえ!」
「落ち着いてください!」
「下がって!下がって!」
黒い番犬達が王都の住民達を宥める。
しかし、彼らにも限界があり、飛んでくる石までは防げない。
来訪者に集中的に飛んでいくが、黒い番犬にも当たる。
ライラは額から血を流しながらも包囲を崩さない。
「人間如きがエルフに盾つくんじゃない!」
「戦争に負けたんだろうが!」
「現国王を出せ!」
「1人残らず殺してやる!」
「やめろ貴様ら!!場を弁えろ!!」
老兵が武器を構える兵に怒鳴る。
殺伐とした雰囲気に俺は、呆然とした。
『これは、近づいたら巻き込まれるな。』
「ガルム。ログハウスに戻っててくれ。」
「ワフッ!」
ガルムは俺の眼前に伏せ、俺はガルムを《空間転移》させた。
「西から入国するか・・・。」
別に正面から新王都に入国する必要はない。
『俺にはもう関係のない事だ・・・。』
俺は西から入国する。
人気はなく、住民達は全員、北側に集結していると見ていい。
静かな街・・・。
清々しい風に混じって、不吉な空気が流れる。
気のせいだと自分に言い聞かせるが、気のせいではない。
ヴァルハラ方面の空は暗雲が立ち込め、雷が落ちる。
「あいつら・・・本当に何しに来たんだ・・・。」
俺を不幸にするエルフが嫌いだ。
ヴィラルと言い・・・ヴァルハラを訪れた時と言い・・・。
「今度は何を連れてきた?」




