男がいない王都
俺が王都を発ってから2日目の朝。
リーゼルは、鬼の形相で俺を探し回っていた。
「何処だあああ!レイダスウウウウウウ!」
住民達は、リーゼルの傍迷惑な行為に嫌気が指していた。
彼の騒がしさに目を開け、耳を塞ぐが、彼の声量が勝り、声が耳に届いてしまう。
それでも、彼に文句を言わないのは、
ギルドマスターの役職に就く、彼の苦悩を理解しているからだ。
「多めに見てあげよう。」という住民達の優しさにリーゼルは気づかない。
目先の出来事に精一杯で、視野が狭まっている彼に「気付け!」というのは酷な話だ。
リーゼルは店と言う店に訪れ、俺の名を出す。
住民達は、リーゼルの迫力に圧倒されながら、首を横に振った。
彼らが首を横に振る度、リーゼルの表情は曇って行く。
そして―――――
「はあ~~~・・・。」
リーゼルは人気のないベンチに腰を下ろした。
彼は深いため息を吐いて、項垂れる。
項垂れながら彼が思い浮かべたのは、俺の背中だった。
リーゼルは俺を信頼しているし、尊敬している。
その人間が突然、冒険者の引退を表明し姿を暗ませた。
ギルドマスターの立場なら、個人の意思を尊重し俺を引き戻そうなどと考えない。
これは、彼の個人的な想いだ。
「納得できる訳・・・ねーだろうが。」
歯を噛みしめ、拳を握る。
表明時にいなかった自分をリーゼルは責めた。
「まだ、礼すら出来てねーのに・・・。」
彼は悔しさに身を焦がす。
残念で仕方ない彼だが、リーゼルは立ち止まっていられなかった。
役職とは面倒な物で、時に感情を捨てなければならない事に、
彼はため息を吐いた。
些細な出来事を気にしている余裕は彼にない。
ベンチから重い腰を上げ、冒険者ギルドに彼は戻って行く。
日々溜まっていく書類。
シャーロットから送られてくる重要案件の数々。
デスクワークが苦手なリーゼルに、吐き気が襲った。
やりたくないが、やらないといけないという自覚はある。
しかし、苦手は苦手であり、性格上の問題は克服し辛い。
視界に冒険者ギルドの扉を捉えたリーゼルは、扉を開ける。
1階の冒険者達は通常通り、依頼を受注し装備品の確認をしていた。
日頃なら雑談に華を咲かせている彼らだが、最近ではそれがとんと減った。
静かに準備を整えるその光景に、リーゼルは眉を顰める。
俺が冒険者を引退して以降、上の空な冒険者達・・・。
その中でも元気があり、活発的な冒険者はガランとフェノール位だ。
リーゼルが2階へ上がる際、3人の冒険者が、ギルド内に足を踏み入れる。
すると、冒険者達はその3人を睨みつけた。
リーゼルは首を傾げる。
「なんだ?」
その3人がきっかけで俺が冒険者を引退した事をリーゼルは知らない。
リーゼルの目と彼らの目が交差する。
彼らは、ギルドマスターであるリーゼルに軽く頭を下げ、リーゼルも軽く頷いた。
リーゼルと3人の冒険者とのやり取りはその程度で、
彼は部屋に籠って、仕事を始めるのだった。
「ココが冒険者ギルドですか?」
そう言葉を発したのは、小さな女の子だった。
3人の冒険者の背後からひょっこり顔を出した女の子は1階の中央に立つ。
設備の充実した冒険者ギルドに彼女の瞳は輝いていた。
「ええ、そうよ。」
3人の冒険者の1人アリエスが彼女の発言を肯定する。
小さな女の子は3人に振り返って頭を下げた。
「案内してくれて、ありがとうございました!」
礼儀正しい女の子に、フエンとルドルフは照れる。
異性にお礼されると嬉しいのは、当然だ。正し、俺は例外だ。
「ああ、無事ついて良かったな。」
「えへへっ、はい!」
「あそこにいる受付嬢さんに尋ねると良いよ。」
「わかりました。行ってきます!」
小さな女の子は、受付嬢の元へと駆け出す。
彼女が、今になってようやく冒険者ギルドに辿り着いたのは、方向音痴が理由だ。
違う道に進んで迷子になった彼女をフエン達が保護。
宿屋で1泊してからギルドに訪れたのだった。
「あの、すみません!」
「はい。どうされましたか?」
女の子の背丈では、カウンターに手が届かず、
それを察した受付嬢は女の子の隣に立つ。
「この人、知りませんか?」
小さな女の子は、1枚の写真を取り出す。
「う~ん。調べてみますので、少々お待ちください。」
受付嬢は、カウンターへ戻り、いくつもファイルを開く。
彼女がファイルを捲る度、ペラペラと音が鳴る。
「クレア。手伝ってくれないかしら?」
「畏まりました。棚を見てきます。」
「お願いね。」
調べる事数分――――
受付嬢が女の子の隣に立ち、告げる。
「申し訳ありません。写真の方の情報は、冒険者ギルドでは管理されておりません。
冒険者であれば、何らかの情報は手元にあるのですが・・・。」
「そうですか・・・。」
小さな女の子は落ち込んだ。
「冒険者ギルドなら・・・。」という言葉を頼りに来た彼女にとって、
受付嬢の言葉は深く突き刺さる物だった。
「写真の方はお兄さんですか?」
「はい。優しくて、頼もしくて・・・大好きなお兄ちゃんです。」
小さな女の子は、写真を優しく抱きしめた。
兄が映った写真は、彼女の大切な宝物だ。
「・・・試しに、捜索依頼を出してはいかがでしょう。」
「捜索依頼?」
小さな女の子は受付嬢の提案に首を傾げた。
「はい。お兄さんの情報が無いのであれば、探せばいいのです。
多少、お金はかかりますが、どうですか?」
「・・・分かりました!お願いします!」
小さな女の子は、受付嬢の提案に乗り、酒場の席で手続きを始めた。
依頼内容の記入、依頼主のサイン・・・と段取りを踏んで行く。
最後の手続きとして、
小さな女の子は、報酬のお金を取り出し、テーブルに置いた。
「これで足りますか?」
高ランクの冒険者に依頼する場合の金額は高い。
小さな女の子の所持する金額では、低ランクの冒険者が限界だった。
だが、今回の依頼は、捜索依頼。
危険な場所に赴いてさえいなければ、至って安全な仕事である。
受付嬢は頷き、「大丈夫です。」と女の子の心配を拭った。
小さな女の子の表情は明るくなる。
「早速、こちらの依頼を貼りだそうと思います。
依頼達成の報告がありましたら、
ご連絡いたしますので暫くの間は、王都で滞在して頂けると助かります。」
「分かりました!宜しくお願いします!」
こうして、掲示板に新たな依頼が張り出され、
写真の男の捜索が開始されるのだった。
依頼内容:レイヴン・クライスターの捜索
特徴:黒髪で長髪、長刀を所持、和装、背が高い
依頼主:メイサ・クライスター




