《冒険者強化訓練》part5
「いだだだだ!」
「じっとしてください。」
宿屋でフエンは、マリエルに包帯を巻かれていた。
マリエル以外の2人も傷を負っており、これから包帯を巻いて行く予定だ。
「なんてスパルタなの・・・ウッ!」
「無理に動かないでください!」
マリエルは、ベットに横になるアリエスに近づき、治療を始める。
魔法を唱えるが、直りきらず仕方なく包帯を巻いた。
次に椅子に座るルドルフの治療を始めるが、マリエルの表情は暗い。
「すいません。」
マリエルがヒーラーとして優秀なら仲間を完全回復させられた。
それが出来ない自身が不甲斐なくて、彼女は拳を強く握りしめた。
「マリエルのせいじゃない。」
ルドルフが表情の暗いマリエルに言う。
「そうよ。スパルタなあいつと弱いあたし達がいけないの。」
アリエスは上体を起こし、マリエルの方を見た。
「マリエルの魔法には助かっている。だから、そんな顔をしないでくれ。」
3人はマリエルを元気づけようと声をかける。
3人の心遣いにマリエルは「ありがとうございます。」と微笑んだ。
―――時間は遡り、決闘場―――
俺は、討伐の報告を終えた後、決闘場へ向かった。
4人は、決闘場で明日の対策を練っている。
遠目から俺はその様子を黙って眺めていた。
他の冒険者の姿はない。
魔物を狩り続けてlv上げしていると考えられる。
「俺が盾役で、相手を引き付ける。魔法で、攻撃を仕掛けるんだ。」
「魔導士のあたしとヒーラーのマリエルが真っ先に狙われるわよ。」
「僕とフエンが分かれて、アリエスとマリエルにつけばいいんじゃない?」
「それでは、片方を一斉に攻撃してくるかも・・・。」
意見がまとまらないようで、口論が続く。
痺れを切らした俺は、4人に近づいて行った。
「意外性のない戦法では相手を倒せないぞ。」
「レイダスさん・・・。」
4人の表情は冴えない。
「じゃあ、どうすればいいのよ・・・。」
アリエスは腕を組んで俺に顔を向けた。
彼女の、態度は悪いが、俺の意見を取り入れようとする姿勢は、素直だ。
俺に攻撃した事を気にしているのだろう。
「お前達も全面的に攻撃すればいい。」
「それでは、援護が・・・。」
「援護しなくていい。」
俺の言葉に4人は首を傾げ、互いを見合った。
「いいか。お前達には、火力が足りない。
アリエスの《爆炎》は便利だが、数度しか唱えられない挙句、
フエンとルドルフの剣術は、まだ未熟だ。
総力を挙げて、攻めないと相手に押し切られる可能性がある。」
ルドルフが俺に言う。
「レイダスさん。これは訓練です。別に競争ではありませんよ。」
笑みを浮かべたルドルフの表情に反吐が出る。
「そうだな。これは、只の訓練だ。手を抜くのもお前達の勝手だ。
俺は、別にそれでもいい。お前達のやる気がその程度だっただけの話しだからな。」
「ッ・・・。」
ルドルフは言葉を詰まらせた。
「お前達には、色々と足りないらしいから俺がレクチャーしてやってもいい。
乗るか乗らないかは、自分達で決めろ。」
俺は、4人から背を向けて、適当な距離を取る。
それから振り返り、4人を見つめた。
「あたしは、やるわ!」
一番最初に返事をしたのはアリエスだった。
「俺もやる!」
「僕もやります!」
続いて、フエン、ルドルフと返事をして行くがマリエルだけ無言だった。
暫くして、マリエルが口を開く。
「わ・・・私はやりません。」
マリエルの返事に俺以外の3人は驚いていた。
アリエスがマリエルの肩に手を乗せて、尋ねる。
「マリエル、何かあったの?」
心配そうにマリエルを見つめるアリエスに、マリエルは笑みを浮かべて答えた。
「な、何でもありません。体調が優れなくて・・・。」
「そう・・・。分かったわ。ここは、危ないから離れててね。」
アリエスがマリエルの肩から手を放す。
マリエルは、俯いて唇を噛みしめた。
「私は・・・。」
フエン、ルドルフ、アリエスの3人は、俺の元に集まり、俺の指示を聞く。
「これから3対1の戦闘訓練をやる。勿論、相手は俺だ。
お前達がバテるか、俺に一撃でも当てられたら終了とする。」
「それってつまり・・・。」
「あたし達を舐めてるの!?」
アリエスが俺に顔を近づけて怒鳴るが俺は無表情だった。
「舐めてはいない。俺はソロに慣れている。こっちの方が教えやすいだけだ。」
俺はそう言って、ガルムに離れるよう指示を出した。
「そろそろ、お前も離れてくれるか?」
アリエスは俺の発言で顔を赤くした。
かなり動揺しているようで、慌てて距離を取る。
「さて、始めようか。」
俺は、片手剣を鞘に収めたまま腰から外し、正眼に構えた。
3人がそれに合わせるかのように臨戦態勢を取る。
そして―――――
「動きが遅い!集中を切らすな!」
フエンの腹部に蹴りを入れ、顔面を殴り飛ばす。
「次の行動を予測しろ!」
「剣筋が甘い!」
ルドルフの剣を鞘で叩き落とし・・・。
「魔法のタイミングが遅い!視野を広く!」
アリエスの背後を取り、鞘で突く。
俺のスパルタ訓練は2時間に及んだ。
3人は息を切らして地面に倒れる。
身体中、青アザだらけで、骨にヒビが入っているかもしれない。
『少しやり過ぎたか?』
俺は、反省する。
「戦闘訓練はこれで終了とする。」
「あ、りがとう・・・ございました。」
フエンは仰向けのまま荒い息を上げる。他の2人は、声を出す気力もないらしい。
俺はそれに頷いて、その場を後にした。
こうして現在に戻り、3人は宿屋でマリエルの治療を受ける事になった。
治療を終えた3人は、見学していたマリエルも含め、今回の訓練を振り返る。
「一撃も当てられないなんて、本当に人間かな?」
「英雄は伊達じゃないな。」
「魔法を至近距離で防ぐなんて普通出来ないもの。」
フエンとルドルフは頷いて肯定した。
「だな。だけど、レイダスさんのお陰で痛感出来た。
レイダスさんの言う通り、俺達には、まだまだ足り物が沢山あるんだ。」
フエンは両手を見つめる。
「落ち込んでいた分、あたし達は損をしていたのね。過去の自分を殴りたいわ。」
アリエスは皮肉を言う。
「僕もです。過去に戻れるなら今からでも剣を振りますよ。」
ルドルフの発言にフエンとアリエスは笑った。
1人だけを除いて・・・。
「マリエル。どうかしたのか?」
ボーっとしているマリエルに気付いたフエンは彼女に声をかける。
「え?・・・少し疲れて。先に寝ても良いですか?」
「あ、ああ。おやすみ。」
この時フエンは、マリエルの様子に違和感を抱いた。
《死の蜂》の討伐、今回の訓練不参加・・・。
フエンがマリエルを止めようとした時だった。
「ちょっと待って!」
アリエスの一言でマリエルの足が止まる。
「マリエル。貴方、魔物の討伐からずっと変よ。あたし達パーティでしょ?
あたし達が信用できない?隠し事しないで!」
アリエスは痛む身体を起こし、立ち上がる。
「・・・・・・。」
マリエルは無言で振り返った。
彼女の表情を見て、3人は驚く。
「ごめんなさい・・・。」
彼女は、涙を流し3人に謝罪した。
両手で握りしめていた杖を手放し、崩れ落ちる。
アリエスは戸惑っていたが、反射的に身体が動く。
マリエルに駆け寄り、強く抱きしめた。
アリエスの温もりに抱かれ彼女は声を上げて泣いた。
少し落ち着きを取り戻した彼女は、3人に語る。
「怖いの!私、あの人が怖いの!怖くて怖くて、もう嫌なの!」
マリエルの脳裏には、俺の狂気に歪んだ笑みが焼き付いている。
それがずっと離れず、恐怖に怯えていたのだ。
最初は、疑っていただけだった。
それが今日の戦闘訓練で確信に変わる。
遠目から見学していたマリエルは、俺の表情をずっと見ていた。
赤い瞳が血の色に笑う。
3人の鮮血に高揚しているように感じた彼女は身体を震わせた。
「あれは英雄なんて生易しい人間じゃない!化け物なのよ!いつか殺される!」
その発言を聞いたアリエスはマリエルの頬を平手で叩いた。
彼女は床に倒れる。ゆっくりと上体を起こしたマリエルは頬に手を触れた。
そこから熱さが手に伝わり、叩かれたと自覚する。
マリエルは、呆然とアリエスを見つめた。そこには、怒りに身を震わす鬼がいる。
「本気で言ってるのマリエル!」
アリエスはマリエルの胸ぐらを両手で掴み、顔を近づけた。
何故、怒っているのかマリエルには理解出来なかった。
「貴方はあいつを誤解しているわ。確かにあいつは化け物並みに強い。
でも、それは強さの問題であって人間性に関わらないわ。
あいつは、ちゃんとした人間よ。でなければ、あたし達は既に死んでいるもの。」
マリエルは、無言だった。
「貴方がどんな目であいつを見ていたか分かったわ。
今日は、1人で反省して、明日に備えなさい。いいわね?」
「・・・うん。」
マリエルは頷いて、借りたもう1つの個室に移動した。
「全く。」
アリエスは腕を組んで、鼻を鳴らす。
話しを黙って聞いていた2人は、クスクスと笑っていた。
「な、なによ!」
アリエスは振り返って、2人を見る。
「いや、アリエスがレイダスさんの味方をするなんて・・・考えてなかったから、
意外・・・というか・・・。ブフッ!」
フエンが笑いに耐えきれず、噴き出した。
「あの人を嫌っていた、アリエスがね~。」
ルドルフがニヤニヤと笑みを浮かべる。
「う、五月蠅い!五月蠅い!五月蠅ーーーーーい!」
アリエスは顔を真っ赤にして、フエンとルドルフに当たり散らす。
それから、3人の振り返りは順調に進められた。
明日に備え眠りについた4人だったが、深夜遅い時間帯にマリエルが目を覚ます。
個室の窓際に彼女は寄りかかり、空を見上げた。
綺麗な夜空を見て、彼女は微笑む。
「綺麗な星。あの時と同じね・・・。」
マリエルの瞳に一瞬、黄色の炎が灯る。
「人間の身体は不自由だけど、仕方ないわ。だって、貴方を殺す為ですもの。」
マリエルは凶悪な顔を浮かべて静かに笑う。
思い浮かべたのは、俺の姿だ。
「はあ~。早く明日が来ないかしら。」
マリエルはベットに腰かけ、足をパタパタと揺らす。
暫くしてから再び布団に潜り、眠りについた。
そうして朝がやってくる――――――




