呪術師の女を探せ!part4
俺は、書類を持ってギルドマスターの部屋から出た。
2階の廊下を歩きながら紙を捲っていると、
辺りが静かなせいかペラペラという音が聴こえる。
「《精神汚染》《欲望増加》《悪意増加》《憤怒増加》・・・。」
『FREEでは無かった魔法やスキルばかりだ・・・。』
『FREE』の世界に存在していた呪術魔法は唱えた後、
相手が特定の条件を満たす事で発動するトラップ式が多い。
《従順》のような、直接精神に干渉する物は少ないのだ。
「マリーの場合は、《精神汚染》か《欲望増加》か?」
独り言をブツブツ呟き終えた俺は、2階の一室を開ける。
「書類整理が終わったぞ。」
そこには、床で仰向けになって寝ているリーゼルとファルゼンの姿があった。
ファルゼンは壁に寄りかかって眠っている。
彼の口元からはよだれが垂れていた。
リーゼルの体調をあんじて看病していたのだろう。
リーゼルの額を見れば、冷水で冷やしたタオルが乗せられていた。
「起きろ。」
と言っても全く起きる気配が無かったので、俺は魔法を唱える。
「《魔法/第2番:爆音》」
手の平を上にかざすと、空気を圧縮した球体が現れる。
それが弾けると同時に耳障りな雑音が部屋内に鳴り響いた。
リーゼルとファルゼンは耳を両手で抑えて目を覚ます。
「ぐぬおおおおお!なんだこの音は~。うるせえええ!」
「こ、鼓膜が破裂しそうだ・・・!」
俺は、魔法の継続を止めて手を下ろす。
球体は、霧散し消えて行った。
「おはよう。」
俺は、真顔で朝の挨拶をした。
前世では、挨拶しているのに「していない!」と言われてショックだったが、
こちらの世界に転生してからそうでもない。
「おはよーさん・・。レイダス・・・もっと静かな起こし方は出来ないのか?」
「同感です・・・。耳がまだ痛い。」
2人は、頭や耳を押さえている。
目が半分しか開いておらず、まだ眠そうな顔をしていた。
《爆音》は、発動者以外に効果を発揮する為、俺に害はない。
強制的に起こした事で、不機嫌にさせたかもしれない。
『早寝早起きは三文の徳っていうだろ?』
「起きそうに無かったからな。それに、寝過ぎは身体に毒だぞ。」
前世で経験した事だが、寝過ぎると頭が痛くなる。
偏頭痛らしく、緊張が解けて脳の血管が拡張して起こるらしい。
リーゼル達は俺の言葉に納得したらしく、
渋々立ち上がり、各々背を伸ばし、あくびをする。
「久しぶりに寝たな。身体の調子が楽になった!」
リーゼルは拳を突き出し、シャドウをして見せた。
「それはなによりだ。話しは変わるが、俺の都合で勝手に書類を片付けた。
この資料を貰って行きたいのだが、いいか?」
俺は手に持っていた書類の一部をリーゼルに見せる。
ライラに頼んでいた呪術魔法に関する資料だ。
「・・・ん?別に構わねーが・・・。今なんて言った?」
『ん?変な事を言ったか?』俺は首を傾げた。
「この資料を貰って行きたいのだが・・・。」
リーゼルは俺の言葉を切る。
「いや、それよりも前だ。」
俺はさっきの言葉を復唱する。
「俺の都合で勝手に書類を片付けた。」
リーゼルは俺の両肩に手を置き、大きい声を出す。
俺を手前に奥にと揺さぶる。
『脳が揺れる・・・。やめてくれ。』
「お前3日分の書類を1日で終わらせたのか!?」
「あ、ああ。」
俺はリーゼルに揺さぶられながら、肯定した。
リーゼルはピタリと動きを止め、俺に指を指す。
「レイダス・・・お前、俺の秘書になれ!」
「丁重にお断りする。」
俺は、無表情にキッパリと断った。
「ギルドマスターが仕事放棄するんじゃない。」
誰がどう見ても、楽をしたがっているリーゼルに俺は説教した。
ファルゼンも離れた位置から首を縦に振り肯定している。
リーゼルは俺の発言に肩を竦めた。
「うう、だってよ・・・。ここに来てから書類が3倍になってよ。
1人だけじゃ、手が回らねーんだよ。」
リーゼルの弱気な姿勢に、俺は発言する。
「俺以外に手伝って貰えばいいじゃないか。クレアとか。」
「あいつは無理だ。受付嬢達の中で一番優秀で仕事の量も俺と同程度ある。
あれ以上負担をかけさせたくねー。」
リーゼルは俺から顔を背けた。
彼のプライドか・・・将又、他人に甘いだけなのか・・・。
俺は、リーゼルに提案をする。
「マリーを使って見たらどうだ?」
俺の発言に2人は驚愕する。
「ファルゼン。ヴァローナを探し出して、一件落着した後はどうする気だ。」
「それは・・・。」
ファルゼンは口を閉ざした。
妹想いの兄ならば、自分だけでなく、妹の今後も心配なはず。
俺の案が採用されればマリーの生活は安泰だ。
『まあ、マリーの罪が軽くなればの話しだがな。』
「マリーにかけられていた《呪術魔法》は解除されている。
精神に支障が無ければ、秘書として使える。」
「待て待て!お前、現罪人を傍に置けっていうのか!?」
リーゼルは動揺する。
それが当然の反応だ。
「マリーの身体の状態は、分かっているだろ?
逃亡も暗殺も無理だ。借りに成功したとしても、直ぐに捕まる。
それに、呪術魔法で精神がどれだけ変化していたのか気になる。」
「俺に調べろってか?」
「ああ。俺は元のマリーを知らないからな。その点、お前とファルゼンは適任だろ?
俺達と同行は出来ないからお前に預けるしかない。
ヴァローナと戦闘になった場合、地の利だけでは不利だし、
呪術魔法について知れただけでも優位さは増す。」
「お前の言い文は理解した。引き受けてやるよ。
書類の片づけに・・・、まだ前回の報酬も渡してねーしな。」
リーゼルは、ため息を吐いて後頭部に手をまわす。
頭をかく仕草を見て、俺はふと笑みを浮かべた。
「てっきり忘れていると思ったが、存外記憶力はあるようだ。」
「馬鹿にすんじゃねーよ!」
リーゼルは、怒り出す。
それから俺達は他愛ない会話をして一室を後にした。
1階に下りる際、ファルゼンの様子を伺ったが、どことなく笑みを浮かべていた。
「あ、レイダスさん!」
1階に下りると受付カウンターの受付嬢が声をかけてきた。
「どうかしたのか?」
「えっと、お客様です。」
「俺に?」
受付嬢はコクリと頷いて肯定した。
「で、その客は何処にいる?」
「酒場で待つようにお伝えしたのですが、断られて冒険者ギルドから出て行かれました。
その時に、コレを・・・。」
俺は受付嬢からフミを受け取る。
その場でフミを読んで俺は沈黙した。
受付嬢は、どうしていいのか分からず戸惑っている。
「どうしたんですか?」
と声をかけてきたのはファルゼンだった。
「読んでみろ。」
俺はフミをファルゼンに押し付ける。
読み終えたファルゼンは目を見開き、驚愕した。
「こ、これって!?」
「果たし状だ。」
受付嬢は両の手を口に当て、出そうになった声を抑える。
俺は、ため息をついてから腕を組み、独り言を言う。
「会った事もない奴に喧嘩を売られる覚えはないんだが・・・。」
『恨みを買う行いは沢山してきたけど・・・。』
「ファルゼン。お前はここで待っていろ。」
「申し出を受けるのですか?」
「いや。果たし状は、受け取る側が了承しない限り成立しない。
どんな奴か偵察しに行くだけだ。」
俺は、受付嬢に礼を言って、ガルムと一緒に冒険者ギルドを後にする。
「レイヴン・クライスター。」
フミの最後に記載されていた名前を口にし、俺は、王都を出るのだった。




