妹を想う兄・兄を想う妹
マリーの兄は、夜の街を歩いていた。
俺に殴られた頬には、傷バンを貼り、握りつぶされた手には包帯を巻いていた。
治療はしたが、まだ痛むのだろう。
彼は、包帯を巻いた手を抑えて、顔を歪める。
「あの野郎・・・。」
マリーの兄は、俺に怒りの感情を抱いていた。
怒りで手は震え、目は血走っていた。
俺を『殺してやりたい!』という思いが、彼を塗りつぶす。
しかし、彼は息を整え、負の感情を追い払った。
それは、俺に一泡吹かせる程の案が無かったからだ。
俺にこっぴどくやられた彼は、俺の強さを理解した。
自分の妹が負けた事実にも納得した。
そんな彼の中に残った物は「妹を助けたい。」想いだった。
村を龍に襲われ、両親を亡くした2人の兄妹は、村を訪れた冒険者に救助され、
親戚のいる村に預けられた。
当時、小さくか弱い女の子だったマリーは心を病んだ。
彼女は幸せだったが故に苦しんだのだ。
マリーは、兄を悲しませない為に、笑顔を装った。
その裏で成長する彼女の歪んだ思想に、兄は気付けなかった。
突如として、マリーは姿を消す。
兄は、妹の異変に気付けなかった己を悔いた。
唯一の家族を救えなかった己を憎んだ。
「今度こそ救って見せる。」
マリーの兄は、覚悟を胸に、痛むはずの手を力強く握りしめ、駆け出す。
向かった先は冒険者ギルドだった。
彼は昼夜、マリーを探し回っていた。
残す場所は、冒険者ギルドのみとなった彼は、
冒険者ギルドの外壁を静かに登り一室を覗き込む。
そこには、ソファでぐっすり眠っているマリーの姿があった。
「マリー。起きてくれ。」
マリーの兄は、窓を軽く叩くが、マリーは目を覚まさない。
彼は、仕方なく大胆な行動に出た。
背中の武器で窓を割る。
『音を聴きつけて、黒い番犬が来るかもしれない・・・。』
黒い番犬は、夜の警備をしている。
迅速にマリーを連れ出すべく、マリーの兄は、妹を揺すった。
「マリー。起きろ!」
しかし、マリーは起きない。
彼は、マリーを仰向けにして驚愕した。
「人形!?」
マリーの兄が揺すっていたのは妹ではなく、精巧に作られた人形だった。
体形や顔の形まで、妹にそっくりだ。
マリーの兄は、理解する。
「はめられた!」
彼は、ソファから離れ、脱出を図ろうと侵入した窓へ近づく。
窓に触れたマリーの兄は電撃に襲われる。
「ぐああ!」
尻もちをついた彼は、窓を見た。
そこには、魔法の結界が施されている。
透明な魔法の壁は部屋全体を覆って彼を閉じ込めていた。
「いつの間に・・・。」
マリーの兄が、立ち上がり呟いた直後、その答えはやってくる。
部屋の扉が開き、金髪の男が現れた。
そう――――俺だ。
「妹の人形は気に入ったか?お兄ちゃん。」
俺は、ニヤッと笑みを浮かべる。
マリーの兄は、怒りをあらわにし、拳を握った。
「妹を何処へやった!?」
俺を見る瞳は血走っていた。
「お前に教える道理はない。」
俺の発言に、彼はキレた。
「貴様ああああああ!」
武器の大剣を構え、俺に斬りかかるが、魔法の結界に弾かれる。
尻もちをついた彼に俺は言う。
「俺に報復しに来ると踏んでいたが、まさか妹を救出しに来るとは想定外だった。
お前達兄妹の過去に興味もないし、同情もしない。そこで反省するがいい。」
「くそおおおお!」
マリーの兄は、大剣を俺に向かって振るう。
大剣が振るわれるたび、部屋にあった書類が宙を舞う。
治療した手からは血が滲み出ていた。
顔は苦痛に歪むが彼は諦めない。
俺は、結界の外からその様子を眺め続けた。
マリーの兄は、尻もちをついては立ち上がり、大剣を振るい続けた。
その後の彼は、スタミナと体力の底がつき、四つん這いになる。
額には大粒の汗があり、それは、部屋の床にボタボタと落ちる。
マリーの兄は、俺に尋ねた。
「妹は・・・どうなるんだ?」
覇気のない声に俺は直球で答える。
「お前の妹は、他国の国王を殺めている。相応の罰が下るだろう。」
「くそおおおお!!」
マリーの兄は、床に拳を叩きつけた。
瞳に宿っていた怒りは消え、代わりに悲しみが露呈する。
彼の瞳からは涙が零れ、声を上げて泣く。
「ううううう・・・うう・・・うあああああ・・。」
妹を救えなかった無力な兄が俺の目の前にいる。
俺は、背を向けてその場を離れた。
マリーの兄では、魔法の結界は破れない。
俺は、冒険者ギルド2階の他の一室に入室する。
そこには、縄で縛られた本物のマリー・フラクトと
見張りをしていた テペリ、リーゼル、ライラ、ウェルダンの4人がいた。
テペリはマリーの縄をしっかりと握り、
ウェルダンとライラは、並んで立っていた。
リーゼルは斧を片手に壁に寄りかかっている。
「ファルゼンのやろーを捕まえたのか?」
というリーゼルの言葉に「ああ。」と頷いて肯定した。
『ファルゼンて名前なのか・・・。』
「それで、ご様子はいかがでしたか?」
と尋ねてきたのは、ウェルダンさんだった。
「落ち込んでいたな。」
という短絡的な返答にテペリが「それだけですか!?」とツッコミを入れた。
「それ以外の表現法が思いつかない。」
と俺が答えるとテペリは、ため息を吐く。
テペリのため息に俺は首を傾げた。
「それにしても、レイダスさんが防御魔法を行使出来るなんて知りませんでした。」
とライラが話題を変える。
「切り札や奥の手は、隠して置く物だ。対策を立てられたら厄介だからな。」
と俺は答える。
「流石レイダスさんです!」
とライラは目を輝かせた。
「しかし・・・。俺の部屋に閉じ込めたのは感心しねーなー。」
とリーゼルは言う。
「書類のやり直しがそんなに嫌なのか?」
「嫌に決まってるだろーが!あの書類の為に俺は徹夜したんだぞ!」
戦闘狂のリーゼルはデスクワークが苦手だ。
書類整理はリーゼルにとって苦である事を俺はすっかり忘れていた。
「ギルドマスターならそれぐらいでへこたれるな。」
リーゼルは項垂れる。
「ファルゼン・・・さんでしたか?この後はどうしますか?」
ライラは、上司であるウェルダンさんに話しを振る。
「マリー・フラクト、ファルゼン・フラクト両名の身柄は黒い番犬で預かりましょう。
獣人国の新たな王が選定されるまで期間がありますから、
それまでの間となりますが、それで宜しいですかな?」
ウェルダンさんは俺に視線を向け、了承を求める。
「ああ。俺はそれで構わない。」と返事をした。
「・・・に・・・・した。」
俺達が話しをしているとマリーがボソボソと呟き始めた。
部屋にいた者は全員マリーに顔を向けた。
マリーの声は徐々に大きくなり、やがて暴れはじめる。
「お兄ちゃんに何をした!?槍を返せ!お兄ちゃんに何をしたああああ!?」
マリーは、足をバタつかせた。
瞳はファルゼンと同様で血走っている。
テペリは、マリーを横にさせ、床に押さえつけた。
それでも暴れる事をやめないマリーに俺は近づいて行く。
「テペリ離れていろ。」
テペリは頷き、マリーから離れる。
上体を起こしたマリーは、自分に降りる影に気が付き、上を見上げる。
そこには、拳を振り上げる俺の姿があった。
マリーは恐怖を感じる暇もなく、俺の一撃を受ける。
腹部からメリメリという音が鳴る。
マリーは口から血を吐き出し、床に叩きつけられた。
「がはっ!?」
《ステータス操作》で威力は調整したが、まだ下手らしく床に無数の亀裂が入る。
拳の衝撃が亀裂の発生した中心から広がり、冒険者ギルドにいる者全員に伝わった。
部屋にいた者は、空気からビリビリと電気のような感覚を肌で感じていた。
マリーは白目をむいていたが、俺にはたかれて意識を取り戻す。
俺は、意識を取り戻した事を確認し、立ち上がる。
「槍を返せ!槍を返せ!槍を返せ!お兄ちゃんを虐めるなあああ!!」
内臓が潰れているにも関わらず、マリーは叫び続けた。
俺はため息を吐いて、リーゼル達に部屋を退室するように告げる。
「やりたくないが、この先は拷問と調教になりそうだ。」
俺の言葉に、テペリ、ライラ、ウェルダンの3人は退室した。
テペリは、退室前、俺に何かを言おうとしたが、ウェルダンに止められた。
ガルムも3人について行った。
「俺は残るぜ。」
リーゼルだけが部屋に残った。
リーゼルの真剣な表情に俺は視線を逸らして「そうか。」と呟いた。
「全員殺してやるウウウウ!龍も人間も!あたしが根絶やしにしてやるううう!」
俺は、マリーの縄をほどき、片腕を掴み上げた。
マリーは暴れる。
『《氷河山》で同じ事をしたな・・・。』
俺は《氷河山》でマリーを掴み上げた事を思い出す。
俺は、掴んでいる手に力を入れ、マリーの腕を潰した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
骨が折れる音と鮮血が流れ出る。
俺の腕に鮮血がゆっくりと伝う。
その時俺の心臓が高鳴る。
ドクン―――――
俺の中の何かが蠢く。
俺は、リーゼルに背を向けている。
リーゼルからは俺の表情が見えていない。
もし、見えていたらリーゼルは俺を、止めていただろう。
俺は、邪悪な笑みを浮かべていた。
「《炎華龍撃槍》はお前の所有物じゃないだろう?それに、兄には手を出していない。
だから、大人しくしてくれないか?」
俺の言葉にマリーは反発した。
「あれはあたしの物だ!あたしの物だ!あたしの物だ!あたしの物だあああ!」
俺は、反対の腕でマリーの足を掴み、床に叩きつけた。
「ぐふッ!!」
床の亀裂が酷くなる。
マリーの全身の骨にヒビが入った。
「あれはイスガシオの国宝だ。お前の物じゃない。」
「う・・・グウ・・・。」
マリーは苦痛で表情を歪め、声を漏らした。
しかし、痛みに逆らって、マリーは上体を起こす。
「あたしの・・・・だ。あた・・・しの物だ。」
マリーの視線は俺を捉えていた。
マリーの瞳に俺が映っている。
そして、俺によるマリーの拷問教育は朝まで続いた。




