01
唐突だが、私の通う学園は、異常だ。
「おっ、ここならバッチリ見えるな。
中からもバレねぇだろうし」
「……だからって穴を空けとくなんて……
それこそバレたらぶっ殺されるって…」
体育館の上、重厚な黒い鉄骨の組まれた屋根の上、そこに開けられた頭四つ分程の穴から、目の前の男は中を覗いていた。
先程まで暗幕の様なものをかけてあったとはいえ、誰か気付いたのではないだろうか。
中は今入学式の真っ最中だというのに、見つかれば本当にただでは済まない。
そもそも、何故こんなことをしなければならないのか。
どうしてわざわざ屋根を破壊してまで、一年生を観察しなければならないのか、どうせすぐに園内で見れるというのに。
「おい、ゆらも見てみろ」
「別に私は…」
「は?お前何の為にここまで来たんだよ。
つか、俺様が見ろっつったら見るんだよ」
「ひえっ!?」
いきなり後頭部を押さえつけられ、情けない声が漏れた。
穴へと前のめりになった身体を慌てて足場に手をつき支える。
ここから落ちたら、それこそ洒落にならない。
そして目に飛び込んで来たのは、色とりどりの頭。
人間の身体をベースに、獣の耳や尻尾を生やした者、頭にツノを生やした者、背中に羽を生やした者など、様々なバリエーションの生徒が広い体育館に敷き詰められるように並んでいた。
そう、この学園の生徒は、その殆どが人間ではないのだ。
「良く見えるだろ?」
「………殺す気っ……!?」
「まさか、お前殺して損はあっても得はねーし。
素直に従わないのが悪いんだろ」
かく言う隣に居る粗野で傍若無人な男も、黒い髪の間からはゆるりと伸びた黒い山羊の角を生やしていて、今は仕舞っているが羽だって付いている。
種族としては悪魔に当たるらしい。
まさにその通りだと思った。
悪魔とは、生まれた時から性根が捻じ曲がっているから悪魔なのだ。
私が元いたごく普通の世界とこの学園で見る世界とで違っている点はこうしていくらでもあるのだが、実際のところ、だからこの学園が異常だとまでは言えない。
そもそも通っているのが人間か異形の者かという前提が違う以上、普通の学校とは様々な事が違うのは当たり前だ。
私が突然ここに連れてこられて、大分状況を呑み込み、落ち着いてから聞いた話によると、ここの他にも一応、人ならざるものが通う学校…施設の様なものはあるらしい。
普通はそんな教育を施されない場合が殆どであるそうだが、特に人間界と密接して暮らす者達は、その立ち振る舞いやマナーを学ぶ必要があり、生まれて若いうちに教育施設に通うらしい。
その辺はまるで私たちと同じだなと、妙な親近感を覚えたのを思い出す。
だが、ここアルカエ・オルニス学園は、群を抜いて異質で、一線を画すのだ。
私の居た世界で言うところの“特別進学校”であるこの学園が、他の学校と大きく変わっているのは、すっかり学園生活に溶け込んだある教育方針だった。
「ではこれから、新入生の諸君に、この学園の規則を大まかに教えよう」
そう壇上で言ったのは、初老の男性の姿をした者。
動きのある金髪に、同じく輝く口と顎の髭、線は細く、神経質な印象を与えるような姿をしていた。
ただ普通の人間とは違うのは、擬態は完璧でも、中身は化け物であるという点であった。
「一つ、ここ、アルカエ・オルニス学園では、9人編成のチームを組んで活動してもらう。
ここに入学して来たものなら既に知っているだろうが、8人の騎士と、1人の癒し手で構成される。
チームは運命共同体であり、隊を抜けることは許されない」
しんとした体育館の中、学園長の低い声が響き渡る。
私は一年前を思い出す。
異形の者は自分か一族が望んでここに来た者ばかりだが、癒し手はそうではない。
おそらく、過去の私と同じようにこの世界に連れてこられて一か月ほどといった所だろう。
ほとんどの者が今は状況把握に精一杯なのかもしれない。
「二つ、この学園を卒業するには、三年在学し、その上でチームでの実技の成績が基準を上回らなければならない。
基準はチームの学習成績によって上下する。
卒業出来なかった場合、四年生、五年生というふうに、実技のみの留年をすることになる」
話の最中も相変わらず、横の悪魔は新入生をなぞるように眺めている。
知り合いでも居るのだろうか。
ふとそんな考えがよぎるが、直ぐにそれを打ち消す。
そんな者、居たら居たで面倒だし、ろくな奴ではないだろう。
「そして三つ、この学園の敷地内では、同族、他族に関わらず殺しを許可する。
殺害した後は嬲ろうが食べようが好きにするといい。
ただし、耳を両側提出しなければ得点にはならないので、注意するように。
二年からは、殺害した人数により、チームのクラス分けを変更する」
この規則が、学園の異常たる由縁だ。
肩が揺れ、動揺する者が居るのが、人並みの視力しかない私にも分かる。
学園長は壇上からそんな生徒たちの目を見渡す。
「これはざっとした説明だ、詳しくは生徒手帳を読むといい。
規則を知らねば生き残れない」
確かに、学園長が語ったことは極僅かだった。
他チームの癒し手を殺す時は集団でかかってはいけないこと、一年生は上学年が殺してはいけないこと、その逆は可能な事など、何も話していなかった。
勿論、規則を守らない生徒には、他の生徒に殺られなくても、過分な処罰、処刑が用意されている。
まさに、規則を知らねば生き残れないのだ。
「質問でーす」
張り詰めた空気の中、そんな重みを感じないかのように気の抜けた声で、手は挙がった。
「……何かね?」
学園長は表情を変えずに、そちらの方に顔を向けた。
ふわりとした桃色の髪をしたその人物は、声色から少年だと推測された。
「チームまだ組む前だけど、殺しをしちゃった場合、どうなりますか?」
「え」
そう声を漏らしたのは私だ。
いきなり何を言い出すのかあの男は。
私が真意を図りかねていると、すぐにその意味は自ら姿を現した。
彼の前に立っていた生徒が、ゆらりと崩れ、床に鈍い音を立てたのだ。
「わあッ!?」
肩に頭が当たりかけた横の生徒は、声を上げてそれを見た。
何が起こったのか、周囲はそれを把握しようと息を潜める。
そして、広がる血だまりを確認してから、そこを震央として一斉にざわめきが伝染していく。
「ヒュ~ッ、先手必勝♪」
悪魔は口笛を吹いて、愉しそうにその光景を眺めていた。
私は予想を遥かに超えた新入生の行動に、息をつまらせた。
「…ちょっと、あんなのアリ…?」
「アリなんじゃねぇの? その証拠に、ほら」
悪魔が顎でしゃくるのを見て、その目線の先に焦点を合わせる。
「学長、笑ってる」
その表情は私には見えないが、慌てるでもなくじっと狂乱を見つめる指導者の姿があった。
「でさぁ、不穏な気配を嗅ぎ付けた俺様は、コイツと一緒に屋根の上で張ってたわけよ。
そしたらさぁ……」
二年生を迎えて、今年度のミーティングを始めようとしていると、勝手に席を立った悪魔が聞かれてもいないのに今日あった事を語っていた。
二年生からは、その所属するクラスに寄って立場が変わる。
実技……つまりは殺しがいくら達成できたかにより、クラスはABCの三つに分かれており、そのクラスによって待遇が違っていた。
Cクラスの者は一年とほぼ待遇が変わらない。
Bクラスの者は少しグレードが上がり、防音性に優れた会議室や、癒し手の効果を存分に発揮できる特別な部屋を使用することができるようになる。
Aクラスの者は更に特典が増え、共同寮ではなくチームでの宿泊施設、いわゆるアジトが支給される。
そして私たちが今居る場所は、昨年良い成績を修めたチームが所在を許される拠点、“ファイ”の会議室だった。
「って事があってな。
いやー、今年の一年はコエーぞぉ?」
この男は、何故自分がやった事でもないのにこんなににやついているのだろうか。
私はその様子をぼんやり眺めながら、手持ち無沙汰に片手で親指の爪をするすると人差し指で撫でつけていた。
確かにあの新入生は危険人物だ。
用心に越したことはない。
だからって、どうして、お前が、楽しそうなんだ。
「ルーダ」
「あ? んだよ質問か?」
すると、先程まで黙って聞いていた、このミーティングの主催者が声を発した。
「何時ものように無益な話かと思ったが、思いの外有益な情報だった。感謝するぞ」
「う……やめろよテメェ! 痒いーんだよローラン!」
涼しげな顔で感謝を述べた金髪の男に、悪魔、ルーダは噛み付くように言った。
彼はこのチームのリーダー、呼び名は“ローラン”。
種族はグリフォンらしいが、くちばしも尻尾も見られなかった。
その変わりにイケメン高身長、さらさらの短い金髪、更には冷静で行動力があり、意外と仲間思いで熱くなることも、ちょっぴり天然なところもあり、思った事はてらいなく相手に伝えるという、少し挙げただけでも世の女性達が放っておかないようなスペックの持ち主だった。
こんな特殊な学園でなければきっとモテモテだったろうに。
この学園に望んでか望まれてか入学する者は、基本的に一族を背負った男子が多く、女子はその種族の大半が女とか、そういう理由のある者位しかいなかった。
癒し手の方は私の様に女子も多く、男子と五分五分の割合に思える。
しかし、自分をポイント獲得、チーム瓦解の為の格好の獲物として狙っているかも知れない相手に、堂々と好意を向けるような馬鹿は流石に居ない。
「その新入生の特徴は? ゆらも見ていたんだろう」
「えっと、何かユルい感じの子っていうか……あっ、髪の色はピンクでした。ふわふわの」
「そうか、ならひと目でわかるな」
ローランに対しては、同じ学年でもつい敬語を使ってしまう。
まあ実際、この場の全員が私より年上であることは間違いないだろうが。
見た目こそ高校生程度だが、実年齢は私よりもひと回りもふた回りも上なのだ。
だがこの学園は公平を喫する為に、入学要件を“100歳未満”としていたので、彼ら曰くここは若手の集まりであるらしかった。
「で、その一年の種族は何だったんだ?」
そう声をかけたのは、長い銀色の髪をセンターパートで分けた額から、20cmほどの角を生やした男。
シャツの胸元は大きく開かれていて、青いストーンをあしらったアクセサリーが垂れている。
「知らね。耳も尻尾も鱗も、お前の様に激しく自己主張するような角も無かったし」
「オイオイ、お前の角のがオレのより目立ってんだろ。
オレのは一本、お前のは二本だぞ?
なあ、そう思うだろ? ゆらちゃん」
「触らないで、レイバン」
肩に回されようとした手を、私は軽く払う。
ナンパする相手のろくに居ないナンパ男ほど、見ていて哀しくなるものは無い。
やれやれガードが固いな、と肩をすくめて手を引っ込めるレイバンを見ながら、つくづく私はそう思った。
「…あのさ、新入生の事は一度置いといて、これからの事を話さない?
結局僕らは、どのチームを狙っていくのかって事を」
机に手を軽く着いてこう切り出した少年に、皆の視線が集まる。
あまりそういうことに慣れていない彼が、それに一瞬たじろいだのが分かった。
「そうだな、ヤクシ。不確定な事項はここまでにして、次の手を考えるか」
「…はい!」
ローランの言葉を聞き、ほっとしたように薬師は微笑んだ。
同じ鳥類の血が流れているからか、彼はローランの事を尊敬していた。
薬師の種族は、私と同じ日本の出身である妖怪、烏天狗だった。
その名残か、黒い頭の上にちょこんと乗った烏帽子には、カラスの羽根があしらわれている。
日本繋がりで薬師とはよく話をした。
西洋との文化の違いについてやチームの、主にルーダの愚痴についてや、自ら志願した訳ではないお互いの境遇についてなど。
他の化け物と比べて比較的まともな薬師は、唯一、一緒に過ごしても肩肘を張らなくていい相手だった。
だから今日まで、お互いに励まし合いながら色んなことを何とかしてきたのだ。
「じゃー俺様からていあーん。
このチームに潰したいヤツ居ンだよ、悪魔は俺様だけで十分だっての!」
ルーダは机に広げられたチーム一覧表のとある一団を指さす。
「あーダメダメ!
知らねーのかルーダ、ここの癒し手!」
「ハァ? 知らね」
「……あの美しい人を泣かせる事はオレが許さん!
殺るならコッチにしろ!!」
「てめぇソコお前に似たような馬いるトコじゃねーか!!
さり気なく自分の嫌なヤツ殺す気マンマンか!」
「ふむ、馬か……悪くないな」
「ふふ、食べる気ですね。ローラン」
真剣な眼差しで頷いたローランに、腰まで長髪を垂らした男はそう告げた。
ローランは無類の馬好きであったし、おやつはいつもホースジャーキーだった。
かと言って同じ学園の生徒だった者を彼が食べるとは、決して想像したくないけれど。
「……いや、そんな理由で俺は標的を選んだりしないぞ、シュユ」
「どうでしょう?
私にはそのように聴こえましたが」
須臾は大きな耳をぴくんと動かし微笑んで見せた。
彼も日本出身の妖怪で、種族を管狐と名乗った通り、上へ伸びるふさふさの耳と、大きな長い尻尾が特徴だった。
後は、後ろの首元でゆるく結んだ、白く長い、しかし毛先十センチ程度のみが黒い髪も特徴的だった。
前に髪色について尋ねたことがあるが、本人は「書道をするので」と笑っていた。
多分いつもの人をからかう冗談だと私は思う。
彼は狐らしく、人を化かしたり騙したりするのが好きなのだ。
「くだらない」
そんな柔らかくなりかけていた空気をぶち壊すように、芯のある声がその場に通った。
声の主は椅子から立ち上がり、出入り口の方へと向かっていく。
「ちょっと、どこ行くんだよバジル」
レイバンが声をかけると、背丈が低く、赤茶色の髪をした眼鏡の少年はゆっくりと振り返った。
「部屋に決まっている。
これ以上聞いていても時間の無駄だ。
相手がどの種族、どんな相手だろうが、ボクが全部殺せばいい」
そう言うと、扉を静かに開け、バジルはそのまま出て行った。
顔の造りは幼いが大人びた表情をする彼の種族は“バジリスク”。
自己紹介の際に「ボクは蛇の王になる人間だ、個人の名前は必要ない」と言い放ち、バジリスクという種族名を名前として使用していた。
だがそれでは呼びづらいので、少しあだ名のような形で、みんな“バジル”と呼んでいたが、文句を言わず呼ぶと反応するので、特に不服はないらしい。
「あのショタ眼鏡野郎舐めてやがんな。
部屋にイタチ放り込んでやろうぜ」
「やめて、私たちが殺される」
伝承ではバジリスクはイタチに勝てないらしいが、バジルなら何とかしてこっちを殺しに来ると思う。
本気を出せばチームごと殺傷してしまう有り余る毒性は、戦闘の際も逆に仲間を殺さないように気をつける方に神経を集中するらしかった。
「……兎に角、当面はこの二年Bクラス、シーサーペントをリーダーとする7人のチームを標的として計画を立てよう。
いいか、格下だと侮るな。もう犠牲は出せない」
ローランの言葉に、私が部屋の奥を見やると、二つの空席が目に入る。
あの席には、二人の仲間が座る予定だった。
自堕落なアユティのマシュー、無口な吸血鬼のベネディクト、どちらも共に卒業を目指す大切な仲間だった。
しかし、彼らは敵対するチームの奇襲により、瞬く間に命を奪われた。
私たちがその死を知ったのは、次の奇襲で自分たちが狙われた後だった。
それからというもの、チームワークはあまり良くなくとも、連絡や情報交換は小まめに行い、互いの安否を確認しながら私たちは過ごしていた。
戦闘回数にもよるが、欠員が居らず無傷のチームは少ない。
しかし、これ以上の戦力ダウンは死線となり得るため、慎重に事を進めるに越したことは無かった。
私達はローランの「解散」の一言をきっかけに、その部屋を出て行った。
今日は入学式で、通常の授業はない。
時刻はまだお昼前。
廊下を歩きながら、これから何をしようかと伸びを一つする。
「おい、腹肉見えてんぞ」
「っ!?」
そして、背後からかけられた声に慌てて手をシャツのすそへ持って行った。
思い出した。
今日はこの性悪悪魔と一日行動しなければいけなかったことを。
意地の悪い笑みを浮かべたルーダは、長いくせ毛を揺らして近付いてくる。
「昼行こうかと思ったけど、オメーは抜いてダイエットした方がいいんじゃねぇの?」
「失礼ね! これでもこっちに来てから5kg以上痩せたんだから!!」
「そりゃ、前はそうとうの豚だったんだな」
「ぐっ…!!」
それは否定できない。
でも、そもそも運動できない環境だったのだし仕方ないと思う。
私は前の世界では、両親の営む新興宗教団体に祀られていた。
幼い頃に私の力に気付いた彼らは、私を四畳半ほどの和室に閉じ込め、宗教団体を設立した。
私はその象徴として、癒しの力を使っていた。
まあ、祀られていただけあり食事はある程度豪華なものが用意されていたし、部屋には暇つぶしの本やマンガやゲームを用意してくれた。
そんな環境が、ほんの少しばかり、私の身体を大きくしたことは間違い無かった。
「学食行くぞゆら、でもお前は俺様が食ってる前で昼ヌキな」
「嫌、私もお腹すいたし」
「豚になるぞ」
「ならない!!」
悪魔にはきっとデリカシーというものが無いのだ。
私は今日の当番が彼であることを恨みながら、私は少し速いその歩みを追って、彼の後に続いたのだった。
学食はいつもの様に、多くの異形の生徒で混雑していた。
たまに、この学食も奇をてらった生徒達の実技に巻き込まれることがあった。
だが大抵の場合、攻撃をしかけた方が返り討ちにされていた。
こんな学園内に数少ない憩いの場で殺しをしようという者には、ターゲットではない周りの生徒も黙ってはいなかったからだ。
その積み重ねで、ここ最近この学食は、戦闘に巻き込まれない平和な場所となっていた。
「いただきます」
私は机に置いた盆の前で手を合わせた。
あんまり豚豚言われるものだから、今日は魚の竜田揚げ、ごはん小、サラダ、ブルーベリーソースのかかったヨーグルトと、少しだけボリュームを抑えてみた。
そして私は目の前で肉を貪るルーダをちらりと見る。
「“いただきます”くらい言ったら?」
「んあ? ……むぐ、必要ねぇよ」
こんな奴が本当に一族の跡取りなのかと疑問に思うくらい、食べ方が汚い。
しかも私への嫌味か、今日のメインはポークチョップのハニーマスタードがけだった。
彼は口に加えたフォークを抜き取り、軽く指先で回した。
「悪魔は悪者で良いんだよ、悪魔が良いことするようになったら、誰が悪ィことするんだよ、天使か?」
「…マナーくらいは守っても存在意義は無くならないんじゃない?」
「んなのを破る為に悪魔は存在してんだよ」
そう言うと、ルーダはご飯をフォークで掻き込む。
彼の食べ方で唯一評価できるのは、口を開けて噛まないことだけだった。
まあそれも食べながら喋るので、プラスマイナスマイナスになっていたが。
“他チームの癒し手を殺すときは、チームの一人のみがそれを行わなければならない”
大抵が非力な癒し手の保護措置か、学園内にはそんな規則があった。
だから私のチームでは、最低でも一人が当番で私の護衛に着くこととなっていた。
今日は悪いことにそれがルーダの番だったのだ。
けれど、今日を耐えれば、少なくとも一週間ほどは彼とは過ごさず済む。
私は自分にそう言い聞かせ、いつも彼との時間を耐えていた。
「ふぅ~食った食った」
ルーダは満足そうに自らの腹をさすった。
そしてまだ食べ追えない私の方を見る。
「早くしろよ。俺様はもう終わったぜ」
「………むちゃ言わないで」
口の中の物を呑み込んでから私は答える。
元々時間を気にして食べることが無かったから、食べるのが遅いのだ。
「久しぶりー」
すると、私の背後から気の抜けた声がした。
「おう」
ヨーグルトを食べていた私がそれに反応する前に、ルーダはにやついた顔でそう返した。
ということは、私に言われたわけじゃないなと安心し、私は後ろを振り返った。
「…ッ!!?」
そこに居た予想外の人物に、息が詰まった。
私の後ろに立っていたのは、今朝同学年の生徒を突然殺したばかりの新入生だったのだ。
彼はルーダの方を見たまま、ふんわりと微笑んだ。
「さあ、準備はいい?」
「いつでもイイぜ、ラッセル」
ルーダは席を立ち、こきこきと首を鳴らした。
私は意味が分からず、口を開いたままその動作を見た。
準備とは? ルーダはどうして彼の名前を知っている?
その答えを私は、ほんの数秒後に知る事となる。
「殺しに来たよ、にいさん」
それはとても優しい声で、私の頭を撫でるようだった。